異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第4章 マニリア帝国編

第39話 夜の後宮 月明かりの中で

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 オレはひとり夜の後宮を散策していた。
 後宮に入ったときの約束通り怪異の探索のために後宮を巡邏しているのだ。
 ここは光系魔術であちこち照らされ、歩き回る分には不都合はない。
 その上でオレは視覚や聴覚など各種の感覚を魔法で強化しているし、何より【霊視】ソウルサイトもかけているので、悪霊のたぐいが出てきても即座に察知できる万全の体制だ。
 問題があるとすれば、悪霊系ならシャーマン魔術でどうにか出来る見込みがある――実行した事は無いので自信は無い――のだが、怪異の正体が生身の相手で、いきなり押さえ込まれたら、悲鳴を上げるぐらいしかオレには打つ手がない事である。
 ただどれだけ歩き回っても、いまのところは何かに出会う気配はなかった。
 まあ宮女は夜中の許可無き出入りは禁じられているので姿が見えないのは当然なのだが、警備任務の女官まで見当たらない。

 恐らく怪異を恐れて引きこもっているのだろう。
 いくら魔術の才を見込まれてスカウトされたとはいえ、来たばかりの小娘一人に巡邏を任せるとはつくづくこの国はダメだな。

 しかしユリフィラスに言われたように皇后になるのも、次期皇帝の母になるのもオレにとっては論外だ。
 まあオレだって事情を知らない第三者として聞いていれば、彼女の言い分も理解出来るだろう。
 だがオレの第一の目的は『男に戻る』ことなのだ。
 最初にオレが想定していた『男の回復魔法使いの記録を見いだして、聖女教会の嘘を暴く』のはいきなり暗礁に乗り上げたが、まだ聖女教会設立時の記録をひもといて性転換魔法の手がかりをつかむ可能性は残っている。
 それにこの後宮の怪異を暴けば、デレンダやユリフィラスも安心して暮らせるだろう。
 たとえ近い将来にここを出ていくにしても、それまでにはせめて彼女達が平穏無事に生活出来るようにはしておいてやりたい。

 オレをスカウトしたマルキウスから聞いたところでは、宮女が怪異に襲われたのは既に四件にものぼるが、場所は本人の部屋の中から、中庭までさまざまでありどこが危険でどこが安全なのかも分らない状態だ。
 いまのところ襲撃されたのは宮女だけであり、女官や老人達は襲われていない。
 若い娘しか襲わないとは、何とも趣味のいい、もといスケベな怪異である。

 そのせいで宮女達には日没後は部屋に鍵をかけ、決して外には出ないように指示されているがそんな事ではとても安心など出来ないだろう。
 まあ正直に言えば、オレだって不安に胸をわしづかみにされそうだが、それでもこれはオレにとっての『男としての意地』でもあるのだ。

 宮女の宿舎を回っても何も異変は感じられない。動くものはあちこちにある鏡に映ったオレ自身の姿だけだ。
 しかし厄除けなのかもしれないが、本当に鏡が多いな。
 長官のオントールの意図だろうか。
 まあ本当に怪異が鏡を避けてくれるなら、それに越した事は無いのだがな。
 オレは気を取り直して中庭に足を踏み入れる。
 魔法で夜目を強化しているとは言え、薄暗い中にボンヤリと幾つものモニュメントがそびえる姿は昼間に見た壮麗な光景とは異なり、どこか不気味な印象を与えてくる。
 そんな中庭を見渡したとき、オレの視覚の片隅の庭石のそばで隠れるように動くものがあった。

 うん? あれはなんだ?
 霊体のたぐいではないぞ。
 おそらくは人間だ。
 見回りの女官にしても動きがおかしい。
 オレは気分を引き締め、魔術の準備をしながらくだんの相手に近寄っていった。
 だがそこにいたのは思いもかけぬ相手だった。

「あなたはオントール長官?」

 驚いたことにそこにいたのは、表情を苦痛に歪ませつつ庭石にその身をあずけ、荒い息をしながら胸を押さえているオントールだったのだ。

「だ、大丈夫ですか?!」

 まさかオントールが怪異に襲われたのか?
 襲われるのは宮女だけではなかったのか?
 いろいろな思いが脳裏を駆け巡る中、オレは慌てて駆け寄りつつ、回復魔法の【応急手当】スーズをオントールに投射する。

「しっかりして下さい!」
「うう……ぐう……」

 あれ? オントールの容体は変わらないぞ。
 ひょっとしてこれは怪我のたぐいではないのか――
 考えを切り替えたオレは【疲労回復】スタミナをかけてみる。
 するとオントールの表情は和らぎ、呼吸も整ってくる。
 やはりそうか。
 オントールは怪異に襲われたのではなく、疲労によって相当、身体に無理がかかっていたようだ。
 この様子だと心臓も危ないかもしれない。
 オントールの年齢を考えるとかなり無茶をしているのだろう。
 いかに魔法があろうと、高齢による身体の衰えはどうしようもないのはこの世界でも同じである。【疲労回復】にしたところで一時的な気休めでしかないのだ。

「そなたは……アルタシャか……すまんな。大分楽になった」
「とりあえずそのままにしていて下さい。すぐに人を呼んできますから」
「いや。かまわん。一人にさせていてくれ」
「お言葉ですけど――」
「心配はいらん。少なくともこの庭園を完成させるまで、ワシは死なん。そう決めているのだ」

 そう言ってオントールはその身を起こし、直立した体勢からその両手を広げて己の身を十字架と化した。
 その様はどこか宗教画を思わせる荘厳なものであり、またどこか不気味さを感じさせるものでもあった。

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 オレは明らかに自分に酔っているオントールの背中を見て、どん引きしていた。
 おいおい。そりゃまあこの美麗を極めた庭園の制作に、全力で取り組むという気持ちは分らないでもない。
 オレの目には単なる『税金の浪費』だとしても、オントール本人は芸術家にとっての『生涯最高の傑作』ということになるのだろう。
 しかしそのために年老いた身をここまでむち打つ心理はまるで理解出来ない。

「ワシは先代の陛下に忠誠を尽くした……そして当代の陛下にも命ある限り……そのつもりじゃったが、それはかなわぬ夢じゃった」

 なんだ?
 オントールはこの庭園が完成すれば、自分は死ぬとかそんな事を考えているの?
 ありがちな話だとは思うけど、いくら何でも思い込みが激しすぎるよ。
 もし俺が皇帝の立場だったら『陛下に捧げるために命がけで庭園を造り、制作者は死にました』なんて言われたら、むしろそんなところ行きたくもなくなるぞ。
 だいたいその当代の皇帝がここに顔も出さない時点で、庭園に興味なんて無いのは明らかじゃないか。

「今でもこの庭園は十分過ぎるぐらい立派ですよ。それに本来見せるべき相手――皇帝陛下がここに来ないのでしたら、工事も中断し、長官もしばらく休んだ方がいいのではないですか?」
「……そうだな。確かにお主の言うとおりかもしれん……」

 妙に含みのある言い方をしつつ、オントールは庭園の一面を飾っている巨大な鏡に視線を注いでいた。
 そこでオレは前々から気になっていた事を問いかけることにした。

「一つ聞かせて下さい。なぜあんなものが必要なんですか? 素晴らしい庭園を更に鏡に映して別の光景を見せるというのは分りますけど、そのための費用は国民の納めた税金ですよね? これではまるで――」

 国を傾けるためにやっているのように見える、という言葉はさすがに呑み込んだ。

「心配はいらん。この庭園は国家に繁栄をもたらす最高の景色だ。そして鏡に映すことでそれは二倍になる。つまりこのマニリア帝国に更なる発展をもたらすものだ」

 そんなことを本気で言っているのか?
 どこか空々しく聞こえてくるが、やっぱり自分の芸術家魂を満たすための口実に過ぎないのか?
 どっちにしてもろくなものではないが、オレが止めても聞きそうにないな。
 だがオントールはオレの表情から、こちらの真意を察したらしい。

「お主はこの後宮へ、歴史に残る庭園を整備するのに反対のようじゃな」

 当たり前だ、と言いたいがたぶんオントールの認識では宮女がそんな事を言う方がおかしいと言うことになるんだろうな。

「確かにその考えは正しかろう」

 え?! オントールは分っていてやっているの?

「じゃがワシはそれでもこの庭園に全てを賭けておる。言ってみればまさにワシ自身の墓標でもあるのだ」

 うわあ。ますますうんざりだ。
 本当にこの庭園はオントールの自己陶酔の結果でしかないのか?
 そうならば正直、いい加減にしろと言いたくなる。
 オントール自身は、どうせ老い先短い命だから、自分が死んでも作品が残ればいいという考えなんだろう。
 オレだってそれぐらいは理解出来るし、その気持ちも分かる。
 だがそれにしたって程度というものがある。
 本来、この公園を見せるべき皇帝が訪れもしないのに、無益に国民を疲弊させてまでやることだろうか。
 そりゃまあ後宮の長官という立場にあるのだから、一般庶民の事なんか考えていられないのかもしれないが、それを認めているこの国は本当にダメなんだな。

 オレは一瞬だが【成長加速】グロウス【植物歪曲】ワープ・ウッドを庭園の植物にかけて、この景色をメチャクチャにしてやろうかという気になった。だが――
 この庭園はこの目の前にいる老人が、残り少ないその命を燃やし尽くしてまで完成させようとしているのだ。
 それを破壊するのは、言ってみればオントールの人生そのものを踏みにじるに等しい。
 たとえ無用な浪費と、国家の腐敗の象徴としか思えない庭園であっても、オレにはそんな真似は出来なかった。

「とにかくこのままでは長官の命にも関わります。しばらく静養された方がいいと思いますよ」
「そうするとワシに代ってマルキウスがここの長官になれるというのか?」
「え?」

 まさかオントールはこのオレが『マルキウス派』で、あの爺さんを長官の座につけるべく行動していると思っているのか。
 オレが後宮に入ったのがこのあの爺さんに懇願された結果だから、考えられない話じゃないだろうけど、いくら何でもあんまりな評価というものじゃないのか。

「冗談じゃ。ワシとてお主が本心から心配してくれている事ぐらいは分っておる」

 そう言ってオントールは皮肉な笑みを浮かべる。
 ああそうか。
 ひょっとして、この人なりにオレに対して『心配はいらない』と伝えようとしたのか。
 決して悪い人ではなく、不器用で愚直なだけなのかもしれない。
 仮にそうだとしてもとても支持は出来ないが。

「いずれにせよお主の役目はワシの介護ではあるまい。ワシは大丈夫じゃから、先に行くがいい」
「分りました。くれぐれも無理はしないで下さい」

 心に引っかかるものはあったが、オレはひとまずオントールに別れを告げて、庭園を後にした。
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