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第6章 西方・第五階級編
第99話 旅の途中で当然のように厄介事がふりかかる
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朝食を終えたところで、俺たち一行は街道に出てしばらく進むことにするが、その前に一つだけ問題があった。
板金鎧を着込んでいるアロンの事だ。
「あのう。アロンさんの鎧はちょっと目立ちますけど、すみませんが着替えてもらえませんか?」
「断る。この鎧は私の皮膚と同じだ」
この反応は予想出来たが、オレもここで『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかなかった。
せいぜい数人相手ならいざしらず大勢の兵士に襲われたら、鎧や武器の優劣など殆ど関係が無いのだ。
もちろんオレが言っても無駄だろうから、ここはサラニスから指示してもらうしかないだろう。
だがサラニスの方もまた堂々としたものだった。
「それなら大丈夫だろう」
「ええ?」
「その板金鎧は我らが作成したものだが、外部の人間も真似てまがい物を製作しているからな。もちろん質は比べものにならないが、遠目では区別はつかん」
「そういうものなんですか……」
「実際に我らの居住地に攻め込んできた連中も、まがい物を着込んでいた。外部の人間は偉大なる我ら『第五階級』の技術を真似るためにゴミ捨て場を漁り、また我らの居住地に攻め込んで略奪を行う。こういう様を見ると、本当に『完璧なる世界』の必要性は明らかだ」
なるほど。
これまで見たところ周囲の人間達はあんまり『第五階級』を敵視している様子は無かった。
それは彼らがなるだけ外部の人間と関わらない態度をとっているからだけど、それでも手を出すのは、彼らの技術の産物を目当てにしているということか。
だからこそオレが銃について知っている事に神経を尖らせたんだな。
まあこの場はアロンが板金鎧を身にまとっていても大丈夫だという話を信じるしかあるまい。
そんなわけでオレは一同を率いて、出発することにした。
オレ一人の場合は、街道を離れた方が人目を気にせずむしろ早く進めるが、こいつらを連れてではそうもいかない。
とりあえず周囲の警戒は怠らずに進んでいるが、アロン以外の服装は普通の古着であり、またアロンも重装の鎧を着込んでいるお陰なのか、かえってこちらに近づいてくる相手はいなさそうだ。
そして初日は特に何事もなく過ぎ去ったので、日が暮れる頃になって俺たちは目についた宿場町に足を踏み入れる。
路銀はたんまりあるので、オレを含めて六人ぐらいなら宿に泊まるのも問題は無い。
あとドルイド魔術のお陰で野宿には不自由せず、また慣れっこでもあるが、オレだって元は普通の高校生なのだ。
やっぱり宿のあるところで眠りたいものである。
オレの後にゾロゾロと数珠つなぎについてくる連中を見ると、先頭にたっているこちらは殆ど『観光案内』だな。
もちろん『第五階級』の連中にはそんな意識など欠片も無いだろうが。
当然ながらサラニスやアロン達は『お尋ね者』なのでいろいろと注意は必要だ。
なるだけ周囲から目立たず、隠れて行動せねばなるまい。
「可能な限り、こちらについてきて下さい。なるだけ他人とは会話もせず、あなたがたの持ち物を見せたりもしないようにお願いしますよ」
外見的にはサラニス達も服装にさえ気をつければ、普通の人間と区別はつかない ―― オレだってそうでなければ街に連れてきたりはしない。
そして殆どの人間は彼らの事など何も知らないようだが、それでもあんな特徴的な『食事』をしていれば、見る人が見れば一発でばれるだろう。
用心するに越したことはないのだ。
オレの注意を受けて、連中の身にやや緊張が走る。
まあ彼らは『自分たちの故郷』を出た事が無く、当然ながら『他の人間』の生活も知らないし、何よりも周囲は敵だらけなのだから当たり前の反応というものだろう。
ここでオレも適当に宿を取ることにする。
もちろん大部屋で他人と一緒に寝泊まりするのは危険極まりないので、二人部屋の宿を選ぶ。
普段なら他の男と同じ部屋をとるつもりなどさらさら無いが、異性という意識すらない連中なら大丈夫のはずだ。
そしてオレは同室となったアロンに一応は釘を刺しておく。
「とりあえずアロンさんはこの部屋に泊まっていて下さい。他の人に言いましたけど、必要が無い限り部屋からは出ないで下さいよ」
「それは構わないが、ひとつ聞いてよいか?」
