異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第4章 マニリア帝国編

第37話 歴史書を見たところ

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 いまオレが歴史書で探しているのは『かつて存在したであろう男の回復役』の存在だ。
 聖女教会は現在、回復魔法を独占しているが、別に回復魔法を一から開発したわけではない事は分っている。
 そもそも聖女教会の崇める女神イロールにしてから『千年前の卓越した回復魔法使いが治癒の女神として昇天した』と言うことになっているのだ。
 そして聖女教会が出来る前、回復魔法の使い手は極めて希で貴重な存在であったらしい。
 だから千年以上前の資料を探れば、男が回復魔法を使っている証拠が残っている可能性が高い。
 その証拠をうまく使えば聖女教会の嘘を暴く事が出来るかも知れないのだ。

 もちろんいきなり重大な手がかりが得られると思っていたわけではない。
 だけどなんだ?
 最初の文献にいきなり男の治癒の使い手について書いてあるぞ。
 こんなにあっさり見つかるとはどうなっているんだ?!
 いや。落ち着け。
 一冊だけでは根拠として弱すぎる。
 とりあえず全部に目を通してからにしよう。
 そう考えて、他の文献も読んでみると――

「あ……あの! マルキウス先生!」
「どうしたんじゃ?」
「ここにある文献には男の治癒の使い手について記載してありますよ!」
「ほう。そうか。それ一冊だけかの?」

 マルキウスはごく平然と応じる。

「違いますよ。全部に書いてあるんです!」
「当たり前じゃろ。何を驚いておるのじゃ?」
「え? だって――」
「落ち着くがいい」

 オレの動揺を見て、マルキウスはにこやかに微笑みつつ応じる。

「要するにお前さんは『回復魔法は女しか使えない』はずなのに、聖女教会の出来る前の文献には『男が回復魔法を使っている』ような記述があると言うんじゃろ?」
「そうですよ。それはつまり聖女教会の教えに……問題があるということに――」

 さすがにいきなり『女しか回復魔法が使えないというのは嘘だ』と断定するわけにはいかなかったので、オブラートに包んだ言い方にした。
 しかしマルキウスは『そんなのお見通し』と言わんばかりに、説明を始める。

「そうはならんのだ。せっかくの『大発見』に水を差して悪いがのう」
「どういうことなんです?」
「千年前はまだまだ回復魔法は十分発達しておらんでな。だから治癒術士の多くは、魔法と共に薬草の扱いだの、折れた骨に添え木するだの、そういうやり方を併用しておったんじゃ。まあ今でも聖女に頼れない時には普通に行われている技術じゃが、当時の人間には魔法と技術の区別がつかなかったのじゃろう」
「いえ。だけど――」
「落ち着け。腕のいい薬草使いなら、何も知らぬ者の目には『魔法のように病人を治す』事は可能じゃ。その記述はそういう解釈をすべきものじゃろう」
「う……ぐ……」
「歴史を変える大発見とでも思ったかの? お前さんは大した才覚の持ち主じゃが、まだまだワシには遠く及ばんのう」

 オレの『落ち度』を見つけたらしいマルキウスは満足げに笑っている。

「過去にも同じ失敗を犯したものは何人もおってな。お前さんもその轍を踏んでしまったというわけじゃ」

 
 そうか。当たり前だよな。
 冷静に考えれば、あの抜け目のない聖女教会が『教会以前の回復魔法の存在』について見逃しているはずがない。
 千年も前の出来事である以上、たとえ嘘でも権威ある聖女教会が
『それは男の薬草使いが鮮やかに病人を治したのを、当時の人間が《魔法のように》受け止めた事を示している』
と言い張ったら、どうしようもない。
 しかもマルキウスによれば過去に同様の事例は何度もあって、今では全く相手にされていないらしい。
 つまりオレの思いつきなど、とっくの昔に聖女教会は対策済みだったのだ。
 なんてこったい。


