異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第4章 マニリア帝国編

第31話 この世界で出来た初めての友達

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「ほう……それが報告の娘か?」
「さようでございます」

 マルキウスが報告した相手は、黒い服を着た老齢の男性だ。
 見た限りではマルキウスよりも更に高齢だろう。

「まずは名乗っておこう。それがしの名はオントール。この後宮の長官を務めておる」

 そういうとオントールは机を立って、オレに近づきしげしげと眺めてきた。
 まだ女装になれていないオレは気恥ずかしくなって、つい視線をそらす。

「ふうむ。これはひょっとすると近い将来、それがしがその足元に跪かねばならなくなるやもしれぬのう」
「ふざけるのはやめて下さい!」

 もちろんオントールの発言は『オレが皇帝の寵姫』となるという意味だ。
 そんな事を想像しただけで、背筋が寒くなる。

「これ。オントール長官は先ほどの中庭の設計も行った、我が国でも指折りの学識者であられるのじゃぞ。その長官の審美眼に間違いはあるまい」

 いや。オレはオントールの言っている事が間違っていると思ったからではなく、可能性が否定出来ないからこそ、こう言ったんですよ。

 しかしこの人があの無駄に豪奢な庭園の設計者か。
 もちろんオントールは、自分の管轄下にある後宮の事にしか責任がないわけだから、文句を言っても仕方ないけど、やはりいい印象は持てないな。

「怪異さえ解決すれば皇帝陛下も後宮にお越しになられるだろう。そしてこの娘がそれに一役かったとなれば陛下のお目にとまるは必定、そうなれば……」

 ここでオントールはマルキウスに視線を注ぐ。

「ワシの次にこの椅子に座るのはお主かのう?」
「長官もご冗談を……」

 口では否定しているものの、マルキウスは絶対にそれ考えていただろうな。
 スカウトした女子が皇后にでもなったら、当然その功績による昇進があるわけで、マルキウスだってそれを夢見ない方がおかしい。
 まあその程度の下心は許してやろう。
 どうせこっちは皇后どころか、皇帝の嫁になる気なんてさらさらないんだから。

「とりあえず怪異のために、アルタシャであったか……その娘に夜中にも出歩く事を認めるよう手続きはとってあるが、他の宮女達には他言無用としてもらうぞ。怪異について宮女達には秘密にし、被害を受けた者は病のため郷里に帰った事にしておるからな」

 当然の対応というべきだが、たぶん宮女達にだって噂ぐらい広まっているだろう。
 まあどっちにしてもオレのやることに変りは無いのだが。


 そしてオレが部屋を出ようとしたとき、ドアが静かに開く。

「あの……こちらの部屋に来るようにと言われたのですが……」

 姿を見せたのはオレと同じぐらいの十代後半とおぼしき少女だ。
 目を見張る美人というほどではないにしろ、なかなかに愛らしく可愛らしい。
 将来には期待できそうな容姿だろう。
 そんな少女がこの部屋に姿を見せるとしたら、その意味は明らかだ。

 おいおい。
 オレを含めて一日に二人も入る、この後宮はどうなっているんだよ。
 皇帝が来ない癖に女だけが次々に来るなんて、完全に税金の無駄遣いだろ。

「……」

 オレが愕然としていると、どういうわけか入ってきた少女もまたこっちを驚きの目で見ていた。
 なんだ? オレはそんなに驚かれるような変な格好をしているのか?
 マルキウス達の態度からすれば、そんなはずはないと思うが、自分では気付かないうちに女性にとっては奇妙な振る舞いでもしてしまったのか?

「連絡は受けておる。そなたはデレンダであったな」
「は、はい。そうです……」

 オントール長官の問いかけに、デレンダと呼ばれた少女は、どこか気後れした様子で答える。

「今日入るのはそこにいるアルタシャと、このデレンダの二人だ」

 ええ? 『今日入るのは二人』ってどういうことだ?
 これぐらいは当たり前だというのか?
 いったいここはどうなっているんだよ?!

「話はここまでだ。とりあえず二人を部屋に案内するように」

 オレとデレンダは、マルキウスと共にオントール長官の部屋を出て、控えの間に案内される。

「今日のところはここでお別れじゃ。ワシは女官を呼んでくるでな。後はその者の指示に従ってくれ」
「分りました」

 マルキウスも去って、殺風景な部屋にはオレとデレンダが残された。


 見るとデレンダはオレにチラチラと視線を注ぎつつ、ためらいがちに問いかけてくる。

「あの……あなたはアルタシャさん……でしたね?」
「ええ。そちらはデレンダさんでしたっけ。一緒にここに来たのも何かの縁。とりあえず仲良くしましょう」

 別にこの後宮に思い入れはないが、それでも友人がいて困る事は無いだろう。
 少々打算込みだがオレはデレンダに対して、愛想良く笑いかけたつもりだった。
 だが――

「仲良く……ですか。そうですね……」

 どういうわけかデレンダは、沈んだ様子で顔をうつむかせる。
 あれ? オレは何か間違った事を言ったっけ?
 そういえば最初に顔を合わせて時も、ずいぶんと驚いていた様子だったが――まさかこの娘はオレの事を知っていたりするのか?
 以前にいたラマーリア王国から千キロは離れているこの国にオレの事を知っている人間などいるはずがないのだが、魔術のあるこの世界の事だ。
 万一という事もありうるぞ。
 オレは緊張と共にデレンダの次の言葉を待った。
 しかし彼女が発したのは思いもかけぬ一言だった。

「アルタシャさん。この後宮にいるのは、あなたのような人ばかりなんですか?」

 おいおい。なんだよそれ。
 どう考えても全く逆だ。
 ここにいる宮女は『皇帝の寵愛』を目当てに集まっているが、オレはそんなもの真っ平ゴメンである。
 こっちはあくまでもこの国の古い資料を見せてもらうのが目的で、代償としてこの後宮の怪異を調べるために入っただけなんだよ。
 もちろん彼女がそんな事情を知っているはずがないが、勘違いにも程があるだろう。

「私のようなのは、間違いなくこの後宮でも一人だけですよ」

 オレのこの返答を受けて、デレンダはまたしてもその目を驚きに見開く。

「す、凄い自信ですね……それだけの美貌があれば、当然かもしれませんけど」

 え? どういうこと?

「きっと皇后様になるのは、あなたのような人なんでしょうね……あたしだって故郷では『器量よし』で通っていて、後宮に入る事が決まったときは『皇后様だって夢じゃない』と持てはやされたので、自分でもひょっとしたらと思っていたんですけど……」

 ああ、そうか。そういうことか。
 デレンダが先ほどから驚いたり、落胆したりしていたのはオレを見て『勝ち目がない』と思ったからだったのか。
 こっちにすればデレンダも結構、かわいい娘――ちょっと前のオレだったら『ハーレム要員』にすら加える気になったろう――なので、まさかそんな劣等感を抱くとは思いもしなかったのだ。
 どうやら彼女は周囲から一身に浴びていた希望を一日どころか、後宮に入った瞬間に打ち砕かれてしまったらしい。
 だけど心配しなくていいんだよ。オレはデレンダはもちろん他の宮女の誰とも『皇帝の寵愛』を争う気なんてないんだから。
 しかし今その話をしても信じてもらえないだろう。
 ここはちょっと気分を切り替えた方がいいな。

「あなたが気に病む事なんかないですよ。あなたにはあなたの……あなただけにしかない魅力があるでしょう? だったらそれを磨けばいいだけですよ」
「え? あ、あの……ありがとうございます!」

 デレンダは嬉しそうに大きく頷いた。
 それを見てオレも少しは安堵する。
 考えてみるとテマーティンやファザールも広義では『友人』の範疇に入るかもしれないけど、やっぱり『友だち』とは言いがたい。
 だからデレンダはオレにとって、この世界に来て最初の『友だち』と言える存在なのだ。
 そう思ったとき扉が開き、中年の女官が入ってきてオレ達の会話はそこでいったん中断となった。
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