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二章
31.魔術6
しおりを挟む訓練場だと周囲が気になるだろうからとアシルとイヴォンに魔術師の塔の裏へ連れてこられた。
少し前にこの近くで大泣してしまったからこれはこれで恥ずかしい。
しかも人気がなくなった頃からアシルはさりげなく私の手を握ってくれていた。
ドキドキしてしまう。
さっきあんなことがあったばかりだというのに我ながら現金な性格をしていると思う。
ううん、さっきのことがあったから余計にそうなってしまうのだ。慰めて優しくしてほしい。
好きな人にそうしてもらったならきっとまた頑張れるから。
こうやって期待するのはアシルが優しいからだ。
よく手を繋いでくれるしどんな話もちゃんと聞いてくれるし変化に気づいてくれるし。
それに毎日のように頼っていいよと言われ、体調を気にしてくれて、とにかく沢山褒めてくれる。
こんな特別待遇、王女になってからも受けたことない。
みんな私には丁寧に優しくしてくれるれけど、どこか他人行儀というか壁があるというか……。
アシルの態度は他の人と明らかに違っていた。
もしかしてアシルも私の事好きだと思ってくれてるのかも……、なんてのは夢を見すぎだろうか。
そんなことを考えていると立ち止まったアシルが私の方へ振り向いた。
勝手な妄想を繰り広げていたから心臓が飛び出してしまうかと思うほど驚いた。
「ここなら誰の目も気にすることなく検証できます」
「検証……?」
アシルは楽しそうに、それこそ興奮が抑えきれないというような表情で私の手を引いた。
いつもより強く握られる手にドキドキしたいところだけど、先程聞いた検証という言葉に雰囲気も甘酸っぱい気持ちも全てを台無しにされている。
虚しい。
私の事が好きなわけではなく、私が変わった魔術を使うから興味があるんだ。
「あんな風に魔術を使えるなんて初めて知りました。魔力を特定の形に留めておくのは少し難しいんです。イメージし続けなければならないから。だけどさっきシャルロット様がやったみたいに剣に沿わせれば、何も無い状態よりずっと楽だ」
アシルは本当に楽しそうだ。
わかっていたつもりだ。
魔術師はみんな三度の飯より魔術が好きな変わり者なのだと。
「剣から飛ばした魔術は遠くまで届いてたね。普通にやったときより飛距離が伸びたのはシャルロット様が剣の祝福を持っているからだろうか。剣に魔術を纏わせた状態で他にどんな事ができるのか調べてみよう。例えば……意図的に刀身を伸ばせるのかとか、振らずとも魔術を放てるのかとか……あとは水や氷に変化させられるかも気になるな」
さっきからずっと一人で話している。
本当に魔術が好きなんだなぁ。
その半分……いや4分の1でもいいから私を好きになってくれたらいいのに。
「おい、少しは落ち着け。シャーリィを慰めるんじゃなかったのか?」
「あ、うん、それはもちろん……。うん。えっと……シャルロット様、その、元気出して」
イヴォンに指摘されて我に返ったアシルは気まずそうに慰めの言葉をかけてくれた。
やっぱり私より魔術の方が好きなのよね。
わかってはいるしそういうところも好きなんだけど……。今回ばかりは少し寂しい。
アシルに寄り添ってもらいたいと思うのはわがままだろうか。
…………わがままなんだろうな。
こうやって関わるようになってまだ少ししか経ってないのだ。
私の事情も過去もアシルは知らない。
もちろん私もアシルのことを知らない。
知ってもらう努力も好きになってもらう努力も全然足りていない。
「大丈夫よ。自分でどうにもならないことを悩むのは時間の無駄だってことはわかってるわ。だから早く訓練を再開しましょう」
「うん……。じゃあまずはさっきの状態で刀身を伸ばせるか試してみよう」
アシルの指示のもと様々な検証をした。
私の炎の剣は刀身を伸ばすことと炎の勢いを調整することが可能だった。
また炎だけでなく氷の剣も使うことができた。水は該当する技がなく実現できなかった。
「そういけばもうひとつ試してみたいことがあるの。いいかしら?」
「ええ。周囲に被害が出ないようにしておきますので思う存分試してみてください」
短くお礼を言って目を瞑り剣に集中する。
ずっとアシルの魔術に似た魔法を選んで使っていた。先程の検証のときにもアシルの指示に従って魔法を選んだ。
その中で使えそうなのに使っていない魔法がある。
雷系の魔法だ。
せっかくこんな世界にいるのだから試せそうなものは全て使ってみたい。
今のところ炎の魔術も氷の魔術もそれなりの威力を出せている。だからきっと雷の魔術もそこそこの威力で使えるはず。
コマンドを選択するとバチッという弾けるような音がした。
目を開くと剣は青白い雷を纏っていた。成功した。
バチバチと絶え間なく音を発するそれは炎の剣のときにはなかった危険を感じる。
こんな近くにいて私は感電しないのだろうか。
ちょっと不安になってきた。
だって静電気でさえあんなに痛いのに、こんなにバチバチした雷に触れてしまったら死んでしまうのではないだろうか。
そう思ったら雷は小さくなって消えてしまった。
私が怖がったから魔術を維持できなくなったのかもしれない。
「魔術で雷を出すなんて……!」
声をあげたのはアシルだった。
「え、駄目だった? かっこいいかなと思ったんだけど……」
「駄目じゃないです! 凄いです! 人間が雷を操れる光景が見れるなんて……。魔術師の中では雷は天の力、つまり神の力だと言われてきました。誰も雷を使えなかったのです。それなのに……。一体どうやったのです?? もう一度、もう一度見せてください!」
どう対応していいかわからない。
好きな人がこんな熱心に私を見ているのだ。しかもめちゃくちゃ近寄ってくる。剣を握っていない左手をしっかり握られてしまった。
これは逃げられない。ちょっとだけ落ち着かせてほしいのに。
心臓がバクバクいっててもう何も考えられない。
と、と、とりあえず手を握り返してもいいかしら。
なんて逡巡してたらイヴォンに腕を引かれてアシルから引き離された。
「いい加減にしろ! さっきからシャーリィが困っているだろう!!」
イヴォンはかなり怒っているようだ。
まるで幼い子どもがお気に入りのぬいぐるみを守るように私を抱きしめた。
突然の事に驚いてしまった。イヴォンはこんな事するような人じゃなかったのに。
けれどその驚きよりも怒りの方が少しだけ勝った。
私とアシルを無理やり引き剥がすなんて! 私がアシルのことを好きなのわかってるのになんてことするのよ!
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