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脱ぎなさい
「ナオ?」
休日出勤で外回りをしていたある日、恋人の井辻尚雪が知らない男と一緒に店から出てくる所を見かけてしまった。
ナオとは、大学時代からの先輩後輩の仲で、その時からずっと一緒にいる。
サラサラの柔らかい黒髪を耳まで切り揃えており、セットして横に流していた。
それほど目は悪くないけれど、スクエアタイプの黒縁の眼鏡を上品にかけている。
大笑いするようなタイプではなく、優等生のタイプだ。
ナオが出てきた店は、紳士服専門のショップでスーツやネクタイを扱うお店だった。
隣に並ぶ男は、上品なスーツの着こなしをしていて、店のドアを支えているのを見ると、店員なんだろうかと思わせた。
ただ並んで立っているだけだったなら、それほど気にはならなかっただろう。
あのナオの顔は私と一緒にいる時に見せる顔だ……。
照れたように微笑むナオの顔を見て、胸にモヤモヤとしたものが湧き上がる。
「河西主任? どうされました?」
高部蒼吾は、立ち止まった私に不思議そうに声を掛けた。
化粧品関係の会社を経営している母の会社に勤める私は、この春から営業の主任として若手の教育を任されていた。
高部は、休日出勤でも嫌な顔をせずに付いてきてくれるような真面目な部下だった。
彼の時間を無駄にはできない。
「なんでもないよ」
ニッコリ笑顔で高部に答えると、自分の仕事をしようと歩き出した。
◆◇◆
仕事を終えて家に帰れば、二つ年下の弟である日比谷涼が何やらいそいそと出かける用意をしていた。
両親の離婚で私は母に、涼は父に引き取られて名字も変わったが、涼も母の会社に就職した事で、私のマンションに部屋を貸す事になった。
母は、会社の後継者として私を結婚させたがったが、私は男性しか愛せない。
そう言った時の母の顔は、般若のようだった。今思い出しても笑ってしまう。
すると、母は今度は弟の涼を自分の会社に就職させて結婚させようと考えた。
けれど、涼も男性しか愛せない事を知って、母はとてもがっかりした。けれど、私の時と違い、弟の時はただじゃ起きなかった。
『涼も結婚しないというのなら、私の会社に来て、一生会社に尽くしなさい。じゃなきゃ涼の相手を見つけ出して、ただじゃおかないわ』
相手を傷付けると脅されれば従うしかない。これが、涼が母の会社に就職した経緯だ。
部屋を貸そうと提案したのは他でもない私だ。
社会人になりたての弟に色々と負担を掛けるのはどうかと考えて、弟を想っての事だった。
そして、そうする事で私達を結婚させたいという母の干渉から守ってやれる。
涼は最初は渋っていたが、家事全般を引き受ける事で了承して、もう一年以上経つ。
相変わらず、同族嫌悪しているようで私を嫌そうにするけれど、心の底から嫌いというわけではないので可愛いものだ。
「輝、夕飯ならそこにあるから」
「どこかに出かけるのかい?」
「実家だよ。ハルの所。今日は帰らないよ」
「わかったよ」
浮かれた足取りで家を出て行く涼を見送る。
涼の恋人である日比谷春樹は、父が再婚して出来た涼の弟だ。
涼の後を追いかけて来たらしい高校生だった春樹君と、初めて会った時の事を思い出すと感慨深い。
春樹君が大学生になって二人で暮らす家を探しているらしいのだが、中々良いところが見つからず、実家やこの家を行き来しているようだった。
ふたりきりで暮らしたいという気持ちもわかるので見守ってはいるけれど、涼が引っ越そうとしていると知ったら、母は黙っていないだろう。
どうにかしてやりたいが──どうしたものか……。
考える事はいっぱいだけれど、今私が一番気にしているのは昼間の事だった。
涼が作った夕飯を食べて、風呂に入りながら昼間の事を思い出していた。
あれは……ナオだった。
人違いなんて事はない。
私がナオを見間違えるはずがない。
風呂から出ると、ナオに連絡をした。
「ナオ? これから家に来ないかい?」
『はい。用意ができたらすぐに行きます』
誘った時の反応はいつも通りだった。
◆◇◆
「お邪魔します」
「どうぞ」
自分の部屋に案内してソファに座らせた。
ナオが持ってきてくれたルビー色のワインをグラスに注いだ。
「弟さんは?」
「今日は泊まりでいないんだ」
「そうなんですね」
ナオは、あまり多くを語るタイプではない。
いつもはそれも心地良いのだが、今は少しもどかしい。
ナオの隣に座った。
風呂に入ってきたようで、きっちりとしていた昼間の様子と違い、髪を下ろしていた。
服もカジュアルなものになっていて、少し幼く見えるこのスタイルが好きだ。
「ナオ、私に会えるから綺麗にしてきてくれたんだ?」
「……はい」
少し照れたようなこの顔を知っているのは自分だけでいい。
昼間の事を思い出すとまた胸がモヤモヤとする。
そっと手を伸ばしてナオの髪に触れた。
「綺麗な髪だ」
「輝さん……」
サラサラとした手触りを楽しみながら、ナオの反応を確かめる。
潤んだ瞳が、私を見つめれば微笑んでしまう。
「あの、輝さん、その……俺……」
「なんだい?」
ナオが視線を逸らして少し戸惑った反応をすれば、頭の中に昼間の記憶が蘇る。
この反応は何だろう? あいつと浮気した? それとも……向こうが本命?
ソファから立ち上がろうとしたナオを腕を掴んで引き止めた。
「どうして逃げようするんだい?」
「いえ……その……バッグを取ろうと……」
帰ろうとしたのだろうか?
そう思うと、ジワジワと湧いてくる怒りが抑えられなくなる。
「昼間、ナオを見たよ。知らない男と一緒だった」
「え⁉︎ あの……あれは……その……」
頬を赤く染めて、照れたような顔をするナオにスッと目を細めた。
「ナオ……どういう事かな?」
平静を装っていても、思ったよりも低い声が出てしまった。
「ナオは、もう私が嫌になったのかい?」
「え? なぜですか?」
「あの男に乗り換える気かい?」
「え……あ! ち、違います! 清志郎とはそういう関係じゃないんです!」
違うとはっきり言われても、胸の内にある不安はまだ無くならなかった。
ならば、どうしてあんな顔をしていたのか?
それに、名前で呼ぶ仲の相手か……。
「清志郎という名前なんだ?」
「あの! 本当に違うんです!」
必死で訴えられれば、怪しく思う気持ちに拍車がかかる。
そうなると、どうしても確かめたくなる。
ナオが本当に私を好きなのかどうか。
どこまで私に従うのかどうか。
「違うと言うのなら確かめさせて」
「どうやって……ですか……?」
「服を全部脱いで、私の前に立ちなさい」
「あ、輝さん……」
ナオが震える声音で困ったように私を見る。
「信じて欲しいなら早く脱ぎなさい」
ナオは戸惑いながらもソファから立ち上がると、恐る恐る服を脱いで行った。
休日出勤で外回りをしていたある日、恋人の井辻尚雪が知らない男と一緒に店から出てくる所を見かけてしまった。
ナオとは、大学時代からの先輩後輩の仲で、その時からずっと一緒にいる。
サラサラの柔らかい黒髪を耳まで切り揃えており、セットして横に流していた。
それほど目は悪くないけれど、スクエアタイプの黒縁の眼鏡を上品にかけている。
大笑いするようなタイプではなく、優等生のタイプだ。
ナオが出てきた店は、紳士服専門のショップでスーツやネクタイを扱うお店だった。
隣に並ぶ男は、上品なスーツの着こなしをしていて、店のドアを支えているのを見ると、店員なんだろうかと思わせた。
ただ並んで立っているだけだったなら、それほど気にはならなかっただろう。
あのナオの顔は私と一緒にいる時に見せる顔だ……。
照れたように微笑むナオの顔を見て、胸にモヤモヤとしたものが湧き上がる。
「河西主任? どうされました?」
高部蒼吾は、立ち止まった私に不思議そうに声を掛けた。
化粧品関係の会社を経営している母の会社に勤める私は、この春から営業の主任として若手の教育を任されていた。
高部は、休日出勤でも嫌な顔をせずに付いてきてくれるような真面目な部下だった。
彼の時間を無駄にはできない。
「なんでもないよ」
ニッコリ笑顔で高部に答えると、自分の仕事をしようと歩き出した。
◆◇◆
仕事を終えて家に帰れば、二つ年下の弟である日比谷涼が何やらいそいそと出かける用意をしていた。
両親の離婚で私は母に、涼は父に引き取られて名字も変わったが、涼も母の会社に就職した事で、私のマンションに部屋を貸す事になった。
母は、会社の後継者として私を結婚させたがったが、私は男性しか愛せない。
そう言った時の母の顔は、般若のようだった。今思い出しても笑ってしまう。
すると、母は今度は弟の涼を自分の会社に就職させて結婚させようと考えた。
けれど、涼も男性しか愛せない事を知って、母はとてもがっかりした。けれど、私の時と違い、弟の時はただじゃ起きなかった。
『涼も結婚しないというのなら、私の会社に来て、一生会社に尽くしなさい。じゃなきゃ涼の相手を見つけ出して、ただじゃおかないわ』
相手を傷付けると脅されれば従うしかない。これが、涼が母の会社に就職した経緯だ。
部屋を貸そうと提案したのは他でもない私だ。
社会人になりたての弟に色々と負担を掛けるのはどうかと考えて、弟を想っての事だった。
そして、そうする事で私達を結婚させたいという母の干渉から守ってやれる。
