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第5章 辺境の地にて
第66話 異性装と罪と、そしてお説教
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たかが男装ぐらいで大げさな、とは思ったにしろここでフレストルと口論するほどオレもバカでは無いつもりだ。
ここは相手に合わせるしかないだろう。
「すみません。そこまで問題だとは知りませんでした。謝ります」
頭を下げたオレに対し、フレストルはあからさまにため息をつきつつ、ヴァルナロに命じる。
「仕方ありません。とりあえずヴァルナロ。彼女に着替えを用意してくれますかね?」
「分りました。それではこちらに来て下さい」
オレは少しばかり躊躇するも、ここで敢えて男装を貫くほど意志強固なわけではない。
ここはひとまずヴァルナロの後に従うことにした。
オレを部屋に案内する最中、ヴァルナロはこちらに対していろいろと苦言を唱えてくる。
「本当にフレストル様にも困ったものです。あなたが女の子である事ぐらい一目で分りそうなものですけどね」
「ご迷惑をおかけします」
初対面でヴァルナロがオレをにらみ付けていたのは、別にこちらに嫉妬していたわけではなく、フレストルが『男装の女子』と親しくしていた事が、彼にとって危険だったからということか。
すみません。このところ普段、周囲から持ち上げられ続けてきたので、ついつい自意識過剰になっていました。
「アルタシャさんでしたっけ。今後は気をつけて下さいよ」
「それなんですけど……本当に西方では異性の格好をしていただけで処刑されるのですか?」
オレはついこの前まで皇帝が女装していた国にいたんだし、何より日本の神話でも女装して敵を討った英雄だっている。
歌舞伎や宝塚など異性の格好をするのが当たり前の芸能だってある国の出身としては、にわかには信じがたい話だった。
それにこれから西方に入るつもりなのに、男装しているだけで処刑だというなら、さすがのオレも躊躇せざるを得ない。
何も知らないまま男装のまま西方に入っていたら、どうなったかは想像するだに恐ろしいな。
そう考えると、情報袖収拾のためにフレストルの元を訪れたのは正解だったということになるか。
「確かに処刑までされるのは、常習犯だったり、それで他人を詐欺にかけたりするような悪質な場合なのが大部分でしょう」
「明確に決まっていないのですか?」
「当然です。そのあたりは裁きを行う領主の判断次第ですからね」
ヴァルナロは『そんな当たり前の事も知らないのか』といわんばかりだ。
そうだった。
この世界では元の世界のように三権分立なんて存在しないし、厳密な法治主義というわけでもなくて、そのあたりは領主の胸先三寸ということらしい。
「初犯だったら、軽かったら懺悔で済ませてもらえるかもしれません。しかし普通はむち打ちか、市場でさらし者にされるぐらいでしょう」
それでも十分に酷だとは思うけど、まあ処刑に比べれば大分マシだな。
安心とまではいかなくとも、西方に入ってもどうにかなりそうな気もしてきた。
しかしながら男装一つでこれだけ大騒ぎなのだから、西方のしきたりも詳しく知っておかないと、後でどんな問題に直面するか分ったものではない。
「特にこれからは、男装でフレストル様には決して近づかないで下さいよ。この辺境の地でも、どんなところに目が光っているのか分らないのですからね」
「え?」
「もし信徒の方々の誰かに目撃されて、宣教師が男装の女性と親しくしていたなどという話が本国に届いたら――」
そこでヴァルナロは、いかにも恐ろしげにその身をブルッと震わせる。
「フレストルさんは職務を解任される事になるわけですか」
「それぐらいで済めば御の字でしょう。最悪の場合、破門ですよ」
「あのう……よく分らないんですけど『破門』されると具体的にはどうなるんですか?」
オレの感覚では『破門』と言えば、ヤクザや伝統的な師弟関係における関係断絶ではあるが、聖職者にとってはクビということなのだろうか。
