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第27話 レオンの消息
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ハリソンは伯爵家の馬車に乗り、アリステルを迎えに出た。
薄暗がりの中を、馬車が軽快に駆けてゆく。
馬車の中で、ハリソンはまっすぐに前に視線をやり、口を堅く引き結んでいた。
レオンがアリステル救出のため、一足先に出かけた後、エヴァの側に動きがあった。
メイドが人目を忍んで屋敷を出て行ったのを、じいやの手の者が後をつけ、下町の破落戸どものアジトに入っていくのを確認した。
アリステルが見つかって、焦ったのだろう。
アリステルが保護されれば、エヴァがアリステルに薬を飲ませたことが発覚してしまう。
それを防ぐために、今度はハリソンを襲うに違いなかった。
馬車を襲ってきたところを取り押さえると同時に、破落戸どものアジトを検めることになった。
馬車が人気のない辺りに差し掛かると、案の定、野盗を装った十数名の破落戸が馬車を取り囲んだ。
いよいよか、とハリソンはこぶしを握り締める。
罠にかかったと見せかけて、待ち受けていたとしても、緊張は高まった。
一緒に乗り込んでいたキールは素早く馬車を降りると、剣を抜いて破落戸と切り結ぶ。
御者の男も伯爵家の私兵である。
御者台から槍を持ち出し、すぐさま応戦する。
馬車の外から、武器が人に当たる音や、うめき声がいくつも聞こえてきた。
「くそっ、話が違うじゃねーか!」
簡単に伯爵家の息子を殺害できるとでも考えていたようだ。
間もなく馬車の後方からも、隠れて付いて来ていた私兵隊がなだれこむと、ものの数分で片が付き、全員を縛り上げた。
気を失って倒れている者もいれば、縛られ恨み言を叫んでいる者もいる。
騒ぐものはすぐさま猿ぐつわをされる。
伯爵家の側に特に被害はなかったようだ。
「ハリソン様、お待たせいたしました」
「ご苦労。その者どもを連れて屋敷へ戻れ。私はこのままアリスを迎えに行く。キールは馬車に乗れ」
「はっ」
ようやくハリソンも息をつくことができた。
◆ ◆ ◆
アリステルとエイダンは、スコルト国側から大河を上流へと進んでいた。
もう少し行くと、レオンが魔獣と共に落下した地点へと着く。
落下点から下流にしか漂着するわけがない。
そこまで行ってレオンが見つからなければ、考えたくはないが、川底に沈んでしまったか、肉食魚に喰われてしまったか。
日に日にアリステルの口数は減っていった。夜中、声を殺して泣いていることも、エイダンは気づいていたが、かける言葉が見つからなかった。
今日の捜索でレオンが見つからなければ、諦めてアリステルの兄がいるという研究機関に向かうことになっている。
アリステルの納得がいくよう、十分に探して今日を終えようと、エイダンは考えていた。
「あっ!あれは・・・!」
アリステルは川べりの草陰に、光を反射する何かを見つけ駆け寄った。
近づいて見ると、それは一振りの剣。
「レオンさんの剣だわ!エイダンさん、見てください。これは、レオンさんの物でしょう?!」
「ああ、レオンの剣だ!」
アリステルはレオンの剣を胸にぎゅっと抱きしめた。
(レオンさん・・・!)
「ここいらからレオンは岸に上がったのか?」
そう思って辺りを漁ったが、他にレオンを示す物は何も見つからなかった。
「ここから一番近い町に行ってみよう。なにか手がかりがあるかもしれない」
「はい!」
二人はベリーの町を訪れた。
店や宿屋をしらみつぶしに尋ね、レオンの消息を探った。
何件目かの宿屋で、有力な情報を得る。
ずぶ濡れで意識のない男を拾ってきた客がいた、と言うのだ。
客は剣を腰に差した若い男とのことだ。助けられた男は、背格好や年の頃を聞くと、どうやらレオンと一致する。
アリステルとエイダンは、レオンに違いないと確信したが、もうすでに客とその男は立ち去った後だった。
礼を言って宿屋を後にした。
アリステルは涙を目にいっぱい溜めて、久しぶりの笑顔を見せた。
「レオンさん、生きています!」
「だから言ったろ。こんなことでくたばる奴じゃないって」
「はい!エイダンさんの言う通りでした」
うふふふ、と嬉しそうに笑うアリステルの目元に手をやり、涙をぬぐってやる。
「レオンは川べりに流れつき、誰かに助けられた。ここで体を休めて回復した後、どこかへ立ち去った、と」
エイダンは首をひねった。
川に落ちる直前まで、アリステルを守って魔獣と戦っていたのなら、動けるようになったら真っ先にアリステルのもとへ駆けつけるだろうに、どこかへ立ち去ったことに違和感を持った。
(何か事情があったのだろうなぁ。しかし、どんな事情であれ、それが解消されれば、レオンならばアリスの嬢ちゃんの所へ戻る)
レオンだったらどう行動するか、その考えをトレースし、エイダンはアリステルに提案した。
「レオンとはぐれた場所に戻らねぇか。あいつなら絶対にそこに戻ってくると思うんだ」
「ええ、わかりましたわ」
二人は再びオーウェルズ側に戻り、レオンが落ちた所まで戻って来た。
木立に隠れてテントを張り、ここで待機することにした。
レオンの無事を確信するまでとは打って変わり、張り詰めていた気持ちも楽になった。
固いパンを食べながら、二人は話をする。
「エイダンさんは、レオンさんとどこで知り合いましたの?」
「んー?覚えてねぇな。隊商の護衛を引き受けてるときに何回か一緒になって、それで何となく話すようになって、って感じかな。レオンのことなんか、ほとんど知らねぇよ。あいつ、昔のことはあんまり話したがらないだろ。まぁ、冒険者なんかやってる奴は、多かれ少なかれ、人に聞かせたくない過去を持ってるもんだろ」
「そうなのですね…」
「アリス嬢だって、あるだろ?思い出しただけで辛くなるような過去とかさ」
エイダンは、アリステルが親に捨てられたことを指して言った。
「そうですね…辛いことはありましたわ。でも、わたくしの亡くなった母が教えてくれましたの。生きていれば辛いこともあるけれど、笑っていれば乗り越えられるって」
そう言ってほほ笑むアリステルのことを、エイダンはまぶしく思った。
よく考えれば、この娘はひどい環境でもよく耐えている。
ふつうの貴族の娘だったら、とっくに音を上げているだろう。
隊商に拾われた時も、命を狙われた時も、そしていまも。
見た目よりずっとたくましく、強い女の子なのだと実感した。
こうして二人で野営を張り何日か過ぎたころ、ようやく待ち人が現れた。
遠くの方から馬の駆ける音が聞こえてきて、アリステルとエイダンは木陰に隠れながら様子をうかがった。
すぐ近くまで来て、馬の駆けるスピードを落とし、何かを探すように辺りを眺めているのは、確かにレオンであった。
アリステルはレオンの姿を認めると、木陰から飛び出し、レオンへ走った。
「レオンさん!…レオンさん!」
足をもつれさせながらレオンに向かって走り寄る人影を見つけ、レオンもまた馬から飛び降り、アリステルへ向かって走った。
「アリス…!」
アリステルは涙で前がよく見えなくなった。
石に足が躓いて、前のめりに転びそうになった時、レオンがアリステルの体をしっかり抱きかかえた。
「アリス!すまなかった。怖かったろう」
「いいえ、いいえ!無事でよかった」
二度と離さないとばかりに二人は互いを抱きしめあった。
レオンの胸に顔をうずめて、アリステルは子供のようにしゃくりあげて泣いた。
「もう二度と離れないで・・・」
「ああ、ずっとそばにいるよ」
「愛しているの…!レオンさんのこと…」
「・・・・!」
レオンはアリスの肩を優しく押して体を離すと、アリスの顔を見つめた。
「アリス、愛してると言ったのか?俺のことを?」
アリスは真っ赤になって、黙って頷く。
レオンは再びアリステルをぎゅっと抱きしめた。
「俺も愛している。アリス、好きだ!」
それを聞いて、またアリステルは泣いた。
薄暗がりの中を、馬車が軽快に駆けてゆく。
馬車の中で、ハリソンはまっすぐに前に視線をやり、口を堅く引き結んでいた。
レオンがアリステル救出のため、一足先に出かけた後、エヴァの側に動きがあった。
メイドが人目を忍んで屋敷を出て行ったのを、じいやの手の者が後をつけ、下町の破落戸どものアジトに入っていくのを確認した。
アリステルが見つかって、焦ったのだろう。
アリステルが保護されれば、エヴァがアリステルに薬を飲ませたことが発覚してしまう。
それを防ぐために、今度はハリソンを襲うに違いなかった。
馬車を襲ってきたところを取り押さえると同時に、破落戸どものアジトを検めることになった。
馬車が人気のない辺りに差し掛かると、案の定、野盗を装った十数名の破落戸が馬車を取り囲んだ。
いよいよか、とハリソンはこぶしを握り締める。
罠にかかったと見せかけて、待ち受けていたとしても、緊張は高まった。
一緒に乗り込んでいたキールは素早く馬車を降りると、剣を抜いて破落戸と切り結ぶ。
御者の男も伯爵家の私兵である。
御者台から槍を持ち出し、すぐさま応戦する。
馬車の外から、武器が人に当たる音や、うめき声がいくつも聞こえてきた。
「くそっ、話が違うじゃねーか!」
簡単に伯爵家の息子を殺害できるとでも考えていたようだ。
間もなく馬車の後方からも、隠れて付いて来ていた私兵隊がなだれこむと、ものの数分で片が付き、全員を縛り上げた。
気を失って倒れている者もいれば、縛られ恨み言を叫んでいる者もいる。
騒ぐものはすぐさま猿ぐつわをされる。
伯爵家の側に特に被害はなかったようだ。
「ハリソン様、お待たせいたしました」
「ご苦労。その者どもを連れて屋敷へ戻れ。私はこのままアリスを迎えに行く。キールは馬車に乗れ」
「はっ」
ようやくハリソンも息をつくことができた。
◆ ◆ ◆
アリステルとエイダンは、スコルト国側から大河を上流へと進んでいた。
もう少し行くと、レオンが魔獣と共に落下した地点へと着く。
落下点から下流にしか漂着するわけがない。
そこまで行ってレオンが見つからなければ、考えたくはないが、川底に沈んでしまったか、肉食魚に喰われてしまったか。
日に日にアリステルの口数は減っていった。夜中、声を殺して泣いていることも、エイダンは気づいていたが、かける言葉が見つからなかった。
今日の捜索でレオンが見つからなければ、諦めてアリステルの兄がいるという研究機関に向かうことになっている。
アリステルの納得がいくよう、十分に探して今日を終えようと、エイダンは考えていた。
「あっ!あれは・・・!」
アリステルは川べりの草陰に、光を反射する何かを見つけ駆け寄った。
近づいて見ると、それは一振りの剣。
「レオンさんの剣だわ!エイダンさん、見てください。これは、レオンさんの物でしょう?!」
「ああ、レオンの剣だ!」
アリステルはレオンの剣を胸にぎゅっと抱きしめた。
(レオンさん・・・!)
「ここいらからレオンは岸に上がったのか?」
そう思って辺りを漁ったが、他にレオンを示す物は何も見つからなかった。
「ここから一番近い町に行ってみよう。なにか手がかりがあるかもしれない」
「はい!」
二人はベリーの町を訪れた。
店や宿屋をしらみつぶしに尋ね、レオンの消息を探った。
何件目かの宿屋で、有力な情報を得る。
ずぶ濡れで意識のない男を拾ってきた客がいた、と言うのだ。
客は剣を腰に差した若い男とのことだ。助けられた男は、背格好や年の頃を聞くと、どうやらレオンと一致する。
アリステルとエイダンは、レオンに違いないと確信したが、もうすでに客とその男は立ち去った後だった。
礼を言って宿屋を後にした。
アリステルは涙を目にいっぱい溜めて、久しぶりの笑顔を見せた。
「レオンさん、生きています!」
「だから言ったろ。こんなことでくたばる奴じゃないって」
「はい!エイダンさんの言う通りでした」
うふふふ、と嬉しそうに笑うアリステルの目元に手をやり、涙をぬぐってやる。
「レオンは川べりに流れつき、誰かに助けられた。ここで体を休めて回復した後、どこかへ立ち去った、と」
エイダンは首をひねった。
川に落ちる直前まで、アリステルを守って魔獣と戦っていたのなら、動けるようになったら真っ先にアリステルのもとへ駆けつけるだろうに、どこかへ立ち去ったことに違和感を持った。
(何か事情があったのだろうなぁ。しかし、どんな事情であれ、それが解消されれば、レオンならばアリスの嬢ちゃんの所へ戻る)
レオンだったらどう行動するか、その考えをトレースし、エイダンはアリステルに提案した。
「レオンとはぐれた場所に戻らねぇか。あいつなら絶対にそこに戻ってくると思うんだ」
「ええ、わかりましたわ」
二人は再びオーウェルズ側に戻り、レオンが落ちた所まで戻って来た。
木立に隠れてテントを張り、ここで待機することにした。
レオンの無事を確信するまでとは打って変わり、張り詰めていた気持ちも楽になった。
固いパンを食べながら、二人は話をする。
「エイダンさんは、レオンさんとどこで知り合いましたの?」
「んー?覚えてねぇな。隊商の護衛を引き受けてるときに何回か一緒になって、それで何となく話すようになって、って感じかな。レオンのことなんか、ほとんど知らねぇよ。あいつ、昔のことはあんまり話したがらないだろ。まぁ、冒険者なんかやってる奴は、多かれ少なかれ、人に聞かせたくない過去を持ってるもんだろ」
「そうなのですね…」
「アリス嬢だって、あるだろ?思い出しただけで辛くなるような過去とかさ」
エイダンは、アリステルが親に捨てられたことを指して言った。
「そうですね…辛いことはありましたわ。でも、わたくしの亡くなった母が教えてくれましたの。生きていれば辛いこともあるけれど、笑っていれば乗り越えられるって」
そう言ってほほ笑むアリステルのことを、エイダンはまぶしく思った。
よく考えれば、この娘はひどい環境でもよく耐えている。
ふつうの貴族の娘だったら、とっくに音を上げているだろう。
隊商に拾われた時も、命を狙われた時も、そしていまも。
見た目よりずっとたくましく、強い女の子なのだと実感した。
こうして二人で野営を張り何日か過ぎたころ、ようやく待ち人が現れた。
遠くの方から馬の駆ける音が聞こえてきて、アリステルとエイダンは木陰に隠れながら様子をうかがった。
すぐ近くまで来て、馬の駆けるスピードを落とし、何かを探すように辺りを眺めているのは、確かにレオンであった。
アリステルはレオンの姿を認めると、木陰から飛び出し、レオンへ走った。
「レオンさん!…レオンさん!」
足をもつれさせながらレオンに向かって走り寄る人影を見つけ、レオンもまた馬から飛び降り、アリステルへ向かって走った。
「アリス…!」
アリステルは涙で前がよく見えなくなった。
石に足が躓いて、前のめりに転びそうになった時、レオンがアリステルの体をしっかり抱きかかえた。
「アリス!すまなかった。怖かったろう」
「いいえ、いいえ!無事でよかった」
二度と離さないとばかりに二人は互いを抱きしめあった。
レオンの胸に顔をうずめて、アリステルは子供のようにしゃくりあげて泣いた。
「もう二度と離れないで・・・」
「ああ、ずっとそばにいるよ」
「愛しているの…!レオンさんのこと…」
「・・・・!」
レオンはアリスの肩を優しく押して体を離すと、アリスの顔を見つめた。
「アリス、愛してると言ったのか?俺のことを?」
アリスは真っ赤になって、黙って頷く。
レオンは再びアリステルをぎゅっと抱きしめた。
「俺も愛している。アリス、好きだ!」
それを聞いて、またアリステルは泣いた。
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