9 / 15
第九章「オープン、そして現実」
しおりを挟む
第九章「オープン、そして現実」
十二月の第一週、UBELABがオープンした。
コンセプトは「誰でも試せる場所」。曜日によって使い方を変え、コワーキングスペース、展示、ポップアップショップ、ワークショップなどに対応する。使用料は二時間五百円。月額会員は三千円。採算ラインには遠いが、まず動かすことが優先だった。
オープン初日、健太のSNS発信が功を奏した。投稿がシェアされ、百人を超える来場があった。地元のフリーペーパーが取材に来て、翌週には記事が出た。山口大学の学内報にも掲載された。来場者の中には、懐かしそうに壁の写真を見る中年以上の人たちもいた。清子も来て、自分の若い頃の写真の前に十分間立っていた。
蒼はカメラに向かって「まずは第一歩です」と笑った。
良いスタートに見えた。
しかし二週目から、来場者が減り始めた。
三週目は平日がほぼゼロだった。スペースの予約が入らない曜日が続き、収支は赤字のまま推移した。月三万円の賃料と光熱費を合わせると、使用料収入では到底まかなえない。
「物珍しさで来た人が、なぜ戻ってこないのか」
蒼はその問いを抱えてミーティングを開いた。議論はさまざまな方向に飛んだ。SNSの発信が足りない。曜日ごとの使い分けがわかりにくい。予約システムが使いにくい。そもそも値段が高い。
「来た人に何を感じたか、聞きましたか」という坂本のメッセージが届いたのは、ミーティングが長引いて疲弊し始めた夜だった。
していなかった。
翌日から拓海がアンケートを設計し、来場者に手渡しで配り始めた。
三週間で回収できたのは三十七枚。データを整理すると、特定の傾向が浮かび上がった。
「何をする場所かわからない」——十四枚。
「試しに来てみたが、自分には関係なさそうだと思った」——九枚。
「コンセプトが広すぎて、誰向けか分からない」——七枚。
三人で床に座ってアンケートを並べながら、蒼は静かに言った。
「『誰でも試せる場所』は、『誰も自分のための場所だと思わない場所』だったんだ」
咲が「コンセプトを絞り直す必要がある」と言った。拓海が「来た人の中で、一番この場所を必要としていたのは誰だったか、もう一度考えましょう」と言った。
アンケートの結果を眺めているうち、その夜、三週間前の記憶が浮かび上がった。
三週間前の作業中、壁の古い壁紙を剥がしていた時のことだ。壁と壁の継ぎ目から、一枚の紙が落ちてきた。折り畳まれた古い地元紙だった。おそらく改修の際に挟まったか、何かの偶然で紛れ込んだものだろう。蒼が無意識にポケットに入れていた。
その夜作業を終えて帰ろうとした時「あ、これ何だったっけ」と思い出して取り出した。疲れていたが、気になって広げた。
二十年以上前の地元紙だった。三つに折られた状態で保管されていたようで、折り目がはっきりついている。一面には地元の選挙の記事。スポーツ欄には高校野球の結果。そして折り目の間の小さなスペースに、訃報欄があった。
小さな囲み記事。
「坂本義雄氏(五十五歳)、逝去。宇部市中心商店街にて長年飲食業に従事。葬儀は近親者のみにて執り行う予定。」
蒼は記事を一度読んだ。
坂本義雄。
ありふれた名前だ、と思った。この街でどれだけの人が「坂本」という姓を持っているか、数えきれない。五十五歳で亡くなった。商店街で飲食業をしていた。
それだけのことだ。
疲れていたせいで、それ以上考えが及ばなかった。新聞紙をポケットに折り畳んで入れ直し、アパートへ帰った。帰ってすぐ眠ってしまった。
ポケットの中に、折り畳まれた紙が残ったまま。
つづく
十二月の第一週、UBELABがオープンした。
コンセプトは「誰でも試せる場所」。曜日によって使い方を変え、コワーキングスペース、展示、ポップアップショップ、ワークショップなどに対応する。使用料は二時間五百円。月額会員は三千円。採算ラインには遠いが、まず動かすことが優先だった。
オープン初日、健太のSNS発信が功を奏した。投稿がシェアされ、百人を超える来場があった。地元のフリーペーパーが取材に来て、翌週には記事が出た。山口大学の学内報にも掲載された。来場者の中には、懐かしそうに壁の写真を見る中年以上の人たちもいた。清子も来て、自分の若い頃の写真の前に十分間立っていた。
蒼はカメラに向かって「まずは第一歩です」と笑った。
良いスタートに見えた。
しかし二週目から、来場者が減り始めた。
三週目は平日がほぼゼロだった。スペースの予約が入らない曜日が続き、収支は赤字のまま推移した。月三万円の賃料と光熱費を合わせると、使用料収入では到底まかなえない。
「物珍しさで来た人が、なぜ戻ってこないのか」
蒼はその問いを抱えてミーティングを開いた。議論はさまざまな方向に飛んだ。SNSの発信が足りない。曜日ごとの使い分けがわかりにくい。予約システムが使いにくい。そもそも値段が高い。
「来た人に何を感じたか、聞きましたか」という坂本のメッセージが届いたのは、ミーティングが長引いて疲弊し始めた夜だった。
していなかった。
翌日から拓海がアンケートを設計し、来場者に手渡しで配り始めた。
三週間で回収できたのは三十七枚。データを整理すると、特定の傾向が浮かび上がった。
「何をする場所かわからない」——十四枚。
「試しに来てみたが、自分には関係なさそうだと思った」——九枚。
「コンセプトが広すぎて、誰向けか分からない」——七枚。
三人で床に座ってアンケートを並べながら、蒼は静かに言った。
「『誰でも試せる場所』は、『誰も自分のための場所だと思わない場所』だったんだ」
咲が「コンセプトを絞り直す必要がある」と言った。拓海が「来た人の中で、一番この場所を必要としていたのは誰だったか、もう一度考えましょう」と言った。
アンケートの結果を眺めているうち、その夜、三週間前の記憶が浮かび上がった。
三週間前の作業中、壁の古い壁紙を剥がしていた時のことだ。壁と壁の継ぎ目から、一枚の紙が落ちてきた。折り畳まれた古い地元紙だった。おそらく改修の際に挟まったか、何かの偶然で紛れ込んだものだろう。蒼が無意識にポケットに入れていた。
その夜作業を終えて帰ろうとした時「あ、これ何だったっけ」と思い出して取り出した。疲れていたが、気になって広げた。
二十年以上前の地元紙だった。三つに折られた状態で保管されていたようで、折り目がはっきりついている。一面には地元の選挙の記事。スポーツ欄には高校野球の結果。そして折り目の間の小さなスペースに、訃報欄があった。
小さな囲み記事。
「坂本義雄氏(五十五歳)、逝去。宇部市中心商店街にて長年飲食業に従事。葬儀は近親者のみにて執り行う予定。」
蒼は記事を一度読んだ。
坂本義雄。
ありふれた名前だ、と思った。この街でどれだけの人が「坂本」という姓を持っているか、数えきれない。五十五歳で亡くなった。商店街で飲食業をしていた。
それだけのことだ。
疲れていたせいで、それ以上考えが及ばなかった。新聞紙をポケットに折り畳んで入れ直し、アパートへ帰った。帰ってすぐ眠ってしまった。
ポケットの中に、折り畳まれた紙が残ったまま。
つづく
0
あなたにおすすめの小説
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
僕がここでカフェを始めた理由
バーガヤマスター
ライト文芸
広島・横川の細い路地に、カウンター八席だけの小さなカフェ「HUIT(ユイット)」がある。オーナーの桐島奏は自分のことを語らないが、その静かな佇まいと一杯のコーヒーが、街の人々を引き寄せてきた。
なぜ北向きなのか。なぜ八席なのか。なぜこの場所を、十年以上かけて探し続けたのか。
ある日、一人の女性がやってくる。彼女の名は宮本さくら。亡き父の手帳を胸に、ある人を探して横川へ来た。
二人の出会いが、二十年越しの縁をほどき始める。ほっこりと、静かに、確かに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
横川ガード下探偵団 結成篇 ~あの夏、僕らは名前をつけた~
バーガヤマスター
ライト文芸
広島・横川商店街のJR高架下に、五人の子供たちが集まった。正義感あふれるケンジ、グミ愛あふれるユイ、論理派のショウタ、足の速いテツ、情報通のミク。ある夏、古本屋から消えた一冊の本をめぐり、彼らは「横川ガード下探偵団」を結成する。人情と笑いと、少しの涙が交差する、昭和の香り漂う商店街のハートフルミステリー。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる