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第5章 辺境の地にて
第92話 街の神と対面し
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翌日の陽が昇ってから、オレ達はファーゼスト市内の中央にあるファーゼスト神の寺院に案内されていた。
確認したところでは下町では霊体に襲われたり、パニックで倒れて怪我をしたりした人間は少なからずいたものの、死亡者は出ておらずそれを聞いただけでもオレにとっては、命を駆けたかいがあったというものだ。
そしてもちろん道の途中では市民がオレを絶賛の声と共に迎え入れ、熱狂的に歓迎されたのだが、ただ気恥ずかしいばかりで少しも嬉しくはなかった。
見ると同行しているアカスタやフレストル達もどこか居心地が悪そうだ。
まあこのファーゼストに住んでいるのは、殆どが彼らにとっての異教徒なんだから、やはり素直には喜べないのだろうな。
絶賛の中でどうにも複雑な気持ちをかみしめているという点で、オレ達は一緒だとも言えるし、まるで別々だとも言える。
何とも奇妙な取り合わせだが、そのお陰でこの街を救い、多くの人間の命を助けられたのだから、ここはその不可思議な運命の取り合わせに感謝しておこう。
だが周囲で口々にオレに対する称賛を叫ぶ人たちが、こちらの気持ちなど想像だにしていないのは、何とも歯がゆいことだけど。
そして寺院の中に案内されたオレに対して、身なりの整った初老の男性が姿を見せて、頭を下げると周囲の人間も揃って従った。
「よくぞおいで下さいました。私はファーゼストの大司祭の地位を預かるパヴィスと申します。我らが守護神と共に、皆様がこの街を救っていただき感謝の言葉もありません」
「……」
少しばかりフレストルは不愉快そうに眉をひそめる。もちろん『守護神』という言葉が気にくわないのだろう。
まあこの場でそれを口にしないだけの分別はあるようだから、オレとしても敢えてどうこう言うつもりは無い。
そしてパヴィスはオレの前に歩み出てくるので、オレはひとまず自己紹介をする。
「アルタシャとお呼び下さい」
「それではアルタシャ様。どうぞ奥の間にお越し下さい。ファーゼスト神がお待ちかねでございます」
「分りました」
正直に言って少しは不安がある。
何しろ多神教の神様だと気に入った娘をモノにするために力ずくなんて事もあり得るからな。
しかしここの街の神は『イロールの友人』だと言っていたから、いきなりそんな事はしないだろう。
うう。オレを女にしたはずなのに、そのことを知りもしなかったらしい女神の加護を当てにせざるを得ないとは、実に複雑な気分だよ。
「他のお方はこちらにいらして下さい。歓迎の宴の準備が整っておりますので」
どうやらオレ以外の連中とはここでいったんお別れのようだ。
異教徒とはいえ、いまは『英雄』として歓迎されているわけだし、フレストルもアカスタも、こんな場で喧嘩を売るほどバカではないから、心配する事もないだろう。
そんなわけでオレは大司祭の後に続き、奥の間に向かう。しかし――
オレがまず連れていかれたのは、大きな鏡を据え付けられた化粧台と多くの衣類の用意された華やかな部屋だった。
「やむを得ない事とは言え、そのような男のなりではさぞかし窮屈だったでしょう。この貴婦人の間で存分にその身を磨きください」
数人の侍女がオレを取り囲んだところで、パヴィスは頭を下げて部屋を去って行った。
うう。そりゃまあ神様に対面する以上、粗末な男物の旅装束のままというわけにいかないのは分るよ。
それにマニリア帝国の後宮にて、女として装うことには慣れてしまった。
そんなわけでオレは特に抵抗はせず、侍女達のされるがままに化粧され、ドレスと装身具で身を飾り立てられる事となる。
しばしの後、肩を露出させて、また腹部にぴったり張り付いて女性のボディラインを浮かび上がらせる純白ドレスをまとった金髪と青紫の瞳の少女が、姿見の中からオレを見つめていた。
いままでオレがまとってきたものとはかなり異なるこのドレスは、どうやら西方から輸入された交易品であり、話によるとそうとう高価なものだそうだ。
成熟した女性らしい丸みを帯びた体と、微妙に残る少女らしい初々しさを完璧なバランスで調和させた姿は、何も知らない人間であれば『女神の化身』という言葉を鵜呑みにしてしまいかねないほど美しい。
