異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第5章 辺境の地にて

第61話 ファーゼスト救貧院にて

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 聖女教会の建物の中に引き込まれる最中、オレはどうにかオスリラとネステントスを振り切ろうとしたが、特にネステントスの鍛え上げられた鋼のような手はビクともしない。

「助けて! 誰か!」
「大げさなんですから。困ったお人ですね」
「本当にいいのか? 俺にはこの娘が照れているんじゃなくて、本心から嫌がっているように見えるんだが……」

 おお! ネステントスの方はさすがに常識ある人だ。
 仰るとおり、オレは今すぐにでもここから逃げ出したいんです!
 だがそこにオスリラの視線が突き刺さる。

「あら? あなたは私の言葉を疑っておられるのですか?」

 この言葉にネステントスの表情は一気に凍り付く。

「いや! 待て! そんな事は無いぞ。すまんすまん。今のはきっと俺の勘違いだろう。彼女はただ単に照れているだけだよな」

 あんた屈服するの早すぎだろ!
 もうちょっとねばってくれ!

「分ってくれたらいいのです。勘違いは誰にでもありますからね。私は全く気にしていませんよ」

 オレは心底から気にしてますよ!

「それでは客間にご案内して下さい。そこで少しちょうきょう――」
「ちょっと待って! いま何て言いました?!」

 耳に飛び込んできた不吉すぎる言葉に、オレは思わず問いかける。

「ああすみません。この場合はせんのう――」
「それもダメェ!」
「何がなんだか分らんが、とりあえず俺は何も聞かなかった事にさせてもらうよ」

 オレの悲鳴には誰の助けも訪れず、無理矢理にオレは客間へと放り込まれる事になった。


 しばしの後、オレはひとまずオスリラの『歓待』を受けていた。
 ネステントスは席を外しているが、オレが下手に逃走しようとすると捕まえに来ることは考えられる。
 ただ今のところは身体を拘束されているわけでもなく、部屋の窓に鉄格子があるわけでもない。
 強引に連れ込まれたとはいえ、ひとまずはこちらを押し込めるような気はないようなので、少しはオレも落ち着いてきた。

「よくおいで下さいましたね。光栄です」

 明らかに事情を都合よく四捨五入した上で、オスリラは笑顔でオレに話しかけてくる。
 オレはどう答えていいのかも分らず、ひとまずは相づちを打つしかなかった。

「それはどうも……」

 オレはオスリラについて女にされた恨みがある ―― と言うのはその通りなのだが、復讐したいかと言えばそうでもない。
 オスリラはただ単に自分の役目を果たしたに過ぎない。彼女がいなけれ別の誰かが、同じ事をしただけだ。
 それにオスリラはオレを男に戻す術などそもそも知らないだろうし、万一知っていたとしても、その施設はこのファーゼストの救貧院には存在しまい。
 たとえ拷問したところでオレを男に戻すのは無理な話であろう。
 もっともオレにはたとえどれほど恨みがあっても、拷問なんてとても出来ないけど。
 そしてオスリラは興味深そうにオレに問いかけてくる。

「その髪は染められたのですか?」

 最初の質問がそれかよ!
 いや。女としたらそういう装いの方が気になるのか?

「そうです……」
「せっかくの女神と同じ輝かしい金髪を染めるのはどうかと思いましたけど、黒髪でもそれはそれでお美しいですね。あなた様のご趣味ですか?」

 それは本気で言ってるのか!
 趣味じゃなくて、聖女教会の追っ手をかわすために決まっているだろ!

「聖女教会を出てからあなた様のご活躍は常々うかがっていますよ。それを考えると私としても鼻が高いです」

 それはあんたがオレを女にした結果だからか!
 いや。待てよ。
 オレの活躍と言ってもラマーリア王国の時はまだしも、マニリア帝国の事はまだ十日ほどしかたっていないのだ。
 ネットを使えば幾らでも手軽に世界中の情報が得られた元の世界ならともかく、情報の伝達は早くて馬レベルのこの世界で、そんなに早くこんな辺境まで話が来るはずが無い。

「オスリラさんはどこまで……ご存じなんですか?」
「ラマーリア王国首都コルストであなた様が多くの民衆を救った事は、聖女どころか多くの民衆に知られていますよ。そして次の国でも――」
「ちょ、ちょっと待って下さい! なんでそれを知っているんです?」

 オスリラの言葉にウソがないなら、オレがマニリア帝国の後宮にいる時点から、既に聖女教会はこっちの動向を察知し、こんな辺境にまで周知していた事になる。
 だったらオレは聖女教会から逃げ回っているつもりで、実は連中に転がされていたに過ぎないのか?
 だがオスリラの次の言葉は、オレにとっても少々意外だった。

「そちらについては今朝方、夢を見たのです。あなたが大勢の人を救い、そして女神の祝福を受ける光景を」
「そんな……夢の話を信じているのですか」
「むしろ疑う理由があるのでしょうか?」

 このファンタジー世界だと、確かに『夢のお告げ』もそれなりに説得力はあるかもしれない。
 だがオスリラがラマーリア王国の一件を知っていれば、偶然にそんな夢を見たとしても何の不思議でも無い事だ。
 しかしマニリア帝国の後宮で力を使い果たしたオレが意識を失っていたとき、女神がオレを助けるようなそんな夢を見た覚えがある。
 ひょっとするとオレは自分の意志で行動しているつもりなのに『女神』の手の平で踊っているに過ぎないのか?
 そんなバカな! だいたいオレは信仰心の欠片も無いし、治癒の女神イロールなんぞむしろ嫌悪の対象だ。
 そうだ。そんな夢があったとしても、それは偶然の一致に決まっている。
 オレは自分にそう言い聞かせるが、それでも胸中の不安を払拭する事は出来なかった。

