隣の家の住人がクズ教師でした

おみなしづき

文字の大きさ
27 / 42
遠距離編

寂しくなんか……ない

しおりを挟む
 大学が始まって少しして、休日の昼間のバイトが終わってアパートに帰ると、何やら引っ越してくる人がいるらしく、トラックがアパートの前に停まっていた。
 気になりつつも、自分の部屋に行けば、創志がいた部屋が騒がしい。

 隣の部屋に誰か入ったのか……。

 そう思うと、本当に創志がいなくなったんだという実感が湧いてくる。
 寂しいなんて思っちゃダメだ。

「それ、こっち。これは──そっちで」

 テキパキと指示を出している人がいた。
 あの人が創志の後に入る人か……。

 少しだけ癖のある髪がふわりと揺れた。
 二重の目元が細くなり、ニッコリと笑われた。
 人懐っこそうな人だった。
 年齢は俺よりも上っぽい。
 なんて言うか……同級生の女子が見たら、王子とか言いそう。

 俺には関係ない。
 ペコリとお辞儀だけをして、自分の部屋に入って行った。

     ◆◇◆

 バイトの帰りに創志に電話する。

『ちぃくん、忙しいみたいだね』
「創志もな」
『次に会えるの……二ヶ月先かぁ……』

 残念そうな声にクスクスと笑う。

「仕方ないよ。俺も創志も今の生活に慣れるのに時間が掛かるから」
『ちぃくん、大学で和志に挨拶してくれたって?』
「和志さんにはお世話になってるし──」

 他愛ない会話は、俺と創志の距離を感じさせなくていい。
 アパートの前まで来て、階段を上る。
 カンカンという鉄骨階段の音が電話越しに創志にも届いたらしい。

『ちぃくん、今階段上ってる所だね?』
「そう。そういえば、隣に──」

 自分の家の前まで来て、タバコを吸う隣人を発見する。
 あの人もタバコを吸うのか……。
 ヒラヒラとこちらに手を振ってきた。
 馴れ馴れしい人だな……。

 ペコリとお辞儀をして、家の鍵を開ける。

『ちぃくん? どうした?』
「あ──いや、なんでもない」
『もう家?』
「うん。そう──」

 タバコを吸っていた隣人にガシッと肩を掴まれて振り向けば、ニコニコされる。
 なんなんだ? この人……。

 肩を掴んだまま離してくれない。
 チラチラとスマホに視線を向けていて、電話を切れと遠回しに言われてるみたいだ。

「──家着いたから、またな……」
『もう切っちゃうの?』
「また明日電話する」

 通話を切って、改めて隣の家の人と向き合う。
 なんだろう……胡散臭い……。

「──何か用ですか?」
「君、隣の家の子だよね?」
「そうですけど?」
「あのさ、家の鍵忘れちゃって……困ってたんだよ。君が来てくれて良かった」

 何で俺?
 家の鍵って……ニコニコしながら、言う事じゃないと思う。

「管理人さんには言ったんですか?」
「タイミングが悪くてさ、今遠出してていないんだって。鍵は事務所に忘れただけだから、社長が届けてくれる事になってるんだけど、まだ仕事で遅くなるって言われてさ」

 なんか嫌な予感……。

「それで……俺に何の用なんですか……?」
「家の中で待たせてくれない?」
「…………」

 ニッコリ笑顔で和志さんと同じ事を言い出したな……。
 まるで俺が断らないとでも言いたそうな笑顔だ。
 今の時期は暑くも寒くもないはず。

「外で待っていたらどうですか……?」

 断ったつもりだけれど、その人は少し驚いていた。

「僕の事見て、何か気付かない?」
「は? 意味わからないです。他人を家に入れるつもりはありません」
「本当にわからない!?」

 顔が引きつってきてる……。

「僕は、池入いけいりかおる。歳は23歳」

 なんで自己紹介?

「本気で知らない?」
「知りません」

 何かショックを受けたようだ……。

「僕は、テレビにも映画にも出てるし、モデルもやった! それなのに……知らないだって?」

 俳優ってやつかな……。
 やばい……俺、そういうの……全然わからない……。

「ご、ごめんなさい……知りません」
「マジかよ……」

 よっぽどショックだったのか、悩む素振りをする。

「そ、そもそもそんな人がなぜこんなアパートに?」
「それも説明するから、家に入れてくれない……?」

 余程ショックだったのか、肩を落として随分と大人しくなってしまった……。

「お願い……」

 下向き加減でこちらを見る瞳が、捨てられた子犬のようで罪悪感が半端ない!
 情に訴えてくるとは卑怯な……。

「その社長が来るまでですよ……」
「うん……ありがとう……」

 仕方なく家のドアを開けた。
 中に入ったその人は絶句する。

「何もない部屋だね……」
「それ、よく言われます」

 みんな似たような感想を言うんだ。

「テレビもないの?」
「はい。見ている暇はないので」
「なるほど。なら、俺の事を知らなくても納得だ」

 おや? ちょっと口調と態度が変わった?
 テーブルの前に座らせて、お茶を出す。

「お前、名前は?」

 なんだ? 急に偉そうだ。

「碓氷千宙です……」
「千宙って呼んでいいよな? 俺の事は薫さんって呼べ」
「…………」

 態度が明らかにさっきと違う!
 もしかして、家の中に入ったからか?
 さっきまで人目を気にしていた?
 俺も一応その人目に入らないのだろうか……?

「さっきと別人じゃないですか?」
「俺の事知らないんだろ? そんな奴に丁寧に対応する必要あるか?」

 なんて人だ……。

「大学生だろ?」
「は、はい……」

 色んな質問をされて答えていれば、薫さんのスマホが鳴った。

「社長だ。ちょっと出る」

 薫さんは、通話ボタンを押して話し始める。

「はい。池入です」

 声のトーンが上がった。
 この人、とんだ二重人格じゃないか!?
 猫被りどころじゃないな……俺の周りはなんでこんな人しか居ないのか……。

「え……? そんな……はい……わかりました。今日はどうにかします。大丈夫です。今も友達の所ですから」

 友達……俺はいつから友達に……?
 通話を終えた薫さんは、ため息をついて眉間に皺を寄せた。

「──泊めろ」

 俺に向かって驚きの一言を言ってきた。

「は……?」
「社長、あと三時間は帰れないってさ。今日は泊めろ」
「嫌ですよ! その辺のホテルでも行けばいいでしょ!」

 なんで俺がそこまでする必要があるんだ。

「何言ってんだよ……芸能人がそんな所で寝泊まりしたら、週刊誌に載る」

 当たり前だろ?みたいに言われても……。
 どうして俺の方が常識がないみたいに言われるんだ?

「襲ったりなんかしないから安心しろよ」

 クスクスと笑いながらそんな事を言い出す。

「そういう問題じゃないでしょ……」
「迷惑は掛けない」

 既に大迷惑なんだって分かっていないのか……。

「タバコは外?」
「あ……はい……」
「吸ってくるから布団敷いといて」

 薫さんは立ち上がってベランダへ向かう。
 なんて自分勝手なんだ……。
 もう泊まる事が確定しちゃってる。

 参ったな……これって……浮気になる?
 創志には言った方がいいのか?
 いや、相手は男だし、ただ泊めるだけだ。
 そんなのは普通の事だろう。
 困ってるみたいだし……今日だけならいいか……。
 ──でも、やっぱり創志には言っておくべきだよな。

 グダグダと考えてから、薫さんがタバコを吸っている間に創志に電話を掛けた。
 創志は、数コールで電話に出たけれど、何やら周りが騒がしい。

『ちぃくん? また掛けてくるなんて珍しい』

 弾んだ声が聞こえてくる。
 連絡はしつこくない程度を心がけている。

「あ、ちょっと……話があって……」

 ザワザワしているのは居酒屋だろうか?
 さっきまで話していたのは外だったのかも……。
 今日、飲みに行くなんて言ってたか?
 そんな事は、わざわざ俺に言う必要はないか……。

『笹森先生? 電話なんて後でいいでしょう?』

 若い女の人の声だった──。
 チクリと胸が針で刺されたみたいに痛んだ。

山之内やまのうち先生、大事な電話なのですみません。少し失礼します』

 先生って事は、教師同士で飲んでるのかも……。
 その場から少し離れたのか、騒がしいのが遠くに聞こえる程度になった。

『もしもし? ちぃくん?』
「今何してる──?」

 こんな事聞いたら、相手の負担になるだけだ。
 言ってから後悔した。聞くんじゃなかった。
 自分の用事だけを伝えれば良かったのに……。

『飲み会があって、居酒屋だよ』

 やっぱりそうだった。それなら先に言ってくれたら連絡なんてしなかった──だめだ……こんな考え方は。
 側にいた時はそんな事は気にならなかったはずだ。

「忙しい時に電話……ごめん」

 薫さんの事は言うほどの事でもないのかもしれない……。
 こんな事で電話したらだめだった。

『全然いいよ。何かあった?』
「いや、何もない。おやすみ」
『寝る前の電話くれたの? ありがとう。おやすみ、ちぃくん』

 通話を切って、終始浮かれた調子だった創志にため息をついた。
 創志は少し酔っていたのかもしれない。
 この後……普通に家に帰るんだよな……?
 そもそも二人だけって事はないよな?
 大丈夫……創志はもう昔の創志じゃない。

 ガラリと開けられたベランダの音でハッと我に返る。

「君さ、タバコ吸わないよね?」
「え?」
「ベランダに灰皿あったけど?」

 創志がいつも使っていた灰皿を片付けるのを忘れていた。
 創志の名残を片付けたくなかっただけかもしれない。

「客が来た時に片付け忘れただけです……」
「そのまま置いといて。俺が使う」

 顔が引きつる。この人、また来る気じゃないよな?

「千宙、布団は?」
「あ、はい……今敷きますから……」

 王子みたいな顔しといて、なんて偉そうなんだ……。

 布団を押し入れから出す。
 創志のために用意した布団だけれど、一度も使っていない。
 いつも一緒の布団で寝てたから……。

「俺も手伝ってやるよ」

 薫さんは俺の隣に来て、布団を持ち上げた。
 その瞬間フワリと香ったタバコの香りが創志と一緒だった。
 なんで同じ銘柄なんだ……。
 思わず薫さんを見つめてしまった。

「おい? 何でそんな顔してんだ? 痛いのを我慢してるみたいな──布団出す時、指挟んだのか?」

 心配そうな薫さんから視線を逸らす。

「薫さん……灰皿、やっぱり片付けます。うちでタバコ吸わないで下さい……」
「は? なんで?」
「タバコ……嫌いなんです……」

 俺は、そのまま無言で布団を敷いて、薫さんをそのままにして浴室へ行った。
 頭からシャワーを被れば、シャワーのお湯が不安定な俺の気持ちも全部流してくれるような気がした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

ダメリーマンにダメにされちゃう高校生の話

タタミ
BL
高校3年生の古賀栄智は、同じシェアハウスに住む会社員・宮城旭に恋している。 ギャンブル好きで特定の恋人を作らないダメ男の旭に、栄智は実らない想いを募らせていくが── ダメリーマンにダメにされる男子高校生の話。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

水泳部物語

佐城竜信
BL
タイトルに偽りありであまり水泳部要素の出てこないBLです。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

処理中です...