この質問に対し、ヴァルナロはあらためてため息をつき、仕方ないと言わんばかりに応じてくる。
「聖セルム教団において『破門』とは聖職者に対する最も重い処罰です。教団から追放されるのはもちろんのこと、一切の縁を断ち切られます。当然ですけど、あらゆる庇護を受ける事は出来なくなり、たとえ殺されても教団の墓地に葬る事さえ許されません」
「ええ?! そこまで大事になるんですか?」
「当然でしょう。それが我が教団の規律ですから」
フレストルはただオレが『男装の麗人』だと気付いていなかっただけである。
その相手と話をしていただけで、完全に社会からつまはじきとは、厳しいなどという次元の話ではない。
一般人ではまだ軽い罪で許されても、聖職者には特別厳しい基準が適用されるということか。
まあ『一般人は厳罰で聖職者は見逃される』に比べればマシだけど、それでもとてもついていけない世界である。
二一世紀の人間の感覚では暴挙と言ってもいいが、それがこちらの西方世界では『当然』と見なされているらしい。
いったい何が『罪』と見なされるか、つくづく二一世紀の日本人の感覚は通じない事をオレはあらためて思い知ったのだ。
フレストルの属する『聖セルム』教団のあまりの過酷さに、オレが言葉を失っていると、ヴァルナロはたたみかけてくる。
「知らなかったのは仕方ありません。しかし今後は十分に気をつけて下さい。もしフレストル様が破門となったら、私だって口を利くことすら出来なくなるのですからね」
「え……ヴァルナロさんも……ですか?」
「当たり前です。私だって聖職者の端くれですからね。破門された人と会話するなど許されませんよ」
ヴァルナロはさも当然と言わんばかりだが、オレにとってはどん引きだ。
いや。彼女の言っている理屈はオレだって分る。
だけどホンのちょっとだけしか二人の事は知らないけど、それでもヴァルナロはフレストルを尊敬し、慕っている様子が見られるにも関わらず、たかが『男装の女子』と親しくしていたからと言って破門されたら、全く関係すら持てなくなるとは。
しかもそれをヴァルナロ本人も全く疑問に思ってはいないのだ。
オレが彼女の立場なら、そんな理不尽な裁定には断固抗議するだろうけど、彼女にはそんな発想そのものがないらしい。
だからといって彼女が薄情だとか、冷酷だとか、そういうわけではないだろう。
たぶん『教団の権威』は絶対なのだろうな。
その結果、どれほど慕っていようが、教団から破門されれば『赤の他人』どころか、一切の関係を絶つのが当たり前になってしまっているのだ。
逆を言えば、それがオレにとっていかに理不尽極まりない事かフレストルもヴァルナロも理解出来ない事なのだろう。
しばしの後、オレはヴァルナロから与えられた質素な木綿の服に着替えていた。
帽子もすでに脱いでいるので、今は魔法で染めている長い黒髪もあらわとなって、もう完全にオレが女性の身であることは明らかになっている。
オレが着替えるために服を脱いだとき、少しばかりヴァルナロの目に複雑な感情が宿った気がしたが、たぶんそれもさっきと同じ自意識過剰なんだろう。
もう女装する事への抵抗はなくなったけど、他の女の視線を大げさに受け止めるようになってしまったのかもしれない。
そしてヴァルナロに案内されて改めてフレストルの前に出ると、一瞬だが相手は驚愕した様子でその目を見開いた。
もともと女物の服は着慣れていないし、ここにある西方風らしい衣装はなおさらよく知らないので、オレの着こなしに問題があるのだろうか。
そしてフレストルは少しばかり咳払いをすると、改めてオレに念を押してくる。
「とりあえず、その格好ならば問題はないでしょう。今後は気をつけてくださいよ」
「お手数をかけました。それでもう一つ質問させてもらっていいですか?」
「なんでしょうか」
「西方では髪を染めるのはどうなんでしょうか? それも問題ありますか?」
普段、魔法で金髪を黒く染めているオレとしては、そっちの方も気にせざるを得ない。
今までは髪を染めていたことそのものをとがめ立てされたことはなくとも、西方では最悪、命に関わる大事かもしれないのだから。
