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第6章 西方・第五階級編
第98話 そして直面するディストピア?
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翌日の朝、ひとまずオレは気分を取り直して自分のやるべき事を考えていた。
どうやら『第五階級』の連中は本当に、オレの女体には興味が無いらしい。
心の片隅で少しばかり複雑な思いを握りつぶし、オレは自分の置かれた深刻な状況を受け止める。
とにかく早いところ、本来の目的である男に戻る手がかりをつかまなければいけないが、それとは別に約束した以上、この『第五階層』の連中をどうにか安全なところに送り届けねばならないのだ。
それに幸か不幸か、追われている『第五階層』の連中についての情報は、オレが出会った時のものだから、今の外見だけは普通の姿ならそうそう見ぬかれはしないはずだ。
そんなわけでオレは連中と共にひとまず朝食に取り組もうとする。
見るとアロンやサラニス達は揃って同じ色の缶詰とおぼしきものから、ドロリとした粘っこい液体状のものを口にしていた。
どうやらあれが彼らの食事らしい。
どんな味なんだろうか、とオレが興味を持って見ていると、サラニスはオレの視線に気付いたようだ。
「これは私達の食事だ。人間の必要とする栄養素は全て入っている」
「それは分りますけど、美味しいんですか?」
「外部の人間にとってはともかく、我らには『美味』という概念が存在しない。そもそも栄養価が不十分で、消化も悪くて内蔵に悪影響を与えかねず、また時には高温や低温で負傷の可能性すらあるものを体内に入れる事など理解出来ない」
「そういうことですか……」
ある程度予想出来たけど、要するにこの人達にとって食事とは純粋に『栄養補給』のために行うものであって、それに悦びを感じる事も無いのだろう。
そしてサラニスはオレに対して、缶詰を一つ差し出してくる。
「よかったら食べたまえ。いま君に倒れられたら我々も困るからな」
「……」
オレは一瞬、躊躇したがとりあえず缶詰を手に取った。『相手の食べ物を口にする』のは相互理解の第一歩というからな。
そしてしばしの後、口に入れてみると ―― うまいとかマズいとかいう以前に、本当に全く味がしない。
他に何も食べるものが無いのなら仕方なく口にするだろうけど、毎日こんなものを食べさせられるのはオレの感覚では殆ど拷問だ。
そして自分の出した食事を他人が口にしたら『美味しいか?』とか聞くのが普通かもしれないが、当然ながらサラニスはそんな事を口にするはずもなく、ただ自分の缶詰を片付けているだけだった。
そしてここで一足先に食事を終えたアロンがオレに話しかけてくる。
「お前は食事が進まないようだな」
「それは……どうも……」
オレが曖昧な返答したところで、アロンはその顔を近づけてきた。
う~ん。女になって以降、オレの顔を至近距離で見た人間は、殆どが何らかの反応を示してきたものだったが、アロンは少なくともそういう意識は持っていないらしい。
これはこれで相手が『普通の人間ではない』事を見抜くのに役立つらしいな。
「昨日、泉で見たが、お前の体は我らとは異なっているな」
「え? まさか?」
アロンはオレが不本意ながら、神の力を得ている事に気付いているのか?
まあこの世界の住民なんだから、オレとは根本的に価値観が違っていても、何か気付くものがあってもおかしくはないな。
だが次の言葉はさすがのオレも度肝を抜かれるに十分だった。
「昨晩のお前の裸には我らと異なる器官がついていたが、お前は別の種族なのか?」
「はあ? 何ですって?!」
え? まさか?!
この人は『女』を知らないの?
いや。普通に『女を知らない』と言ったら、それはかつてのオレと同じチョメチョメした事の無い男をさすわけだが、アロンは『ドラゴ○ボールの主人公』のように純粋な意味で知らないのか?!
いくら何でもそれはないんじゃないの?!
さすがにオレが動揺していると、ここでサラニスが割って入ってくる。
「おちつけアロン。この者は『女』と言ってだな。肉体的には同じ人間だが、性別が異なるのだ」
「性別……ですか? それは知りませんでした」
あんたにはそこから教える必要があるんかい!
いったいこいつらはどういう生活をしてるんだ。
「お前は『人口の再生産』については知る必要のない立場だからな。気にする事は無い。ただこういう人間も存在するというだけだ」
「分りました」
随分とあっさり納得するんだな。
ひょっとするとオレが異種族であるなら、仲間の脅威になりかねないのでひとまず確認しようとしたとか、そういう関心でしかなかったのかもしれない。
そしてここでオレに対して、サラニスが少しばかり興味深そうに問いかけてくる。
「外部の人間は男性と女性が一緒に暮らして、特に決まりも無く子供を作るのが当たり前だと聞いていたが、それは本当なのか?」
こっちにも聞きたい事が幾らでもあるけど、まあ一応は『雇い主』でもあるので、こちらが答えるべきなんだろうな。
「ええ。その通りです」
「それでは人口計画はどうなっているのだ」
「そもそもそんな計画なんてどこにもありませんよ。人口が増えるも減るも神様の心次第ですね」
計画通りに子供を作り、人口を決められたら少子高齢化に悩む二一世紀の世界の先進国にとってどれだけ嬉しい事だろうか。
だがこのオレの当然の返答に対し、サラニスは明らかに困惑した表情を浮かべる。
「そうか……それでは動物と同じでは無いか。やはり外の世界の人間は恐ろしい」
オレに言わせれば、あんたらの方がよっぽど人間離れしていて恐ろしいよ!
何というか典型的なディストピアっぽい、彼ら『第五階級』の常識を前にオレはちょっとどころでなく動揺していた。
勝手に『外の世界の恐ろしさ』に対して戦慄しているらしいサラニスに対し、今度はオレの方から問いかける。
「あなた方では……男女の営みはどうなっているんですか?」
こんな持って回った言い方で理解してもらえるのか疑問だけど、オレとしてはあんまりあけすけな事も言えなかったのだ。
「それは生殖行動。つまり幼体の作成のことか?」
おお。通じてくれるとは、サラニスも分ってくれているのだな。
じゃなくて!
本当にあけすけというか、その手の恥じらいとか無縁なんだ。
「それならば指導部が計画通りに人口を維持するため、選んだ個体の異性同士に『作業』をさせる。それで作成された幼体は『熟成』と『教育』の期間を経て、適切な職務を与えられるのだ」
予想はついていたがどうやら彼らには家族とか、恋愛とかは存在しないらしい。
「ただし本来の職務とは異質な恐ろしい体験なので、殆どのものは語りたがらないし、それを聞くものもいない」
恐ろしい体験なのかよ!
いや。まあ。オレだって自分が男とチョメチョメする事を想像するのは、かなり恐ろしい気がするが、それが社会的に当たり前だとでも言うのだろうか。
「ところでアロンさんが異性を知らないのもそれが理由なのですか?」
「それは知らん。ただ我らの間では男女は『幼体の作成』以外で共に暮らす事は滅多にない。あるとすれば何らかの作業でその技能が必要とされたので、一緒に仕事をするぐらいだな」
彼らが『知らない』というからには、本当に何も知らないのだろう。
ひょっとすると連中の『ディストピア』が出来る前には、男女の恋愛が存在していたので、それ故に男女が別れて生活するのが当たり前となり、職務に関係ないと異性の存在すら知らないような事になったのかもしれない。
人間の三大欲望は睡眠欲、食欲、性欲だと聞いた事があるが、どうやら彼らはこのうち食欲と性欲は切り捨ててしまったようだな。
ここで睡眠まで無かったら、もうロボットとしか言いようがなくなるぞ。
「ところであなた方は『唯一なるもの』を崇拝しているのですよね?」
「もちろんだとも。ただし前にも言ったが、我々は『聖セルム教徒』ではないぞ」
フレストルから聞いた聖セルムの教義では、世界の創造者にして唯一神である『唯一なるもの』は完璧よりも可能性を選び、自らを世界そのものに変じたそうだが、彼ら『第五階級』の連中はどう考えているのか是非とも知りたい。
それは間違いなく彼らが周囲から『背教者』と呼ばれている理由と関係があるはずだ。
「あなた方の考えている『唯一なるもの』はいったいどういう存在なのですか?」
「いいだろう。もともと世界は全き完全なる存在である『唯一なのもの』だけが存在していた。しかしいつの日か、その完全さは浸食され、失われ、この世界は不完全な存在となってしまったのだ」
それをフレストル達は『唯一神が可能性を解放した』と肯定的に見ているが、彼らは『世界が不完全になった』と否定的に受け止めているわけか。
元となる神話は同じものであるはずなのに、解釈次第でここまで異なるとは少々どころでない驚きだよ。
「それ故に我らはこの壊れた世界を修復し、もとの完全なる世界に戻さねばならない。そのためには秩序と規律、計画を最優先し、疑問を持たず我らは日々を完璧に生きる必要があるのだ」
「それではあなた方に個人の意志はないのですか? 自分の仕事以外に関心を持ったり、別の事をしようしたりとか思いませんか」
「当然ではないか。そうだな――」
ここでサラニスは作業用のハンマーを持ち出してオレに指し示す。
「このハンマーが己の意志を持ち、自らを脳や心臓に変えたらそれは道具としての有用性をなげうつ事になりはしないか? 我らにとってはそれが全てだ」
世に『社会の歯車』という言葉があるが、彼らはそれを極限まで推し進めた姿ということなのだろう。
本当にこいつらは個人の考えとか自由とかは、全く認めていないらしい。
「もしもあなた方の社会で、決められた生き方以外を求める人間が現れたらどうなるんです」
普通に考えるとそんな場合は即座に粛清だろうか。
「そのように『故障』したものは追放される。我らの社会に不必要な存在だ」
どうやら規律には厳しいものの、命を奪うよりは追放で片付けてくれるらしい。
まあ少しだけ安心かな。
ただフィクションの世界では、こういうのは典型的な悪役の思考回路なんだけど、そんな雰囲気がほとんどしないのは、彼らが『故郷を破壊された難民』であることと、後は他者に対してその生き方を押しつける気がさらさらないからだろうな。
これで『世界を征服して、全ての人間を支配下に置く』なんて考えていたのなら、オレも彼らを『聖セルム教徒』に突き出す事を真剣に考えたかもしれないよ。
「我らが世界を完璧にした暁には、そのような『故障』はもちろん、他のあらゆる人間も生物も全てがあるべき正しい姿に戻る。故に我らは争いを望まない。すぐに戦争のような事を始める愚か者とは違うのだ」
やっぱり他者を見下すのは、この世界の人間共通かよ!
思わず脱力しかけるも、やはりこいつらも『人間』なんだと再認識し、どこかでオレは安堵していた。
どうやら『第五階級』の連中は本当に、オレの女体には興味が無いらしい。
心の片隅で少しばかり複雑な思いを握りつぶし、オレは自分の置かれた深刻な状況を受け止める。
とにかく早いところ、本来の目的である男に戻る手がかりをつかまなければいけないが、それとは別に約束した以上、この『第五階層』の連中をどうにか安全なところに送り届けねばならないのだ。
それに幸か不幸か、追われている『第五階層』の連中についての情報は、オレが出会った時のものだから、今の外見だけは普通の姿ならそうそう見ぬかれはしないはずだ。
そんなわけでオレは連中と共にひとまず朝食に取り組もうとする。
見るとアロンやサラニス達は揃って同じ色の缶詰とおぼしきものから、ドロリとした粘っこい液体状のものを口にしていた。
どうやらあれが彼らの食事らしい。
どんな味なんだろうか、とオレが興味を持って見ていると、サラニスはオレの視線に気付いたようだ。
「これは私達の食事だ。人間の必要とする栄養素は全て入っている」
「それは分りますけど、美味しいんですか?」
「外部の人間にとってはともかく、我らには『美味』という概念が存在しない。そもそも栄養価が不十分で、消化も悪くて内蔵に悪影響を与えかねず、また時には高温や低温で負傷の可能性すらあるものを体内に入れる事など理解出来ない」
「そういうことですか……」
ある程度予想出来たけど、要するにこの人達にとって食事とは純粋に『栄養補給』のために行うものであって、それに悦びを感じる事も無いのだろう。
そしてサラニスはオレに対して、缶詰を一つ差し出してくる。
「よかったら食べたまえ。いま君に倒れられたら我々も困るからな」
「……」
オレは一瞬、躊躇したがとりあえず缶詰を手に取った。『相手の食べ物を口にする』のは相互理解の第一歩というからな。
そしてしばしの後、口に入れてみると ―― うまいとかマズいとかいう以前に、本当に全く味がしない。
他に何も食べるものが無いのなら仕方なく口にするだろうけど、毎日こんなものを食べさせられるのはオレの感覚では殆ど拷問だ。
そして自分の出した食事を他人が口にしたら『美味しいか?』とか聞くのが普通かもしれないが、当然ながらサラニスはそんな事を口にするはずもなく、ただ自分の缶詰を片付けているだけだった。
そしてここで一足先に食事を終えたアロンがオレに話しかけてくる。
「お前は食事が進まないようだな」
「それは……どうも……」
オレが曖昧な返答したところで、アロンはその顔を近づけてきた。
う~ん。女になって以降、オレの顔を至近距離で見た人間は、殆どが何らかの反応を示してきたものだったが、アロンは少なくともそういう意識は持っていないらしい。
これはこれで相手が『普通の人間ではない』事を見抜くのに役立つらしいな。
「昨日、泉で見たが、お前の体は我らとは異なっているな」
「え? まさか?」
アロンはオレが不本意ながら、神の力を得ている事に気付いているのか?
まあこの世界の住民なんだから、オレとは根本的に価値観が違っていても、何か気付くものがあってもおかしくはないな。
だが次の言葉はさすがのオレも度肝を抜かれるに十分だった。
「昨晩のお前の裸には我らと異なる器官がついていたが、お前は別の種族なのか?」
「はあ? 何ですって?!」
え? まさか?!
この人は『女』を知らないの?
いや。普通に『女を知らない』と言ったら、それはかつてのオレと同じチョメチョメした事の無い男をさすわけだが、アロンは『ドラゴ○ボールの主人公』のように純粋な意味で知らないのか?!
いくら何でもそれはないんじゃないの?!
さすがにオレが動揺していると、ここでサラニスが割って入ってくる。
「おちつけアロン。この者は『女』と言ってだな。肉体的には同じ人間だが、性別が異なるのだ」
「性別……ですか? それは知りませんでした」
あんたにはそこから教える必要があるんかい!
いったいこいつらはどういう生活をしてるんだ。
「お前は『人口の再生産』については知る必要のない立場だからな。気にする事は無い。ただこういう人間も存在するというだけだ」
「分りました」
随分とあっさり納得するんだな。
ひょっとするとオレが異種族であるなら、仲間の脅威になりかねないのでひとまず確認しようとしたとか、そういう関心でしかなかったのかもしれない。
そしてここでオレに対して、サラニスが少しばかり興味深そうに問いかけてくる。
「外部の人間は男性と女性が一緒に暮らして、特に決まりも無く子供を作るのが当たり前だと聞いていたが、それは本当なのか?」
こっちにも聞きたい事が幾らでもあるけど、まあ一応は『雇い主』でもあるので、こちらが答えるべきなんだろうな。
「ええ。その通りです」
「それでは人口計画はどうなっているのだ」
「そもそもそんな計画なんてどこにもありませんよ。人口が増えるも減るも神様の心次第ですね」
計画通りに子供を作り、人口を決められたら少子高齢化に悩む二一世紀の世界の先進国にとってどれだけ嬉しい事だろうか。
だがこのオレの当然の返答に対し、サラニスは明らかに困惑した表情を浮かべる。
「そうか……それでは動物と同じでは無いか。やはり外の世界の人間は恐ろしい」
オレに言わせれば、あんたらの方がよっぽど人間離れしていて恐ろしいよ!
何というか典型的なディストピアっぽい、彼ら『第五階級』の常識を前にオレはちょっとどころでなく動揺していた。
勝手に『外の世界の恐ろしさ』に対して戦慄しているらしいサラニスに対し、今度はオレの方から問いかける。
「あなた方では……男女の営みはどうなっているんですか?」
こんな持って回った言い方で理解してもらえるのか疑問だけど、オレとしてはあんまりあけすけな事も言えなかったのだ。
「それは生殖行動。つまり幼体の作成のことか?」
おお。通じてくれるとは、サラニスも分ってくれているのだな。
じゃなくて!
本当にあけすけというか、その手の恥じらいとか無縁なんだ。
「それならば指導部が計画通りに人口を維持するため、選んだ個体の異性同士に『作業』をさせる。それで作成された幼体は『熟成』と『教育』の期間を経て、適切な職務を与えられるのだ」
予想はついていたがどうやら彼らには家族とか、恋愛とかは存在しないらしい。
「ただし本来の職務とは異質な恐ろしい体験なので、殆どのものは語りたがらないし、それを聞くものもいない」
恐ろしい体験なのかよ!