「こっちの知っている事なら、何でもお答えしますよ」
この小さな宿場町を見て、どんな質問をされるか予想はしていたので、ある程度の覚悟を固めつつアロンに応じる。
「この街の連中はなぜあのように無秩序に動き回っているのだ? あれでは非効率にも程があるだろう。監督官は無能としか言いようが無いぞ」
「あの人達には監督官なんていないか、いたとしてもアロンさんが思っているような指示など下していません。みんなめいめい勝手に、自分の目的のために活動しているんです」
「分らない。お前の言う『自分の目的』とはいったいなんだ?」
「それも各人が別々ですよ。家族を養ったり、異性に好意を持って欲しいと思ったり、目的はひとりひとり異なっていて当たり前なんです」
「家族? それは一体何なのだ?」
細かく説明してもたぶん分ってもらえないだろうから、ここはあえてアロンにも理解しやすい表現をするとしよう。
「要するに一緒に暮らしている人達の事です」
「つまり同じ階層の仲間ということか。それなら分るぞ」
アロンはたぶん誤解しているだろうけど、オレは敢えて訂正はしない。
なにしろ彼らには家族とか血縁とか、そういう概念すら存在しないのだから、一から説明するのはあきらめたのだ。
いや。もっと言えばオレが元の世界で当たり前にしていた『個人の自由』なんてアロン達には単なる幻想でしかないのだろう。
そしてそういった『幻想』を犠牲にすることで、彼らは『社会の歯車』としての安心が得られるということなんだ。
あまりに極端過ぎる気もするが、逆を言えばそれが彼らに今の生き方を選択させる強い動機にもなっているのだろう。
しかしオレはもう『第五階層』にも慣れてきた気がする。
こんなに適応力が高くていいのか、ひょっとしたらこれも何ものかの意図するものなのか、そんな疑念が僅かに心に浮かび上がるが、そんな事を考えてもどうせ結論など出ないのだ。
オレは疑念を握りつぶして、アロンと二人で眠ることにした。
ああ。女になってから男と二人一緒の部屋で寝るなんて初めてだよ。
ホンの数日前、ファーゼストを出た頃のオレにはちょっと想像できなかった事だったけど。
結局、二人で一緒に眠っていても予想通り何も無く、翌日には宿場町を出る。
サラニスの地図で示された他の『第五階級』の居住地が無事であるかどうかは確認したかったが、残念ながらあまり詳しい情報は得られなかった。
まあこの世界では特殊な魔法を使わない限り、情報は人の足で運ばれるものなのだから、地元の人間にとって無関係な遠隔地の事は分らなくて当然なのだ。
あんまりしつこく情報を探って、それで目をつけられても困る。
一般市民は『第五階級』に対してあまり関心を持っていないが、それでも彼らが『お尋ね者』なのは間違いないのだから。
そんなわけで仕方なく、オレは連中と一緒に地図に記された別の拠点を目指していた。
その旅の最中に見ていると、指導者のサラニスと護衛のアロン、あと学者のゼリアンはまだしも他の二人は殆ど何もしていない。
一人の名前はバーガンと言って、食料を管理しているのは彼のようだ ―― たぶん故郷では食料製造係だったのだろうが、今はそれどころでないのだろう。
そして最後の一人はタルスという名前だが、そいつが時間のあるときに何をしているのかというと、自分が持っている純銀製のいろいろな人形やチェスの駒らしきものを常に磨いているだけなのだ。
命がかかっている状況なのに、この行動は正直言って理解に苦しむ。
これは推測だが彼らは『自分の仕事でないこと』に取り組む気も無いが、同時に『何もしない怠け者』にもなることが出来ないので、どんなに的外れでも『自分に出来ること』をやるしかないのだろう。
まあとにかくオレとしてはこいつらをさっさと約束の場所に送り届けて、本来の目的である『男に戻る方法』を見つけ出さねばならない。
幾らこいつらがこの世界の水準を超える技術力を持っていても、さすがに性転換が可能だとは思えない。
そんなわけで、オレとしては早いところ終わらせたいのだが、いつものようにオレの思い通りに事は進まないのである。
それから数日間、オレは連中と旅を続けていた。
表向きは平穏に過ぎ去っており、また毎晩、オレはアロンと一緒に寝ている ―― もちろん同じ部屋でというだけで、それ以上は本当に何も無かった。
だがやはりそうそう順調にはいかないものだ。
街道の比較的、人気の無いところを歩いていると、魔法で強化したオレの感覚にこちらを包囲する複数の相手が引っかかった。