「教義には特に記載はありませんが、一般的に女性が髪を染めるのは大目に見られても、男性が行うのは『女の装い』と見られ忌避されるようです」
「そうですか……」
公式に男女は同権となっていても、性差に関して一神教徒はむしろ今まで旅をしてきた多神教の地域よりも厳格であるのは間違いないらしい。
ただ『女の身』であるオレが髪を染めることは、さして問題はないようなのでそれはちょっとだけでも安心できる要素である。
「ではこちらに来てください」
フレストルの案内に従うと、演壇が正面に位置し、いくつもの椅子を置いたそこそこ大きな部屋に案内された。
元の世界でオレが知っているものにたとえるなら『黒板のない教室』とでも言うべきものだろう。
「それでは我ら神聖なる『聖セルム』の教義についてお教えしましょう」
「よろしくお願いします」
「よろしいでしょう。これから小生が語るものは世界の真理ですから、決して忘れないで下さい。それはあなた自身のためでもあるのです」
フレストルは自信に満ちあふれて説教を始めた。
「始め世界には至高なる『唯一なるもの』のみが存在しました。しかし『唯一なるもの』は自らが完全であるが故に、こそ進歩も無ければ変化もなく、ただ永遠に存在し続ける事に疑問を抱き、そこで全きその身を世界と化し、そこから天空や海、大地、そしてヒトを含めた生命が生まれたのです」
「はあ。なるほど」
オレは一応は納得しつつ頷いた。
もちろん『ありがたいお説教に感じ入った』のではなく、言葉の意味だけ了承したというだけだが。
「お分かりですか。蛮地で崇められている『神』なるものは、自然に対する畏敬を無知な者たちが人格化して歪めてしまったもの。故にそれらの総称を『過ちの神々』と言います」
フレストルは断言する。
こんな事を公言していれば、強い反発を招くのは当然だろうし、場合によっては命をも脅かされる事だってフレストルは百も承知だろう。
宗教的には何の信念も無く、無節操さを自認しているオレにしてみれば、相手を怒らせ、自分の身をも危うくしてまでも己の教義を貫き、布教のために異教徒の元に飛び込み命を駆けるフレストルは凄いと感服する意識が一部にあるが、ついていけないと思う意識が大部分だった。
ここは相手に合わせるしかないだろう。
「すみません。そこまで問題だとは知りませんでした。謝ります」
頭を下げたオレに対し、フレストルはあからさまにため息をつきつつ、ヴァルナロに命じる。
「仕方ありません。とりあえずヴァルナロ。彼女に着替えを用意してくれますかね?」
「分りました。それではこちらに来て下さい」
オレは少しばかり躊躇するも、ここで敢えて男装を貫くほど意志強固なわけではない。
ここはひとまずヴァルナロの後に従うことにした。
オレを部屋に案内する最中、ヴァルナロはこちらに対していろいろと苦言を唱えてくる。
「本当にフレストル様にも困ったものです。あなたが女の子である事ぐらい一目で分りそうなものですけどね」
「ご迷惑をおかけします」
初対面でヴァルナロがオレをにらみ付けていたのは、別にこちらに嫉妬していたわけではなく、フレストルが『男装の女子』と親しくしていた事が、彼にとって危険だったからということか。
すみません。このところ普段、周囲から持ち上げられ続けてきたので、ついつい自意識過剰になっていました。
「アルタシャさんでしたっけ。今後は気をつけて下さいよ」
「それなんですけど……本当に西方では異性の格好をしていただけで処刑されるのですか?」
オレはついこの前まで皇帝が女装していた国にいたんだし、何より日本の神話でも女装して敵を討った英雄だっている。
歌舞伎や宝塚など異性の格好をするのが当たり前の芸能だってある国の出身としては、にわかには信じがたい話だった。
それにこれから西方に入るつもりなのに、男装しているだけで処刑だというなら、さすがのオレも躊躇せざるを得ない。
何も知らないまま男装のまま西方に入っていたら、どうなったかは想像するだに恐ろしいな。
そう考えると、情報袖収拾のためにフレストルの元を訪れたのは正解だったということになるか。
「確かに処刑までされるのは、常習犯だったり、それで他人を詐欺にかけたりするような悪質な場合なのが大部分でしょう」
「明確に決まっていないのですか?」
「当然です。そのあたりは裁きを行う領主の判断次第ですからね」
ヴァルナロは『そんな当たり前の事も知らないのか』といわんばかりだ。
そうだった。
この世界では元の世界のように三権分立なんて存在しないし、厳密な法治主義というわけでもなくて、そのあたりは領主の胸先三寸ということらしい。
「初犯だったら、軽かったら懺悔で済ませてもらえるかもしれません。しかし普通はむち打ちか、市場でさらし者にされるぐらいでしょう」
それでも十分に酷だとは思うけど、まあ処刑に比べれば大分マシだな。
安心とまではいかなくとも、西方に入ってもどうにかなりそうな気もしてきた。
しかしながら男装一つでこれだけ大騒ぎなのだから、西方のしきたりも詳しく知っておかないと、後でどんな問題に直面するか分ったものではない。
「特にこれからは、男装でフレストル様には決して近づかないで下さいよ。この辺境の地でも、どんなところに目が光っているのか分らないのですからね」
「え?」
「もし信徒の方々の誰かに目撃されて、宣教師が男装の女性と親しくしていたなどという話が本国に届いたら――」
そこでヴァルナロは、いかにも恐ろしげにその身をブルッと震わせる。
「フレストルさんは職務を解任される事になるわけですか」
「それぐらいで済めば御の字でしょう。最悪の場合、破門ですよ」
「あのう……よく分らないんですけど『破門』されると具体的にはどうなるんですか?」
オレの感覚では『破門』と言えば、ヤクザや伝統的な師弟関係における関係断絶ではあるが、聖職者にとってはクビということなのだろうか。
この質問に対し、ヴァルナロはあらためてため息をつき、仕方ないと言わんばかりに応じてくる。
「聖セルム教団において『破門』とは聖職者に対する最も重い処罰です。教団から追放されるのはもちろんのこと、一切の縁を断ち切られます。当然ですけど、あらゆる庇護を受ける事は出来なくなり、たとえ殺されても教団の墓地に葬る事さえ許されません」
「ええ?! そこまで大事になるんですか?」
「当然でしょう。それが我が教団の規律ですから」
フレストルはただオレが『男装の麗人』だと気付いていなかっただけである。
その相手と話をしていただけで、完全に社会からつまはじきとは、厳しいなどという次元の話ではない。
一般人ではまだ軽い罪で許されても、聖職者には特別厳しい基準が適用されるということか。
まあ『一般人は厳罰で聖職者は見逃される』に比べればマシだけど、それでもとてもついていけない世界である。
二一世紀の人間の感覚では暴挙と言ってもいいが、それがこちらの西方世界では『当然』と見なされているらしい。
いったい何が『罪』と見なされるか、つくづく二一世紀の日本人の感覚は通じない事をオレはあらためて思い知ったのだ。
フレストルの属する『聖セルム』教団のあまりの過酷さに、オレが言葉を失っていると、ヴァルナロはたたみかけてくる。
「知らなかったのは仕方ありません。しかし今後は十分に気をつけて下さい。もしフレストル様が破門となったら、私だって口を利くことすら出来なくなるのですからね」
「え……ヴァルナロさんも……ですか?」
「当たり前です。私だって聖職者の端くれですからね。破門された人と会話するなど許されませんよ」
ヴァルナロはさも当然と言わんばかりだが、オレにとってはどん引きだ。
いや。彼女の言っている理屈はオレだって分る。
だけどホンのちょっとだけしか二人の事は知らないけど、それでもヴァルナロはフレストルを尊敬し、慕っている様子が見られるにも関わらず、たかが『男装の女子』と親しくしていたからと言って破門されたら、全く関係すら持てなくなるとは。
しかもそれをヴァルナロ本人も全く疑問に思ってはいないのだ。
オレが彼女の立場なら、そんな理不尽な裁定には断固抗議するだろうけど、彼女にはそんな発想そのものがないらしい。
だからといって彼女が薄情だとか、冷酷だとか、そういうわけではないだろう。
たぶん『教団の権威』は絶対なのだろうな。
その結果、どれほど慕っていようが、教団から破門されれば『赤の他人』どころか、一切の関係を絶つのが当たり前になってしまっているのだ。
逆を言えば、それがオレにとっていかに理不尽極まりない事かフレストルもヴァルナロも理解出来ない事なのだろう。
しばしの後、オレはヴァルナロから与えられた質素な木綿の服に着替えていた。
帽子もすでに脱いでいるので、今は魔法で染めている長い黒髪もあらわとなって、もう完全にオレが女性の身であることは明らかになっている。
オレが着替えるために服を脱いだとき、少しばかりヴァルナロの目に複雑な感情が宿った気がしたが、たぶんそれもさっきと同じ自意識過剰なんだろう。
もう女装する事への抵抗はなくなったけど、他の女の視線を大げさに受け止めるようになってしまったのかもしれない。
そしてヴァルナロに案内されて改めてフレストルの前に出ると、一瞬だが相手は驚愕した様子でその目を見開いた。
もともと女物の服は着慣れていないし、ここにある西方風らしい衣装はなおさらよく知らないので、オレの着こなしに問題があるのだろうか。
そしてフレストルは少しばかり咳払いをすると、改めてオレに念を押してくる。
「とりあえず、その格好ならば問題はないでしょう。今後は気をつけてくださいよ」
「お手数をかけました。それでもう一つ質問させてもらっていいですか?」
「なんでしょうか」
「西方では髪を染めるのはどうなんでしょうか? それも問題ありますか?」
普段、魔法で金髪を黒く染めているオレとしては、そっちの方も気にせざるを得ない。
今までは髪を染めていたことそのものをとがめ立てされたことはなくとも、西方では最悪、命に関わる大事かもしれないのだから。
「教義には特に記載はありませんが、一般的に女性が髪を染めるのは大目に見られても、男性が行うのは『女の装い』と見られ忌避されるようです」
「そうですか……」
公式に男女は同権となっていても、性差に関して一神教徒はむしろ今まで旅をしてきた多神教の地域よりも厳格であるのは間違いないらしい。
ただ『女の身』であるオレが髪を染めることは、さして問題はないようなのでそれはちょっとだけでも安心できる要素である。
「ではこちらに来てください」
フレストルの案内に従うと、演壇が正面に位置し、いくつもの椅子を置いたそこそこ大きな部屋に案内された。
元の世界でオレが知っているものにたとえるなら『黒板のない教室』とでも言うべきものだろう。
「それでは我ら神聖なる『聖セルム』の教義についてお教えしましょう」
「よろしくお願いします」
「よろしいでしょう。これから小生が語るものは世界の真理ですから、決して忘れないで下さい。それはあなた自身のためでもあるのです」
フレストルは自信に満ちあふれて説教を始めた。
「始め世界には至高なる『唯一なるもの』のみが存在しました。しかし『唯一なるもの』は自らが完全であるが故に、こそ進歩も無ければ変化もなく、ただ永遠に存在し続ける事に疑問を抱き、そこで全きその身を世界と化し、そこから天空や海、大地、そしてヒトを含めた生命が生まれたのです」
「はあ。なるほど」
オレは一応は納得しつつ頷いた。
もちろん『ありがたいお説教に感じ入った』のではなく、言葉の意味だけ了承したというだけだが。
「お分かりですか。蛮地で崇められている『神』なるものは、自然に対する畏敬を無知な者たちが人格化して歪めてしまったもの。故にそれらの総称を『過ちの神々』と言います」
フレストルは断言する。
こんな事を公言していれば、強い反発を招くのは当然だろうし、場合によっては命をも脅かされる事だってフレストルは百も承知だろう。
宗教的には何の信念も無く、無節操さを自認しているオレにしてみれば、相手を怒らせ、自分の身をも危うくしてまでも己の教義を貫き、布教のために異教徒の元に飛び込み命を駆けるフレストルは凄いと感服する意識が一部にあるが、ついていけないと思う意識が大部分だった。
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