異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第4章 マニリア帝国編

第44話 逃げ込んだ先にて

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 ユリフィラスの部屋を前にして、デレンダは少々困惑の声をあげる。

「あのう……この部屋は確か入ってはいけないと言われていた、病気の人の部屋ではなかったのですか?」

 女官からオレと同じ注意を受けていたのなら、当然の反応であるがこちらは躊躇せず、彼女の手を引っ張って中に入る。

「おや。今日は珍しいお客様ね? 驚いたわ」

 ユリフィラスは特に驚いた様子も見せず、オレたちを出迎える。

「は、はい。デレンダと言います。よろしくお願いします」

 事態について行けないらしいデレンダは、それでもひとまず頭を下げてユリフィラスに挨拶をする。

「私はユリフィラス。よろしく」

 ユリフィラスはここでこっちに向き直ると、じっくりとオレの頭から足先までねめまわす。
 こっちは先ほど女官の手で入念に手入れされた上で、中庭にて『皇帝』に襲われたばかりなので、ある意味で『挑発的な格好』をしている事は自覚している。
 だがジックリと見られると、どうにも気恥ずかしい。

「おめかしつつ乱れた格好で、血相を変えてやってこられたら随分とそそるわね。ひょっとして三人でいいことをしようと思ってきてくれたのかしら?」
「とりあえず今はそういう冗談を聞いていられる場合ではないんです!」

 オレの文句を聞きながらユリフィラスは茶を二杯差し出した。

「まあいいでしょう。細かい話の前に、とりあえずお茶でもどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」

 デレンダはユリフィラスの出したお茶に飛びついて、一気に飲み干す。
 きっと緊張のあまり、今まではのどの渇きにも気付いていなかったのだろうな。
 しかし彼女を連れてきたのは仕方ないとして、皇帝云々の話をするのはちょっと躊躇せざるを得ない。
 どうしようとかと考えつつ、出されたお茶を見つめていると、デレンダはオレに身体を預けるように寄ってきた。

「あれ? デレンダ?」
「ごめんなさい……なにか、急に……」

 どういうわけかデレンダはその目を閉じ、身体から力が抜ける。

「心配はいらないわよ。ちょっと眠ってもらっただけだから」
「ま、まさか?」
「眠り薬を一服盛らせてもらったわ。話の邪魔になりそうだったからね」
「ええ? それでは?」

 オレが手に持ったお茶を愕然と見下ろすと、ユリフィラスは微笑む。

「ご心配なく。あなたの方には入れてないから」
「そういう問題じゃありませんよ!」

 オレは抗議しつつも、デレンダを心配せずに話が出来るようになった事に胸をなで下ろしている自分がいるのも理解していた。

「だいたい何でそんな薬を持っているんですか」

 この眠り薬は即効性ありすぎだろ。いや。問題はそこではない。
 オレはひとまずデレンダをベッドに寝かせつつ、ユリフィラスを問い詰める。

「もちろんあなたに一服盛って、寝ている間にその身体を好き放題したかったからよ」
「……もういいです」

 どうせユリフィラスとやりあっても、こっちに勝ち目はないのだ。
 それよりも本題に入らねば。

「とりあえず話を聞いて下さい」

 ここでオレは先ほど、起きた出来事をユリフィラスに説明する。

「それは随分と興味深い話ね……」
「こんな話を聞いて疑わないんですか?」

 幾らユリフィラスでもそうそう信じてくれるとは思わなかったので、あっさりと受け入れられた事にオレも少々驚いた。

「あなたはわざわざ夜中に、そんな着崩れた格好でわたしの元を訪れて、嘘をつくような人間なの?」
「違いますけど……」
「だったら私があなたを信じた事を疑わないで欲しいわね」
「すみませんでした」

 オレが謝るとユリフィラスは微笑む。

「あなたも気付いていると思うけど、その相手を皇帝と考えるのは随分と無理があるわね」
「そんな事は重々承知していますよ」

 オレを襲った相手が本当に皇帝だったら、おかしな事だらけである。
 事前の連絡も無く、いきなり中庭で押さえつけてくるなど、皇帝だったらどう考えても不自然だ。
 だがオレに入念な身支度をさせたのは、明らかにオントール長官であり、それをさせることがかなうのは皇帝だけのはず。
 つまりさっきの男が本当に皇帝の可能性も否定出来ない。
 そしてその場合、この後宮に留まるのは自殺行為である。

「それでも可能性がある以上、このままのんびりしているわけにはいきません」
「それで私に何をしろというのかしら?」
「わたしは逃げますから、ユリフィラスは今晩デレンダと一緒にいたと報告して下さい」

 そうすれば罪は全部、オレがひっかぶればいいことになる。
 もちろん追っ手は差し向けられるだろうが、オレはもともと聖女教会に追われている身である。
 それに帝国の一つぐらい加わったところで大した違いはあるまい。

「その場合、私にも類が及ぶ危険性がある事は分ってますね」
「それを承知の上で頼んでいるんです」

 オレ一人だけなら何に追われようと逃げ回る覚悟はあるが、デレンダを連れて逃げるのは不可能だ。
 とにかくこんな事を頼める相手はユリフィラスしかいないのだ。

「あなたは私にただでそんな危ない橋を渡らせるつもりかしら」
「……回りくどい言い方をしないで下さい。何が望みなんですか?」

 この問いかけにユリフィラスは少々いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「今からあなたの身体を私が好きにしていい、というならその願いを聞いてあげるわよ」
「……分りました。それでいいです」

 オレはこの身を蹂躙されるのは真っ平だが、優先順位で言えばデレンダを助ける方が上である。
 まあこれも先ほど襲われた時と同様『どうせ自分の身体ではない』という意識が一部にあるからだろう。
 だがオレの返答を聞いてユリフィラスは少々、残念そうな表情を浮かべる。

「あんまり悩まずに、あっさりと同意されるとそれはそれで面白くないわね」

 またアマノジャクな事を言い出したな。
 ただそれを見て、どこかホッとした気持ちにもなったけど。

「まあ。焦る気持ちは分るけど、一晩ぐらい様子を見てからの方がいいとは思うわよ」
「だけど――」
「焦っているのはたぶんその『偽皇帝』とオントールでしょうね」
「え?」

 ユリフィラスはオントール長官を呼び捨てにしたが、どこかあの老長官を軽蔑する意味合いが含まれている気がする。
 そして『偽皇帝』という言葉にしても、ユリフィラスにはその相手に心当たりがあるかのように思われたのだ。

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 オレは胸裏に浮かび上がった、極めて深刻な疑問を問いかけることにした。

「ひょっとしてユリフィラスさんは何か――」
「とりあえず今晩はあなたの身体は私のものという約束ね」
「うぐう……」

 こちらの質問を遮ってユリフィラスは、さきほどの騒動で乱れたオレの服に手をかけ、そして少々興奮した様子で応じる。

「こんな感じで着崩れた様子はそそるわね」
「な、何のつもりですか?」

 オレは少々どころではなく動揺し、またどん引きしてユリフィラスから思わず身を引く。
 だがユリフィラスは『ネズミをいたぶるネコの目』をオレに向けていた。

「まずはそうね……『お願いです我が君、どうか火照ったこの身にあなた様の愛を注いで下さい』とでも言って誘ってくれるかしら?」
「ええ? そんな恥ずかしい真似なんてできませんよ!」

 幾ら女の装いをするのが当たり前になってしまったとは言えど、まだまだオレの意識は男のものなのだ。
 そんな台詞を吐くなど、血を吐くに等しい行為である。

 確かにさきほどは『デレンダのためなら身体を好きにしていい』とまで言い切ったが、やはり抵抗感は強い。
 だが当然、ユリフィラスは容赦などしてくれなかった。

「今晩は私の思い通りにするという約束でしょう」

 そういってユリフィラスは寝ているデレンダにチラと視線を向ける。

「ユリフィラスさんはそういいますけど……」

 実際、さきほど襲ってきた男が本当に皇帝だったら、いつ何時兵士達が群れをなして飛び込んでこないとも限らないのだ。
 だがユリフィラスにはそうはならないという見込み――むしろ確信――があるらしい。

「それならデレンダさんでしたっけ。わたしが彼女をかばう義理もなくなるわけね」
「……分りました」

 オレは敗北を認めると、それからしばらくユリフィラスの求めに応じて、いろいろと思い出したくもない扇情的な台詞を吐かされ、色っぽいポーズを取らされる羽目となった。


 そしてオレに取っては永遠とも思える時間が過ぎた後、ユリフィラスは満足げに微笑みかけてきた。

「ふう。大分、堪能したわね。もういいわよ」
「ようやく終わりですか……」

 羞恥のあまり顔から火が吹き出そうだ。
 まあこれでも身体を自由にもてあそばれるのに比べたら、マシだと思うしかないだろう。

「次からは是非とも私が命じたからではなく、あなたの意志でやって欲しいわね。いま何度も練習したから、出来るでしょう?」
「お断りします!」
「それは残念ね」

 オレの明白な拒絶を受けて、ユリフィラスは少々沈んだ表情を浮かべる。
 しかしそこでユリフィラスは、一転して少々誇らしげに胸を張る。

「とりあえずこれであなたも差し迫った危険が無いことはわかったでしょう」
「それはそうかもしれませんけど……」

 確かに『皇帝』をぶちのめしてから、かなりの時間を経ているが、騒ぎになっている様子は無い。
 しかし逆を言えばあまりにも静かすぎる。
 あの男が本当に皇帝であったのなら、大騒ぎになる事は分るが、逆に『ただの侵入者』だったとしても何らかの反応はあってしかるべきだろう。
 つまり何も無い事そのものが、この件の異常さの現われという事になる。

 そうだとするとあれは一体、何ものなんだ?
 そしてユリフィラスには思い当たる節があるにも関わらず、それをオレに隠している事も明らかだ。

「まあ心配だったら、今晩はこの部屋で私と一緒に寝ましょう。何かあれば女官が知らせてくれるでしょうから安心よ」

 そういえばユリフィラスと女官との関係も以前に問い詰めたが、軽くはぐらかされただけだったな。
 しかしあらためてここでは確認しておきたい。

「教えて下さい。ユリフィラスさんは女官の皆さんとどういう関係にあるんですか? それと長官の事も知っているようでしたけど、それも聞かせて下さい」
「その見返りに、あなたは何を私に提供出来るのかしら?」

 普段はここでオレが引き下がるのだが、今回はそうはいかなかった。

「後払いでいいですね。何でも言って下さい」

 つい先ほどユリフィラスの求めるとおり、男として、女として、そのいずれであろうと羞恥に満ちた行為に手を染めてしまったのだ。
 もはや今のオレに恐れるものなどありはしない。

 オレが決意の表情でユリフィラスをにらみ付けると、一瞬、彼女は驚いた表情を示し、そこで小さくため息をつく。

「それを聞いたら引き返せなくなると分っていても、聞きたいの?」
「当たり前です! あなたが知っている限りの事を教えて下さい!」
「いいでしょう」

 ユリフィラスがそこまで口にしたところで、窓のところで小さな声が響く。
 見るといつもの夜鷹――ユリフィラスによるとヴリーマク――が窓枠のところに止まっていた。

「ちょっと待っていて」

 そこでユリフィラスはヴリーマクの足からいつものように手慣れた様子で暗号の書かれた紙を取り出す。
 そしてそれに目を通した時、一瞬だがユリフィラスの目には、別人のような鋭利な光が宿った。

「何が書いてあったんですか?」
「そうね。だいたいの事情は分ったわ。今日のところはここまでにしましょう」

 またはぐらかされた?

「たぶん。数日のうちに全てが分るわよ。だからそれまで待っていてちょうだい」
「楽しみにして、というわけではないんですよね」
「ええ……」

 曖昧に頷くユリフィラスの顔には、どこか苦悩の色が含まれているようにオレには思えてならなかった。
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