神楽舞う乙女の祈り

玖保ひかる

文字の大きさ
9 / 53

第9話 王都への勧誘①

しおりを挟む
 

 王都は遠い。王都に王が住まい、大変に栄えていることは知っているが、サクにとっては本当にあるかどうかもわからない未知の場所。

 サクは混乱しながらも、ぽつぽつと気持ちを話す。

「えーと、神楽は、実は今回限りでやめる予定でして」

 今度は驚いたのは蒼月の方だった。

「やめる?!」

「はい。うちはお母さんがいないから、家のことや畑の仕事を私がやっています。神楽は楽しかったけど、時間があんまり取れないから…」

「なんということだ…。きみは自分の価値をまったくわかっていない。サブロ殿、サクの才能は並ではない。それはあの舞を見ればわかるであろう?かわいいお嬢さんを手放すのは寂しいかもしれないが、この子はもっと広い世界で輝くべきだと思わないか?」

 サブロは渋い表情で黙ったままだ。

「サク、きみ自身の気持ちを知りたい。もっと神楽をやりたいと、思わないか?」

(もっと神楽をやる?また神楽を舞うの?)

 サクの人生の中に、神楽をやるという選択肢は無かった。それはこれからも、無いと思っていた。今初めて新しい道の可能性を感じて、サクは戸惑った。

「私は…」

 サクの迷いを感じて、蒼月は優しくほほ笑んだ。

「もし神楽を続けたいならば、私が王都での生活はすべて面倒を見よう。伝手を使って王都一の神楽座も紹介しよう。きみは何も心配せずに神楽をやればいい。どうだい?私と一緒に王都へ行かないか」

「あの、私、神楽は楽しかったけれど、王都に行くとかは考えたことなくて。それにもし王都に行くとしても、お役人様のお世話になるのは、ちょっとおかしいかなって思います」

「おかしい?」

「はい。だって、今日初めてお会いしたばかりの方に、どうしてお世話になれましょうか。王都ではそれが普通なのですか?」

 まっすぐな瞳で見つめられ、蒼月は少しだけたじろいだ。それを感じて悠遊が思わずぷっと噴き出した。

「蒼月様、サクさんの言う通りですよ。見ず知らずの赤の他人に世話になる謂れはないって思いますよ。あのね、サクさん。この蒼月様、こう見えてもお役人の中でもとっても偉い人で、才能のある若者を見つけて面倒を見てやるのが趣味なんですよ。その若者が成功したら、自分のおかげって喜ぶのが楽しいんでしょうねぇ。まあ、金持ちの道楽ってやつですね」

「悠遊…」

 蒼月は頭痛がするように、自分の額を指で押さえた。

「この者の言うことは真面目に聞かなくてもよろしい。貴重な才能を持つ若者を埋もれさせたくない、という気持ちで手助けを申し出ているだけだ。突然のことなので、きみにも考える時間が必要であろう。私たちはあと二日ほど、村長殿のお宅に滞在して王都へ帰る予定だ。その時までに返事を。今日は突然の訪問で失礼したね」

 蒼月と悠遊の二人が帰ると、急に家がシーンと静かになった。何も言わないサブロに、なんとなく気まずさを感じたサクが、そそくさと立ち上がろうとした。

「急なことでびっくりしたわ。お茶でも入れるね」

「茶はいらない。座れ」

 サクは上げた腰を再び下ろす。

「お父さん、私、王都には行かないよ」

「・・・」

「だって、私が王都に行ったらお父さん、寂しいでしょう?それに私がいなかったら、お父さんますます孤立しちゃうし、お父さんを残して行くのは私も心配だし。だいたい、神楽って、こんな素人が楽しいからってやれるものじゃないものね」

 サクは努めて明るく話したが、言葉を切ると再び部屋には沈黙が重くのしかかった。

「んもう!お父さん、なんで黙ってるのよ。何とか言って」

「サク。今日のお前の舞は本当に素晴らしかった」

「…ほんと?ありがと」

「本当は王都へ行きたいのか?」

「え…」

 つい先ほど、蒼月に言われるまで、そんな選択肢が人生にあるなんて思いもしなかったのだ。王都へ行くと言うことも。神楽を続けると言うことも。この村を出ると言うことも。

「正直に言うと、わかんない。王都に行きたいなんて思ったことない。でも、そんな道もあるのかって、ちょっと驚いているわ。王都に出て神楽を舞うなんて、夢みたいな話だって思う。この村で、お父さんと二人、ずっと暮らしていくもんだとばかり思っていたから」

「ずっとこのまま暮らすというわけにはいかないだろう。サクだっていつかは嫁に行くんだ」

「私、お嫁になんか行かなくたっていいわ。お父さんを一人になんかできないもん」

「ダメだ。父さんだっていつかは年老いて、サクより先に死ぬ。お前が嫁にも行かず父さんの側にいたら、心配で死ぬにも死ねない」

 サブロはまだまだ男盛りで、死ぬなんてことを、サクは想像もしたことがなかった。しかし、母だって若くして死んでいる。人の命なんて、いつ、どうなってしまうかはわからないのだ。

「じゃあ死なないで側にいてよ。お父さんがいなくなったら、私…」

「もちろん簡単に死にゃしない。だが、父さんのことは心配しないで、サク自身が幸せになることを考えて欲しいんだ。サクが幸せになることが、父さんの幸せなんだから」

「お父さん…」

「自分の気持ちに素直になって、よく考えてみなさい」

「…うん」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...