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男装の公爵令嬢、婚約を破棄される

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 父であるルドルフに話があると屋敷のリビングで引き止められた。
 椅子を勧められたので座る。
 その正面に父が座れば、私の両サイドに兄達も座る。

 逃げられないようにされたと思えるような圧が半端じゃない。

 父は、この国の為に数々の武勲を立てて、当時の国王陛下に認められ、公爵という爵位を授けられた。
 滅多にない事だったが、それだけ父はこの国の為に働いた。
 その時の国王陛下の妹だった母を娶り、国の騎士団を任されて、騎士団長として騎士団をまとめている。

 私と同じ色の金髪を、後ろと両サイド共に刈り上げている。前髪も短く男らしい。
 真紅の瞳を真剣な眼差しに変えて、深刻な雰囲気で私に尋ねてきた。

「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」
「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」

 言われる事はわかっていたので簡潔に答えた。
 私の受け答えを聞いて、父と兄達は眉間に皺が寄り、誰もが縮み上がるという眼光で私を見据えた。
 私に怒っているわけではないとわかっていても、冷や汗が背中を伝う。

「なんて事だ! ローマンにしてやられた気分だ!」

 そう言って嘆いているのは長男のウルリック兄さんだ。私はウル兄さんと呼んでいる。
 せめてローマン殿下に敬称を付けようよ、ウル兄さん。

 母親譲りの空色の髪を、父と同じように耳上や後ろを刈り込んでいるけれど、中央を長く残しているために、若者らしくてかっこいい。

 25歳の兄さん達こそ結婚した方がいいと言いたいが、まだ結婚はしないのだそうだ。
 
「ローマンの不貞ではないか! なのになぜアデルの方が婚約破棄され、処罰されるんだ!」

 次男であるラース兄さんはそう言いながら、膝の上にある自身の拳をギュッと握った。
 ラース兄さんも敬称ぐらいつけようか。

 家族と同じ真紅の瞳が私に問いかける。

 ラース兄さんは長男と双子だが、空色の髪を腰まで伸ばし、細いリボンで一つにまとめている。
 これはこれで、邪魔にならずに楽だ。私も似たような髪型なのでわかる。

 将来有望な兄達が本気になれば、すぐに結婚できるとわかっているので、父は特に何も言わない。
 けれど、女だからなのか私にはものすごく干渉してくる。
 父だけでなく、兄達もだ。

 そうそう、なぜ処罰されるのかというラース兄さんの問いに答えないと。

「ぶん殴りました」
「「え? なんだって?」」

 聞こえなかったか? もう少し大きい声で家族に伝える。

「ローマン殿下をぶん殴りました」

 私以外の時間が止まった。
 まぁ、無理もない。
 婚約者をぶん殴る令嬢などいないだろう。
 しかも相手は第二王子ときた。
 王族に手を上げるのはご法度だ。
 数日後に城に呼び出され、処罰されるらしい。

「ですので、私は納得しています。これと言ってその決定に反論はありません」

 怒られるかと思ったが、三人はブハッと吹き出した。

「そうか! 良くやったな!」と、父が言えば「少しぐらい痛め付けた方がいい!」とウル兄さんが言い「さすがアデルだ! 私達の妹は誇らしい!」とラース兄さんが喜ぶ。

 うちの家族はそういう人達だったな。

 七歳で決められた私の婚約は、ないに等しかった。
 ローマンは、第二王子で、婚約者らしい事をした記憶はない。
 親に決められた婚約は、ローマンには不本意だったのだろう。

 そんな婚約だったし、ローマンとは半年に一度と義務程度しか会っていなかった。
 彼に他に好きな人が出来ても、全く不思議ではない。
 公爵令嬢としての義務を果たせないのは申し訳ないけれど、結婚などはしなくてもいい。

「だがしかし、アデル……このままでは、お前は結婚できないぞ」
「父さん。私はつい先日、騎士になれたばかりです。結婚よりも騎士としてはげみたいです」

 やっとの思いで騎士になったのだ。そう簡単に結婚したいとは思わない。

「気持ちはわかるが、親として一人娘の花嫁姿が見たいという親心を理解して欲しいんだ。このままでは、亡くなった母さんに顔向けできない」

 父の辛そうな顔に申し訳なくなる。
 私を産んで亡くなった母を話しに出されると何も言えない。

「いつまでもそんな格好でいたら、誰も寄り付かない。舞踏会の時ぐらいドレスを着たらどうだ?」
 
 そんな格好というのは、令嬢が着るドレスやワンピースではない。
 先ほどまで庭で軽く鍛錬をしていたので、下は男性用の動きやすい茶色い鍛錬着で上はただの白いシャツだ。
 至ってシンプルな男装は、自分の体に合っている。

 幼い頃からの鍛錬で、腕も足も普通の令嬢よりも一・五倍だ。腹筋も六つに割れている。
 更に言えば、身長は一七〇センチ以上ある。下手したら男性よりも上背があるのに、ドレスなんて似合うはずもない。

「私のような者にドレスなど似合うはずがありませんよ」

 そのまま笑い飛ばしてやろうと思ったのだけれど──。

「「何を言っている! アデルは俺達の自慢だ! 絶対にドレスが似合う! 父さんもそう思って言っている!」」

 両隣の兄達からの反論にちょっと引いてしまった。父よ、頷くな。

 私が家族と並んでも目立たないのは、父も兄達もみんな一八〇センチ以上あるからだ。
 全体的に大柄なのは血筋と食生活以外にないだろう。
 そんな家族の中で私は華奢な方でも、舞踏会で見る令嬢達の中では断然大きいのだ。

 舞踏会ですら男装で、私を誘う勇者などいない。
 令嬢から誘って欲しいと頼まれて、男性パートを踊る事すらある。
 女性パートのダンスを踊ったのは一度だけだ。

 そんな私にドレスが似合うと思っているだなんて、家族の欲目があるとしか思えない。
 どうにか引きつった笑いを顔に貼り付けた。

「あ、ありがとう兄さん達。けれど、私にドレスなど必要ありません。ローマン殿下の事も元々興味がありませんでした。騒ぎ立てずに処理を願います」

 深々と頭を下げて父に言えば、それ以上は何も言ってこなかった。
 好きな女性がいるローマンと結婚すべきではない事も分かっているはず。
 みんな心の中では仕方がないと思ってくれているはずだ。
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