 このオレが『女しか回復魔法は使えない』という聖女教会の偽りを暴いた上で、男に戻る方策を探し回り、その結果として二つの国を救った ―― などというかなり無茶のある話もその全てが『神の意志』だった。

 そんな馬鹿げた想像が脳裏をよぎり、オレは一瞬呆然となるが、頭を振ってそんな妄想を放り出す。
 一神教教徒の崇める『唯一なるもの』だって、そんなご都合主義を実現する力などないのだ。
 だからこそフレストルの一族は布教の最中に大勢犠牲になったと言っていたではないか。
 そうとも。すべてはたまたまの出来事に過ぎないんだ。

 オレがどうにか考えを整理しているさなかにも、オスリラはさらに誇らしげに話を続けていた。

「僅か三ヶ月にも満たない期間で二つの国を救済するなど、歴代の『選ばれし者』の中でもあなた様の業績は群を抜いています。聖女教会にとっても『偉大な英雄』であることは間違いありません」
「それは本当なんですか?」
「こんな事でウソをついてどうします? ただ今のところ聖女教会も正式にあなた様を『選ばれし者』と承認したわけではないので、公式の声明は出ていません。だから一刻も早く教会の元にお戻り下さい」

 その話が本当なら、オレが『選ばれし者』として真実を暴露すれば信じてくれる人間も大勢出てくれるだろう。
 そうなれば今までに出会ったテマーティン王子やウァリウス皇帝だって味方についてくれるかもしれない。
 いっそ今からでも改心したフリをして聖女教会に入り込むべきか。

 ダメだ。それは甘すぎる。
 そんな事を考えてオレがノコノコと顔を出したら、とっ捕まって本当に洗脳されてしまう危険性が高い。
 考えて見ればオレが女にされてしまったのも、今のように持ち上げられて、調子に乗ってしまったのが原因の一つだ。
 しかも目の前にいるオスリラはその時の張本人じゃないか。
 危ない。危ない。
 うっかりとその気になるところだった。
 あと冷静に考えてみればオレ自身はオスリラに対して深刻な恨みを抱いているわけではないし、復讐しようとも思っていなかったが、彼女からすればオレに復讐する理由があるはずだ。

「あのう……オスリラさんがこのファーゼストに赴任したのは、ひょっとするとこちらのせいなんですか?」

 曲がりなりにも大都市であるグラマーから、それなりの規模とはいえこんな辺境に赴任した ―― ぶっちゃけ左遷された ―― 理由はどう考えてもオレを逃がした責任を取らされた結果だろう。
 もしそうなら、オスリラが左遷された原因であるオレを恨んでいても何の不思議もない。
 しかしオスリラはオレの問いかけに対して静かに首を振る。

「それは違いますよ。元からここへの赴任は決まっていましたから。もしあなた様の事が関係あるとすれば、それはきっと我らが治癒の女神イロールの御意思でしょう」
「元から決まっていた……本当ですか?」
「ええ。ここしばらくこの近辺で、奇妙な病気が広まっているんです」

 オスリラの発した『奇妙な病気』という言葉にオレは思い当たる節があった。

「その病気というのは、ひょっとしたら体がカサブタに覆われて、ウミが吹き出すものですか?」
「ご存じでしたか……既に少なからぬ犠牲が出ていましてね。聖女教会でも放置するわけにはいかず、それで幾人か聖女達が送り込まれる事になっていて、私もそのひとりだったというわけですよ
「え? それではここにオスリラさん以外にも聖女がいるんですか?」

 それなりに大きな建物だが、さっきオレがあれだけ悲鳴をあげたのに誰も顔を見せなかったのだ。
 他に聖女もいるならいくら何でも不自然である。

「私はここでは一番の下っ端ですからね。留守を任されているだけですよ。他の聖女は全員、近隣の村に出向いて病気の治療にあたっています。しかしそれでもまるで手が足りず、病気の蔓延した村を焼き払うような事も起きてしまっているのです」

 この時のオスリラの表情は本当に痛ましそうで、憂いに満ちており『聖女』と呼ぶにふさわしいものだった。
 だからこそ以前のオレはだまされてしまったわけだけど。

「それではこちらでの仕事はオスリラさんお一人で?」
「そうです。だから一日で相手をする人数が限られているので、夫に頼み込んで優先させてもらおうとする人も多いのですよ」

 そうか。さっきネステントスの周囲に人だかりが出来て、懇願していたのはそういうわけだったのか。
 あの光景が目にとまらなかったら、オレもここに来ることなどなかったのに、本当に運命とは残酷なものだ。
 それはともかく、フレストル達の活動についてもどこまで知っているのか聞いてみよう。

「その病気についてですけど、西方から来た一神教徒の司祭が救済活動をしているのをご存じでしょうか?」
「あの連中ですか――」
「え?」

 オレは一瞬だが目や耳がおかしくなったのかと思った。
 一神教徒と聞いた瞬間、オスリラの顔や声には、今まで彼女が絶対に見せる事のなかった『他者への蔑み』の感情が浮かびあがったからだ。
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