乳酸飲料なダンディ

鈴木りん

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Episode1 宅配業者は二度鼻を鳴らす

エピローグ

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 清々しい朝に、心洗われる瞬間。
 そんなことを考えながら配達車のハンドルを握る“彼”は、例のタワーマンションへと急いでいた。

 なにせ相手は強敵なのだ。いつ行ってもいない、最強の敵。
 だが、今日の彼には秘策があった。
 朝の一発目という時間帯での配達。しかも正確には営業時間外の、である。この時間帯ならば、きっと会えるだろう――。
 彼の心の中で、不思議な気持ちが湧き上がっていく。
 いつもスケジュールが擦れ違い、会うに会えない遠距離恋愛の彼女にようやく会えるときのような気分みたいだ――と、彼は思った。

 だが、それよりも現実的な問題がひとつあった。荷物の保管期間がギリギリになっていたのだ。
 今日中に荷物を渡せなければ、送り主である通販会社に送り返すことになってしまう。

 ――ピンポン。

 最後の望みを掛け押した、共同玄関のインターホンのボタン。
 地獄のように長く感じる2秒間を、たじろぎもせずに待つ彼。
 だがインターホンの向こう側からの反応はなく、その呼び出し音は、空しく共同玄関の空気を震わせただけだった。

 ――ピンポンピンポンピンポンピンポンピーンポーン。

 かつてのTVゲーム早押し名人のようなボタン連打も、何の効果も無い。

 ふんがあぁ!

 彼の鼻が、盛大に鳴った。これで、二度目である。
 地響きにも似たその低音は、マンションの壁を小刻みに揺らしたほどの音量を伴っていた。

「一体、ここの人はいつだったらいるんだよ!」

 荷物の入った段ボール箱を、彼は思わずタイル張りの床に叩きつけてしまった。
 その衝撃で“中川総一郎”の名前の書かれた宛名書きの紙とともに箱がぱっくりと裂け、“天の岩戸”宜しく開いた隙間から、小ぶりの金属機械のようなものが見えた。

「うわッ、やべえやべえ。箱、壊しちまったよ」

 中身は、レトロな雰囲気を持つ機械式の目覚まし時計だった。「まだ、ゼンマイ式の時計があったんだ」と思わせるような、哀愁溢れる、前時代的代物である。
 金色の大きなベルがかなりの自己主張をもって時計上部に鎮座し、耳を澄ますせば、チッチッチ、と歯車が回るような音をたてて時を刻み続けているのがわかる。

「……俺、この仕事に向いてないのかもしれない。闇夜に活躍する忍者にでもなろうかな」

 年老いた猫のように背中を丸めた彼は、冷たい北風を頬に感じながら、会社のロゴマークの入った配達車へと重たい足を進めたのだった。



 ―  乳酸飲料なダンディEpisode1「宅配業者は二度鼻を鳴らす」 Fin  ―
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