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校則撤廃。――僕たちは、再び立ち上がるためにルールを壊した。第九章
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第九章:孤独な対話、雨の横川駅
体育館での騒乱が過ぎ去った後、誠和学園に残されたのは、割れた窓ガラスと、誰かが投げ捨てた署名用紙の残骸、そして言葉にならないほどの深い沈黙だった。梅田たちの不正が暴かれたことで、土地売却の契約は一時的に白紙へと戻ったが、それは同時に、生徒たちが期待していた「見舞金」という名の救済も霧散したことを意味していた。昨日まで「自由」を謳歌していたはずの生徒たちは、今や自分たちの未来を奪った「真実」を憎み、それを突きつけた佐伯永遠や神崎雅を、冷ややかな、あるいは憎悪に満ちた瞳で遠巻きに眺めていた。
永遠は、カバンを肩にかけ、無人の廊下を歩いていた。放課後の校舎には、もはや部活動の活気も、他愛のない笑い声もない。ただ、校庭の隅で再開発業者が運び込んだ測量機器の金属質な反射だけが、この場所の終わりを静かに告げているようだった。永遠の胸には、一人の少女の名前が、澱(おり)のように重く沈んでいた。七海汐里。署名用紙の束の中に、確かに刻まれていた彼女の署名。あの日、地下室から自分たちを救い出し、共に戦うと誓ったはずの彼女が、なぜ裏切りに等しい署名に手を染めたのか。
校門を出て、雨の降り始めた坂道を下る。横川の街は、いつもと変わらぬ顔をして、濡れたアスファルトにネオンの光を反射させていた。永遠が向かったのは、横川駅の三番ホームだった。夕刻のラッシュが始まる前の、中途半端な時間。雨に煙る線路の先に、彼女の姿を見つけた。
「……七海さん」
永遠の声に、ベンチに座っていた七海は、小さく肩を震わせた。彼女はゆっくりと顔を上げ、かつての不自然な黒髪を明るく染め直した今の自分を、申し訳なさそうに、あるいは開き直ったような複雑な表情で永遠に見せた。
「……佐伯君。やっぱり、見つかっちゃったね」
「どうして、あんな署名をしたんだ? 梅田たちが何をしようとしていたか、君が一番よく分かっていたはずだろ」
永遠の問いに、七海は視線を線路へと戻した。ちょうど、山陽本線の普通列車が、水飛沫を上げながらホームへと滑り込んでくる。そのブレーキ音が二人の間の空気を切り裂き、再び静寂が戻ったとき、彼女は静かに口を開いた。
「……自由、なんて。そんなの、お腹がいっぱいな人の贅沢品だよ、佐伯君」
彼女の声は、雨音に混じって消えてしまいそうなほど細かったが、そこには拒絶できないほどのリアリティが宿っていた。
「二十万あれば、お母さんの次の手術代の足しにできた。誠和学園がなくなっても、私は別の場所で働いて、なんとか生きていける。でも、お金がないと、生きていくことさえ選べないの。……雅さんや日向君が言う『誇り』とか『自律』とか、それは本当に素晴らしいことだと思う。でも、私にとっては、明日食べるご飯や、お母さんの薬代の方が、ずっとずっと、切実だったんだよ」
永遠は言葉を失った。自分はこれまで、父の残したノートや学園の闇を暴くことに必死で、隣にいる彼女の「生活」という名の切実な戦いを見ていなかった。校則という鎖から解き放たれても、彼女は依然として「貧困」という、より強固な鎖に縛られたままだったのだ。
「裏切り者だって思われても、仕方ないよね。……でもね、私、あの日地下室に助けに行ったのは、嘘じゃない。……みんなのことが、羨ましかったんだと思う。自分の足で立って、誰かのために怒れるみんなが。……だから、少しだけ、仲間になったつもりでいたの。ごめんね、期待させて」
七海は立ち上がり、滑り込んできた黄色い列車へと歩み寄った。彼女がドアの向こう側に消える直前、永遠に背を向けたまま、もう一度だけ呟いた。
「……佐伯君。あなたは、最後まであなたの正義を貫いて。……それができるのが、あなたの『自由』なんだから」
自動ドアが閉まり、列車は加速していった。雨のホームに残されたのは、ただ一人、自分の「正義」が誰かを救うどころか、追い詰めていたのではないかという疑念に苛まれる永遠だけだった。
「……あいつ、そう言ったか」
背後から低く、しかし確かな声がした。日向海斗が、自販機の影に立っていた。彼は、雨に濡れた髪を無造作にかき上げ、冷めた視線で遠ざかる列車を見送っていた。
「……日向。君も、あいつが署名してたこと……」
「知ってたさ。……だが、それを止める権利なんて俺たちにはねえよ。俺たちが壊したのは校則っていう看板だけで、あいつらが抱えてる絶望の根っこまで引っこ抜いたわけじゃねえんだからな」
日向は自販機の横に腰を下ろし、煙草を吸おうとして、ここが禁煙場所であることを思い出したのか、苦笑いをしてポケットにしまった。
「佐伯。……俺たちは、結局何も変えられなかったのかもな。校則がなくなっても、生徒たちは金の亡者になって、七海みたいな奴はまた孤独な戦いに戻っちまった。……兄貴が死んで、親父さんが消えて、それで残ったのがこの『荒野』だ。……なあ、これが自由の正体なのか?」
日向の言葉は、永遠の胸に鋭いナイフのように突き刺さった。かつて、体育館で全校生徒の前に立ち、華々しく宣戦布告をしたあの日の熱気は、もうどこにもなかった。あるのは、剥き出しの現実と、それを引き受けるだけの強さを持たない、未熟な自分たちだった。
二人は、雨の中を無言で歩き、駅前の高架下にある、阿澄の事務所へと向かった。そこには、神崎雅もいた。彼女は、連日の交渉で憔悴しきっていたが、その瞳には、まだ消えていない火が宿っていた。
「……皆さん。新しい理事会から、最終通告がありました」
雅は、テーブルの上に置かれた一通の公文書を指差した。
「来週の月曜日、学園の旧校舎の解体工事を開始するそうです。……実質的な、誠和学園の解体宣告です。署名運動は梅田の失脚で立ち消えましたが、業者は強行手段に出ることにしたようです。……警察も、あの日以来、学園周辺の警備を強化しています。……もはや、私たちにできることは何もありません」
「解体、か。……父さんが言っていた、あの貯水槽の『証拠』も、全部コンクリートの下に埋められるってことか」
永遠がノートを握りしめると、阿澄が静かに口を開いた。
「……佐伯君。君の父親、航君が、なぜあそこに証拠を隠したか、その本当の意味を考えたことはあるかい?」
阿澄は、古びた地図を広げた。
「彼はね、学園という組織を壊したかったわけじゃない。……この横川という街の『記憶』を守りたかったんだよ。再開発が進めば、古い家も、高架下の飲み屋も、地下を流れる古い排水路も、すべてが塗りつぶされて、歴史のない清潔なだけの街になる。……彼は、自分の人生を犠牲にしてでも、この街が『かつて何であったか』という証拠を残そうとした。……それは、今、君たちの目の前にある絶望も含めてだ」
阿澄の言葉に、永遠の頭の中で、バラバラだったピースが不意に繋がり始めた。父が残した「十字架」。それは、自分たちに「復讐」をさせるための道具ではない。自分たちがこの街で、いかに生きていくかという「証拠」を、自分たちの手で残せという、最後のメッセージだったのではないか。
「……まだ、終わってない」
永遠が立ち上がった。その瞳には、先ほどまでの迷いは消え、かつてないほど鮮明な決意が宿っていた。
「雅さん。解体工事が始まる前に、全校生徒に呼びかけてほしい。……最後のお別れ会、じゃない。この学園で何が起きて、僕たちが何を失って、これから何を背負っていくのか。……そのすべてを、この街に刻みつけるための『儀式』を」
「……儀式?」
「ああ。校則も、金も、裏切りも関係ない。……僕たちが、自分たちの足で、この街の地面を踏みしめるための、最後の一日だ」
永遠の提案に、日向が不敵な笑みを浮かべた。雅も、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。
「……わかりました。自律委員会に代わって、私が最後の大号令をかけます。……佐伯君、日向君。準備を始めましょう」
その夜、横川の街には、三人の若者たちによる、静かな、しかし確実なネットワークが張り巡らされた。
翌朝。誠和学園の校舎には、数日前までの殺伐とした雰囲気とは違う、妙に落ち着いた、それでいて張り詰めたような空気が漂っていた。生徒たちのスマートフォンに、雅からのメッセージが届く。
『明日、九時。旧校舎の中庭に集まってください。これは命令でも、お願いでもありません。……ただ、自分の目で、この学園の最後を見届ける権利がある人たちへ。』
そのメッセージは、署名をした生徒にも、しなかった生徒にも、梅田の取り巻きだった生徒にも、等しく届いた。
そして、解体工事を前日に控えた日曜日。横川の街は、再び激しい雨に見舞われていた。
永遠は、一人で駅前の高架下を歩いていた。ふと見上げると、古い居酒屋の軒先に、あの七海汐里の姿があった。彼女は、エプロン姿で、店の開店準備をしていた。
「……七海さん」
永遠が声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げた。
「……明日。九時に、学校へ来てくれないか」
「……私、もう学校の人間じゃないし、署名もしたんだよ? 合わせる顔なんて……」
「関係ないよ。……君も、この街で生きている一人だろ。……君が署名をしたことも含めて、それが誠和学園の『真実』なんだ。……見届けてほしい。僕たちが、これからどうやって歩き出すのかを」
永遠はそう言い残すと、彼女の返事を待たずに歩き出した。
横川駅のホーム。雨音を切り裂いて、黄色い列車の警笛が響く。
父が残した「十字架」は、もはや重荷ではなかった。それは、明日という未知の荒野へと踏み出すための、自分たちだけの標(しるべ)に変わろうとしていた。
校則撤廃の向こうにあったもの。それは、孤独な対話の末に手にする、あまりにも切実で、あまりにも尊い「自分の人生への責任」だった。
永遠は、雨の中、真っ直ぐに前を見据えていた。
つづく
体育館での騒乱が過ぎ去った後、誠和学園に残されたのは、割れた窓ガラスと、誰かが投げ捨てた署名用紙の残骸、そして言葉にならないほどの深い沈黙だった。梅田たちの不正が暴かれたことで、土地売却の契約は一時的に白紙へと戻ったが、それは同時に、生徒たちが期待していた「見舞金」という名の救済も霧散したことを意味していた。昨日まで「自由」を謳歌していたはずの生徒たちは、今や自分たちの未来を奪った「真実」を憎み、それを突きつけた佐伯永遠や神崎雅を、冷ややかな、あるいは憎悪に満ちた瞳で遠巻きに眺めていた。
永遠は、カバンを肩にかけ、無人の廊下を歩いていた。放課後の校舎には、もはや部活動の活気も、他愛のない笑い声もない。ただ、校庭の隅で再開発業者が運び込んだ測量機器の金属質な反射だけが、この場所の終わりを静かに告げているようだった。永遠の胸には、一人の少女の名前が、澱(おり)のように重く沈んでいた。七海汐里。署名用紙の束の中に、確かに刻まれていた彼女の署名。あの日、地下室から自分たちを救い出し、共に戦うと誓ったはずの彼女が、なぜ裏切りに等しい署名に手を染めたのか。
校門を出て、雨の降り始めた坂道を下る。横川の街は、いつもと変わらぬ顔をして、濡れたアスファルトにネオンの光を反射させていた。永遠が向かったのは、横川駅の三番ホームだった。夕刻のラッシュが始まる前の、中途半端な時間。雨に煙る線路の先に、彼女の姿を見つけた。
「……七海さん」
永遠の声に、ベンチに座っていた七海は、小さく肩を震わせた。彼女はゆっくりと顔を上げ、かつての不自然な黒髪を明るく染め直した今の自分を、申し訳なさそうに、あるいは開き直ったような複雑な表情で永遠に見せた。
「……佐伯君。やっぱり、見つかっちゃったね」
「どうして、あんな署名をしたんだ? 梅田たちが何をしようとしていたか、君が一番よく分かっていたはずだろ」
永遠の問いに、七海は視線を線路へと戻した。ちょうど、山陽本線の普通列車が、水飛沫を上げながらホームへと滑り込んでくる。そのブレーキ音が二人の間の空気を切り裂き、再び静寂が戻ったとき、彼女は静かに口を開いた。
「……自由、なんて。そんなの、お腹がいっぱいな人の贅沢品だよ、佐伯君」
彼女の声は、雨音に混じって消えてしまいそうなほど細かったが、そこには拒絶できないほどのリアリティが宿っていた。
「二十万あれば、お母さんの次の手術代の足しにできた。誠和学園がなくなっても、私は別の場所で働いて、なんとか生きていける。でも、お金がないと、生きていくことさえ選べないの。……雅さんや日向君が言う『誇り』とか『自律』とか、それは本当に素晴らしいことだと思う。でも、私にとっては、明日食べるご飯や、お母さんの薬代の方が、ずっとずっと、切実だったんだよ」
永遠は言葉を失った。自分はこれまで、父の残したノートや学園の闇を暴くことに必死で、隣にいる彼女の「生活」という名の切実な戦いを見ていなかった。校則という鎖から解き放たれても、彼女は依然として「貧困」という、より強固な鎖に縛られたままだったのだ。
「裏切り者だって思われても、仕方ないよね。……でもね、私、あの日地下室に助けに行ったのは、嘘じゃない。……みんなのことが、羨ましかったんだと思う。自分の足で立って、誰かのために怒れるみんなが。……だから、少しだけ、仲間になったつもりでいたの。ごめんね、期待させて」
七海は立ち上がり、滑り込んできた黄色い列車へと歩み寄った。彼女がドアの向こう側に消える直前、永遠に背を向けたまま、もう一度だけ呟いた。
「……佐伯君。あなたは、最後まであなたの正義を貫いて。……それができるのが、あなたの『自由』なんだから」
自動ドアが閉まり、列車は加速していった。雨のホームに残されたのは、ただ一人、自分の「正義」が誰かを救うどころか、追い詰めていたのではないかという疑念に苛まれる永遠だけだった。
「……あいつ、そう言ったか」
背後から低く、しかし確かな声がした。日向海斗が、自販機の影に立っていた。彼は、雨に濡れた髪を無造作にかき上げ、冷めた視線で遠ざかる列車を見送っていた。
「……日向。君も、あいつが署名してたこと……」
「知ってたさ。……だが、それを止める権利なんて俺たちにはねえよ。俺たちが壊したのは校則っていう看板だけで、あいつらが抱えてる絶望の根っこまで引っこ抜いたわけじゃねえんだからな」
日向は自販機の横に腰を下ろし、煙草を吸おうとして、ここが禁煙場所であることを思い出したのか、苦笑いをしてポケットにしまった。
「佐伯。……俺たちは、結局何も変えられなかったのかもな。校則がなくなっても、生徒たちは金の亡者になって、七海みたいな奴はまた孤独な戦いに戻っちまった。……兄貴が死んで、親父さんが消えて、それで残ったのがこの『荒野』だ。……なあ、これが自由の正体なのか?」
日向の言葉は、永遠の胸に鋭いナイフのように突き刺さった。かつて、体育館で全校生徒の前に立ち、華々しく宣戦布告をしたあの日の熱気は、もうどこにもなかった。あるのは、剥き出しの現実と、それを引き受けるだけの強さを持たない、未熟な自分たちだった。
二人は、雨の中を無言で歩き、駅前の高架下にある、阿澄の事務所へと向かった。そこには、神崎雅もいた。彼女は、連日の交渉で憔悴しきっていたが、その瞳には、まだ消えていない火が宿っていた。
「……皆さん。新しい理事会から、最終通告がありました」
雅は、テーブルの上に置かれた一通の公文書を指差した。
「来週の月曜日、学園の旧校舎の解体工事を開始するそうです。……実質的な、誠和学園の解体宣告です。署名運動は梅田の失脚で立ち消えましたが、業者は強行手段に出ることにしたようです。……警察も、あの日以来、学園周辺の警備を強化しています。……もはや、私たちにできることは何もありません」
「解体、か。……父さんが言っていた、あの貯水槽の『証拠』も、全部コンクリートの下に埋められるってことか」
永遠がノートを握りしめると、阿澄が静かに口を開いた。
「……佐伯君。君の父親、航君が、なぜあそこに証拠を隠したか、その本当の意味を考えたことはあるかい?」
阿澄は、古びた地図を広げた。
「彼はね、学園という組織を壊したかったわけじゃない。……この横川という街の『記憶』を守りたかったんだよ。再開発が進めば、古い家も、高架下の飲み屋も、地下を流れる古い排水路も、すべてが塗りつぶされて、歴史のない清潔なだけの街になる。……彼は、自分の人生を犠牲にしてでも、この街が『かつて何であったか』という証拠を残そうとした。……それは、今、君たちの目の前にある絶望も含めてだ」
阿澄の言葉に、永遠の頭の中で、バラバラだったピースが不意に繋がり始めた。父が残した「十字架」。それは、自分たちに「復讐」をさせるための道具ではない。自分たちがこの街で、いかに生きていくかという「証拠」を、自分たちの手で残せという、最後のメッセージだったのではないか。
「……まだ、終わってない」
永遠が立ち上がった。その瞳には、先ほどまでの迷いは消え、かつてないほど鮮明な決意が宿っていた。
「雅さん。解体工事が始まる前に、全校生徒に呼びかけてほしい。……最後のお別れ会、じゃない。この学園で何が起きて、僕たちが何を失って、これから何を背負っていくのか。……そのすべてを、この街に刻みつけるための『儀式』を」
「……儀式?」
「ああ。校則も、金も、裏切りも関係ない。……僕たちが、自分たちの足で、この街の地面を踏みしめるための、最後の一日だ」
永遠の提案に、日向が不敵な笑みを浮かべた。雅も、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。
「……わかりました。自律委員会に代わって、私が最後の大号令をかけます。……佐伯君、日向君。準備を始めましょう」
その夜、横川の街には、三人の若者たちによる、静かな、しかし確実なネットワークが張り巡らされた。
翌朝。誠和学園の校舎には、数日前までの殺伐とした雰囲気とは違う、妙に落ち着いた、それでいて張り詰めたような空気が漂っていた。生徒たちのスマートフォンに、雅からのメッセージが届く。
『明日、九時。旧校舎の中庭に集まってください。これは命令でも、お願いでもありません。……ただ、自分の目で、この学園の最後を見届ける権利がある人たちへ。』
そのメッセージは、署名をした生徒にも、しなかった生徒にも、梅田の取り巻きだった生徒にも、等しく届いた。
そして、解体工事を前日に控えた日曜日。横川の街は、再び激しい雨に見舞われていた。
永遠は、一人で駅前の高架下を歩いていた。ふと見上げると、古い居酒屋の軒先に、あの七海汐里の姿があった。彼女は、エプロン姿で、店の開店準備をしていた。
「……七海さん」
永遠が声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げた。
「……明日。九時に、学校へ来てくれないか」
「……私、もう学校の人間じゃないし、署名もしたんだよ? 合わせる顔なんて……」
「関係ないよ。……君も、この街で生きている一人だろ。……君が署名をしたことも含めて、それが誠和学園の『真実』なんだ。……見届けてほしい。僕たちが、これからどうやって歩き出すのかを」
永遠はそう言い残すと、彼女の返事を待たずに歩き出した。
横川駅のホーム。雨音を切り裂いて、黄色い列車の警笛が響く。
父が残した「十字架」は、もはや重荷ではなかった。それは、明日という未知の荒野へと踏み出すための、自分たちだけの標(しるべ)に変わろうとしていた。
校則撤廃の向こうにあったもの。それは、孤独な対話の末に手にする、あまりにも切実で、あまりにも尊い「自分の人生への責任」だった。
永遠は、雨の中、真っ直ぐに前を見据えていた。
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