45 / 1,316
第4章 マニリア帝国編
第45話 突然の急展開? いきなり絶体絶命?!
しおりを挟む
翌日の日が明けてもユリフィラスの言うとおり『皇帝』の事については誰も言及はしなかった。
デレンダにも口止めをしていたが、それでも本当に噂にすらならず、まるであの出来事がただの夢だったかと思われるほどだ。
だがあれが紛れもない現実だったのは、覗いた中庭にて俺が【植物歪曲】でねじ曲げた木の根が切り取られて無残な姿をさらしていた事から明らかだった。
それでも一切、騒ぎにならず皇帝の件はもちろん、侵入者が捕まったという話も出てこないのだ。
あれが何らかの怪異でないのなら一体なんだったのだろうか。
ユリフィラスには見当がついているらしいが、オレにはあれが何だったのかは全く分らない。
しかし一つだけ言える事は、オレにとってもこの後宮に居続けるのはそろそろ潮時になりつつあるということだ。
せめてここを去る前に、怪異だけでも解決してデレンダやユリフィラス達の安全ぐらいは確保したいものである。
そしてそんな最中でもオレはその日、マルキウスの部屋にて文献に目を通していた。
昨日、あんな事があったばかりだが、やっぱりオレはどこか醒めた様子で受け止めている気がするな。
元の男の身体のままだったら、逆に慌てていたんだろうか。
それはちょっとオレ自身にも分らない。
これまで聖女教会の女神イロールについて調べてきたが、どうやら西方の文化圏――この周辺では『蛮地』と蔑まれている地域――から大陸中央にまで来ていたらしい事が分かった。
まあ手がかりと言うには、あまりにも漠然としすぎているけど、それでも何かの糸口にはなるかもしれない。
しかしこの日、オレが書物に目を通していると、マルキウスの様子がどうにもおかしい。
チラチラとオレの方に視線を向け、何かを口にしようとしては躊躇する。
そんな様子がうかがえるのだ。
まさかマルキウスが今更、老いらくの恋いに目覚めてオレに告白しようとしているのか――などと馬鹿げた妄想が一瞬でも脳裏をかすめる自分に少々幻滅してしまう。
普通に考えれば、やはりこの前の『皇帝』と何か関係があるのだろう。
ただしこの態度からして、マルキウスも全て知っているわけではなく、どこかに不安を抱えているという感じだと思われる。
ならば仕方ない。ここはマルキウスに直に問うしかないだろう。
「マルキウス先生。わたしに何か隠し事をしていませんか?」
「!」
オレの問いかけに一瞬だがマルキウスの顔の緊張が走る。
「分るか……いや。当然じゃのう」
「教えて下さい。いったい何事が起きているんですか?」
「それは教えるわけにはいかんのじゃ。厳重に口止めされているからのう……」
「口止めですか?」
「そうじゃ。ただ一つだけ言わせてもらうと、お前さん達には関係のない世界の話じゃ」
マルキウスは沈んだ表情で、オレに向けて返答する。
だがこれで分るのは、少なくとも以前の『皇帝』とは別の話――というよりはたぶん後宮とは全く無縁の世界の出来事について、マルキウスが頭を悩ませているのは間違いない。
しかしそれで安心できるほど、オレは物事を甘く見てはいない。
「それはひょっとして『関係ない』のではなく、こちらでは『どうしようもない』事なんじゃないんですか?」
この問いかけにマルキウスはその目を一瞬だが大きく見開く。
そして――
「そうじゃのう……お前さんには随分と申し訳ない事になってしまったと思っておるわ」
「え?」
普通に考えると、これは昨晩の出来事についてオレに対して謝っていると思えるかもしれないが、それにしてもどこか様子がおかしい。
「そういえば約束ではいつ出て行ってもよい、という話じゃったのう……お前さんに初めて出会ってからまだ一月もたっておらんが、それが遠い昔のような気がしてくるわ」
おいおい。
そんな『彼方を見つめる視線』をあらぬ方向に注いだ上で、オレに語りかけるというよりは、思い出話をするような真似をされたら、どう考えても悪い予感しか出てこないぞ。
「それでは出て行っていいんですか? 怪異の事も片付いていないのに?」
「そう言いたいところなんじゃが……残念じゃがもはやそれどころではなくなってしまっておってな……」
どういうことだ? マルキウスの口調は怪異の事などもうどうでもいいかのような――ひょっとすると。まさか?!
