森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる

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another side マルグリットの暗躍②

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 その翌日である。

 王都の街をぶらついて、気晴らしでもしようかと、護衛の騎士二人を引き連れて歩いていたのだが、赤い髪が視界にちらついてそちらをみれば、昨日喧嘩別れしたばかりの婚約者とその妹、そして家庭教師というあの娘が楽しそうに食べ歩きをしているではないか。

 マルグリットはグッと怒りを抑え込んで、三人を睨みつけた。


(本来であれば、わたくしに謝罪に来るべきなのではないかしら?こんなところで楽しそうにしているのはなぜなの?)


 マルグリットはあちらからの視界には入らないよう、すこし陰に隠れて様子をみることにした。

 ジェイコブが甲斐甲斐しく屋台から食べ物を買って来ては、二人に食べさせている姿に、また新たな怒りがわいてくる。

 マルグリット自身は外で買い食いなど、したいとも思わないが、自分の物である婚約者が他の女と食べ歩きデートをしているなど、絶対に許せない。

 見ているうちに三人は歩き出し、露店でお揃いのリボンのようなものを買っているようだ。

 これもまた、マルグリットは露店で売っているような安物のアクセサリーなど欲しくはない。

 しかし、ジェイコブが自分以外の女にアクセサリーをプレゼントするなんてことはあり得ない。

 マルグリットは、我慢ならず、三人の背後に忍び寄ると、声を掛けた。


「ずいぶん楽しそうにしていること」


 マルグリットの姿を確認するとジェイコブの顔色がみるみる青白くなっていく。


「マルグリット様、ごきげんよう」

「こんにちは!マルグリット様もお買い物ですか?」


 アリステルとリリーは礼儀正しく挨拶をしたが、マルグリットは冷たい視線を投げるだけで二人には挨拶も返さなかった。


「ずいぶん安っぽいリボンを付けていること。まぁ、あなた方にはお似合いよ」

「ひどい!これはお兄ちゃんがプレゼントしてくれたのよ!」


 憤慨したリリーが食って掛かっても、マルグリットは鼻で笑っただけで相手にしない。


「ジェイコブ。あなた、埋め合わせはすると仰ったわよね?連絡も寄越さず別の女を連れて歩いて、安っぽいプレゼントまで送って。どういうおつもり?」

「別の女って、妹だよ。もちろん埋め合わせはするさ。本当に昨日はすまなかった」


 マルグリットは、ふん、と鼻で笑った。


「すまなかった、ですって?本当にそう思っているのでしょうね?それなら、今からわたくしに付き合ってちょうだい」

「今から?妹たちを家に送り届けないと…」

「なんですって?」


 目を吊り上げるマルグリットを見て、アリステルが遠慮がちに声をかける。


「ジェイコブさん、わたくしたちは大丈夫ですから。どうぞマルグリット様とご一緒なさってください」

「いや、しかし」

「馬車で帰るだけですもの。大丈夫ですわ」


    それでも迷っているジェイコブに、マルグリットはびしりと扇子を突き付ける。


「その女とわたくしと、どちらを優先しますの?わたくしという者がありながら、他の女を優先するようなことがあれば、あなたの不貞で婚約を破棄いたしますわ」

「・・・もちろん、あなたより優先するものなどありませんよ、マルグリット」


 ジェイコブはこうなっては仕方なく、マルグリットに付き合うことにした。


「当り前ですわね。では、行きましょう」


 マルグリットは、ジェイコブを伴ってその場を離れた。

    アリステルよりも自分を優先させたことで少し溜飲が下がったが、怒りと嫉妬が胸中に渦巻いている。

 王都ではやりのカフェに入り、ケーキセットを注文した。

 注文した品を待っている間、ジェイコブは何かを言いかけてはやめ、結局黙っていた。

 そんなジェイコブを見ていてマルグリットはいつも以上に苛つき、手持ちの扇子でジェイコブを打ちのめしたい衝動を何度も抑えた。

 結局、ケーキが来ても黙々と食べ、何も話をせずに時間が過ぎた。


「それじゃ、俺はこれで帰るから」


 会計を済ませたジェイコブがそう言うと、マルグリットは意地悪な顔をさらにゆがめて言った。


「何をおっしゃっているの。こんなんじゃ何の埋め合わせにもならないわ。どうぞ、我が家にいらしてください」


 有無を言わせず、子爵家の馬車にジェイコブを乗せ出発する。


「突然お邪魔するわけにはいかないよ」

「大丈夫よ。今日は父も母もおりませんから」

「そんな、なおさらお邪魔できないよ。家の方がいないときに」

「あら、あなたは婚約者ですもの。何も問題ないわ」

「外聞が悪いだろ」

「外聞も何も関係ありませんわ。あなた、本当に埋め合わせをする気があって?他の女にうつつをぬかして、わたくしを馬鹿にしているの?」

「だから、他の女って妹だろ?」


 マルグリットは冷たい目でジェイコブを見た。

 ジェイコブは後ろめたさから視線をそらした。


「妹さんの家庭教師をされてるっていう、あの人、なんという方だったかしら」


 ジェイコブはぎくりとしたが、表情には出さないように気を付けた。


「アリステル先生だ」

「そうそう、アリステルさんね。あの方のこと、どう思いまして?」

「どうって?別にどうも思わないけど」

「そう?わたくしは、とてもきれいな方だなって思いましたわ」

「ああ、きれいな人だな。でもまだ子供だ」

「あら、女はすぐに大人になりますのよ。あなたもああいう人が好きなのかしらね?」

「何を言ってるんだよ。オレがマルグリット一筋なのは知っているだろう?アリステル先生がどんなにきれいでも、マルグリットの方がずっと美しいよ」


 マルグリットは意地悪そうに笑った。


「あらそう。じゃあ、二度とアリステルさんに会わないでね」

「・・・それは無理だよ。家にいるんだから」

「会わないでって言ってるの!!」

「落ち着けよ。どうせ一週間もしたらナバランドへ行くんだ。会わなくなるよ」


 馬車がユーディコッツ家に到着し停まった。

 ジェイコブはすぐに馬車を降り、マルグリットに手を差し伸べる。

 子爵邸に入ると家令が出迎え、応接室を準備してくれたがマルグリットはそれを拒否した。


「わたくしの部屋に行くからいいわ。お茶を部屋に用意してちょうだい。さ、ジェイコブ、こちらへ来て」

「部屋にお邪魔してよいのだろうか」

「わたくしがいいと言っているのです。黙って付いてらっしゃい」


 仕方なくジェイコブはマルグリットに付いて行く。

 何度かユーディコッツ家に来たことはあるが、いつもは応接間に通され、マルグリットの部屋には立ち入ったことがない。

 階段を上り廊下を奥まで進んだところにある部屋の扉を開けた。

 入るとマルグリットらしからぬブラウンと深いグリーンを基調とした落ち着いた部屋だった。

 多額の借金があるとはいえ、さすがに貴族の家は質の良い材質を使った家具を置いている。

 先ほどまでの気まずさも忘れ、ジェイコブはあまりキョロキョロしないように気を付けながらも、部屋の様子をやや興奮して観察した。

 ガスター家は金があるので、家の内装も金をかけて整えているが、やはり貴族ならではの磨かれたセンスで整えられた部屋と言うのは一味違うように感じた。

 こういった本物に触れることができる機会は、商売人として大事にしなくてはならないと父からも言われていた。

 マルグリットはニィッと口角を上げ、優し気にジェイコブを呼んだ。


「こっちにいらして。この奥にも部屋があるのよ。ご覧になって」

「あ、いや。奥は寝室ではないのか?さすがにそれはまずいだろ」

「あら、なにかいやらしい気持ちでもあるのかしら。部屋に興味があるかと思っただけなのに」

「いやいや、そんないやらしい気持ちなどないよ。それなら、少し見させてもらおうかな」

「ええ、そうしてちょうだい。どうぞ」


 マルグリットは奥へと続く扉を開けて、ジェイコブを部屋へ入れる。

 奥の部屋も、深いグリーンの壁紙でマルグリットを感じさせる物がなかった。

 寝具も品の良い落ち着いた色合いだ。

 ジェイコブは意外に感じながらも、窓辺によって外の景色を見ようとした。

 そのとき、違和感に気が付く。


(ん?窓が開かないようになっているのか?)


 窓枠がはめ殺しになっているのだ。

 そのときだった。


「がちゃん!」


 大きな音が響いた。驚いて振り返ると、入って来た扉は閉められ、外から鍵を掛けるような音がした。


「えっ?」


 しばし呆然としたが、慌てて扉へ取り付き、ノブを回す。

 やはり鍵がかけられていて開かない。


「マルグリット!どういうことだ?マルグリット!」


 扉の向こうから、マルグリットの高笑いが聞こえてきた。


「おほほほほ!しばらくそこで反省なさい。わたくしをないがしろにしたことを」

「ないがしろになんかしていない!」

「あなたはわたくしだけを愛して見つめていればよいのよ。他の女に目移りするからいけないのよ。大丈夫、食事はきちんと届けます。奥にお手洗いが付いているわ。なにも心配しなくていいのよ。ではのちほど」

「待ってくれ!こんなことしなくても、俺はマルグリットだけを愛していると言っているじゃないか!マルグリット?マルグリット!」


 扉の向こうに、もうマルグリットはいないようだった。


「くそっ、まいったな・・・」


 こうしてジェイコブの監禁生活が始まった。
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