涼は最初は渋っていたが、家事全般を引き受ける事で了承して、もう一年以上経つ。
相変わらず、同族嫌悪しているようで私を嫌そうにするけれど、心の底から嫌いというわけではないので可愛いものだ。
「輝、夕飯ならそこにあるから」
「どこかに出かけるのかい?」
「実家だよ。ハルの所。今日は帰らないよ」
「わかったよ」
浮かれた足取りで家を出て行く涼を見送る。
涼の恋人である日比谷春樹は、父が再婚して出来た涼の弟だ。
涼の後を追いかけて来たらしい高校生だった春樹君と、初めて会った時の事を思い出すと感慨深い。
春樹君が大学生になって二人で暮らす家を探しているらしいのだが、中々良いところが見つからず、実家やこの家を行き来しているようだった。
ふたりきりで暮らしたいという気持ちもわかるので見守ってはいるけれど、涼が引っ越そうとしていると知ったら、母は黙っていないだろう。
どうにかしてやりたいが──どうしたものか……。
考える事はいっぱいだけれど、今私が一番気にしているのは昼間の事だった。
涼が作った夕飯を食べて、風呂に入りながら昼間の事を思い出していた。
あれは……ナオだった。
人違いなんて事はない。
私がナオを見間違えるはずがない。
風呂から出ると、ナオに連絡をした。
「ナオ? これから家に来ないかい?」
『はい。用意ができたらすぐに行きます』
誘った時の反応はいつも通りだった。
◆◇◆
「お邪魔します」
「どうぞ」
自分の部屋に案内してソファに座らせた。
ナオが持ってきてくれたルビー色のワインをグラスに注いだ。
「弟さんは?」
「今日は泊まりでいないんだ」
「そうなんですね」
ナオは、あまり多くを語るタイプではない。
いつもはそれも心地良いのだが、今は少しもどかしい。
ナオの隣に座った。
風呂に入ってきたようで、きっちりとしていた昼間の様子と違い、髪を下ろしていた。
服もカジュアルなものになっていて、少し幼く見えるこのスタイルが好きだ。
「ナオ、私に会えるから綺麗にしてきてくれたんだ?」
「……はい」
少し照れたようなこの顔を知っているのは自分だけでいい。
昼間の事を思い出すとまた胸がモヤモヤとする。
そっと手を伸ばしてナオの髪に触れた。
「綺麗な髪だ」
「輝さん……」
サラサラとした手触りを楽しみながら、ナオの反応を確かめる。
潤んだ瞳が、私を見つめれば微笑んでしまう。
「あの、輝さん、その……俺……」
「なんだい?」
ナオが視線を逸らして少し戸惑った反応をすれば、頭の中に昼間の記憶が蘇る。
この反応は何だろう? あいつと浮気した? それとも……向こうが本命?
ソファから立ち上がろうとしたナオを腕を掴んで引き止めた。
「どうして逃げようするんだい?」
「いえ……その……バッグを取ろうと……」
帰ろうとしたのだろうか?
そう思うと、ジワジワと湧いてくる怒りが抑えられなくなる。
「昼間、ナオを見たよ。知らない男と一緒だった」
「え⁉︎ あの……あれは……その……」
頬を赤く染めて、照れたような顔をするナオにスッと目を細めた。
「ナオ……どういう事かな?」
平静を装っていても、思ったよりも低い声が出てしまった。
「ナオは、もう私が嫌になったのかい?」
「え? なぜですか?」
「あの男に乗り換える気かい?」
「え……あ! ち、違います! 清志郎とはそういう関係じゃないんです!」
違うとはっきり言われても、胸の内にある不安はまだ無くならなかった。
ならば、どうしてあんな顔をしていたのか?
それに、名前で呼ぶ仲の相手か……。
「清志郎という名前なんだ?」
「あの! 本当に違うんです!」
必死で訴えられれば、怪しく思う気持ちに拍車がかかる。
そうなると、どうしても確かめたくなる。
ナオが本当に私を好きなのかどうか。
どこまで私に従うのかどうか。
「違うと言うのなら確かめさせて」
「どうやって……ですか……?」
「服を全部脱いで、私の前に立ちなさい」
「あ、輝さん……」
ナオが震える声音で困ったように私を見る。
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