つくづくこれが自分の身で無ければ、どれほどよかったかと思わずにはいられない。
「正直に申し上げると、言葉で聞いた時には半信半疑でしたが、このお姿は確かに『神の寵愛』以外のなにものでもありますまい」
「これならば神様の花嫁となっても、誰も文句などいいませんよ」
悪いけどそれはオレ自身が真っ平ゴメンです。
そして侍女に連れられて貴婦人の間を出たオレを改めてパヴィスが出迎える。
「おお。これは……」
一瞬だが大司祭は絶句し、圧倒されたかのように僅かに後ずさる。
「驚きました。これならば我らが神もお喜びになられるでしょう」
悪いけどオレは別にファーゼスト神を喜ばせたいわけじゃないんですよ。
オレの顔に浮かんだ不満の表情に気付いたのか、大司祭は耳に口を近づけてくる。
「ご心配なく。我らがファーゼスト神は一度に愛する女性はひとりだけと決めておられる誠実なお方でございます。そして幸運にもいま奥方はおられません」
ああそうですか。
あまりのありがたさに涙が出てきそうなので、そんな言葉は二度と口にして欲しくありません。
「それでは改めてこちらにいらして下さい」
「分りました」
とにかくオレはファーゼスト神の嫁は論外だが、長居する気も無い。
オレは固い決意とちょっとした警戒と共にパヴィスの後に従った。
案内された奥の間だったが、オレは少々面食らった。
オレの想像ではいろいろな宗教画や、神の像を象徴する物品がたくさん安置された荘厳な部屋だと思っていたのだが、そのようなものは一切無く、裕福で上品な貴族の館 ―― いままでにも見た事が何度かある ―― と殆ど同じものだったのだ。
「あのう……ここが本当にファーゼスト神の奥の間なのですか?」
「そうですよ。驚かれましたかな?」
「見たところごく普通の貴族の館に見えるのですが……」
「それは当然です。ここはファーゼスト神がお住まいになり、受肉した時にもここでお過ごしになられるのですから」
ああ。なるほどね。
ここが神が本当に住んでいる場所なら、本人を描いた宗教画や自分自身の像なんてあっても嬉しくないだろう。
広い地域で崇められている神様と違って、ファーゼスト神はこの街限定の神様だから、神殿で暮らしているし、だからこそこの街の住民にとっては身近な存在なんだな。
そしてここでオレの耳には落ち着いた、そしてどこか聞き覚えのある男性の声がかかる。
「よく来てくれたな」
振り向くとそこにはひとりの身なりのよい男性が立っている。
もちろんこの期に及んで『あんた誰?』などとありふれたボケをかます気は無い。
これがファーゼスト神の受肉した姿なのか。
見たところ二十代後半の精悍な男だが、特に美形だったり特徴的な部分があるわけではなく、ぶっちゃけ第一印象は『平凡』というものだった。
「大義であった。そなたは下がってくれ」
「かしこまりました」
パヴィスは一礼すると、部屋から出て行く。
そしてファーゼスト神はオレに向けて愛想良さそうに微笑む。
う~ん。こんなところも今までに出会った男共と大差無いな。
「この吾の姿が意外かね? 普通すぎると思ったろう」
「想像はつきますよ。あなたのその姿はこの街の住民の描く『典型的な貴族』の姿なんでしょうね」
そうだ。神様は別に美形とは限らない。
ぶくぶく太っていたり、動物の頭をしていたり、実際に出会ったらむしろ引いてしまいかねない外見の『いい神様』だって無数に存在するのだ。
「その通り。まあそなたに不満があるなら、どのような姿でも構わんぞ」
「別にあなたの外見に注文などありませんよ」
「随分と冷めた反応だな。昨晩は吾の精を受けて、あれだけ身悶えしておったのにもう忘れてしまったのか?」
「精を受けてませんし、身悶えもしてません!」
神様の癖にあからさまな嘘をつくんじゃねえよ。
だがオレの反論に対して、ファーゼスト神は憤慨したといわんばかりだ。
「何を言うか。そなたは吾の魔力を受け取っていたではないか。我ら|神々(イモールタル)は生者と違って、肉体とは依り代に宿るか、さもなくば魔力で形成するものだ。故に神々同士の愛とは互いの魔力、つまり精髄を融通する事になる」
「だから昨晩、こちらがあなたの魔力を受けたから、精を受けたと言っているんですか」
「そういうことになるな。もちろん魔力だけでなく、もっと別のモノをそなたに与えてもいいのだぞ」
「お断りします」
あいにくだが俺はこれまで寄ってくる男に対して、持って回った態度をとった事は無い。
