愛し合えない夫婦です

十人 秋夜

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2、愛情なんて不要?

キスではない、誓いのキス

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「明日が式ですね。何か心配なことはありませんか?」

 真っ暗になった部屋。二人で寝てもちっとも窮屈ではない。相変わらず何も無く、ただ隣で寝ているだけ。
 明日が式なのに、キスどころか抱きしめられたこともない。
 お互いに好きでなくても、式ではキスをしなければならない。それなら一回くらいしたって悪いことは無いと思う。だからと言って「キスしてください」なんて言えるわけがない。

「そうですね、式よりも晩餐会の方が心配です。お酒に強くないですし、初めて会う人とお話しするのが得意ではないので・・・」

 たくさんの偉いお客さんが来るそうだ。セルザイト殿下は王太子なので、当たり前かもしれないが、最近まで一般人だった自分にとったら式よりも緊張するかもしれない。

「大丈夫ですよ、私がいますから。アーシャ殿はご友人やご家族はご招待しましたか?侍女に聞くように言っておいたのですが、ご挨拶をした方が良い方はいらっしゃいますか?」

 家族なんていない。いるのはディオルガだけ。両親も兄弟もいない、魅力もない。セルザイト殿下に申し訳ない。そのうち愛想つかせれ、捨てられるだろう。それでもセルザイト殿下を愛そうとした自分は、どれほど愚かなのだろう。セルザイト殿下は別の女性に愛され、その女性を愛している。
 分かっていたはずなのに、心臓が握り潰されたように痛んだ。

「私には家族はいませんので、大丈夫です。」

 胸元が苦しくなり、喉の奥がキュウと締まる。
 セルザイト殿下はがっかりしただろう。

「それは申し訳ありません。辛いことを思い出させてしまいましたね。」

「そんなことありません。」

「明日は朝が早いのに、付き合わせてしまいました。おやすみなさい、アーシャ殿。」

「おやすみなさい、セルザイト殿下。」

 目を閉じると一気に疲れが湧いて来た。

 そして、吸い込まれるように眠った。

***

「・・・何これ・・・・・・」

 ウェディングドレスに着替え、髪を結うために鏡の前に座って初めて気がついた。
 首筋にある鬱血。

「どうなさいましたか?」

 振り返ると髪飾りなどを準備をしていた侍女の一人が、異変に気付く。

「みなさん、これ気づいていましたか?」

 これでは通る人に見えてしまう。しかも身に覚えがないのだ。隠しようのないばしょにある。誰がつけたのか、いつつけたのかも分からない。

「はい。中が睦じいことを良いことですから。」

 笑顔で言われると困ってしまう。
 眠っている間にセルザイト殿下がつけたのか、魔法で現れたディオルガがつけたのか、どちらも可能性は低いだろう。

 髪を結い終わり、鏡で忌々しい鬱血を見る。いくら見ても、こすっても、消えなかった。
 セルザイト殿下だったら・・・と思うと少し嬉しくなる。でも、周りに仲の良い夫婦に見せるためかもしれない、という現実がある。そもそも、セルザイト殿下ではないかもしれない。

 何も言われず、すでに式が始まっている。ほとんど耳に入らない声。ただひたすら姿勢を正して、幸せを感じることなくセルザイト殿下はついていく。
 気づけばもう神父さんが長い話をし始めている。

「では、誓いのキスを。」

 耳に響く言葉。何もかもがゆっくりと動いているような気がする。
 セルザイト殿下と目が合う。優しい微笑みに、こわばっていた体の力が抜ける。

 ゆっくりと頰に手を当てられる。まるであの時のようで、胸が苦しくなる。

 もしかしたら・・・・・

 そんな期待を裏切るように離れていくセルザイト殿下の唇。
 
 これがセルザイト殿下の感情なのだな、と割と冷めていた。怒る訳でもなく、傷つく訳でもなく、ただこれがセルザイト殿下の本心なのだから。寂しい言い訳なのかもしれない。夫に愛されない寂しい妻ではなくて、ただ互いに愛し合うという夫婦ではないだけという言い訳。

(好きなんかじゃない。セルザイト殿下、あなたのことなんか・・・・好きじゃないっ・・・)

 セルザイト殿下のことを愛すことではなく、セルザイト殿下の子供さえ産めば良い。それならキスも、愛するという感情も要らない。
 惨め。
 きっとそんな言葉が今の自分に似合うのだろう。いくら祝福されようが、夫に愛されない「惨め」な妻。
 こんなことを相談するべきなのは母親なのかもしれない。もし母親がいれば、もし父親がいれば、何かしら励ましてくれたり、そもそもこんな結婚を止めてくれていたのかもしれない。
 
 

 鏡に映る自分。
 疲れているはずなのに、されるがままに動く体。

「アーシャ殿、大丈夫ですか?」

 心配そうに覗き込まれる。セルザイト殿下は容姿がとても良い。それだけあって、どんな服を着ても魅力的だと思う。

「大丈夫です。申し訳ありません。私もちゃんとご挨拶をしなければならないのに、セルザイト殿下にお任せしてしまって・・・」

 胸の内で、こんな妻見せたくないのだろうけど、と悪態をつく。なるべく距離をとっておこうと、決める。並べば不釣り合いなのは明白だし、セルザイト殿下だって良い気はしないだろう。
 それに、ディオルガは残ってもらった。侍女の人達が呼んだ人がたった一人だったので、晩餐会も是非ということになった。ディオルガだって十分顔立ちは良いと思う。ただ、絶対に一人にしない。時にそれがうざったいけれど、側にいてくれると落ち着く。

「お気になさらないでください。全て私の方で招いた方々なので。」

 至近距離で美しい笑みをこぼすセルザイト殿下。
 頰が赤らんでしまうのは仕方がない・・・のではないだろうか。
 腰に腕を回され、優しく抱き寄せられる。はたから見れば仲の良い夫婦。それこそ身分関係なく愛し合える、理想の夫婦。実際は愛など存在しない、ほぼ他人の関係。

「アーシャ、綺麗だね。」

 耳に馴染みのある、ディオルガの声。
 その声に驚いたのは、セルザイト殿下も同じだったようで、辺りを見渡している。
 そして視線を歩いていた方に戻すと、にこやか、と言うには少し疑ぐり深い笑顔のディオルガ。

「こんばんは、セルザイト殿下。」

 深々と頭を下げるディオルガを見つめて、困惑した表情をするセルザイト殿下。それは一般的な反応だろう。突然現れて、平然と挨拶をする。驚いて当然だと思う。

「えっと、こちらはディオルガです。私の・・・・」

 兄と言ったら良いのか、元恋人と言ったら良いのか、頭をひねる。兄と言えば、説明が厄介だし、元恋人と言えば、それはそれで厄介だ。

「以前の恋人です。」

 何も考えず、ただ本当のことを言っただけなのだろうけど、ディオルガの発言は決して褒められたことではないだろう。
 今日式を挙げた夫に元恋人を紹介する。これを厄介と言わずしてなんと言えば良いのだろう。

 気持ち悪い沈黙。なんだ気まずい。

「アーシャ殿、申し訳ありませんが先に行っていていただけますか?母が話をしたいと言っていました。」

 冷たい声で、目が笑っていない。
 はっきり言ってしまえば、怖い。

「お先に失礼します。」

 自分でもびっくりするくらいに小さな声。

 小走りで逃げ去った。
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