そこらの盗賊や強盗ぐらいなら、板金鎧を着たアロンを見たらそうそう手出し出来ないだろうが、それを承知で襲ってくるとしたら、一筋縄ではいかない相手だろう。
「サラニスさん。どうやら厄介な相手がいるようですよ」
「そうなのか? 私には何が脅威なのかはよく分らない。君がそういうなら迎え撃つ必要があるな」
そういってサラニスはアロンに合図をすると、板金鎧をまとった身がピクリと動く。
なおそれ以外の三人は何をするでもなく、アロンやオレを少しばかり心配そうに見つめるだけだ。
おいおい。仮に戦闘の訓練を受けていないとしても、危険が迫っているかもしれないのだから、もうちょっと考えて行動してくれよ。
途方に暮れるだけだったら、小学生にだって出来るぞ。
しばしの後、周囲からわらわらと人影が現れた。ざっと見て十人ぐらいだろうか。
手に手に武器を持っているが、その構えを見ると素人では無くそれなりに訓練を受けているようだ。
たぶんいつもは傭兵をしていて、職にあぶれると強盗に早変わりする連中なんだろうな。
こちらで目に見えて武装しているのは、アロン一人だけで、しかもそのアロンはいかにも高価そうな板金鎧をまとっているから『カモ』だと思ったに違いない。
そういうところが何となく分ってしまうあたり、オレもこの世界にかなり順応してしまった気がする。
そして正面に立った男がこちらに向けて叫ぶ。
「止まれ! 神の名において、俺たちに貢ぎ物を捧げてもらおうか」
神様云々は単なる口実なのは明らかだが、単なる武装強盗の分際で神の名を騙るなよ、などと言ったところでしょうがない。
世の中には神の名を騙って虐殺する連中も大勢いるわけで、そいつらと比較すればまだマシかなと思ってしまう。
とりあえずオレはこういう場合にいつも使っている魔法の【調和】を準備する。
効果範囲内の人間の戦闘意志を奪うこの【調和】を使えば、ごろつき共の十人やそこらを避けるのは簡単だ。
だがそうはオレの思惑通りにはいかなかった。
「ご大層な鎧を着込んでいるようヤツがいるようだが――」
口上の途中でアロンは手に持ったマスケット銃を躊躇無く男に向ける。
おい! あんた何をする気だ!
だが銃を向けられた男は、驚くどころかむしろ嘲りの表情を浮かべた。
「なんだ、そのオモチャは? 何かのまじないか?」
そうか! この世界では『銃』は殆どの人間が知らないから、この状況がいかに危ないか分ってないんだ。
これはやばすぎるぞ!
「ちょっと待って!」
オレの制止の声に重なるように、銃声が高らかに鳴り響き、周囲の空気を切り裂いた。
板金鎧を着込んでいるアロンの事だ。
「あのう。アロンさんの鎧はちょっと目立ちますけど、すみませんが着替えてもらえませんか?」
「断る。この鎧は私の皮膚と同じだ」
この反応は予想出来たが、オレもここで『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかなかった。
せいぜい数人相手ならいざしらず大勢の兵士に襲われたら、鎧や武器の優劣など殆ど関係が無いのだ。
もちろんオレが言っても無駄だろうから、ここはサラニスから指示してもらうしかないだろう。
だがサラニスの方もまた堂々としたものだった。
「それなら大丈夫だろう」
「ええ?」
「その板金鎧は我らが作成したものだが、外部の人間も真似てまがい物を製作しているからな。もちろん質は比べものにならないが、遠目では区別はつかん」
「そういうものなんですか……」
「実際に我らの居住地に攻め込んできた連中も、まがい物を着込んでいた。外部の人間は偉大なる我ら『第五階級』の技術を真似るためにゴミ捨て場を漁り、また我らの居住地に攻め込んで略奪を行う。こういう様を見ると、本当に『完璧なる世界』の必要性は明らかだ」
なるほど。
これまで見たところ周囲の人間達はあんまり『第五階級』を敵視している様子は無かった。
それは彼らがなるだけ外部の人間と関わらない態度をとっているからだけど、それでも手を出すのは、彼らの技術の産物を目当てにしているということか。
だからこそオレが銃について知っている事に神経を尖らせたんだな。
まあこの場はアロンが板金鎧を身にまとっていても大丈夫だという話を信じるしかあるまい。
そんなわけでオレは一同を率いて、出発することにした。
オレ一人の場合は、街道を離れた方が人目を気にせずむしろ早く進めるが、こいつらを連れてではそうもいかない。
とりあえず周囲の警戒は怠らずに進んでいるが、アロン以外の服装は普通の古着であり、またアロンも重装の鎧を着込んでいるお陰なのか、かえってこちらに近づいてくる相手はいなさそうだ。
