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第6章 西方・第五階級編
第105話 降って湧いた『決戦』 そして終わったところで……
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遠巻きにこちらを包囲しようと動き回っている兵士達は、どうやら『突撃』の命令を待っているようだ。
いくら銃が恐ろしいといっても、こちらにあるのは一丁だけ、しかも単発銃だ。
相手がそこまでは知らないとしても、何度も戦っていたら、その威力がどの程度のものかは分っているはず。
犠牲が出ることを承知で突撃されたら、残念ながらひとたまりもないだろう。
そんなわけでオレはここで、サラニス達に声をかける。
「外の世界とも取引したいという、あなた方の考えは正しいと思いますよ。もちろんすぐにうまくいくとは思いませんけど、いろいろと頑張って取り組めば、きっと『完全な世界』に近づく役に立つはずです」
「そう思ってくれるかね?」
「もちろんです! 外の世界にはいろいろな人間がいますけど、私の他にもあなた方と仲良くしたいと思っている人間は絶対にいますから!」
よりによって異世界人のオレが『外の世界の代表面』して説教するのもどうか思うが、ここは仕方ないだろう。
「とにかく急いで逃げて下さい。どっちにしろあの兵士達も城壁の近くまで攻め込んだりはしないでしょう」
このあたりに来ている兵士は多く見ても数十人というところだ。
もちろんそんな人数で城を攻めるのは不可能だ。
それどころか城壁に近づいたら銃撃される危険すらあるのだから、普通なら近づいたりしないはず。
サラニス達がすぐ中に受け入れてもらえなくとも城壁近くまで行けば、少なくとも兵士達に追われる事はないはずだ。
「君はどうするつもりだ?」
「どうにかして、あの兵士達を引きつけますよ」
「そんなことをして大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思ってなかったら、やりませんよ!」
もちろん心配の種はつきない。自信はそれなりにあるが、それでも危険なのは間違いないだろう。
当然ながら万に一つ連中に捕まりでもしたら、この身がどうなるか。想像するだに恐ろしいがそこは考えないようにしよう。
「それではここで皆さんとはお別れですね。あなた方の無事と今後の事を祈っています」
この世界に来てから別れはしょっちゅうだけど、こんな風に緊迫した場面でせかされる状況は初めてだな ―― などとちょっと間の抜けた事をオレは考えていた。
「すまないな。君の事は忘れんよ」
「アルタシャ……」
アロンもどこか名残惜しそうにオレを見つめている。まあアロンの『性の目覚め』に火をつけておいて、ここで分かれる事を気にするのは分かるけど、そこは勘弁して欲しい。
彼には『安住の地』にて自分にふさわしい異性を見つける事を祈るしかないのだ。
そしてオレが兵士達に向かおうとしたとき、少し離れたところからサラニスの声が響いてくる。
「そうだ。これを受け取ってくれ! 君への報酬だ!」
サラニスはオレに向けて小さな袋を一つ投げつけてきた。
見たところ中に堅くて小さな固まりが幾つか入っているようだが、約束の金塊でないのは間違いない。まあ元から報酬が目当てではないオレにとってはどうでもいいことだ。
ひとまず袋を拾ったところで、オレは自分にドルイド魔術の【隠蔽】をかけて道のそばの藪に潜む。
これは屋外の自然環境下では、こちらの姿が周囲に溶け込んで見えなくなる魔法だ。
もちろん攻撃したり、魔法をかけたりすれば、一時的に無効化されて見えるようになってしまうが、それでも一定時間が経てばまた周囲に隠れることが可能になるので、こういう野外では便利な魔法である。
今までは殆どが町中での活動だったので使う機会がなかったけどな。
それともう一つ【藪渡り】もかけておく。
こっちは藪や茂みの中でも、こちらの身が枝や葉っぱに引っかかる事無く楽に移動出来る魔法だ。
これで兵士に見つかって追いかけられても、あえて藪の中を走り回る事で簡単に振り切る事が出来るようになる。
こうやって準備を調えたところで、兵士達を待つことにする。