いや。まあ。オレだって自分が男とチョメチョメする事を想像するのは、かなり恐ろしい気がするが、それが社会的に当たり前だとでも言うのだろうか。
「ところでアロンさんが異性を知らないのもそれが理由なのですか?」
「それは知らん。ただ我らの間では男女は『幼体の作成』以外で共に暮らす事は滅多にない。あるとすれば何らかの作業でその技能が必要とされたので、一緒に仕事をするぐらいだな」
彼らが『知らない』というからには、本当に何も知らないのだろう。
ひょっとすると連中の『ディストピア』が出来る前には、男女の恋愛が存在していたので、それ故に男女が別れて生活するのが当たり前となり、職務に関係ないと異性の存在すら知らないような事になったのかもしれない。
人間の三大欲望は睡眠欲、食欲、性欲だと聞いた事があるが、どうやら彼らはこのうち食欲と性欲は切り捨ててしまったようだな。
ここで睡眠まで無かったら、もうロボットとしか言いようがなくなるぞ。
「ところであなた方は『唯一なるもの』を崇拝しているのですよね?」
「もちろんだとも。ただし前にも言ったが、我々は『聖セルム教徒』ではないぞ」
フレストルから聞いた聖セルムの教義では、世界の創造者にして唯一神である『唯一なるもの』は完璧よりも可能性を選び、自らを世界そのものに変じたそうだが、彼ら『第五階級』の連中はどう考えているのか是非とも知りたい。
それは間違いなく彼らが周囲から『背教者』と呼ばれている理由と関係があるはずだ。
「あなた方の考えている『唯一なるもの』はいったいどういう存在なのですか?」
「いいだろう。もともと世界は全き完全なる存在である『唯一なのもの』だけが存在していた。しかしいつの日か、その完全さは浸食され、失われ、この世界は不完全な存在となってしまったのだ」
それをフレストル達は『唯一神が可能性を解放した』と肯定的に見ているが、彼らは『世界が不完全になった』と否定的に受け止めているわけか。
元となる神話は同じものであるはずなのに、解釈次第でここまで異なるとは少々どころでない驚きだよ。
「それ故に我らはこの壊れた世界を修復し、もとの完全なる世界に戻さねばならない。そのためには秩序と規律、計画を最優先し、疑問を持たず我らは日々を完璧に生きる必要があるのだ」
「それではあなた方に個人の意志はないのですか? 自分の仕事以外に関心を持ったり、別の事をしようしたりとか思いませんか」
「当然ではないか。そうだな――」
ここでサラニスは作業用のハンマーを持ち出してオレに指し示す。
「このハンマーが己の意志を持ち、自らを脳や心臓に変えたらそれは道具としての有用性をなげうつ事になりはしないか? 我らにとってはそれが全てだ」
世に『社会の歯車』という言葉があるが、彼らはそれを極限まで推し進めた姿ということなのだろう。
本当にこいつらは個人の考えとか自由とかは、全く認めていないらしい。
「もしもあなた方の社会で、決められた生き方以外を求める人間が現れたらどうなるんです」
普通に考えるとそんな場合は即座に粛清だろうか。
「そのように『故障』したものは追放される。我らの社会に不必要な存在だ」
どうやら規律には厳しいものの、命を奪うよりは追放で片付けてくれるらしい。
まあ少しだけ安心かな。
ただフィクションの世界では、こういうのは典型的な悪役の思考回路なんだけど、そんな雰囲気がほとんどしないのは、彼らが『故郷を破壊された難民』であることと、後は他者に対してその生き方を押しつける気がさらさらないからだろうな。
これで『世界を征服して、全ての人間を支配下に置く』なんて考えていたのなら、オレも彼らを『聖セルム教徒』に突き出す事を真剣に考えたかもしれないよ。
「我らが世界を完璧にした暁には、そのような『故障』はもちろん、他のあらゆる人間も生物も全てがあるべき正しい姿に戻る。故に我らは争いを望まない。すぐに戦争のような事を始める愚か者とは違うのだ」
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