「よく考えるんじゃ。仮に千年前に男の回復魔法使いがいたとして、それならなぜ今はおらんのじゃ?」

 それは聖女教会が自分たちの教会を産婦人科にして、そこで人々に子供を産ませて魔術適正を調査し、回復魔法の素質があれば赤ん坊の時点で女に変えてしまっているからだよ。
 どっちにしろこの世界では――オレのような例外を除き――魔法は長年にわたり訓練しないと使えない。
 聖女教会が回復魔法を独占し、自分たちの管理下以外での回復魔法の訓練をさせていないからには、教会以外で生まれた子供に回復魔法の才能があっても、それが開花して人の目に触れる事はごく希だろう。
 そしてその希な例ですらオスリラのように聖女教会は見つけ次第、性転換させてしまっているのだ。
 しかしこの話は、オレのように自らの身で体験した者か、さもなくば聖女教会でも一握りしかいないであろう関係者以外は想像もしていないはずだ。

「そういうわけなので、聖女教会の教えが正しいとしか考えようがないわけじゃ」

 マルキウスの断言にオレは落胆して目を伏せる。
 しかしここでマルキウスは興味深そうにオレの青紫の瞳をのぞき込む。

「しかし意外じゃのう。ワシはてっきりその記述を見たら、お前さんは躍起になって否定するか、見なかった事にするかと思っておったんじゃが」
「え? それではマルキウス先生は――」
「お前さんが『聖女教会の教義』に反するものを見て、どういう態度を取るか確かめたかったんじゃよ」

 つまりマルキウスはオレを試したということか。

「それでお前さんは『自分の発見』に飛びついた。随分と興奮しておったのう」
「悪かったですね。軽率で」

 オレは聖女教会の根幹を占める教義である『女しか回復魔法は使えない』を否定出来る根拠を見つけたと思ってつい有頂天になってしまった。
 だがそんなものは『聖女教会の掌の上』でしか無かった現実を思い知らされたのである。

「いや。そうは思わん。軽率な輩なら、一冊目で見つけた時点で勢い込んで騒いだじゃろう。じゃがお前さんは全部に目を通して中身を確認するまで、評価を控えておった。なかなかよい心がけじゃ」

 そりゃまあオレの元いた二一世紀の世界では、家にいながら世界中の情報が手に入る反面、ガセ情報も山のようにあったからな。
 それにこの世界に来てから、オレの幻想は次から次へと打ち砕かれている。
 都合の良い話に飛びつく愚は重々承知しているよ。
 それは女にされてしまう前に、気付きたかったけどな。

「しかも教義に反する結論を出しても、隠したり、躍起になって否定したりもせず、それをありのままに受け入れようとしたではないか」

 正直に言ってそれは誤りだ。
 マルキウスはオレを聖女だと誤解しているからそう思ったようだが、オレはむしろ『聖女教会の教義に反する』事実を探したかったんだよ。

「ワシはむしろお前さんを評価しておるんじゃぞ。お前さんはまだまだ未熟じゃが、知識に対して貪欲じゃし、真実をつかもうという心がけもある」
「ありがとうございます……」

 誤解だとは分っていても、正直に言ってこの評価は嬉しかった。
 聖女教会の手で女にされてしまって以降、殆どの人間はオレを容姿でしか判断しなかったし、ごく一部が魔術を評価しただけだ。
 オレという人間の内面を、積極的に評価してくれたのはマルキウスが初めてだった。
 だがそれは次の瞬間に暗転する。

「じゃからこそ惜しいのう。もしお前さんが『男』に生まれておったら、立派な学者になれたかもしれんのに……」
「……」

 オレは思わずその手を握りしめ、唇をかみしめた。
 マルキウスにとっては何でも無い一言だったのだろうが、それがどれだけ深々とオレの胸に食い込んだか、この老人には絶対に分るまい。

「どうした? 何を震えておる?」
「何でもありません! 失礼します!」

 オレは思わず叫ぶと、マルキウスの部屋を飛び出した。
 背中から困惑した呼び声が聞こえてきた気がするが、もうオレにとってはどうでもよかった。
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