転生王女は初恋の平民魔術師と結婚したい!

Y子

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一章

8.妨害5

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 魔術師の塔は九階建てだ。
 上の階は地位の高い魔術師に、下の階は新人に割り当てられるらしい。
 だからアシルの部屋は二階にあるのだろう。

「魔術師は騎士とは違い集団で魔術の鍛錬をすることはありません。我らの仕事のほとんどは魔術の研究なのです」

 階段をゆっくりのぼりながらアルベリク卿はこれまたゆっくりと説明を続ける。

「それは講義で聞いたから知っているわ」
「さすがはシャルロット様。魔術師の話に興味がないと仰っておられましたが覚えてらっしゃるとは」

 今でも魔術師に興味がないのは変わらない。
 私が気になるのはアシルだけだ。

「王女なのだから騎士団贔屓はよくないと言っていたのは貴方よ」
「そうでしたな。シャルロット様のおかげで宮廷魔術師はみな研究に励むことができております」

 それまで軍費は騎士団と魔術師団の割合が不平等だったため、騎士団と同じ額を魔術師団に支給するようにしたのだ。
 方々から反対されたけれど国防のためだと無理を押し通した。
 当然それはアシルのためだ。
 いつかアシルが宮廷魔術師となったときに不自由しないようにしてあげたかったから。



 ようやく五階まできた。
 ゆっくり進むから退屈だし若干イライラする。

 が、王侯貴族には優雅さが必要だ。
 急ぐことは品位に欠ける行為だから我慢しなければならない。
 これまでに何度も何度も言い聞かされてきたことだ。
 わかってはいるけれど性にあわない。

 騎士たちだって全員が貴族の子息だけれどよく走っているのを見かける。
 もちろん式典や来客時はそんなことはしない。
 でもいつも早歩きだ。
 先程からすれ違う魔術師達も別にゆっくり歩いているわけではない。
 もしかしたらアシルと会わないようにするために時間稼ぎをしているのかもしれない。

「アルベリク卿、アシルは何階に居るの?」
「あの子は今八階で副団長と共に適性検査を行っているはずです」
「それは具体的に何をするの?」
「祝福を受けた魔術師と受けていない魔術師とでどう違いがあるのかを確かめているのです。何せ我が国にはそのような研究を進める機会はありませんでしたから。どのような分野に祝福の効果があるのか、どの程度の差が生まれるのか……。これからアシルには様々な検査を受けさせます。この国の未来のために」
「…………まるでノルウィークの魔物実験のようね」
「仕方の無いことです。アシルはこの国で唯一の祝福を受けた魔術師なのですから」

 私にも剣の祝福がある。
 けれど他人との比較なんて一度もされなかった。
 これは王女と平民の身分差故か。
 やめさせたいけれど、私が口出ししてアシルの居場所がなくなったら本末転倒だ。
 彼の夢を叶えるためには宮廷魔術師という立場は必要不可欠なのだから。

「アシルもこの検査には賛成しております。魔術師はみな研究が好きなのです。あの子自身も祝福の研究に興味があるのでしょう」

 五階にある部屋で見学できたのは八部屋中七部屋だった。
 見せてもらえなかった部屋では今重要な実験を行っているらしい。
 内容は聞いても全く意味がわからなかった。
 それにしても魔術師の塔の中は退屈だ。
 どの部屋も基本的に同じ造りで各部屋で魔術師達が研究を行っている。
 といっても私には難しい顔した男性が不思議な道具と睨めっこしているだけにしか見えないんだけど。

「さあ、六階へ向かいましょう」

 アルベリク卿に促されて先へ進む。





 さてどうやって彼を出し抜こうか。
 先程部屋を見学する際にこっそりとハンカチを落としておいた。
 これで彼の予定から逸れるための理由は作れた。
 あとは案内が終わったあとにハンカチを探しに行くふりをして気になる場所を見に行けばいい。

 問題はどうやってそれを切り出すか、だ。
 下手に動けばアルベリク卿に丸め込まれてしまう。
 ハンカチごときに拘って彼と揉めるのは避けるべきだ。
 だから有無を言わさずに戻らなければならない。







 ……勢いで行動しているけれど、本当にそんなこと可能なんだろうか。
 難しいな。
 有耶無耶にして人をおちょくるのはアルベリク卿の得意技だ。
 これまで何度も弄ばれてきた。

 それによくよく考えると使ってもいないハンカチを落とすなんて、わざと忘れてきたことがバレバレだ。
 しかも落とした場所はすぐに気付かれないような机の下。
 偶然そこに落ちたなんて言い訳は通用しない。
 わざわざアルベリク卿に案内させておいてハンカチをわざと置いてくるなんて犬のマーキングみたいだ。
 なんか無性に恥ずかしくなってきた。

 もし誰かにハンカチが見つかってしまったら……そんなことになったら最悪だ。
 だって魔術師に女性はいない。
 私が落としたのは誰が見ても女性用のハンカチだとわかるものだ。




 よし、誰かに見つけられる前に自分で回収してしまおう。

 気付けば六階へたどり着いていた。
 今は周囲に誰もいない。やるなら今だ。
 思い切って話を切り出す。

「あ、いけないわ。ハンカチを落としてきてしまったみたい。探してくるわね」
「でしたら私が」
「いいの、自分で行くわ。すぐに戻るからイヴはここで待っていなさい」

 制止する二人を振り切って急いで五階に戻る。
 本来ならこんな行動はしてはいけないのだけれど今は緊急事態だ。
 二人にハンカチの居場所を見られないようにしなくては。
 幸い五階の廊下には誰もいない。
 これなら人目を気にしなくていい。
 足早に先程ハンカチを置いた部屋へ向かう。
 五階の一番奥の部屋だったはずだ。

 そのとき少し先にある部屋の扉が開いた。
 先程は実験を行っているからと見せてもらえなかった部屋だ。

 慌てて速度を落とす。
 先程までは誰にも見られていなかったからよかったけれど、王女たる私が必死に走っている残念な姿を見られるわけにはいかない。
 どんな時でも優雅に美しく。
 だって私はこの国の王女なのだから。


 いつもの表情で扉から現れるであろう人を睨み……いや、見つめる。
 私の進路を阻んでいるとはいえ、それは悪気あってのことではない。ただの偶然だ。
 そんな些細なことで王女は気分を害したりしない。

 しかしそこにあらわれたのは、ずっと探し続けていたアシルだった。

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