攻撃系の魔法は全く使えないし、仮に使えても人間相手に使うのは躊躇せざるを得ないオレだけど、応用をきかせれば、この程度の兵士相手ならどうにでもなるのだ。
そして兵士達が近づいてきたところでオレは自分が潜んでいる藪に【成長加速】と【植物歪曲】をかけた。
すると見る見る藪が道にあふれ出し、のたうち回る。
「むう? なんだこれは?」
「ええい。構うな。あいつらを追え!」
さすがにこんな事は予想していなかったようで、兵士達は気味悪そうに眺めているが、足を止める事も無い。
だがそれはこちらの思うつぼだ。オレは【植物歪曲】のかかった藪を、通りがかった兵士の足に絡みつかせる。
「うわぁぁぁ?! 悪魔の仕業か?!」
「落ち着け! 恐らく奴らのいかがわしい魔法だ! 気にするな!」
「そうは言われましても――」
まあ実際、藪を少しばかり伸ばして妨害したところで、一人だけならともかく複数の兵士をいつまでも拘束するなんて真似は出来ない。
切り開かれてそれでおしまいだ。
足止め出来るのはせいぜい数分程度だろう。
しかしそれで相手が今後の行動も躊躇するようになってくれればそれでいい。
「おい! そこの藪の中にいるのは誰だ?!」
おっと気付かれたか。そうなれば三十六計逃げるにしかず。
オレはさっさと藪から飛び出して、次の部隊の足止めに向かう。
こうやってあちこちで兵士達の行動を妨害し続け、アロン達が城壁の門までたどり着く時間を稼げればそれでいい。
そんなわけでオレはひとり野山を駆け巡る。
こんなところでホンの数日前まで縁もゆかりもなく、今でも『友だち』と言い切るのもちょっと躊躇するような相手のために、兵士の百人やそこら ―― つまり立派な軍隊 ―― の相手をひとりでする羽目になるとは、さすがのオレも想像出来なかったよ。
オレは兵士達を魔法で翻弄しつつ、あちらこちらで一撃を加えては逃げ回るのを繰り返していた。
これが英雄譚なら実にかっこよく、迫り来る兵士の前に立ちはだかってハッシとにらみつけ、そこで『必殺技』の一つも放つ場面なんだろうけど、残念ながらオレに出来る事と言えば、こそこそ隠れて周囲の様子をうかがい、そこでちょっとした嫌がらせの一撃を加えては、さっさと逃げるというやり方だ。
幸いにも相手はオレが一人だけで、しかも致命傷を与えるような魔法は使えない事を知らないから、兵士達の多くは動揺して行動をためらっているようだ。
もっとも気付かれて一斉に攻撃に出られたら、たったひとりのこちらにはやっぱり手のうちようがない。
そんな緊張感の中で動き回るのは、この『選ばれし者』の肉体でも結構消耗するものである ―― もとの平和ボケした高校生の身だったらとっくに倒れていただろうな。
それはともかくサラニス達は無事に迎え入れてもらえるだろうか。
とにかく兵士達が諦めて引き上げてくれればそれでよし。
諦めずに追いかけるなら、とりあえず足止めするだけだ。
こんな時には【火の玉】とか【電撃】とか派手な攻撃魔法でなぎ払える『普通の魔法使い』に憧れてしまうけど ―― やっぱりヘタレなオレにはそんな事は出来そうにないから、ちまちま行くしかないのだろうな。
そうこうしてオレもかなり疲れてきた。だがそれと共に魔法で強化しているオレの知覚には兵士達の泣き言もまた漏れ聞こえてくる。
「やっぱり……噂の通り、あの城には悪魔が棲んでいるんですよ! もう近づくのは辞めましょう」
「ええい。奴らが自分たちの根拠地以外で、人前に姿を見せるのは滅多にないのだ。捕らえれば莫大な恩賞が期待出来るのに、この程度でおびえていてどうする!」
やっぱり『第五階級』の連中は普段、自分たちの城壁の中に立てこもって、攻め込んできた敵に対しては銃や火薬で反撃するけど、その城壁の外で見かけられる事は滅多にないのだろうな。
だからこそ、たまに外で見つかるとこうやって大がかりに追い回されるわけか。
銃のように知られていない技術と金塊のような価値あるものを持ち歩いているかもしれないし、その上で外の世界における『法の庇護』もなく、知識も無いのだから当然なのかもしれない。
そういえば銃についても『雷鳴の武器』とか呼んでいたから、真相は知られていないのだろう。
まあ外の世界では魔法が使われているわけだから、火薬だの銃だのの技術は発展が阻害されているということか。
あと『第五階級』の連中は自分たちの職務が細分化されすぎているので、誰かひとりを捕まえてもその技術を奪う事は出来ない。
銃の使い手であるアロンも銃や火薬の製法も知らないし、他の連中も似たり寄ったりなんだろうな。
この世界だとたぶん『第五階級』の人間のひとりやふたりを捕まえて尋問しても、答える内容がひとりひとり別だろうし、それを記録した文書を他者に広めようともしていないだろう。
元の世界のように誰でもネットにつないで、他者の持っている情報を簡単に得る事が出来るのがいかにありがたいかよく分るな。
そんなことを考えていると、またしてもオレの耳に警戒の叫びが響く。
「おい! あそこに誰かいるぞ!」
「奴らの手先か!」
おっと。オレは百人以上の軍隊を一人で相手している身だった。
相手だって警戒しているんだし、甘く見ていたらこっちが危ない。
そんなわけで再び野山を疾駆するオレだったが、次第に追い詰められつつあるのは明らかだった。
そりゃまあオレがやっているのは、あくまでも足止めと時間稼ぎなんだから、少しずつでも城壁の方に移動していく事になるのは当たり前の話だ。
しかも相手をしている連中だってバカではない。
オレの『攻撃』ではせいぜい足を引っかけられて転ぶか、植物がからんで動けなくなる程度の被害しか受けない事に気付かれたらしく、連中はどんどん動きを早めているようだ。
しかしずっと注意は払ってきたが、未だ城門が開く様子は見受けられない。
時間的にはサラニスもアロンもとっくにたどり着いているはずなんだけど、やっぱり受け入れを拒否されているのだろうか。
ここまで努力したのに無駄骨だったら、いくらオレだって怒るぞ。
誰に対して怒っていいのかは分らないけどな!
オレはいつ果てるか分らない『足止め』と『嫌がらせ』を続け、いい加減、こっちもウンザリしだして来た時、ようやく僅かながら城門が動き出した。
オレが今いる位置からでは、細かい事は分らないが、どうやらサラニス達は受け入れてもらったのだろう。
兵士達もどうやら無駄骨に終わった事を察したらしく、あきらめの空気が漂ってきたようだ。
まあ受け入れられた後でサラニス達がどうなるかは、オレの及ぶところではないし、そろそろこっちも逃げるとしよう。
彼らの無事を確認したいところだけど、ここでオレが迂闊に城壁に近づいたら、こっちが撃たれてしまう、というのはよくあるパターンだからな。
そういうバッドエンドフラグは回避するに限るよ。
せいぜい数日の付き合いで、ついでに言えばようやく別れられてホッとしたという感が強いけど、それでもサラニスやアロン達の事はやっぱり気になる。
もし彼らの『外部との交易を行うべき』との主張があそこで受け入れられ、限定的にでも周囲との交流が行われるようになったのなら、いつかそれを耳にする事もあるかもしれない。
さてそれでは兵士達から十分に逃げた後で、報酬にもらった袋の中身が何なのか確認するとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これからしばらく後に『第五階級』の中には外部との交流を求める動き、そしてもう一つ『自分たちは組織の外にいても本質的な価値を持っており、個人の判断で行動すべき』という、それまでは異端とされていた考えが広まる事となった。
後に『解放者』と呼ばれるようになる彼らのその思想は『第五階級』の主流とはなり得なかったが、少しずつ信奉者を増やし続け、決して無視できぬ勢力となり、それまで一つの考えしか認められなかった『第五階級』の中に多様性をもたらす事になる。
そしてその考えに導いたとされる『外部の女性』については
『新たな可能性を開こうとした唯一なるものの使徒』
『第五階級を堕落させようとした悪しき存在』
『異教の女神の化身』
『単なる通りすがりの普通の少女』
などなど根拠があやふやで無責任な話があちこちで語られる事となった。
そしてその当事者と言えば――
「こ……これは……」
サラニスから報酬として受け取った袋の生身を見てオレは愕然となっていた。
ああ。確かに凄い報酬だよ。
元の世界の基準だったら、どれだけの価値があるのか分らない。
たぶんサラニスはこれに莫大な価値があると思って、気前のいい報酬のつもりだったんだろう。
だけど『ダイヤモンドの原石』なんてもらったって、オレにはどうすることも出来ないんだよ!
【後書き】
今回で『第五階級』編は終了です。
あんまり深刻なピンチにならないうちに終わりましたが、たまにはこういう展開もいいですね。
いくら銃が恐ろしいといっても、こちらにあるのは一丁だけ、しかも単発銃だ。
相手がそこまでは知らないとしても、何度も戦っていたら、その威力がどの程度のものかは分っているはず。
犠牲が出ることを承知で突撃されたら、残念ながらひとたまりもないだろう。
そんなわけでオレはここで、サラニス達に声をかける。
「外の世界とも取引したいという、あなた方の考えは正しいと思いますよ。もちろんすぐにうまくいくとは思いませんけど、いろいろと頑張って取り組めば、きっと『完全な世界』に近づく役に立つはずです」
「そう思ってくれるかね?」
「もちろんです! 外の世界にはいろいろな人間がいますけど、私の他にもあなた方と仲良くしたいと思っている人間は絶対にいますから!」
よりによって異世界人のオレが『外の世界の代表面』して説教するのもどうか思うが、ここは仕方ないだろう。
「とにかく急いで逃げて下さい。どっちにしろあの兵士達も城壁の近くまで攻め込んだりはしないでしょう」
このあたりに来ている兵士は多く見ても数十人というところだ。
もちろんそんな人数で城を攻めるのは不可能だ。
それどころか城壁に近づいたら銃撃される危険すらあるのだから、普通なら近づいたりしないはず。
サラニス達がすぐ中に受け入れてもらえなくとも城壁近くまで行けば、少なくとも兵士達に追われる事はないはずだ。
「君はどうするつもりだ?」
「どうにかして、あの兵士達を引きつけますよ」
「そんなことをして大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思ってなかったら、やりませんよ!」
もちろん心配の種はつきない。自信はそれなりにあるが、それでも危険なのは間違いないだろう。
当然ながら万に一つ連中に捕まりでもしたら、この身がどうなるか。想像するだに恐ろしいがそこは考えないようにしよう。
「それではここで皆さんとはお別れですね。あなた方の無事と今後の事を祈っています」
この世界に来てから別れはしょっちゅうだけど、こんな風に緊迫した場面でせかされる状況は初めてだな ―― などとちょっと間の抜けた事をオレは考えていた。
「すまないな。君の事は忘れんよ」
「アルタシャ……」
アロンもどこか名残惜しそうにオレを見つめている。まあアロンの『性の目覚め』に火をつけておいて、ここで分かれる事を気にするのは分かるけど、そこは勘弁して欲しい。
彼には『安住の地』にて自分にふさわしい異性を見つける事を祈るしかないのだ。
そしてオレが兵士達に向かおうとしたとき、少し離れたところからサラニスの声が響いてくる。
「そうだ。これを受け取ってくれ! 君への報酬だ!」
サラニスはオレに向けて小さな袋を一つ投げつけてきた。
見たところ中に堅くて小さな固まりが幾つか入っているようだが、約束の金塊でないのは間違いない。まあ元から報酬が目当てではないオレにとってはどうでもいいことだ。
ひとまず袋を拾ったところで、オレは自分にドルイド魔術の【隠蔽】をかけて道のそばの藪に潜む。
これは屋外の自然環境下では、こちらの姿が周囲に溶け込んで見えなくなる魔法だ。
もちろん攻撃したり、魔法をかけたりすれば、一時的に無効化されて見えるようになってしまうが、それでも一定時間が経てばまた周囲に隠れることが可能になるので、こういう野外では便利な魔法である。
今までは殆どが町中での活動だったので使う機会がなかったけどな。
それともう一つ【藪渡り】もかけておく。
こっちは藪や茂みの中でも、こちらの身が枝や葉っぱに引っかかる事無く楽に移動出来る魔法だ。
これで兵士に見つかって追いかけられても、あえて藪の中を走り回る事で簡単に振り切る事が出来るようになる。
こうやって準備を調えたところで、兵士達を待つことにする。
攻撃系の魔法は全く使えないし、仮に使えても人間相手に使うのは躊躇せざるを得ないオレだけど、応用をきかせれば、この程度の兵士相手ならどうにでもなるのだ。
そして兵士達が近づいてきたところでオレは自分が潜んでいる藪に【成長加速】と【植物歪曲】をかけた。
すると見る見る藪が道にあふれ出し、のたうち回る。
「むう? なんだこれは?」
「ええい。構うな。あいつらを追え!」
さすがにこんな事は予想していなかったようで、兵士達は気味悪そうに眺めているが、足を止める事も無い。
だがそれはこちらの思うつぼだ。オレは【植物歪曲】のかかった藪を、通りがかった兵士の足に絡みつかせる。
「うわぁぁぁ?! 悪魔の仕業か?!」
「落ち着け! 恐らく奴らのいかがわしい魔法だ! 気にするな!」
「そうは言われましても――」
まあ実際、藪を少しばかり伸ばして妨害したところで、一人だけならともかく複数の兵士をいつまでも拘束するなんて真似は出来ない。
切り開かれてそれでおしまいだ。
足止め出来るのはせいぜい数分程度だろう。
しかしそれで相手が今後の行動も躊躇するようになってくれればそれでいい。
「おい! そこの藪の中にいるのは誰だ?!」
おっと気付かれたか。そうなれば三十六計逃げるにしかず。
オレはさっさと藪から飛び出して、次の部隊の足止めに向かう。
こうやってあちこちで兵士達の行動を妨害し続け、アロン達が城壁の門までたどり着く時間を稼げればそれでいい。
そんなわけでオレはひとり野山を駆け巡る。
こんなところでホンの数日前まで縁もゆかりもなく、今でも『友だち』と言い切るのもちょっと躊躇するような相手のために、兵士の百人やそこら ―― つまり立派な軍隊 ―― の相手をひとりでする羽目になるとは、さすがのオレも想像出来なかったよ。
オレは兵士達を魔法で翻弄しつつ、あちらこちらで一撃を加えては逃げ回るのを繰り返していた。
これが英雄譚なら実にかっこよく、迫り来る兵士の前に立ちはだかってハッシとにらみつけ、そこで『必殺技』の一つも放つ場面なんだろうけど、残念ながらオレに出来る事と言えば、こそこそ隠れて周囲の様子をうかがい、そこでちょっとした嫌がらせの一撃を加えては、さっさと逃げるというやり方だ。
幸いにも相手はオレが一人だけで、しかも致命傷を与えるような魔法は使えない事を知らないから、兵士達の多くは動揺して行動をためらっているようだ。
もっとも気付かれて一斉に攻撃に出られたら、たったひとりのこちらにはやっぱり手のうちようがない。
そんな緊張感の中で動き回るのは、この『選ばれし者』の肉体でも結構消耗するものである ―― もとの平和ボケした高校生の身だったらとっくに倒れていただろうな。
それはともかくサラニス達は無事に迎え入れてもらえるだろうか。
とにかく兵士達が諦めて引き上げてくれればそれでよし。
諦めずに追いかけるなら、とりあえず足止めするだけだ。
こんな時には【火の玉】とか【電撃】とか派手な攻撃魔法でなぎ払える『普通の魔法使い』に憧れてしまうけど ―― やっぱりヘタレなオレにはそんな事は出来そうにないから、ちまちま行くしかないのだろうな。
そうこうしてオレもかなり疲れてきた。だがそれと共に魔法で強化しているオレの知覚には兵士達の泣き言もまた漏れ聞こえてくる。
「やっぱり……噂の通り、あの城には悪魔が棲んでいるんですよ! もう近づくのは辞めましょう」
「ええい。奴らが自分たちの根拠地以外で、人前に姿を見せるのは滅多にないのだ。捕らえれば莫大な恩賞が期待出来るのに、この程度でおびえていてどうする!」
やっぱり『第五階級』の連中は普段、自分たちの城壁の中に立てこもって、攻め込んできた敵に対しては銃や火薬で反撃するけど、その城壁の外で見かけられる事は滅多にないのだろうな。
だからこそ、たまに外で見つかるとこうやって大がかりに追い回されるわけか。
銃のように知られていない技術と金塊のような価値あるものを持ち歩いているかもしれないし、その上で外の世界における『法の庇護』もなく、知識も無いのだから当然なのかもしれない。
そういえば銃についても『雷鳴の武器』とか呼んでいたから、真相は知られていないのだろう。
まあ外の世界では魔法が使われているわけだから、火薬だの銃だのの技術は発展が阻害されているということか。
あと『第五階級』の連中は自分たちの職務が細分化されすぎているので、誰かひとりを捕まえてもその技術を奪う事は出来ない。
銃の使い手であるアロンも銃や火薬の製法も知らないし、他の連中も似たり寄ったりなんだろうな。
この世界だとたぶん『第五階級』の人間のひとりやふたりを捕まえて尋問しても、答える内容がひとりひとり別だろうし、それを記録した文書を他者に広めようともしていないだろう。