常に誤解の余地無く、一刀両断に拒絶しているのだがそれで簡単に引いてくれるなら苦労は無いのだ。
もちろんというべきか、オレのつれない返事を受けてもファーゼスト神はどこか懐かしそうに遠い目をする。
「そんなところもイロールに似ておるな。ひょっとしてそなたはかの女神の娘なのか?」
「まるっきり違います!」
とっくの前からそんな評判が広まっている事は想像にかたくないし、比喩的な表現ではそれもありかなと一瞬思ってしまったが、とにかくオレは本来男であり、かつ異世界の出身なんだから髪の毛一条まで女神との血縁関係などありえない。
女神とそっくりの今のオレの髪を見たら、そんな否定をしても空しい気もしてくるが。
「こちらが聞きたいのは、イロールの情報ですよ。あなたの知っている限りの事を教えて下さい」
「そう言われても、吾が知っているのは千年前の事だぞ。今の女神となった彼女については、世間一般に言われている以上は殆ど知らぬ」
やっぱりそうか。まあ聖女教会でも極秘である『男を女に変えている』と言った話を、他の神様が知っているはず無いよな。
もしイロールの話を真実だとするなら、崇めている女神ですら知らない事かもしれないのだ。
しかしそれでも聞きたい事はある。
「千年前にあなたが出会ったイロールは、いったいどんな人間だったんですか?」
「だから言ったではないか。そなたとそっくりだったと」
だから外見の話をしているんじゃないんだっつうの! それともそれが神様と言えど『男のサガ』なんですか?
それともただ単に『昔の女に似ている』という口説き文句ですか?!
だがオレの顔に浮かんだ不満の表情にファーゼスト神は気付いたらしく、なだめるように手で制する。
「外見はともかく、かの娘はこの地に来る前から既に『癒やしの聖女』として名高かったそうだぞ。だがそれにも関わらず西方の地では『魔女』として追われ、あちこちを放浪した挙げ句、この大陸中央部に逃げてきたそうだ」
なるほど。一神教の興隆とその魔術の浸透の結果、回復魔法の使い手だったイロールは故郷を追われ、そして新天地にて自分の回復魔法を広め、数多くの信者を得て女神となったというわけか。
そうだとすると西方における古い記録を探れば。何か手がかりが得られるかもしれない。
こうなれば糸口が得られるなら何でも構わないのだ。
オレは期待は僅かな希望と不安を胸に、改めて『街の神様』に対峙した。
確認したところでは下町では霊体に襲われたり、パニックで倒れて怪我をしたりした人間は少なからずいたものの、死亡者は出ておらずそれを聞いただけでもオレにとっては、命を駆けたかいがあったというものだ。
そしてもちろん道の途中では市民がオレを絶賛の声と共に迎え入れ、熱狂的に歓迎されたのだが、ただ気恥ずかしいばかりで少しも嬉しくはなかった。
見ると同行しているアカスタやフレストル達もどこか居心地が悪そうだ。
まあこのファーゼストに住んでいるのは、殆どが彼らにとっての異教徒なんだから、やはり素直には喜べないのだろうな。
絶賛の中でどうにも複雑な気持ちをかみしめているという点で、オレ達は一緒だとも言えるし、まるで別々だとも言える。
何とも奇妙な取り合わせだが、そのお陰でこの街を救い、多くの人間の命を助けられたのだから、ここはその不可思議な運命の取り合わせに感謝しておこう。
だが周囲で口々にオレに対する称賛を叫ぶ人たちが、こちらの気持ちなど想像だにしていないのは、何とも歯がゆいことだけど。
そして寺院の中に案内されたオレに対して、身なりの整った初老の男性が姿を見せて、頭を下げると周囲の人間も揃って従った。
「よくぞおいで下さいました。私はファーゼストの大司祭の地位を預かるパヴィスと申します。我らが守護神と共に、皆様がこの街を救っていただき感謝の言葉もありません」
「……」
少しばかりフレストルは不愉快そうに眉をひそめる。もちろん『守護神』という言葉が気にくわないのだろう。
まあこの場でそれを口にしないだけの分別はあるようだから、オレとしても敢えてどうこう言うつもりは無い。
そしてパヴィスはオレの前に歩み出てくるので、オレはひとまず自己紹介をする。
「アルタシャとお呼び下さい」
「それではアルタシャ様。どうぞ奥の間にお越し下さい。ファーゼスト神がお待ちかねでございます」
「分りました」
正直に言って少しは不安がある。
何しろ多神教の神様だと気に入った娘をモノにするために力ずくなんて事もあり得るからな。
