隣の家の住人がクズ教師でした

おみなしづき

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クズ教師編

創志の弟

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 夏休みにもなれば、昼間もバイトができるので、日雇いのバイトも入れてもらったりして過ごしていた。
 何もない日は、創志が家に来て勉強を見てくれたりする……割と嬉しいのに素直にお礼は言えない。

 エアコンの冷房をつけるようになったので、窓を開ける事はなく、隣の音はあまり聞こえない。
 それにホッとしている。
 創志と誰かがしてる声なんて聞きたくない。

 夕方にバイトが終わってアパートに帰れば、見知らぬ人が創志の部屋の前にいた。
 創志と同じようにドアの前にある手すりに寄りかかってタバコを吸っていた。

 また創志の所か……あまり目を合わせないようにして、自分の部屋に入ろうとしたら、グッと肩を掴まれた。

「君さ、ここの家の人がいつ帰るかわかる?」

 その人が指差したのは、やっぱり創志の部屋だった。
 たぶん学校に居て帰るのはそろそろだろうけれど、この前の事もあって正直に答えるのもどうかと思う……。

「すみません。わかりません」

 視線を合わせれば、とてもカッコいい男の人だった。創志の所に来る人で身長がそこそこある人が訪ねてくるのは珍しい。
 セフレという雰囲気じゃない気がした。

「来るまで君の部屋で待つとかできない?」
「え……他人を部屋に入れるのはどうかと思います……」

 遠慮を知らない人だ。
 普通に考えて無理がある。

「僕はそこの住人の弟で、笹森和志かずしって言うんだ。それでもダメ?」
「え……?」

 驚いて改めてその人を観察する。
 確かに雰囲気は創志に似ているかもしれない。切れ長の瞳は猫っぽい。
 髪の色は黒いけれど、目の色が創志と同じだ。

「兄さんと連絡つかないからさぁ……とりあえず待ってたけど、この暑さで外でずっと待つのもさぁ」

 苦笑いされて少し気の毒に思ってしまった。
 いつ帰ってくるかわからないのにここで待つのは可哀想だと思う。

「本当に弟さん?」
「そうそう。マジだよ。えっと──ほら、学生証」

 慌ててポッケから出して見せられた学生証には笹森和志とあった。
 間違いなさそうだ。

「大学生ですか? 教育学部って……あなたも先生になるんですか?」
「そう。両親がさ、とある学園の理事長と学園長やってるんだよ。こんな家系に生まれると先生になるのが当たり前ってね」

 創志の両親ってそうなんだ……。
 理事長って……すごいんじゃないか?
 創志があんな猫被りになったのは、躾の厳しい家に産まれた反動なのかもしれない。
 少し創志の事がわかった気がした。

 創志の弟なら、部屋にあげてもいいかな。

「じゃあ──どうぞ」
「本当助かるよ。ありがとう」

 人懐っこい感じがして悪い人じゃなさそうだ。

 部屋に入ってきっちり靴を揃える所は創志と同じだった。

 エアコンをオンにして、キッチンでコップに氷を入れて、作ってあった麦茶を冷蔵庫から出して注ぐ。
 麦茶を持っていけば、和志さんは立ったままだった。

「座って下さい」
「あ……うん」

 そっとテーブルの前に座った。

「こう言ったら失礼かもだけど……何もない部屋だね」

 遠慮がちに言われた言葉に苦笑いする。

「あぁ……はい。ほとんど家に居ませんし、必要な物しか置いてないんで」
「へぇ。あ、麦茶頂きます」
「どうぞ」

 遠慮を知らない人だと思ったけれど、そうでもない。創志に比べたら普通だ。

「君、見た所大学生? 高校生?」
「高三です」
「へぇ。進路とか決めてあるの?」

 ずっと考えていた事がある。

「あの……和志さんの大学って俺でも入れますか?」
「もしかして、君、教師になりたいの?」

 少し驚かれる。

「あ……はい。少し興味があって……」

 教師になりたいと思い始めたのは最近だ。
 創志と同じ目線に立ちたいだなんて言ったら笑われそうだから、創志には言ってない。

「君の成績によると思うけど──」

 和志さんは、色んな説明をしてくれた。
 今度大学を案内してくれると言って、連絡先を交換した。
 スマホに映し出された名前に首を傾げる。

「これ、名前、なんて読むの?」
「ちそらです」
「へぇ。かっこいい名前だね。千宙くんって呼んでいい?」
「はい。もう呼んでましたけど、和志さんでいいですか?」

 そんな会話までできるほど打ち解けてしまった。

「ちょっとタバコ吸っていい?」
「外でなら」

 ベランダに行って、戻ってきた和志さんは、ニヤニヤしていた。

「君さ、タバコ吸わないよね?」
「未成年ですよ。当たり前です」
「ベランダに灰皿あったけど、誰が吸ってるの?」

 創志が勝手に置いた灰皿だった。
 言い訳が思いつかない!
 真っ赤になって動揺してしまった俺に和志さんはクスクスと笑った。

「兄さんのセフレかなんか?」
「ち、違います!」
「やってんじゃないの?」
「した事ありませんよ!」

 間違ってもそんな関係じゃない。

「へぇ。珍しい……」
「何がですか?」
「いや、こっちの話」

 そんな事をしている間にガチャリと勢いよく部屋のドアが開いた。

 創志は、ズカズカと中に入ってくると和志さんの腕を掴んだ。
 睨んでいる所を見ると怒っているようだ。

「隣の家にいるってなんだよ。ちぃくんに迷惑掛けるなよ」

 和志さんは、いつの間にか創志に連絡していたらしい。

「兄さんと連絡が取れないからだろ?」

 和志さんも負けじと睨み返している。
 思ったより仲の悪い兄弟なんだろうか。

「帰れ」
「待って兄さん、話があるんだ!」
「俺にはない」
「父さんが入院したんだ」

 追い返そうとグイグイ引っ張っていた創志の動きが止まった。

「は……?」
「お見舞いぐらい行くべきだろ?」

 これ──俺が聞いていい話じゃないよな……。
 でも、今話さなきゃ創志は話を聞かなそうだった。

 創志は明らかに動揺しているように見えた。

「なんで俺が……お見舞いなんか……」

 和志さんの腕を掴んでいた創志の手は、今度は自分の腕を掴んだ。

「父さんが兄さんに会いたいって──」
「出てけって言ったのは向こうだろ! 今更俺に何の用があるんだよ!」

 こんなに痛そうに喋る創志を見た事がない……。

「兄さん……」
「とにかく、俺は行かない。和志も帰れ」
「──わかった。今日は帰る。お見舞い行く気になったら連絡して……」

 和志さんは、創志を心配そうに見ながらも、玄関へ向かった。
 慌てて俺も立ち上がって和志さんを見送る。

「千宙くん、迷惑掛けてごめんね」
「いえ、平気です」
「兄さんの事……頼むよ」

 和志さんの苦笑いしている顔は、間違いなく兄を心配する弟だ。
 仲悪いわけじゃなくて良かった。

 任せて下さいとは言えなかった。けれど、今の創志を放っておけるかと言われたら放っておけない。

「努力はします……」
「ははっ。正直だね。またね、千宙くん」
「はい」

 玄関のドアが閉まった。
 創志の方を振り返れば、下を向いて立ち尽くしたまま動いていなかった。
 その背中をジッと見つめた。

 何を考えているのだろうか?
 俺が口を出していい事なのかもわからない。

 創志の背中……小さく見えて寂しそうだな……。

 そっと背後から手を伸ばして背中に触れたら、ビクッとした。
 でも、逃げなかった。
 それならばと、背後からその背中を抱きしめた。そうして欲しいと背中に書いてあった。

 いや──俺がそうしたかったのかもしれない。

 創志の手は、伸ばされた俺の手に重ねられた。

 冷たい──。

 いつも俺の方が体温が低いのに、創志の手がヒヤリとした。
 冷えた手が、俺と同じぐらい温かくなって欲しいと思った。
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