隣の家の住人がクズ教師でした

おみなしづき

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クズ教師編

学校での二人

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「笹森先生、おはようございます」
「はい。おはようございます」

 学校へ行って廊下で女子生徒に挨拶をする笹森の声を聞いた。
 おっとりとした口調は昨日のクズとは同一人物とは思えなかった。

 冷やしたお陰で頬は腫れてもいないし、赤くもなかった。

 笹森の横を通り過ぎる。
 視線が絡めばお互いにニッコリと笑い合う。

「笹森先生、おはようございます──」
「おはようございます。碓氷くん──」

 お互いに『昨日の事は内密に……』そういうやり取りだった。

     ◆◇◆

 席替えで決まった窓際の席は、あまり目立たない気がして気に入っていた。
 その席から、教壇に立って授業をする笹森を観察する。
 細身のスーツを着こなして、シャツのボタンをキチッと上まで留めて、ネクタイをしていて真面目に見える。

 笹森の授業をこんなにも意識して聞いた事はない。柔らかな声音は耳に心地良い。
 今はチョークを持つ指は、昨日はタバコを挟んでいた。
 指先にある爪は、綺麗に切り揃えられていたのを覚えている。
 生徒達の方へ顔を向ければ、その瞳を思い出す。
 間近に見た時はほんのり茶色い瞳が綺麗に見えた。あの瞳が近付いて……唇……柔らかかった……。

 なんで俺はこんな事を思い出しているんだろう……。

 それ以上、笹森を見ていられなくて窓の外に視線をやった。
 校庭では、どこかのクラスが陸上をしているようだ。
 あの人、足が速いな。

 そのまま視線を上に移動させれば、いつもの青空のグラデーションがやけに澄んで見える気がした。

 空ってこんな色してたかな?

 通り過ぎる雲の動きが早い。

 今日は風が強いんだろうか?

「──いくん。──すいくん。──碓氷くん!」

 名前を呼ばれてハッとする。
 笹森がこっちを見ていた。

「すみません。聞いてませんでした」

 立ち上がってそう言えば、クラスメイトがクスクス笑っている気配がする。

「碓氷くんは、他の授業ではそんな事はありませんよね? 僕の授業だから──ですか?」

 笑顔が引きつっているように見えるのは、笹森の本性を知ったからだろう。
 僕だなんてわざとらしい言い方に笑いそうになる。敬語も似合わない。

「いえ。少し考え事をしていただけです」

 笑顔を向ければ、笹森もニッコリ笑った。

「碓氷くんは、放課後に全員のノートを集めて僕の所に持ってきて下さい。いいですね?」
「……はい」

 仕返しだとばかりに面倒な事を押し付けられた……。

     ◆◇◆

 クラスのノートを集めて職員室へ行った。
 笹森は、俺を見てニッコリ笑う。

「碓氷くん、ありがとうございます」

 笹森の机にドサリとノートを置く。

「碓氷くん、手」

 不思議に思いながら、手を差し出せば、チャリっと鍵を渡された。

「それじゃあ、碓氷くん、先に指導室へ行っておいて下さいね」
「え──?」
「僕の授業を聞いていないなんて、少し指導をしようと思いまして」

 ニッコリ笑顔で何を言っているんだ。

「先生の授業を聞いていなかっただけで指導ですか?」

 笑顔が引きつる……。
 すると、話を偶然聞いていたらしい学年主任の先生が話に入ってきた。

「笹森先生? 碓氷がどうかしたんですか? 彼は優等生ですよ?」
「僕の授業の時に上の空でして……心配になりました。何か悩みがあるのなら、聞いてあげようと思うんです」

 こいつ……こちらを気遣う顔を作りながら何を言い出すんだ……。

「それは大変だ。碓氷、高校三年は受験も控えた大事な時期だ。笹森先生なら親身になって聞いてくれるだろう。しっかり話すんだぞ」

 本気で心配そうにする学年主任に、俺の逃げ場は無くなってしまった。

「はい──」

 そう返事をするしかなかった。

     ◆◇◆

 この学校の指導室はたくさんあって、指導だけではなく、生徒の質問などを個別に受ける時にも使われる。
 学校での悩みなんてものを打ち明ける生徒もいるみたいだ。防音効果は高いようで他の人に聞かれたくない話をする時には良く使われるみたいだ。

 仕方なく渡された番号の指導室の鍵を開けて中に入った。
 教卓より少し大きめの机があって、椅子が対面して置いてあるだけの簡素な部屋だった。
 そっとそこに座って笹森を待った。

 少しして中に入ってきた笹森は、指導室の鍵を中から閉めて使用中とすると、ネクタイをグッと下に引っ張って首元のボタンを一つ開けた。片手でできるなんて器用だ。
 ドカリと俺の対面に座ると肘をついて、はぁ~と息を吐き出した。

「先生?」
「なぁに?」
「俺は何の為にここに……?」

 笹森の態度を見たら、笹森が休む為だけにここに呼ばれたような気がしてならない。

「君は息抜きのカモフラージュ」

 やっぱり……なんて教師だ……。

「用がないなら俺は行きます」

 机に手をついて席を立とうとすれば、その手の上に笹森は手を重ねてギュッと握ってきた。
 そのせいで、立ち上がったまま、それ以上動けなかった。
 温かかった。意外と体温が高いらしい。
 違うな……俺の体温が低いんだ……。

 笹森は机に突っ伏して、俺の事を下から覗き込んできた。

「待ってよ。学校でこうして緩んでいられる時間ができるなんて貴重なんだよ。君なら本当の俺を知ってるから、協力してよ」

 上目遣いで拗ねたような顔をする笹森を冷ややかな視線で見下ろす。

「学校で先生の素を曝け出したっていいんじゃないですか?」

 今の笹森から、あのどうしようもない姿を見せられたら、みんなショックだろうけれど。

「君だって優等生でいる方が楽だって知っているでしょう?」

 確かに俺自身も同じようにしているので笹森に反論ができない。

「君も息抜きが必要でしょ? 素を出していいんだよ? 俺は驚かない」

 そう言いながら、妙に色気を出す。
 もう笹森に取り繕うのはやめた。付き合っていられない。

「先生……俺は行く所があるんだ。悪いけど、先生の息抜きはまた今度にしろよ」

 バイトに間に合わなくなったら困る。
 笹森を睨めば、目を見開いて驚いてから楽しそうに笑った。

「ははっ、面白いね。それが君なんだね。ごめん。驚かないって言ったけど、すごく驚いたよ」

 驚いたと言う割にやけに嬉しそうだ。
 ヒヤリとしていた手が笹森の体温と同じになった気がする……。
 俺が素を見せるなんて血迷ったのは、だからかもしれない。

「今日はいいよ。それじゃ、またここで一緒に息抜きをしようね?」

 笹森も気を抜けないのはわかる。
 俺も学校では、同じだから……。

「とりあえず今日は帰ります……」
「ありゃ。また敬語に戻ったね。でも、駄目とは言わないんだね。嬉しいよ」

 笹森は楽しそうにクスクスと笑う。

「ごめんね。引き止めて」
「別にいいです……」

 笹森に手を離されたら、空気が触れた場所がやけにヒヤリと感じた気がした。
 指導室を出ようとした時に、こちらにヒラヒラと手を振る軽い様子に、やっぱりクズ教師だと改めて思ってため息をついた。
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