しかしここの街の神は『イロールの友人』だと言っていたから、いきなりそんな事はしないだろう。
うう。オレを女にしたはずなのに、そのことを知りもしなかったらしい女神の加護を当てにせざるを得ないとは、実に複雑な気分だよ。
「他のお方はこちらにいらして下さい。歓迎の宴の準備が整っておりますので」
どうやらオレ以外の連中とはここでいったんお別れのようだ。
異教徒とはいえ、いまは『英雄』として歓迎されているわけだし、フレストルもアカスタも、こんな場で喧嘩を売るほどバカではないから、心配する事もないだろう。
そんなわけでオレは大司祭の後に続き、奥の間に向かう。しかし――
オレがまず連れていかれたのは、大きな鏡を据え付けられた化粧台と多くの衣類の用意された華やかな部屋だった。
「やむを得ない事とは言え、そのような男のなりではさぞかし窮屈だったでしょう。この貴婦人の間で存分にその身を磨きください」
数人の侍女がオレを取り囲んだところで、パヴィスは頭を下げて部屋を去って行った。
うう。そりゃまあ神様に対面する以上、粗末な男物の旅装束のままというわけにいかないのは分るよ。
それにマニリア帝国の後宮にて、女として装うことには慣れてしまった。
そんなわけでオレは特に抵抗はせず、侍女達のされるがままに化粧され、ドレスと装身具で身を飾り立てられる事となる。
しばしの後、肩を露出させて、また腹部にぴったり張り付いて女性のボディラインを浮かび上がらせる純白ドレスをまとった金髪と青紫の瞳の少女が、姿見の中からオレを見つめていた。
いままでオレがまとってきたものとはかなり異なるこのドレスは、どうやら西方から輸入された交易品であり、話によるとそうとう高価なものだそうだ。
成熟した女性らしい丸みを帯びた体と、微妙に残る少女らしい初々しさを完璧なバランスで調和させた姿は、何も知らない人間であれば『女神の化身』という言葉を鵜呑みにしてしまいかねないほど美しい。
つくづくこれが自分の身で無ければ、どれほどよかったかと思わずにはいられない。
「正直に申し上げると、言葉で聞いた時には半信半疑でしたが、このお姿は確かに『神の寵愛』以外のなにものでもありますまい」
「これならば神様の花嫁となっても、誰も文句などいいませんよ」
悪いけどそれはオレ自身が真っ平ゴメンです。
そして侍女に連れられて貴婦人の間を出たオレを改めてパヴィスが出迎える。
「おお。これは……」
一瞬だが大司祭は絶句し、圧倒されたかのように僅かに後ずさる。
「驚きました。これならば我らが神もお喜びになられるでしょう」
悪いけどオレは別にファーゼスト神を喜ばせたいわけじゃないんですよ。
オレの顔に浮かんだ不満の表情に気付いたのか、大司祭は耳に口を近づけてくる。
「ご心配なく。我らがファーゼスト神は一度に愛する女性はひとりだけと決めておられる誠実なお方でございます。そして幸運にもいま奥方はおられません」
ああそうですか。
あまりのありがたさに涙が出てきそうなので、そんな言葉は二度と口にして欲しくありません。
「それでは改めてこちらにいらして下さい」
「分りました」
とにかくオレはファーゼスト神の嫁は論外だが、長居する気も無い。
オレは固い決意とちょっとした警戒と共にパヴィスの後に従った。
案内された奥の間だったが、オレは少々面食らった。
オレの想像ではいろいろな宗教画や、神の像を象徴する物品がたくさん安置された荘厳な部屋だと思っていたのだが、そのようなものは一切無く、裕福で上品な貴族の館 ―― いままでにも見た事が何度かある ―― と殆ど同じものだったのだ。
「あのう……ここが本当にファーゼスト神の奥の間なのですか?」
「そうですよ。驚かれましたかな?」
「見たところごく普通の貴族の館に見えるのですが……」
「それは当然です。ここはファーゼスト神がお住まいになり、受肉した時にもここでお過ごしになられるのですから」
ああ。なるほどね。
ここが神が本当に住んでいる場所なら、本人を描いた宗教画や自分自身の像なんてあっても嬉しくないだろう。
広い地域で崇められている神様と違って、ファーゼスト神はこの街限定の神様だから、神殿で暮らしているし、だからこそこの街の住民にとっては身近な存在なんだな。
そしてここでオレの耳には落ち着いた、そしてどこか聞き覚えのある男性の声がかかる。
「よく来てくれたな」
振り向くとそこにはひとりの身なりのよい男性が立っている。
もちろんこの期に及んで『あんた誰?』などとありふれたボケをかます気は無い。
これがファーゼスト神の受肉した姿なのか。
見たところ二十代後半の精悍な男だが、特に美形だったり特徴的な部分があるわけではなく、ぶっちゃけ第一印象は『平凡』というものだった。
「大義であった。そなたは下がってくれ」
「かしこまりました」
パヴィスは一礼すると、部屋から出て行く。
そしてファーゼスト神はオレに向けて愛想良さそうに微笑む。
う~ん。こんなところも今までに出会った男共と大差無いな。
「この吾の姿が意外かね? 普通すぎると思ったろう」
「想像はつきますよ。あなたのその姿はこの街の住民の描く『典型的な貴族』の姿なんでしょうね」
そうだ。神様は別に美形とは限らない。
ぶくぶく太っていたり、動物の頭をしていたり、実際に出会ったらむしろ引いてしまいかねない外見の『いい神様』だって無数に存在するのだ。
「その通り。まあそなたに不満があるなら、どのような姿でも構わんぞ」
「別にあなたの外見に注文などありませんよ」
「随分と冷めた反応だな。昨晩は吾の精を受けて、あれだけ身悶えしておったのにもう忘れてしまったのか?」
「精を受けてませんし、身悶えもしてません!」
神様の癖にあからさまな嘘をつくんじゃねえよ。
だがオレの反論に対して、ファーゼスト神は憤慨したといわんばかりだ。
「何を言うか。そなたは吾の魔力を受け取っていたではないか。我ら|神々(イモールタル)は生者と違って、肉体とは依り代に宿るか、さもなくば魔力で形成するものだ。故に神々同士の愛とは互いの魔力、つまり精髄を融通する事になる」
「だから昨晩、こちらがあなたの魔力を受けたから、精を受けたと言っているんですか」
「そういうことになるな。もちろん魔力だけでなく、もっと別のモノをそなたに与えてもいいのだぞ」
「お断りします」
あいにくだが俺はこれまで寄ってくる男に対して、持って回った態度をとった事は無い。
常に誤解の余地無く、一刀両断に拒絶しているのだがそれで簡単に引いてくれるなら苦労は無いのだ。
もちろんというべきか、オレのつれない返事を受けてもファーゼスト神はどこか懐かしそうに遠い目をする。
「そんなところもイロールに似ておるな。ひょっとしてそなたはかの女神の娘なのか?」
「まるっきり違います!」
とっくの前からそんな評判が広まっている事は想像にかたくないし、比喩的な表現ではそれもありかなと一瞬思ってしまったが、とにかくオレは本来男であり、かつ異世界の出身なんだから髪の毛一条まで女神との血縁関係などありえない。
女神とそっくりの今のオレの髪を見たら、そんな否定をしても空しい気もしてくるが。
「こちらが聞きたいのは、イロールの情報ですよ。あなたの知っている限りの事を教えて下さい」
「そう言われても、吾が知っているのは千年前の事だぞ。今の女神となった彼女については、世間一般に言われている以上は殆ど知らぬ」
やっぱりそうか。まあ聖女教会でも極秘である『男を女に変えている』と言った話を、他の神様が知っているはず無いよな。
もしイロールの話を真実だとするなら、崇めている女神ですら知らない事かもしれないのだ。
しかしそれでも聞きたい事はある。
「千年前にあなたが出会ったイロールは、いったいどんな人間だったんですか?」
「だから言ったではないか。そなたとそっくりだったと」
だから外見の話をしているんじゃないんだっつうの! それともそれが神様と言えど『男のサガ』なんですか?
それともただ単に『昔の女に似ている』という口説き文句ですか?!
だがオレの顔に浮かんだ不満の表情にファーゼスト神は気付いたらしく、なだめるように手で制する。
「外見はともかく、かの娘はこの地に来る前から既に『癒やしの聖女』として名高かったそうだぞ。だがそれにも関わらず西方の地では『魔女』として追われ、あちこちを放浪した挙げ句、この大陸中央部に逃げてきたそうだ」
なるほど。一神教の興隆とその魔術の浸透の結果、回復魔法の使い手だったイロールは故郷を追われ、そして新天地にて自分の回復魔法を広め、数多くの信者を得て女神となったというわけか。
そうだとすると西方における古い記録を探れば。何か手がかりが得られるかもしれない。
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