乙女ゲームのヒロインに転生したけど借金返済のために東奔西走していたら存在しないはずの逆ハールートに入っていました

Y子

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1章

1.ヒロインの境遇

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 私が生まれたのは小さな村で、名前はもう覚えていない。
 優しい両親のもとで幸せに暮らしていたということだけは微かに記憶に残っている。

 その両親が亡くなったのは私が六歳の時。
 すぐに父の親友だというオルコット男爵に引き取られ、貴族として生きることとなった。

 といってもオルコット男爵家はブレア伯爵家の傍系というだけの家。領地もなければ遊んで暮らせるような財もない。
 オルコット男爵は地域の特産品であるセブラム刺繍の職人を雇い、小さな商会を経営して生計を立てていた。
 裕福な平民。その程度の暮らしだった。

 それでも二つ下の弟と両親との生活は幸せに満ちていて、少なくとも私は自分を不幸だと思うことなく生きることができた。

 十五になる頃にはここが前世でプレイした乙女ゲームによく似た世界で、私はそのゲームの主人公の立ち位置にいるのだと気付いたけれど、だからといって何か特別なことをしようとは思わなかった。
 この先あのゲームのシナリオのような人生を辿るのだとしても、それが私の運命なら受け入れよう。そう思っていたから。






 全てが変わったのは、私が王立学園に入学して一ヶ月ほど経った頃。

「しゃ、借金って…………」

 寮の自室に届いたのは不慮の事故により事業が失敗し、膨大な借金を負ってしまったことを知らせる手紙だった。
 仕送りが少なくなることへの謝罪と心配せずに王都で楽しく学園生活を送るようにという言葉で締めくくられたそれを、私は丁寧に折りたたんで封筒へもどした。


 私の知っているゲームではそのような設定は出てこなかった。
 そもそも主人公である私は三年の春に編入するのだから、一年生から学園に通っている時点で少々シナリオが変わってしまっていることはわかっていた。

 だとしても男爵家がこんな莫大な借金を負わされるなんて酷すぎる。

 この世界が本当にあのゲームの世界なのだとしたら私は卒業後に高位貴族と結婚する。
 そうなれば借金を返済することも傾いた事業を立て直すことも簡単にできるだろう。

 けれど私には弟がいるのだ。
 三年後に私が結婚して攻略対象キャラの家から支援してもらえたとしても、弟の入学には間に合わない。
 学園の授業料も寮費もタダだけど、王都で生活するにはそれなりにお金がかかる。

 血は繋がっていないけれどあの子は確かに私の大切な弟なのだ。
 それに両親だってそう。血の繋がっていない私を大切に育ててくれた。
 恩返しがしたい。

 できるはずだ。
 この世界における私は主人公なのだから。

「どんな手を使ってでも借金を返済して恩返ししなきゃ……!」

 そうして私は徹夜で借金を返済するための計画を立てた。



◇◇◇◇◇◇




 私は周囲を見回した。
 三年生の教室がある西棟の周囲には、当たり前だが一年生の姿はない。
 あまりにも浮いていて心細い。

 けれど私には目的がある。


 エルドレッド伯爵家の長男であるアラン=エルドレッド。彼にどうしても会わなければならなかった。

 エルドレッド伯爵はこの国で最も大きな商会をもっている貴族だ。長男であるアランは将来その商会を継ぐことになる。
 だから彼にうちの商品であるセブラム刺繍を売り込むのだ。
 エルドレッド伯爵の商会は高位貴族だけでなく王族の御用達だと聞く。
 うまく行けば貴族や王族からの大口注文がとれるだろう。
 我ながら天才的な作戦だと思う。

 もちろん正面から売り込むことなんてしない。あからさまな営業は警戒されるだろうから。

 だから私は『この世界の主人公』である私の立場を利用することにした。


 

 しばらくうろうろしていると、目当ての人がやってきた。
 栗色のふんわりとした髪の毛に萌黄色の柔らかな印象の目。
 誰が見ても『優しそうな人』という印象を彼に抱くだろう。事実、彼の性格は温和で慈善事業にも積極的な人格者だと聞く。

 さりげなく彼の目に入る場所へ移動する。
 そしてきょろきょろと辺りを見回し、迷ってしまったふりをした。


 迷子になって困っている下級生。
 心優しい彼が声をかけないわけがない。

 彼に声をかけられたらできるだけたくさん話して、少しでも私という存在を意識してもらわなければならない。

 大丈夫。私は主人公なのだから。

 攻略対象キャラは王太子や宰相子息、騎士団長子息というこの国の貴族の中でも飛び抜けて地位の高い三人。
 着飾った美しい令嬢を見慣れているはずの彼らを落とせるのだから、私はきっと何かしら特別な魅力があるはずなのだ。
 悲しいことに自分ではまったくその魅力が理解出来ないけど。


 アランが近付いてきた。
 そろそろ声をかけられるはず。
 全力で困っている演技を……経験不足で涙は出ないけど、でも不安げな顔をしていれば伝わるはずだ。

 アランとの距離は残り八メートル。
 俯いて肩を落としてため息をつく。


 三メートル。
 もう声をかけられるはずだ。
 心の準備をする。


 -二メートル。
 …………あれ?
 遠ざかっていくアランの背中を見ながら私は呆然とする。

 無視された!?

 ここに困っている下級生がいるのに??
 アランは振り返ることなくどんどん進んでいく。

 追いかけて声をかけるなんてことはできない。そんなことをしたら彼を狙っていたのがバレてしまうから。

 どうすることも出来なくて立ち尽くしていたら後ろから声を掛けられた。

「君は一年生だよね。こんなところでどうしたの? もしかして迷子?」

 心優しき三年生が私を心配してくれているようだ。
 その役目はアランのはずなのに……。
 泣きたくなる気持ちをぐっと堪えて、優しい上級生にお礼を言って道案内をお願いした。


 一度の失敗くらいでへこたれてはならない。
 私は主人公なのだし、どんな障害だって越えられる。

 今回駄目でも次のチャンスで目的を達成するのよ!
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