「お前さんには取り返しのつかない事をしてしまったのう……いまさら謝っても手遅れじゃが……」
「ちょっと待って下さいよ! その言いぐさではまるでこの後宮が、いえ。この宮城が明日にも攻め落とされて滅びるかのように聞こえるじゃないですか」
オレが血相を変えて問い詰めると、マルキウスは顔を背ける。
「実は……お前さんを迎え入れた時には既に地方で反乱が起きておってな……」
げげ? 何だよそれ?!
そんな大事な話がどうして――いや、この後宮のような隔離された空間では外の出来事など分らなくてむしろ当たり前なのか。
「ワシらがその話を聞いた時には、この首都ノチェットには既にその反乱軍が迫っておったんじゃ……後は外の景色を見てくれ」
「それでは本当に?!」
オレが思わず席を立って窓の外を見ると、遠く離れた首都の城壁の向こうには、昨日は見えなかった数多くの旗指物が立ち並び、兵士達があくせくと動き回っているのが目に飛び込んできた。
--------------------------------------------------
オレは首都の城壁の周囲で動き回っている多くの兵士達を見て愕然とならずにはいられなかった。
そりゃまあこの国が政情不安だって事は知っていたし、後宮に入ってからもとてもまともな状態でないことは何度も痛感させられたさ。
しかしいくら何でもこの展開はあんまりだろう。
まだオレがこの国に来てから一月かそこらなのに、なんでここまで一気に情勢が悪化しているんだよ。
宮城が陥落したら、後宮がどうなるかはオレだって明白だ。
この世界には戦時国際法なんて無いだろう。
勝ちに驕った兵士が攻め込んでくれば、その後は見るもおぞましい光景が展開することになる。
「どういうことなんですか?! 何で今まで黙っていたんです!」
「お前さんが怒るのは当然じゃ……しかし言い訳をさせてもらうと、ワシらも殆ど聞かされておらんかったんじゃ。本当じゃ。信じてくれ」
いかにも申し訳なさそうに応じるマルキウスの態度を見ると、嘘をついているようには見えなかった。
オレも『反乱の話をすると処刑されてしまうので、宮廷に誰も報告せず、そのため首都が包囲されるまで皇帝も反乱を知らなかった』などという話は聞いた事があるが、まさか現実に自分が目の当たりにしてしまうとは想像もしなかった。
この世界に来てから『元の世界では想像だにしない』事の連続だったけどな。
「謝るのは後回しにして下さい。攻め込んで来たという反乱軍は、いったいどういう連中なんですか?」
「申し訳ないが、それも詳しい事は聞かされておらん」
ああ。この爺さんはどこまでも頼りにならないな。
いや。後宮のいち官僚に過ぎないマルキウスを責めても仕方ない。
今は出来る事を考えるしかないんだ。
「ただあちこちの軍が蜂起し、しかも迎え撃つ軍の大半も殆ど抵抗すらせずに素通しにするどころか、次々に反乱軍に加わっていったそうじゃ」
なんだそりゃ。皇帝の権威なさすぎだろ。
急転直下にも程があるぞ。
この有様ではいま宮城を守っている近衛軍だって、どこまで当てになるかわかったもんじゃない。
裏切り者が内部にいて門を開けるような事になれば、下手すりゃ明日にでもこの後宮はおしまいかもしれないんだぞ。
本当にどこまでもダメな皇帝だな。
ええい。こうなったら今は頭を抱えている場合じゃない。
とにかく後宮の宮女達の安全を確保する方法を考えないと。
「後宮から宮女達を逃がす事は出来ないんですか?」
「もちろんワシとて長官にそれは進言した。じゃが――」
「許可が降りなかったのですか?」
「長官も上と掛け合ってくれたらしいのじゃが、認めるわけにはいかないという返事じゃったそうじゃ」
それ無茶苦茶にも程があるだろ?!
まさかと思うけど、皇帝はやけくそになっていて宮女達と一緒に滅びようとか、そんな事でも考えているのか?
う~ん。だけどこの前出会った『自称皇帝』はともかく、公式に皇帝は一度もこの後宮に姿を見せていないことになっているはずだ。
つまり皇帝は宮女には大して関心は無かったと考えた方が自然だろう。
せめて放置してくれればよかったものを、このままでは三百人の宮女はこの後宮ともども蹂躙されてしまう可能性は極めて高い。
オレ一人だけならこの混乱に紛れて逃げ出すのは造作も無いが、デレンダやユリフィラス達を見殺しにするわけにはいかない。
だがいかにチート魔力を持つオレでも何百、何千という兵士が押し寄せてきたら手のうちようがないのだ。
こうなったら後宮の城門を守る兵士をオレがどうにかして、そこから宮女達を逃がすか。
オレが以前に行ったように、宮女達を男装させた上で避難する人の群れに紛れ込ませ、おのおのが郷里に戻るようにすれば、大部分を助けられるかも知れない。
しかしここは宮城の最深部だ。
どう考えても宮城にいる兵士から見とがめられる事無く、三百人もの少女が脱出するのは不可能だろう。
もうこうなったらオントール長官が上にかけあって、宮女達に脱出する許可をもらうしか選択肢はあるまい。
「マルキウス先生。オントール長官に会わせてもらえますか?」
「お前さんが何を考えているかは、分っているつもりじゃぞ。長官にかけあって宮女が郷里に帰る事が出来るよう、手はずを整えよというのんじゃろう?」
「そうですよ。他に道がありますか」
ここでマルキウスは大きくため息をつく。
「それは本来ならばワシがやるべき事じゃったのう。じゃがワシは現実を見るのが恐ろしくて、目を背けておったわ」
「それならなおさらわたしが――」
「いや。それはワシの仕事じゃろう。この老いぼれの人生の最後に、一花咲かさせてもらえんかの? お前さんは他の宮女達にかけあって、ここを出る準備を整えておいてくれ」
「……いいんですか?」
「現実から逃げたワシと違い、お前さんはこの状況でも最善を尽くし、自分に出来る事をやろうとしておるではないか。ワシも見習わせてくれ……孫ほども年の離れた小娘に教えられるとは、ワシもつくづく耄碌したもんじゃ」
そしてここでマルキウスは自嘲の笑みを浮かべる。
「しかし何じゃな。こうしてみるとワシなんぞよりもお前さんの方がよっぽど『男らしい』のう」
「それはどういたしまして」
不本意な称賛を受ける事にはとっくに慣れっこですよ。
「とにかく急ぎましょう。マルキウス先生は長官に掛け合って下さい。わたしは宮女達に呼びかけますから」
オレはそれだけ言い切ると、マルキウスの部屋から飛び出した。
デレンダにも口止めをしていたが、それでも本当に噂にすらならず、まるであの出来事がただの夢だったかと思われるほどだ。
だがあれが紛れもない現実だったのは、覗いた中庭にて俺が【植物歪曲】でねじ曲げた木の根が切り取られて無残な姿をさらしていた事から明らかだった。
それでも一切、騒ぎにならず皇帝の件はもちろん、侵入者が捕まったという話も出てこないのだ。
あれが何らかの怪異でないのなら一体なんだったのだろうか。
ユリフィラスには見当がついているらしいが、オレにはあれが何だったのかは全く分らない。
しかし一つだけ言える事は、オレにとってもこの後宮に居続けるのはそろそろ潮時になりつつあるということだ。
せめてここを去る前に、怪異だけでも解決してデレンダやユリフィラス達の安全ぐらいは確保したいものである。
そしてそんな最中でもオレはその日、マルキウスの部屋にて文献に目を通していた。
昨日、あんな事があったばかりだが、やっぱりオレはどこか醒めた様子で受け止めている気がするな。
元の男の身体のままだったら、逆に慌てていたんだろうか。
それはちょっとオレ自身にも分らない。
これまで聖女教会の女神イロールについて調べてきたが、どうやら西方の文化圏――この周辺では『蛮地』と蔑まれている地域――から大陸中央にまで来ていたらしい事が分かった。
まあ手がかりと言うには、あまりにも漠然としすぎているけど、それでも何かの糸口にはなるかもしれない。
しかしこの日、オレが書物に目を通していると、マルキウスの様子がどうにもおかしい。
チラチラとオレの方に視線を向け、何かを口にしようとしては躊躇する。
そんな様子がうかがえるのだ。
まさかマルキウスが今更、老いらくの恋いに目覚めてオレに告白しようとしているのか――などと馬鹿げた妄想が一瞬でも脳裏をかすめる自分に少々幻滅してしまう。
普通に考えれば、やはりこの前の『皇帝』と何か関係があるのだろう。
ただしこの態度からして、マルキウスも全て知っているわけではなく、どこかに不安を抱えているという感じだと思われる。
ならば仕方ない。ここはマルキウスに直に問うしかないだろう。
「マルキウス先生。わたしに何か隠し事をしていませんか?」
「!」
オレの問いかけに一瞬だがマルキウスの顔の緊張が走る。
「分るか……いや。当然じゃのう」
「教えて下さい。いったい何事が起きているんですか?」
「それは教えるわけにはいかんのじゃ。厳重に口止めされているからのう……」
「口止めですか?」
「そうじゃ。ただ一つだけ言わせてもらうと、お前さん達には関係のない世界の話じゃ」