そして初日は特に何事もなく過ぎ去ったので、日が暮れる頃になって俺たちは目についた宿場町に足を踏み入れる。
路銀はたんまりあるので、オレを含めて六人ぐらいなら宿に泊まるのも問題は無い。
あとドルイド魔術のお陰で野宿には不自由せず、また慣れっこでもあるが、オレだって元は普通の高校生なのだ。
やっぱり宿のあるところで眠りたいものである。
オレの後にゾロゾロと数珠つなぎについてくる連中を見ると、先頭にたっているこちらは殆ど『観光案内』だな。
もちろん『第五階級』の連中にはそんな意識など欠片も無いだろうが。
当然ながらサラニスやアロン達は『お尋ね者』なのでいろいろと注意は必要だ。
なるだけ周囲から目立たず、隠れて行動せねばなるまい。
「可能な限り、こちらについてきて下さい。なるだけ他人とは会話もせず、あなたがたの持ち物を見せたりもしないようにお願いしますよ」
外見的にはサラニス達も服装にさえ気をつければ、普通の人間と区別はつかない ―― オレだってそうでなければ街に連れてきたりはしない。
そして殆どの人間は彼らの事など何も知らないようだが、それでもあんな特徴的な『食事』をしていれば、見る人が見れば一発でばれるだろう。
用心するに越したことはないのだ。
オレの注意を受けて、連中の身にやや緊張が走る。
まあ彼らは『自分たちの故郷』を出た事が無く、当然ながら『他の人間』の生活も知らないし、何よりも周囲は敵だらけなのだから当たり前の反応というものだろう。
ここでオレも適当に宿を取ることにする。
もちろん大部屋で他人と一緒に寝泊まりするのは危険極まりないので、二人部屋の宿を選ぶ。
普段なら他の男と同じ部屋をとるつもりなどさらさら無いが、異性という意識すらない連中なら大丈夫のはずだ。
そしてオレは同室となったアロンに一応は釘を刺しておく。
「とりあえずアロンさんはこの部屋に泊まっていて下さい。他の人に言いましたけど、必要が無い限り部屋からは出ないで下さいよ」
「それは構わないが、ひとつ聞いてよいか?」
「こっちの知っている事なら、何でもお答えしますよ」
この小さな宿場町を見て、どんな質問をされるか予想はしていたので、ある程度の覚悟を固めつつアロンに応じる。
「この街の連中はなぜあのように無秩序に動き回っているのだ? あれでは非効率にも程があるだろう。監督官は無能としか言いようが無いぞ」
「あの人達には監督官なんていないか、いたとしてもアロンさんが思っているような指示など下していません。みんなめいめい勝手に、自分の目的のために活動しているんです」
「分らない。お前の言う『自分の目的』とはいったいなんだ?」
「それも各人が別々ですよ。家族を養ったり、異性に好意を持って欲しいと思ったり、目的はひとりひとり異なっていて当たり前なんです」
「家族? それは一体何なのだ?」
細かく説明してもたぶん分ってもらえないだろうから、ここはあえてアロンにも理解しやすい表現をするとしよう。
「要するに一緒に暮らしている人達の事です」
「つまり同じ階層の仲間ということか。それなら分るぞ」
アロンはたぶん誤解しているだろうけど、オレは敢えて訂正はしない。
なにしろ彼らには家族とか血縁とか、そういう概念すら存在しないのだから、一から説明するのはあきらめたのだ。
いや。もっと言えばオレが元の世界で当たり前にしていた『個人の自由』なんてアロン達には単なる幻想でしかないのだろう。
そしてそういった『幻想』を犠牲にすることで、彼らは『社会の歯車』としての安心が得られるということなんだ。
あまりに極端過ぎる気もするが、逆を言えばそれが彼らに今の生き方を選択させる強い動機にもなっているのだろう。
しかしオレはもう『第五階層』にも慣れてきた気がする。
こんなに適応力が高くていいのか、ひょっとしたらこれも何ものかの意図するものなのか、そんな疑念が僅かに心に浮かび上がるが、そんな事を考えてもどうせ結論など出ないのだ。
オレは疑念を握りつぶして、アロンと二人で眠ることにした。
ああ。女になってから男と二人一緒の部屋で寝るなんて初めてだよ。
ホンの数日前、ファーゼストを出た頃のオレにはちょっと想像できなかった事だったけど。
結局、二人で一緒に眠っていても予想通り何も無く、翌日には宿場町を出る。
サラニスの地図で示された他の『第五階級』の居住地が無事であるかどうかは確認したかったが、残念ながらあまり詳しい情報は得られなかった。
まあこの世界では特殊な魔法を使わない限り、情報は人の足で運ばれるものなのだから、地元の人間にとって無関係な遠隔地の事は分らなくて当然なのだ。
あんまりしつこく情報を探って、それで目をつけられても困る。
一般市民は『第五階級』に対してあまり関心を持っていないが、それでも彼らが『お尋ね者』なのは間違いないのだから。
そんなわけで仕方なく、オレは連中と一緒に地図に記された別の拠点を目指していた。
その旅の最中に見ていると、指導者のサラニスと護衛のアロン、あと学者のゼリアンはまだしも他の二人は殆ど何もしていない。
一人の名前はバーガンと言って、食料を管理しているのは彼のようだ ―― たぶん故郷では食料製造係だったのだろうが、今はそれどころでないのだろう。
そして最後の一人はタルスという名前だが、そいつが時間のあるときに何をしているのかというと、自分が持っている純銀製のいろいろな人形やチェスの駒らしきものを常に磨いているだけなのだ。
命がかかっている状況なのに、この行動は正直言って理解に苦しむ。
これは推測だが彼らは『自分の仕事でないこと』に取り組む気も無いが、同時に『何もしない怠け者』にもなることが出来ないので、どんなに的外れでも『自分に出来ること』をやるしかないのだろう。
まあとにかくオレとしてはこいつらをさっさと約束の場所に送り届けて、本来の目的である『男に戻る方法』を見つけ出さねばならない。
幾らこいつらがこの世界の水準を超える技術力を持っていても、さすがに性転換が可能だとは思えない。
そんなわけで、オレとしては早いところ終わらせたいのだが、いつものようにオレの思い通りに事は進まないのである。
それから数日間、オレは連中と旅を続けていた。
表向きは平穏に過ぎ去っており、また毎晩、オレはアロンと一緒に寝ている ―― もちろん同じ部屋でというだけで、それ以上は本当に何も無かった。
だがやはりそうそう順調にはいかないものだ。
街道の比較的、人気の無いところを歩いていると、魔法で強化したオレの感覚にこちらを包囲する複数の相手が引っかかった。
そこらの盗賊や強盗ぐらいなら、板金鎧を着たアロンを見たらそうそう手出し出来ないだろうが、それを承知で襲ってくるとしたら、一筋縄ではいかない相手だろう。
「サラニスさん。どうやら厄介な相手がいるようですよ」
「そうなのか? 私には何が脅威なのかはよく分らない。君がそういうなら迎え撃つ必要があるな」
そういってサラニスはアロンに合図をすると、板金鎧をまとった身がピクリと動く。
なおそれ以外の三人は何をするでもなく、アロンやオレを少しばかり心配そうに見つめるだけだ。
おいおい。仮に戦闘の訓練を受けていないとしても、危険が迫っているかもしれないのだから、もうちょっと考えて行動してくれよ。
途方に暮れるだけだったら、小学生にだって出来るぞ。
しばしの後、周囲からわらわらと人影が現れた。ざっと見て十人ぐらいだろうか。
手に手に武器を持っているが、その構えを見ると素人では無くそれなりに訓練を受けているようだ。
たぶんいつもは傭兵をしていて、職にあぶれると強盗に早変わりする連中なんだろうな。
こちらで目に見えて武装しているのは、アロン一人だけで、しかもそのアロンはいかにも高価そうな板金鎧をまとっているから『カモ』だと思ったに違いない。
そういうところが何となく分ってしまうあたり、オレもこの世界にかなり順応してしまった気がする。
そして正面に立った男がこちらに向けて叫ぶ。
「止まれ! 神の名において、俺たちに貢ぎ物を捧げてもらおうか」
神様云々は単なる口実なのは明らかだが、単なる武装強盗の分際で神の名を騙るなよ、などと言ったところでしょうがない。
世の中には神の名を騙って虐殺する連中も大勢いるわけで、そいつらと比較すればまだマシかなと思ってしまう。
とりあえずオレはこういう場合にいつも使っている魔法の【調和】を準備する。
効果範囲内の人間の戦闘意志を奪うこの【調和】を使えば、ごろつき共の十人やそこらを避けるのは簡単だ。
だがそうはオレの思惑通りにはいかなかった。
「ご大層な鎧を着込んでいるようヤツがいるようだが――」
口上の途中でアロンは手に持ったマスケット銃を躊躇無く男に向ける。
おい! あんた何をする気だ!
だが銃を向けられた男は、驚くどころかむしろ嘲りの表情を浮かべた。
「なんだ、そのオモチャは? 何かのまじないか?」
そうか! この世界では『銃』は殆どの人間が知らないから、この状況がいかに危ないか分ってないんだ。
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