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第41話 神社での稽古
しおりを挟む気持ちが落ち着いたサクは、デグの家に行く前に神社へ寄ることにした。王都へ旅立つとき、巫女婆に挨拶もせずに行ったことを気にしていた。
(巫女婆様、元気かな。もう結構なお年寄りだから、体を悪くしてなければいいんだけど)
そんな心配をしながら神社へ向かうと、まだちょっと距離があるうちから、元気な巫女婆の声が聞こえて来た。
「待ちやがれっ!この鶏っこめ!しっ、しっ」
「コケッ、コケッコー!」
いつぞやに見た光景と同じ、デグのところの鶏を追いかけまわしているようだ。
「巫女婆様!お久しぶりです!」
巫女婆は駆け回るのをやめ、サクを見た。
「おんや!この恩知らずが。よくも顔を出せたもんだな」
厳しい言葉のわりに、表情は案外に優しい。再会を喜んでくれているようだ。
「巫女婆様、その節はご挨拶もせず出て行ってしまい、申し訳ありませんでした。おかげさまで、王都の神楽座で舞台に立たせていただいています」
サクはきれいにお辞儀をして謝罪と謝意を伝えた。
「ずいぶん礼儀正しくなって帰って来たな!よし、中に入りな!」
「はい、お邪魔します」
神社の中では、当代の巫女様がチナに神楽の稽古をつけているところだった。一年前の祈年の祭に向けて、サク、チナ、ミツの三人が稽古をした時には逃げてしまったチナだったが、あの後神楽の稽古をはじめ、一年間続けていたらしい。
サクは隅っこに座らせてもらい、チナの稽古を食い入るように見た。一年やっているだけあり、しっかり形になっている。ヤタガノで巫女の代理を務めるくらいなら、できそうである。
並んで振りを移している巫女の動きを見ていると、同じ動きをしていても性格が表れていることに気が付いた。巫女の神楽は控えめで静かな祈りだ。チナの神楽は我が強い。神様に私を見て!と猛烈にアピールしている。同じ振りを舞っても、こんなにも違う。
サクは自分が言われたことと重ねて考えた。
(ああ、私のままだというのは、こういうことなのか…)
チナの舞を見てよくわかった。
下手なわけではない。ただ、チナのままだということ。ここの神楽は、瑠璃光院の神楽とは全然違う。巫女の舞う神楽は、純粋な祈りだ。チナの舞も間違いではない。チナが神に祈ってもいいのだ。でも物語を描く瑠璃光院の神楽は違う。彩喜がかつて言っていた。
「私たちは色々な役柄を演じながら、その役が願う祈りを神に届けるよう舞うの」
凛音は面をかぶって舞って見せてくれた。
「なぜうちが面を着けて舞ったのか、咲弥にはわかる?」
サクは自分という色を役の中に表現したかった。チナと一緒だ。自分を見てほしかったのだ。
祈年の祭で、巫女の代理に選ばれたとき、初めて大勢に注目された。美人で華やかなチナでなく、サクが選ばれたことが嬉しかった。だって、それまでサクはいつも余所者でしかなかったから。
いつまでもちっぽけな自分でいるのが、本当は嫌だった。もっと自分を信じたかった。神楽座に入って、人気が出てきても、もっと自分を見てほしいと無意識に思っていた。
サクは自分の何がいけなかったのか、わかった気がした。
(見て欲しいと求めるのは、もう終わりにしよう)
その時、巫女がサクに舞ってみないかと声を掛けた。サクは小さく頷いて、チナの前に出て来た。
(私は巫女。民の豊作を願う祈りを、村を代表して神に届ける)
そう心で強く念じ、サクは始まりの拍子をタンっ!と踏んだ。途端に稽古場の空気が張り詰める。チナと巫女だけでなく、巫女婆ですら息を呑んだ。
サクは無心で舞った。民の祈りを媒介する器となった。最後の振りを終えると、サクは自然と涙を流した。ようやくサクは、役になりきることを掴んだのだった。
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