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第4章 マニリア帝国編
第53話 決着がついたところでやっぱり難題が降りかかる
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オレは行動を起こす前に、中庭を覆い尽くしつつある『瘴気の海』の中に取り残されたかのようなデレンダとマルキウス、ウァリウスを横目で見る。
もしこの思いつきが間違っていたら、オレ達はもちろん、この後宮にいる全員が確実に瘴気に呑み込まれ死ぬ――どころか下手をすればこの瘴気の一部にされて、永遠に苦しむ事になりるかもしれない。
それに下手をすれば瘴気はどこまでも広がって、この首都ノチェット全体を呑み込む事すら考えられる。
そうなったときのことを思うと恐怖に胸を鷲づかみにされそうだ。
しかし他に道は無い。
この状況を打開するには、もうこれに賭けるしかないのだ!
オレは渾身の力を絞り出しつつ、地面に手を突き立てる。
そしてそこで【成長加速】と【植物歪曲】がこの庭園全てに行き渡るだけの魔力を込めて放つ。
もちろん庭園全体となれば範囲が広すぎて魔力が行き渡るまで、時間はかかる。
しかも【霊体遮断】と【陽光】を維持しつつだから、同時に四つの魔術を使う羽目になっているわけだ。
オレのチート魔力でなければとても不可能な行為だろう。
だがその全てを維持するのは、神経にやすりをかけているのかと思えるほど消耗する。
急いでくれ! とにかく時間が無いし、オレもどこまで持つか分らない。
オレにとっては無限とも思える、じれったい時間の後、後宮の木々がざわめき始めた。
あるものは揺れてねじ曲がり、またあるものは見る見る成長し、根を張った岩にヒビが入る。
そして後宮の木々が蠢くのと比例するように、瘴気もまた揺れ、そしてオレに向かってくる圧力が下がったように感じられる。
やはり。思った通り!
オントールはあの大鏡でこの贅を尽くして作り上げたこの庭園の『最高の景色』を逆転させることで、瘴気を呼び込んだと言っていた。
ならばその『最高の景色』を破壊すれば『最悪の景色』もまた消滅し、それによってこの瘴気も勢いをなくすはずだ。
そしてこの庭園は木々の枝振り、奇石の色彩、人工の小山や川、楼閣や東屋など全てが計算されて、絶妙の配置によって壮麗かつ荘厳な景観を構築していた。
故に一部でも損なえば、その影響は必ず出てくる。
大公がオレを襲った場所の瘴気が薄くなっていたのは、あのとき《植物歪曲(ワープ・ウッド)》で庭木を曲げ、気絶した大公を捕まえた結果、その木が切り倒されていたので、そこだけが『最高の景色』ではなくなったからだ。
オレには普通の破壊魔法は使えないから、もしこの庭園が全て人工物で作られていたら手も足も出なかっただろうし、たぶん大公の件がなければ気づきもしなかったろう。
あの大公は本当にどこまでもロクでもない男だったけど、たった一度だけ役に立ってくれたよ。
まったく感謝はしないが、せめて冥福だけでも祈ってやろう。
しばしの後、地面の下から成長した根っこに突き上げられた楼閣が傾き、木々にのしかかられた東屋が倒壊し、川がせき止められ、奇石が草木に覆われる。
壮麗な庭園が見る影も無く破壊されていくのに比例するかのように、瘴気はまるで潮が引くように消えていく。
それと共につい先ほどの『瘴気の津波』で呑み込まれた人たちの姿も見えるようになってきた。
地面に倒れ伏してはいるが、瘴気にさらされていたのは僅かな時間だから、どうにか無事でいてくれ。
祈るような気持ちでオレは魔力を注ぎ続ける。
もう身体の感覚がなくなってきた気もするが、今更止めるつもりはない。
あと少し。ちょっとだけだから、それまで持ってくれオレの魔力。
そして庭園がなかば『残骸』と化し、それに伴って瘴気の大半が消え失せ、オレは少しばかり安堵する。
だが、どうにか危機を乗り切った――と思った瞬間、一部の瘴気がオレの首筋に向けて飛びついてきた。
なんだ?! まるでコイツはオレを狙ってきたかのような動きだ。
オレは【陽光】を放っているから、瘴気は近づくほど自らが灼かれるにも関わらず、なんでわざわざこっちにやってくるんだよ。
さっさと成仏するか、せめて鏡の向こうにでも引っ込んでくれ。
だがこの瘴気は生きているかのごとくオレの細い首に巻き付いて、息を止めるかのように締め上げてくる。
なぜ? この瘴気はいったい?
『おお……我が后よ……共に逝こうでは無いか……』
なんだと? こいつは大公の意志なのか。
いくら何でも瘴気に同化するのが早すぎるんじゃないのか。
いや。冷静に考えて見るとオントールが既に半年も呪い続けた結果、大公の意志がこの瘴気に近づいていて、いともあっさりと一体化してしまったことは考えられる。
そうだとしたら、大公さん、あんたはとっくに死んでいるんだから、もうこの世に未練なんか残さずにとっとと逝ってくれ。
「アルタシャ!」
瘴気が薄まった事でウァリウス達がオレに向けて駆けつけようとする。
「待って。こちらにこないで!」
オレは何とか制止する。
これが大公の執念だとすれば、場合によってはウァリウスの方に襲いかかりかねない。
少なくともこいつがオレに向かってきている限り、他の人間は安全なのだから、まだそっちの方がマシだ。
「だけど――」
「心配いりませんから! 下がっていて!」
そうだとも。
このオレが大公の未練による魂の残滓程度にどうにかされるはずがない。
何しろこのオレは生身の人間に攻撃されたらめっぽう弱いけど、この手の輩の相手はむしろ本業だよ。
そんなの全く自慢にならないけどな!
『我が后よ――』
「さようなら! 成仏してね!」
オレはこの身に取り憑いた僅かな瘴気に対し、全方位に放っていた【陽光】を一本の光りの柱に変えてたたき込む。
そしてそれと共に、最後の瘴気も消え失せ、あたりには静寂が舞い降り、力尽きたオレはがっくりと膝をついた。
魔力を使い果たし、疲労困憊したオレは膝をついた状態で周囲を見回す。
ほんの数分前には壮麗と荘厳さを極めていた後宮の中庭は、オレの魔術でかき回された結果、まるで爆撃でも受けたかのような有様だ――この世界には『爆撃』なんて言葉はそもそも存在しないだろうけど。
しかし一時はこの中庭の殆どを覆った瘴気は跡形も無く消え失せ、倒れていた人間もその大半が無事であるらしい。
ただ真っ先に瘴気に取り込まれてしまった大公と、その周辺にいた部下達、そしてもちろんオントールはどうしようもないようだ。
オレとしてはせめて手厚く葬って、彼らが二度と化けて出てこないようにしてもらいたいものである。
「アルタシャ!」
ここでウァリウスが先陣を切ってオレのところにかけつけてくる。
定番の展開なら、ここで皇帝陛下がオレを抱きしめるところだろうが、それはどうにかご遠慮願いたい。
近寄ってきたウァリウスは心配そうな顔をしてオレに問いかけてくる。
「とりあえず……聞きたい事は山ほどあるけど……それより大丈夫かい?」
「ええ。心配いりませんよ」
オレはふらつく足で何とか立ち上がって、ウァリウスを手で制する。
もちろんオレはいますぐにでも意識を失いかねない状態だった。
だがそれでもオレは『ある心配』から自分を奮い立たせていたのだ。
「あの……大公はあちらの大鏡の前です。たぶんもう……」
先ほどの瘴気から伝わった意志からして、既に大公はこの世にいないだろうが、それでもウァリアスの第一の目的が大公なのだから、まずそれを教えねばなるまい。
「分ったよ。それはいいけど無理をしてはダメだよ。ゆっくり休むべきだ」
「こっちが意識を失ったら、これ幸いと何をされるか分りませんからね」
「つれないなあ」
こっちはさっきファーストキスを無理矢理に奪われた恨みはまだ忘れてないんだ。
このまま倒れたら、次は唇以外にもいろいろと奪われてしまいかねない。
そりゃ大公に比べればウァリウスの方がかなりマシだが、そんな比較論でオレは納得などしないぞ!
そしてここでデレンダがウァリウスを押しのけて、オレの腕を取って支えようとする。
「アルタシャさん。しっかりして下さい。顔色が真っ青です」
「そんなに酷い顔している?」
「いつもと同じ……いえ。いつも以上に神々しくて美しいお顔ですけど、それでもやっぱり心配ですよ」
そういってデレンダはあからさまにこちらとウァリウスの間に割って入ってくる。
どうやらオレが皇帝陛下を警戒している事を察してくれたらしい。
ありがとう。やっぱりどんな世界でも『持つべきものは友』だね。
だがここでマルキウスが血相を変えて、デレンダを怒鳴りつける。
「こ、これ! 陛下に対して何たる無礼を!」
「え?」
デレンダは一瞬惚けた表情を浮かべ、そして次の瞬間、驚愕にその目を見開く。
「ええ?! こ、この方が皇帝陛下?!」
一声叫んだ後でどうしていいのか分らず、その身を震わせつつデレンダは立ちすくむ。
まあそれが当然だよな。
そしてそんなデレンダを見て、ウァリウスはこちらに微笑みかける。
「ほらね。こういう反応が普通なんだよ」
そんな事を言うウァリウスだが、普通だったら皇帝は女装しません!
内心でツッコミを入れたところで、意識を取り戻したらしい兵士や将軍達がこっちに駆けつけてきて、ウァリウスの傍らに跪く。
「申し訳ありません。肝心な時に何も出来ず――」
「構わぬ。さっき言ったように『朕』には『我が女神』の加護があるからな」
ウァリウスが『僕』以外の一人称を使うと、オレにとってはかなり違和感があるな。
まあそれを言ったら、昨日までは女である事を疑ってなかったし、その『僕』を聞いた時点ではむしろ『皇帝にしては軽すぎる』と思ったものだから、この短時間でオレの認識が変わっただけでしかない。
いや。それより『我が女神』ってなんだよ!
オレが朦朧としかけた意識の中で困惑している最中、ウァリウスは勝手にオレを将軍達に『紹介』していた。
「そなた達も彼女の力は見ただろう。彼女がいなければ我らはあのまま全員死んでいたところだぞ」
「確かに……しかしそのお姿は――まさか?!」
将軍達の驚愕した顔を見て、オレは自分の装いをあらためて再確認させられる。
しまった!
さっき全力で魔力を開放した結果【着色】が吹っ飛んで今の俺は金髪だから『聖女』そのものな姿をしている上に、下手をすれば『選ばれし者』のことや、ラマーリア王国首都コルストでオレが屍収集家を倒した事も知られているかもしれない。
その場合、当然ながら聖女教会がオレを探している事も聞いているはず。
これはまずいぞ。
こうなったら一刻も早くこの国を出て行かねばならない。
そう思って反射的に足を踏み出そうとした瞬間、膝が折れて、周囲の景色が急激に切り替わる。
あれ? 身体に力が入らない。
こんなところで限界が? ちょっとまずいだろこれ。
脳内にて警鐘がいろいろと鳴り響き、またデレンダ達が悲鳴を挙げる中で、オレの意識は暗転していった。
もしこの思いつきが間違っていたら、オレ達はもちろん、この後宮にいる全員が確実に瘴気に呑み込まれ死ぬ――どころか下手をすればこの瘴気の一部にされて、永遠に苦しむ事になりるかもしれない。
それに下手をすれば瘴気はどこまでも広がって、この首都ノチェット全体を呑み込む事すら考えられる。
そうなったときのことを思うと恐怖に胸を鷲づかみにされそうだ。
しかし他に道は無い。
この状況を打開するには、もうこれに賭けるしかないのだ!
オレは渾身の力を絞り出しつつ、地面に手を突き立てる。
そしてそこで【成長加速】と【植物歪曲】がこの庭園全てに行き渡るだけの魔力を込めて放つ。
もちろん庭園全体となれば範囲が広すぎて魔力が行き渡るまで、時間はかかる。
しかも【霊体遮断】と【陽光】を維持しつつだから、同時に四つの魔術を使う羽目になっているわけだ。
オレのチート魔力でなければとても不可能な行為だろう。
だがその全てを維持するのは、神経にやすりをかけているのかと思えるほど消耗する。
急いでくれ! とにかく時間が無いし、オレもどこまで持つか分らない。
オレにとっては無限とも思える、じれったい時間の後、後宮の木々がざわめき始めた。
あるものは揺れてねじ曲がり、またあるものは見る見る成長し、根を張った岩にヒビが入る。
そして後宮の木々が蠢くのと比例するように、瘴気もまた揺れ、そしてオレに向かってくる圧力が下がったように感じられる。
やはり。思った通り!
オントールはあの大鏡でこの贅を尽くして作り上げたこの庭園の『最高の景色』を逆転させることで、瘴気を呼び込んだと言っていた。
ならばその『最高の景色』を破壊すれば『最悪の景色』もまた消滅し、それによってこの瘴気も勢いをなくすはずだ。
そしてこの庭園は木々の枝振り、奇石の色彩、人工の小山や川、楼閣や東屋など全てが計算されて、絶妙の配置によって壮麗かつ荘厳な景観を構築していた。
故に一部でも損なえば、その影響は必ず出てくる。
大公がオレを襲った場所の瘴気が薄くなっていたのは、あのとき《植物歪曲(ワープ・ウッド)》で庭木を曲げ、気絶した大公を捕まえた結果、その木が切り倒されていたので、そこだけが『最高の景色』ではなくなったからだ。
オレには普通の破壊魔法は使えないから、もしこの庭園が全て人工物で作られていたら手も足も出なかっただろうし、たぶん大公の件がなければ気づきもしなかったろう。
あの大公は本当にどこまでもロクでもない男だったけど、たった一度だけ役に立ってくれたよ。
まったく感謝はしないが、せめて冥福だけでも祈ってやろう。
しばしの後、地面の下から成長した根っこに突き上げられた楼閣が傾き、木々にのしかかられた東屋が倒壊し、川がせき止められ、奇石が草木に覆われる。
壮麗な庭園が見る影も無く破壊されていくのに比例するかのように、瘴気はまるで潮が引くように消えていく。
それと共につい先ほどの『瘴気の津波』で呑み込まれた人たちの姿も見えるようになってきた。
地面に倒れ伏してはいるが、瘴気にさらされていたのは僅かな時間だから、どうにか無事でいてくれ。
祈るような気持ちでオレは魔力を注ぎ続ける。
もう身体の感覚がなくなってきた気もするが、今更止めるつもりはない。
あと少し。ちょっとだけだから、それまで持ってくれオレの魔力。
そして庭園がなかば『残骸』と化し、それに伴って瘴気の大半が消え失せ、オレは少しばかり安堵する。
だが、どうにか危機を乗り切った――と思った瞬間、一部の瘴気がオレの首筋に向けて飛びついてきた。
なんだ?! まるでコイツはオレを狙ってきたかのような動きだ。
オレは【陽光】を放っているから、瘴気は近づくほど自らが灼かれるにも関わらず、なんでわざわざこっちにやってくるんだよ。
さっさと成仏するか、せめて鏡の向こうにでも引っ込んでくれ。
だがこの瘴気は生きているかのごとくオレの細い首に巻き付いて、息を止めるかのように締め上げてくる。
なぜ? この瘴気はいったい?
『おお……我が后よ……共に逝こうでは無いか……』
なんだと? こいつは大公の意志なのか。
いくら何でも瘴気に同化するのが早すぎるんじゃないのか。
いや。冷静に考えて見るとオントールが既に半年も呪い続けた結果、大公の意志がこの瘴気に近づいていて、いともあっさりと一体化してしまったことは考えられる。
そうだとしたら、大公さん、あんたはとっくに死んでいるんだから、もうこの世に未練なんか残さずにとっとと逝ってくれ。
「アルタシャ!」
瘴気が薄まった事でウァリウス達がオレに向けて駆けつけようとする。
「待って。こちらにこないで!」
オレは何とか制止する。
これが大公の執念だとすれば、場合によってはウァリウスの方に襲いかかりかねない。
少なくともこいつがオレに向かってきている限り、他の人間は安全なのだから、まだそっちの方がマシだ。
「だけど――」
「心配いりませんから! 下がっていて!」
そうだとも。
このオレが大公の未練による魂の残滓程度にどうにかされるはずがない。
何しろこのオレは生身の人間に攻撃されたらめっぽう弱いけど、この手の輩の相手はむしろ本業だよ。
そんなの全く自慢にならないけどな!
『我が后よ――』
「さようなら! 成仏してね!」
オレはこの身に取り憑いた僅かな瘴気に対し、全方位に放っていた【陽光】を一本の光りの柱に変えてたたき込む。
そしてそれと共に、最後の瘴気も消え失せ、あたりには静寂が舞い降り、力尽きたオレはがっくりと膝をついた。
魔力を使い果たし、疲労困憊したオレは膝をついた状態で周囲を見回す。
ほんの数分前には壮麗と荘厳さを極めていた後宮の中庭は、オレの魔術でかき回された結果、まるで爆撃でも受けたかのような有様だ――この世界には『爆撃』なんて言葉はそもそも存在しないだろうけど。
しかし一時はこの中庭の殆どを覆った瘴気は跡形も無く消え失せ、倒れていた人間もその大半が無事であるらしい。
ただ真っ先に瘴気に取り込まれてしまった大公と、その周辺にいた部下達、そしてもちろんオントールはどうしようもないようだ。
オレとしてはせめて手厚く葬って、彼らが二度と化けて出てこないようにしてもらいたいものである。
「アルタシャ!」
ここでウァリウスが先陣を切ってオレのところにかけつけてくる。
定番の展開なら、ここで皇帝陛下がオレを抱きしめるところだろうが、それはどうにかご遠慮願いたい。
近寄ってきたウァリウスは心配そうな顔をしてオレに問いかけてくる。
「とりあえず……聞きたい事は山ほどあるけど……それより大丈夫かい?」
「ええ。心配いりませんよ」
オレはふらつく足で何とか立ち上がって、ウァリウスを手で制する。
もちろんオレはいますぐにでも意識を失いかねない状態だった。
だがそれでもオレは『ある心配』から自分を奮い立たせていたのだ。
「あの……大公はあちらの大鏡の前です。たぶんもう……」
先ほどの瘴気から伝わった意志からして、既に大公はこの世にいないだろうが、それでもウァリアスの第一の目的が大公なのだから、まずそれを教えねばなるまい。
「分ったよ。それはいいけど無理をしてはダメだよ。ゆっくり休むべきだ」
「こっちが意識を失ったら、これ幸いと何をされるか分りませんからね」
「つれないなあ」
こっちはさっきファーストキスを無理矢理に奪われた恨みはまだ忘れてないんだ。
このまま倒れたら、次は唇以外にもいろいろと奪われてしまいかねない。
そりゃ大公に比べればウァリウスの方がかなりマシだが、そんな比較論でオレは納得などしないぞ!
そしてここでデレンダがウァリウスを押しのけて、オレの腕を取って支えようとする。
「アルタシャさん。しっかりして下さい。顔色が真っ青です」
「そんなに酷い顔している?」
「いつもと同じ……いえ。いつも以上に神々しくて美しいお顔ですけど、それでもやっぱり心配ですよ」
そういってデレンダはあからさまにこちらとウァリウスの間に割って入ってくる。
どうやらオレが皇帝陛下を警戒している事を察してくれたらしい。
ありがとう。やっぱりどんな世界でも『持つべきものは友』だね。
だがここでマルキウスが血相を変えて、デレンダを怒鳴りつける。
「こ、これ! 陛下に対して何たる無礼を!」
「え?」
デレンダは一瞬惚けた表情を浮かべ、そして次の瞬間、驚愕にその目を見開く。
「ええ?! こ、この方が皇帝陛下?!」
一声叫んだ後でどうしていいのか分らず、その身を震わせつつデレンダは立ちすくむ。
まあそれが当然だよな。
そしてそんなデレンダを見て、ウァリウスはこちらに微笑みかける。
「ほらね。こういう反応が普通なんだよ」
そんな事を言うウァリウスだが、普通だったら皇帝は女装しません!
内心でツッコミを入れたところで、意識を取り戻したらしい兵士や将軍達がこっちに駆けつけてきて、ウァリウスの傍らに跪く。
「申し訳ありません。肝心な時に何も出来ず――」
「構わぬ。さっき言ったように『朕』には『我が女神』の加護があるからな」
ウァリウスが『僕』以外の一人称を使うと、オレにとってはかなり違和感があるな。
まあそれを言ったら、昨日までは女である事を疑ってなかったし、その『僕』を聞いた時点ではむしろ『皇帝にしては軽すぎる』と思ったものだから、この短時間でオレの認識が変わっただけでしかない。
いや。それより『我が女神』ってなんだよ!
オレが朦朧としかけた意識の中で困惑している最中、ウァリウスは勝手にオレを将軍達に『紹介』していた。
「そなた達も彼女の力は見ただろう。彼女がいなければ我らはあのまま全員死んでいたところだぞ」
「確かに……しかしそのお姿は――まさか?!」
将軍達の驚愕した顔を見て、オレは自分の装いをあらためて再確認させられる。
しまった!
さっき全力で魔力を開放した結果【着色】が吹っ飛んで今の俺は金髪だから『聖女』そのものな姿をしている上に、下手をすれば『選ばれし者』のことや、ラマーリア王国首都コルストでオレが屍収集家を倒した事も知られているかもしれない。
その場合、当然ながら聖女教会がオレを探している事も聞いているはず。
これはまずいぞ。
こうなったら一刻も早くこの国を出て行かねばならない。
そう思って反射的に足を踏み出そうとした瞬間、膝が折れて、周囲の景色が急激に切り替わる。
あれ? 身体に力が入らない。
こんなところで限界が? ちょっとまずいだろこれ。
脳内にて警鐘がいろいろと鳴り響き、またデレンダ達が悲鳴を挙げる中で、オレの意識は暗転していった。
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