異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第4章 マニリア帝国編

第52話  追い詰められた瞬間、突破口が開く

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「アルタシャさん! 早く逃げましょう!」

 ここでオレのところまで駆けつけてきたデレンダが叫ぶ。
 申し訳ないけど、オレの心配をする前に、彼女にはさっさと逃げ出して欲しかった。
 しかし今更、そんな事を嘆いていてもしょうがない。

「デレンダ。ここはこちらに任せてあなたは先に逃げて!」

 いまは【霊体遮断】スピリット・スクリーンを維持するので精一杯のオレは、そこまで口にするのがやっとだった。しかしデレンダは応じてくれない。

「そんな事は出来ません! アルタシャさんはあたしと一緒に逃げて下さい!」

 だからそれが困るんだって。頼むから先に行ってくれ。
 オレがどうにかデレンダに逃げるよう、伝えようとした瞬間、背後からも大きな悲鳴が次々に挙がる。

 なんだ? 何事だ?

 どうにか首を回して、背後を確認するとオレは思わず絶句した。
 このとき後宮のあちこちに置いてあった他の鏡からも瘴気が吹き出ていたのだ。
 もちろん出ている瘴気はオレの正面に位置している『大鏡』からのものとでは比較にもならず、せいぜい以前にエジーラを襲った程度のものらしいが、それでも宮女や並の兵士を襲うには十分だ。
 そのため宮女や女官達はこの中庭から出ることが出来ず、足止めを食ってしまっているらしい。

 ちくしょう。なんてこった。
 せめて宮女達が逃げる時間を稼いで、それからオレも何とか逃げ出すつもりだったけど、これではとても間に合いそうにない。
 こうなったら防御壁をオレ一人に集中させて、自分だけでもこの場からトンズラするか――そんな気持ちが脳裏をよぎった。

 だがそんなわけにはいかないだろう!
 考えろ! 必ず突破口があるはずだ!

 オレが【霊体遮断】スピリット・スクリーンの障壁を維持しつつ、打開策を考えるという無理難題に取り組んでいる最中、後宮の正門が大きく開け放たれ、そこから兵士達がなだれ込んでくる。
 本来なら助けが来たと喜ぶところだが、そんな兵士なんか何百人いたところで、この瘴気が相手ではどうすることも出来ないよ。
 そして思った通り飛び込んできた兵士達は、この光景を見て恐怖に足を止め、また幾人かはあっという間に瘴気に襲われて悲鳴を上げているようだった。
 ええい。せめて宮女達を救助してとっとと出て行ってくれ――つい先ほどウァリウスから聞いたのと同じダジャレが浮かんだのは、我ながら不本意な事である。
 しかしおびえる兵士達の群れが分かれ、その中央からオレの方に駆けてくる相手がいた。
 それはオレが初めて見る男装した――もともと男だけど――ウァリウスの姿だったのだ。

ウァリウスは兵士達の中から突出して幾人かの護衛、後は恐らく連絡を取り合っていた将軍とおぼしき高位の軍人らしい武人達を引き連れて、瘴気の津波をどうにか押しとどめているオレの方に向かってくる。

「アルタシャ! いまそちらにいくから待っていて!」

 ええい。来るんじゃないって!
 むしろあんたら邪魔なんだっつうの。
 早いところ宮女や女官達を助けて、ここから逃げてくれ。

「あ……あの人はどなたなんですか?」

 デレンダは少々困惑しつつオレに問いかけてくる。まあ彼女の場合、一度会っただけのユリフィラスの正体があのウァリウスだと分らなくて当然だろう。
 だが腰が抜けたまま地面を這い回ってこちらに寄ってきたマルキウスは、何かに気付いたらしい。

「まさか?! あのお姿は? もしや!」

 まあマルキウスも、遠目に皇帝の姿をチラ見した事ぐらいはあるだろうからな。
 こちらにとってウァリウスの身分はそんなに大した問題でも無い。
 だがこの爺さんにとってはやっぱりオレをスカウトした立場上、いろいろと言ってきそうだな。
 いや。今はそんな事などどうでもいい!

 ウァリウスとその側近達は瘴気をかいくぐってこっちに近づいてくる。
 さすがにこのファンタジー世界では、高位の軍人となるとこういう相手との遭遇もそれなりに準備はしているらしいが、それでも限度があるだろう。
 もしオレがいま展開している結界が決壊したら――決してダジャレではない――大公同様に全員まとめて飲み込まれるのは確実だ。
 しかも【霊体遮断】スピリット・スクリーンの防御壁の端からも瘴気があふれ出て、既にオレの周囲にまで迫りつつある。
 こうなったら仕方がない!
 もはや出し惜しみが出来る状況ではないのだ!
 オレは更なる魔力を引き出し、それと同時に黒く【着色】カラースプレーしていた髪が再び黄金の輝きを放つようになる。

「ええ? その姿はいったい?!」

 瘴気をかわしつつ、近寄ってきたウァリウスはこちらの変化を目の当たりにして驚愕したようだ。
 その驚いた顔を見たところで、初めてユリフィラス=ウァリウスに一矢でも報いたやったような気がするな。
 ファーストキスを奪われた事を考えれば、まったく収支は合ってないけど。

 そしてオレは引き出した魔力で全身から【陽光】サン・ブライトを放つ。
 瞬時にオレの周囲に寄ってきた瘴気は消し飛び、透明な障壁越しに押し寄せてきた『漆黒の津波』の圧力も大きく下がった気がする。

 しかし残念ながらそれだけだった。
 確かに瘴気は灼かれ勢いが落ちたかもしれないが、それでも途切れる事無く『黒い津波』は押し寄せ続けている。
 くそう。『最悪の光景』を作り出した大鏡を破壊しない限り、どうしようもないのか。
 だが既に大鏡の周囲は瘴気に覆われ、鏡面そのものが見えなくなってしまっている。
 これではこちらから近寄る事も出来ない。つまり物理的な破壊魔法の使えないオレにはどうすることも出来ないのだ。

「アルタシャ!」

 そうこうしているとオレの元にウァリウスが将軍達と共に突っ込んでくる。
 おいおい。【陽光】サン・ブライトのお陰でオレの周囲では瘴気が薄くなっているとは言え、皇帝陛下がいくら何でも無謀すぎやしませんかね。
 だけどこうなったら出来る事はやってもらおう。

「その姿はいったい――」

 こんな状況で『何が起きているか』よりも『こっちの外見』を気にしているなんて、やっぱりやんごとない人の考える事は違うんだな。
 しかしオレにしたらそんな疑問に答えてやる義理はない。

「お願いです! デレンダとマルキウスさんを避難させて下さい!」

 このオレの頼みにウァリウスは少々、消沈した様子を見せる。

「ここまで来た僕に対して、最優先で頼むことはそれなのかい?」
「だったらあそこの大鏡を破壊して下さい! あそこにあった大鏡がこの事態を招いたんです!」

 事情を四捨五入してオレは叫ぶ。
 既に大鏡は漆黒の瘴気に覆われて、こちらからその姿は見えなくなっているが、指摘すれば何か打つ手はあるはずだ。
 ウァリウスはともかく一緒に来た連中なら、破壊魔法が使えるのもいるかもしれない。
 こっちの一縷の望みをかけた願いである。

「分ったよ。みんな『あそこ』を攻撃するんだ!」

 中庭の大鏡――というよりは『大鏡のあった位置』を指さし、そう命じてからウァリウスは、デレンダとマルキウスの方に向かう。
 どうやらオレの頼み通りに二人を避難させようとしているらしい。
 もちろん有り難いけど、やっぱり『皇帝』らしくないことには変わりないな。

「御意!」

 ウァリウスの命を受けて、ついてきた兵や将軍達は一斉に弓矢を放つ。
 う~ん。やっぱり武装している連中が魔法に長けてないのは基本か。
 まあどんな形でもあの鏡をぶち壊してくれさえすればいい。

 だが黒い瘴気の中に何本もの矢が突き刺さるが、ただ呑み込まれただけで、瘴気が減る様子は無かった。
 そしてそこでマルキウスの悲鳴に似た叫びが上がる。

「ダメじゃ。あの鏡は宮廷魔術師が魔法で強化しておるから、そんな矢ぐらいでは傷もつかんぞ!」

 そういえばオレが最初に中庭を見たとき、マルキウスはそんな事を言ってたな。
 そしてその次の瞬間、まるで先ほどの矢が『穴を開けた』かのように更なる瘴気が吹き出し、オレの【陽光】サン・ブライトにもひるまず【霊体遮断】スピリット・スクリーンをかいくぐって押し寄せる。
 それはあっという間に中庭全体へと広がり、オレの周りにいた兵士や将軍達すらも次々に呑み込まれていった。

 何てこった。攻撃はむしろやぶ蛇?!
 かえってこっちが不利になってしまったのか?!
 今のでデレンダやウァリウスも瘴気に呑み込まれてしまいかねない!

 オレが思わず振り向くと、デレンダとマルキウス、そしてそこに駆けつけていたウァリウスの三人が『瘴気の海』の中でポツンと浮くかのように残った、僅かな中庭の地面からオレを心配そうに見つめていた。

 あれ? 何かが変だ。
 デレンダとマルキウス、ウァリウス達が今いるところだけ、なぜか瘴気が薄い。
 そのお陰でどうにか三人とも無事であるように見えるぞ。

 なぜ? どうして?
 いや。待て。いま三人がいる場所はオレにも心当たりがある。
 そうだ。間違いない。そもそも忘れるはずがない。
 あそこはオレが『皇帝』を名乗った大公に襲われた場所だ。
 だけどそれでどうしてあそこの瘴気が薄くなっているんだ?

 考えろ、考えるんだ、オレ。
 たぶんこれがこの危機を脱する事の出来るかもしれない、唯一にして最後のヒントだ。

 オントールの言葉によれば、この瘴気は『最高の景色』であるこの中庭を鏡に映し逆転させて『最悪の景色』に変えたことで生じたものだった。
 そして大公に襲われたとき、ここで何があった? オレはここで何をした?
 そこまで考えたところでオレの脳裏に閃光が走った。

 ああ! そうか。そういうことか!
 オレはバカか。こんな単純な事を今まで見落としていたなんて!
 テンパっていたとはいえ、自らの抜け具合を恥じつつ、オレは最後の魔力を絞り出し、この土壇場で気付いた活路を切り開く事を決意した。
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