元の世界のように誰でもネットにつないで、他者の持っている情報を簡単に得る事が出来るのがいかにありがたいかよく分るな。
そんなことを考えていると、またしてもオレの耳に警戒の叫びが響く。
「おい! あそこに誰かいるぞ!」
「奴らの手先か!」
おっと。オレは百人以上の軍隊を一人で相手している身だった。
相手だって警戒しているんだし、甘く見ていたらこっちが危ない。
そんなわけで再び野山を疾駆するオレだったが、次第に追い詰められつつあるのは明らかだった。
そりゃまあオレがやっているのは、あくまでも足止めと時間稼ぎなんだから、少しずつでも城壁の方に移動していく事になるのは当たり前の話だ。
しかも相手をしている連中だってバカではない。
オレの『攻撃』ではせいぜい足を引っかけられて転ぶか、植物がからんで動けなくなる程度の被害しか受けない事に気付かれたらしく、連中はどんどん動きを早めているようだ。
しかしずっと注意は払ってきたが、未だ城門が開く様子は見受けられない。
時間的にはサラニスもアロンもとっくにたどり着いているはずなんだけど、やっぱり受け入れを拒否されているのだろうか。
ここまで努力したのに無駄骨だったら、いくらオレだって怒るぞ。
誰に対して怒っていいのかは分らないけどな!
オレはいつ果てるか分らない『足止め』と『嫌がらせ』を続け、いい加減、こっちもウンザリしだして来た時、ようやく僅かながら城門が動き出した。
オレが今いる位置からでは、細かい事は分らないが、どうやらサラニス達は受け入れてもらったのだろう。
兵士達もどうやら無駄骨に終わった事を察したらしく、あきらめの空気が漂ってきたようだ。
まあ受け入れられた後でサラニス達がどうなるかは、オレの及ぶところではないし、そろそろこっちも逃げるとしよう。
彼らの無事を確認したいところだけど、ここでオレが迂闊に城壁に近づいたら、こっちが撃たれてしまう、というのはよくあるパターンだからな。
そういうバッドエンドフラグは回避するに限るよ。
せいぜい数日の付き合いで、ついでに言えばようやく別れられてホッとしたという感が強いけど、それでもサラニスやアロン達の事はやっぱり気になる。
もし彼らの『外部との交易を行うべき』との主張があそこで受け入れられ、限定的にでも周囲との交流が行われるようになったのなら、いつかそれを耳にする事もあるかもしれない。
さてそれでは兵士達から十分に逃げた後で、報酬にもらった袋の中身が何なのか確認するとしよう。
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これからしばらく後に『第五階級』の中には外部との交流を求める動き、そしてもう一つ『自分たちは組織の外にいても本質的な価値を持っており、個人の判断で行動すべき』という、それまでは異端とされていた考えが広まる事となった。
後に『解放者』と呼ばれるようになる彼らのその思想は『第五階級』の主流とはなり得なかったが、少しずつ信奉者を増やし続け、決して無視できぬ勢力となり、それまで一つの考えしか認められなかった『第五階級』の中に多様性をもたらす事になる。
そしてその考えに導いたとされる『外部の女性』については
『新たな可能性を開こうとした唯一なるものの使徒』
『第五階級を堕落させようとした悪しき存在』
『異教の女神の化身』
『単なる通りすがりの普通の少女』
などなど根拠があやふやで無責任な話があちこちで語られる事となった。
そしてその当事者と言えば――
「こ……これは……」
サラニスから報酬として受け取った袋の生身を見てオレは愕然となっていた。
ああ。確かに凄い報酬だよ。
元の世界の基準だったら、どれだけの価値があるのか分らない。
たぶんサラニスはこれに莫大な価値があると思って、気前のいい報酬のつもりだったんだろう。
だけど『ダイヤモンドの原石』なんてもらったって、オレにはどうすることも出来ないんだよ!
【後書き】
今回で『第五階級』編は終了です。
あんまり深刻なピンチにならないうちに終わりましたが、たまにはこういう展開もいいですね。
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