マルキウスは沈んだ表情で、オレに向けて返答する。
だがこれで分るのは、少なくとも以前の『皇帝』とは別の話――というよりはたぶん後宮とは全く無縁の世界の出来事について、マルキウスが頭を悩ませているのは間違いない。
しかしそれで安心できるほど、オレは物事を甘く見てはいない。
「それはひょっとして『関係ない』のではなく、こちらでは『どうしようもない』事なんじゃないんですか?」
この問いかけにマルキウスはその目を一瞬だが大きく見開く。
そして――
「そうじゃのう……お前さんには随分と申し訳ない事になってしまったと思っておるわ」
「え?」
普通に考えると、これは昨晩の出来事についてオレに対して謝っていると思えるかもしれないが、それにしてもどこか様子がおかしい。
「そういえば約束ではいつ出て行ってもよい、という話じゃったのう……お前さんに初めて出会ってからまだ一月もたっておらんが、それが遠い昔のような気がしてくるわ」
おいおい。
そんな『彼方を見つめる視線』をあらぬ方向に注いだ上で、オレに語りかけるというよりは、思い出話をするような真似をされたら、どう考えても悪い予感しか出てこないぞ。
「それでは出て行っていいんですか? 怪異の事も片付いていないのに?」
「そう言いたいところなんじゃが……残念じゃがもはやそれどころではなくなってしまっておってな……」
どういうことだ? マルキウスの口調は怪異の事などもうどうでもいいかのような――ひょっとすると。まさか?!
「お前さんには取り返しのつかない事をしてしまったのう……いまさら謝っても手遅れじゃが……」
「ちょっと待って下さいよ! その言いぐさではまるでこの後宮が、いえ。この宮城が明日にも攻め落とされて滅びるかのように聞こえるじゃないですか」
オレが血相を変えて問い詰めると、マルキウスは顔を背ける。
「実は……お前さんを迎え入れた時には既に地方で反乱が起きておってな……」
げげ? 何だよそれ?!
そんな大事な話がどうして――いや、この後宮のような隔離された空間では外の出来事など分らなくてむしろ当たり前なのか。
「ワシらがその話を聞いた時には、この首都ノチェットには既にその反乱軍が迫っておったんじゃ……後は外の景色を見てくれ」
「それでは本当に?!」
オレが思わず席を立って窓の外を見ると、遠く離れた首都の城壁の向こうには、昨日は見えなかった数多くの旗指物が立ち並び、兵士達があくせくと動き回っているのが目に飛び込んできた。
--------------------------------------------------
オレは首都の城壁の周囲で動き回っている多くの兵士達を見て愕然とならずにはいられなかった。
そりゃまあこの国が政情不安だって事は知っていたし、後宮に入ってからもとてもまともな状態でないことは何度も痛感させられたさ。
しかしいくら何でもこの展開はあんまりだろう。
まだオレがこの国に来てから一月かそこらなのに、なんでここまで一気に情勢が悪化しているんだよ。
宮城が陥落したら、後宮がどうなるかはオレだって明白だ。
この世界には戦時国際法なんて無いだろう。
勝ちに驕った兵士が攻め込んでくれば、その後は見るもおぞましい光景が展開することになる。
「どういうことなんですか?! 何で今まで黙っていたんです!」
「お前さんが怒るのは当然じゃ……しかし言い訳をさせてもらうと、ワシらも殆ど聞かされておらんかったんじゃ。本当じゃ。信じてくれ」
いかにも申し訳なさそうに応じるマルキウスの態度を見ると、嘘をついているようには見えなかった。
オレも『反乱の話をすると処刑されてしまうので、宮廷に誰も報告せず、そのため首都が包囲されるまで皇帝も反乱を知らなかった』などという話は聞いた事があるが、まさか現実に自分が目の当たりにしてしまうとは想像もしなかった。
この世界に来てから『元の世界では想像だにしない』事の連続だったけどな。
「謝るのは後回しにして下さい。攻め込んで来たという反乱軍は、いったいどういう連中なんですか?」
「申し訳ないが、それも詳しい事は聞かされておらん」
ああ。この爺さんはどこまでも頼りにならないな。
いや。後宮のいち官僚に過ぎないマルキウスを責めても仕方ない。
今は出来る事を考えるしかないんだ。
「ただあちこちの軍が蜂起し、しかも迎え撃つ軍の大半も殆ど抵抗すらせずに素通しにするどころか、次々に反乱軍に加わっていったそうじゃ」
なんだそりゃ。皇帝の権威なさすぎだろ。
急転直下にも程があるぞ。
この有様ではいま宮城を守っている近衛軍だって、どこまで当てになるかわかったもんじゃない。
裏切り者が内部にいて門を開けるような事になれば、下手すりゃ明日にでもこの後宮はおしまいかもしれないんだぞ。
本当にどこまでもダメな皇帝だな。
ええい。こうなったら今は頭を抱えている場合じゃない。
とにかく後宮の宮女達の安全を確保する方法を考えないと。
「後宮から宮女達を逃がす事は出来ないんですか?」
「もちろんワシとて長官にそれは進言した。じゃが――」
「許可が降りなかったのですか?」
「長官も上と掛け合ってくれたらしいのじゃが、認めるわけにはいかないという返事じゃったそうじゃ」
それ無茶苦茶にも程があるだろ?!
まさかと思うけど、皇帝はやけくそになっていて宮女達と一緒に滅びようとか、そんな事でも考えているのか?
う~ん。だけどこの前出会った『自称皇帝』はともかく、公式に皇帝は一度もこの後宮に姿を見せていないことになっているはずだ。
つまり皇帝は宮女には大して関心は無かったと考えた方が自然だろう。
せめて放置してくれればよかったものを、このままでは三百人の宮女はこの後宮ともども蹂躙されてしまう可能性は極めて高い。
オレ一人だけならこの混乱に紛れて逃げ出すのは造作も無いが、デレンダやユリフィラス達を見殺しにするわけにはいかない。
だがいかにチート魔力を持つオレでも何百、何千という兵士が押し寄せてきたら手のうちようがないのだ。
こうなったら後宮の城門を守る兵士をオレがどうにかして、そこから宮女達を逃がすか。
オレが以前に行ったように、宮女達を男装させた上で避難する人の群れに紛れ込ませ、おのおのが郷里に戻るようにすれば、大部分を助けられるかも知れない。
しかしここは宮城の最深部だ。
どう考えても宮城にいる兵士から見とがめられる事無く、三百人もの少女が脱出するのは不可能だろう。
もうこうなったらオントール長官が上にかけあって、宮女達に脱出する許可をもらうしか選択肢はあるまい。
「マルキウス先生。オントール長官に会わせてもらえますか?」
「お前さんが何を考えているかは、分っているつもりじゃぞ。長官にかけあって宮女が郷里に帰る事が出来るよう、手はずを整えよというのんじゃろう?」
「そうですよ。他に道がありますか」
ここでマルキウスは大きくため息をつく。
「それは本来ならばワシがやるべき事じゃったのう。じゃがワシは現実を見るのが恐ろしくて、目を背けておったわ」
「それならなおさらわたしが――」
「いや。それはワシの仕事じゃろう。この老いぼれの人生の最後に、一花咲かさせてもらえんかの? お前さんは他の宮女達にかけあって、ここを出る準備を整えておいてくれ」
「……いいんですか?」
「現実から逃げたワシと違い、お前さんはこの状況でも最善を尽くし、自分に出来る事をやろうとしておるではないか。ワシも見習わせてくれ……孫ほども年の離れた小娘に教えられるとは、ワシもつくづく耄碌したもんじゃ」
そしてここでマルキウスは自嘲の笑みを浮かべる。
「しかし何じゃな。こうしてみるとワシなんぞよりもお前さんの方がよっぽど『男らしい』のう」
「それはどういたしまして」
不本意な称賛を受ける事にはとっくに慣れっこですよ。
「とにかく急ぎましょう。マルキウス先生は長官に掛け合って下さい。わたしは宮女達に呼びかけますから」
オレはそれだけ言い切ると、マルキウスの部屋から飛び出した。
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに
千石
ファンタジー
【第17回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞】
魔法学園4年生のグレイ・ズーは平凡な平民であるが、『他人の寿命が視える』という他の人にはない特殊な能力を持っていた。
ある日、学園一の美令嬢とすれ違った時、グレイは彼女の余命が本日までということを知ってしまう。
グレイは自分の特殊能力によって過去に周りから気味悪がられ、迫害されるということを経験していたためひたすら隠してきたのだが、
「・・・知ったからには黙っていられないよな」
と何とかしようと行動を開始する。
そのことが切っ掛けでグレイの生活が一変していくのであった。
他の投稿サイトでも掲載してます。
※表紙の絵はAIが生成したものであり、著作権に関する最終的な責任は負いかねます。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる