29 / 42
遠距離編
友達と恋人
しおりを挟む
薫さんは、朝はやっぱり早いのか、家にいなかった。
大学へ行って、早めの夕飯を食べてからバイトへ行く。
店長に友人が来ると言えば、カウンターの一番奥の目立たない席を取っておいてくれた。
「僕、池入薫のファンだよ~」
珍しく店長の顔がニヤけている。
「店長知ってるんですか?」
「もちろん。彼の出てたドラマ見てたもん。あの王子スマイルに落ちない女子はいないよ」
王子スマイル……あの薫さんだと想像できない。
カランカランとドアベルが鳴る。
夕方過ぎの日の落ちる時間に店にやってきた薫さんは、帽子に伊達メガネとラフな格好で、一見すると薫さんだとはわからない。
俺に気付くとパッと笑顔を見せて駆け寄ってくる。
すごく嬉しそうだ。ペットがいたらこんな感覚なのかもしれない。
笑ってしまいそうになるのを堪えてカウンターに案内する。
「これ、メニューです」
「ありがと」
メニューを見て幾つか注文すると、店長に紹介する。
店長はいつもよりニコニコ笑顔のサービスが多めだ。
「千宙くんに連絡してくれれば、そこの席取っておきますね」
「ありがとうございます。絶対また来ます」
薫さんは店長と少し会話をしていた。その間に俺は俺の仕事をする。
そのうちに薫さんは、注文したグラタンとサラダを平らげたようだ。
「千宙」
手招きされて近付けば、耳元に囁かれる。
「後1時間ぐらいだろ? 一緒に帰らないか?」
「いいですよ。それじゃあ、待っていてもらえますか?」
「おう。それと、お前、働いてる所カッコいいよ」
思わずまじまじと見つめたら、ニカッと笑った。
リップサービスとでも言うのだろうか。苦笑いだ。
「ありがとうございます。でも、薫さんって恥ずかしいとかないんですか?」
「褒めたんだからいいだろ?」
本当にこの人は面白い。
「おやおやおや? 随分と仲が良さそうだね」
店長にニヤニヤされた。
薫さんは、店長に向かってニッコリ笑った。
「僕の大切な友人ですから」
おお。これが噂の王子スマイル。店長が頬を赤く染めていたけれど、素を知っている俺は吹き出してしまいそうだった。
◆◇◆
バイトが終わって薫さんと二人でアパートまでの道のりを歩く。
「なぁ、今週末久しぶりに休みもらえたんだ。映画行かないか?」
「映画ですか?」
「いいだろ? 映画は元から好きなんだ。俺、今は外で一人になれないからさ。千宙が一緒に来てくれないかと思って……」
相変わらず友達が作れない不器用な人だ。
「今週はダメです」
「なんで? バイト?」
「バイトは休みにしてもらってますけど──」
今週は創志と会える。
すごく楽しみにしていた。
「久しぶりに恋人と会うのですみません」
「そりゃ恋人の方を優先するのは当たり前だよな……」
いじけた様子の薫さんにクスクスと笑う。
「いいなぁ、その恋人。俺が恋人だったら、千宙は俺の事を優先してくれたのにな」
変な事を言い出した薫さんをまじまじと見つめる。
薫さんも自分が変な事を言ったのだと理解して顔を赤く染める。
「違う! 男が好きとかじゃなくてっ……! ストーカー女のせいで女が苦手になって! だ、だからって男が好きって訳じゃなくてだな……! 千宙と映画行きたくて! あ、あれ? 俺、何言ってんだ……?」
おかしな薫さんにぶはっと吹き出してしまった。
「俺にも何言ってるかわかりませんよ」
笑いが止まらない。
「おい! 笑うなよ! と、友達と色々したいんだよ!」
俺も友達と呼べる人は学校だけの付き合いだ。
薫さんみたいな人は初めてで、一緒にいるのが嫌じゃない。
「また休みができたら言うから、その時は俺を優先しろよな!」
偉そうなのに、少し照れているような薫さんらしい言い方にまた笑ってしまった。
◆◇◆
その日は、朝からソワソワと落ち着かなかった。
創志に会える!
駅まで迎えに行こうかと言ったら、来なくていいと言われていたけれど、やっぱり行きたい。
少しでも長く一緒にいたいと思うのは迷惑だろうか……?
でも、会いたいんだ。そう思って用意をして鏡を見る。
俺、変じゃないよな? 大丈夫だよな?
寝癖もシャワーで直したし、部屋も綺麗にした。
よし、行こう。
気合を入れてから、足早に駅までの道を歩く。
予定より早く着いてしまった。
どれだけ楽しみにしているんだ……。
そう思ったら恥ずかしい。
そのうちにスマホが鳴って画面を見れば、創志からだった。
『ちぃくん、今着いた』
改札から出てくる人達を見ていれば、電話をしながら出てきた創志を発見する。
久しぶりに見た創志にキュゥゥッと胸の奥が鳴る。
周りの人なんて見えない。俺に見えるのは創志だけだ。
嬉しそうに笑う創志に、あんな顔で俺に電話してくれてたのかと思うと胸がいっぱいだ。
もう少し見ていたいような気持ちになるけれど、俺を見てほしい。
「創志……こっち」
『え?』
キョロキョロと周りを見回す創志が、俺に気付いてパッと笑顔になった。
嬉しそうに、それでいて照れたような顔を見せてくれた。
創志は、俺の前まで駆け寄ってくる。
二人同時に通話を切った。
「久しぶり」
「ちぃくん、迎えいらないって言ったよ」
だって……一秒でも早く会いたかったんだ……ずっと……。
「迷惑だった?」
不安になって聞けば、熱のこもった顔で見られる。
「違う。ずっと会いたかったんだ。こんな所で抱きつきたくなる。めちゃくちゃキスしたい」
創志の言葉に顔が熱くなる。
良かった……創志も俺に会いたいと思ってくれてた。
「──……家に帰ったら……して」
「早く帰ろ!」
先を歩き出した創志に笑って後を追いかけた。
大学へ行って、早めの夕飯を食べてからバイトへ行く。
店長に友人が来ると言えば、カウンターの一番奥の目立たない席を取っておいてくれた。
「僕、池入薫のファンだよ~」
珍しく店長の顔がニヤけている。
「店長知ってるんですか?」
「もちろん。彼の出てたドラマ見てたもん。あの王子スマイルに落ちない女子はいないよ」
王子スマイル……あの薫さんだと想像できない。
カランカランとドアベルが鳴る。
夕方過ぎの日の落ちる時間に店にやってきた薫さんは、帽子に伊達メガネとラフな格好で、一見すると薫さんだとはわからない。
俺に気付くとパッと笑顔を見せて駆け寄ってくる。
すごく嬉しそうだ。ペットがいたらこんな感覚なのかもしれない。
笑ってしまいそうになるのを堪えてカウンターに案内する。
「これ、メニューです」
「ありがと」
メニューを見て幾つか注文すると、店長に紹介する。
店長はいつもよりニコニコ笑顔のサービスが多めだ。
「千宙くんに連絡してくれれば、そこの席取っておきますね」
「ありがとうございます。絶対また来ます」
薫さんは店長と少し会話をしていた。その間に俺は俺の仕事をする。
そのうちに薫さんは、注文したグラタンとサラダを平らげたようだ。
「千宙」
手招きされて近付けば、耳元に囁かれる。
「後1時間ぐらいだろ? 一緒に帰らないか?」
「いいですよ。それじゃあ、待っていてもらえますか?」
「おう。それと、お前、働いてる所カッコいいよ」
思わずまじまじと見つめたら、ニカッと笑った。
リップサービスとでも言うのだろうか。苦笑いだ。
「ありがとうございます。でも、薫さんって恥ずかしいとかないんですか?」
「褒めたんだからいいだろ?」
本当にこの人は面白い。
「おやおやおや? 随分と仲が良さそうだね」
店長にニヤニヤされた。
薫さんは、店長に向かってニッコリ笑った。
「僕の大切な友人ですから」
おお。これが噂の王子スマイル。店長が頬を赤く染めていたけれど、素を知っている俺は吹き出してしまいそうだった。
◆◇◆
バイトが終わって薫さんと二人でアパートまでの道のりを歩く。
「なぁ、今週末久しぶりに休みもらえたんだ。映画行かないか?」
「映画ですか?」
「いいだろ? 映画は元から好きなんだ。俺、今は外で一人になれないからさ。千宙が一緒に来てくれないかと思って……」
相変わらず友達が作れない不器用な人だ。
「今週はダメです」
「なんで? バイト?」
「バイトは休みにしてもらってますけど──」
今週は創志と会える。
すごく楽しみにしていた。
「久しぶりに恋人と会うのですみません」
「そりゃ恋人の方を優先するのは当たり前だよな……」
いじけた様子の薫さんにクスクスと笑う。
「いいなぁ、その恋人。俺が恋人だったら、千宙は俺の事を優先してくれたのにな」
変な事を言い出した薫さんをまじまじと見つめる。
薫さんも自分が変な事を言ったのだと理解して顔を赤く染める。
「違う! 男が好きとかじゃなくてっ……! ストーカー女のせいで女が苦手になって! だ、だからって男が好きって訳じゃなくてだな……! 千宙と映画行きたくて! あ、あれ? 俺、何言ってんだ……?」
おかしな薫さんにぶはっと吹き出してしまった。
「俺にも何言ってるかわかりませんよ」
笑いが止まらない。
「おい! 笑うなよ! と、友達と色々したいんだよ!」
俺も友達と呼べる人は学校だけの付き合いだ。
薫さんみたいな人は初めてで、一緒にいるのが嫌じゃない。
「また休みができたら言うから、その時は俺を優先しろよな!」
偉そうなのに、少し照れているような薫さんらしい言い方にまた笑ってしまった。
◆◇◆
その日は、朝からソワソワと落ち着かなかった。
創志に会える!
駅まで迎えに行こうかと言ったら、来なくていいと言われていたけれど、やっぱり行きたい。
少しでも長く一緒にいたいと思うのは迷惑だろうか……?
でも、会いたいんだ。そう思って用意をして鏡を見る。
俺、変じゃないよな? 大丈夫だよな?
寝癖もシャワーで直したし、部屋も綺麗にした。
よし、行こう。
気合を入れてから、足早に駅までの道を歩く。
予定より早く着いてしまった。
どれだけ楽しみにしているんだ……。
そう思ったら恥ずかしい。
そのうちにスマホが鳴って画面を見れば、創志からだった。
『ちぃくん、今着いた』
改札から出てくる人達を見ていれば、電話をしながら出てきた創志を発見する。
久しぶりに見た創志にキュゥゥッと胸の奥が鳴る。
周りの人なんて見えない。俺に見えるのは創志だけだ。
嬉しそうに笑う創志に、あんな顔で俺に電話してくれてたのかと思うと胸がいっぱいだ。
もう少し見ていたいような気持ちになるけれど、俺を見てほしい。
「創志……こっち」
『え?』
キョロキョロと周りを見回す創志が、俺に気付いてパッと笑顔になった。
嬉しそうに、それでいて照れたような顔を見せてくれた。
創志は、俺の前まで駆け寄ってくる。
二人同時に通話を切った。
「久しぶり」
「ちぃくん、迎えいらないって言ったよ」
だって……一秒でも早く会いたかったんだ……ずっと……。
「迷惑だった?」
不安になって聞けば、熱のこもった顔で見られる。
「違う。ずっと会いたかったんだ。こんな所で抱きつきたくなる。めちゃくちゃキスしたい」
創志の言葉に顔が熱くなる。
良かった……創志も俺に会いたいと思ってくれてた。
「──……家に帰ったら……して」
「早く帰ろ!」
先を歩き出した創志に笑って後を追いかけた。
11
あなたにおすすめの小説
ダメリーマンにダメにされちゃう高校生の話
タタミ
BL
高校3年生の古賀栄智は、同じシェアハウスに住む会社員・宮城旭に恋している。
ギャンブル好きで特定の恋人を作らないダメ男の旭に、栄智は実らない想いを募らせていくが──
ダメリーマンにダメにされる男子高校生の話。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる