114 / 1,316
第7章 西方・リバージョイン編
第114話 明かされるカリルの正体とは
しおりを挟む
味方が誰もいないオレにとってただ一つの頼みの綱であった魔法が封じられた上に、今周囲にいるのはむくつけき男共ばかりだ。
カリルがどう表現しようが、今のオレが奴隷同然の扱いである事は、この首輪が何よりも雄弁に物語っている。
いまもし男共に襲われたら、あっという間に蹂躙されてしまうだろう。
降って湧いた絶体絶命の危機に対して戦慄していると、これまでオレには無関心だった男がひとりニコニコと笑いながら寄ってくる。
恐らく二十代の前半だろう。
まずまず整った外見で、またそれでいて革鎧をまとう引き締まった体躯は鍛え上げられた戦士を思わせる。
しかしそのへラッとした笑顔が軽薄そうな印象を振りまいている人物だ。
「これは素晴らしい。そうちょう~この娘、俺がもらっていいっすか~?」
見た目も中身もあからさまにチャラい男のようだが、そんな相手こそ今のオレには危機感を高める存在だよ。
「こらトラート! ダメに決まっているだろうが!」
このチャラ男はトラートというのか。
だが団長さんはかなりのカタブツらしい ―― ただしカリルには刃向かえないようだけど。
これだけでもまだちょっとばかりは救いがあると見るべきだろうか。
そしてカリルは嬉しげに、首輪の鎖を握りつつ一同に対して宣言する。
「みなさん~ アルタシャさんはわたくしのものなんですからね。扱いには十分に注意して下さいよ~」
そういってカリルはこれ見よがしに、オレの首輪に繋がった鎖を持ち上げて一同に示す。
「わたくしたちの心の絆は、この通り決して切れないものなのですからね~」
どう見ても完全に奴隷扱いだろ!
世に『決して切れない固い絆』という言葉は多々あれど、これほどイヤな絆があるだろうか。
そしてこの宣言を受けて、トラートは明らかに落胆の様子を見せる。
「仕方ありません。彼女との心の絆は総長にお譲りしますよ。何しろ俺は総長の忠実な部下ですからね」
「分ってもらえればいいのです」
カリルはにこやかに応じるが、トラートはここで改めてオレに向けてその手を伸ばしてくる。
「そんじゃ俺は心のつながりはいらないから、そっちは総長の独占ということで、体のつながりだけでも求めていいっすか?」
いいわけねえだろ!
もしそんな事を迫られたら、あんたが『体のつながり』なんか二度と出来なくなるよう股間を蹴り上げてやるよ!
そしてここで団長が眉をつり上げて、トラートの肩をつかんで引きはがす。
「貴様! 聖職者の端くれにありながら、肉欲に溺れるとは恥を知れ!」
あんまり頼りにはならないけど、ここは団長さんを当てにするしかない ―― いや。待て。いま団長は何て言った?
「俺は聖職者より『性職者』の方が ―― むがあ」
「お前はそれだからいつまでたっても進歩がないのだ! 深く反省しろ!」
団長はトラートの頸動脈を締め上げて、悶絶させているが、周囲の連中は全員が余裕の笑顔を浮かべつつツッコミを入れている。
「さすがは団長。たとえ女の子でも新入りを前にしたら、まずは自分の強面ぶりのアピールに余念がないですね」
どうもこれがこいつらの『普段通り』であるらしい。
しかもオレはいつのまにか連中から完全に『新入り』扱いされているぞ。
どうしていつもいつもオレはこんなブラックなところにばかり足を踏み入れる羽目になるんだよ。
しかしオレは聞き捨てならない団長の言葉を改めて確認する。
「あ、あの……皆さん、聖職者なんですか?」
「うん……ああそうだ……」
団長は腕の中のトラートが泡を吹いているのを気にもせずオレに答えるが、どこか歯切れが悪い。
何かを隠している様子がうかがえるな。
しかしここでカリルはにこやかに笑みをオレに注ぎつつ答える。
「実はわたくしは聖セルム教団の特務査察官ですのよ」
え? なにその肩書き?
皇帝の威光を笠に着るイヤミな『皇帝陛下の代理人』のはずが実は『皇帝本人』だったとか ―― などと今は亡き偉大な原作者が最後に手がけた仮面ラ○ダーのラスボスを彷彿とさせる立場ですか?
「総長……いいのですか?」
「だってこれからアルタシャさんには、ずっと同行してもらうわけですからね。それぐらいは明かすのが礼儀というものですわ」
相手に首輪をはめ、その鎖を握って同行を強制しておいて『礼儀』を口にするとは、いつから西方では辞書が書き換えられたんでしょう。
風よ、雲よ、心あらば教えてくれ!
「あなたもお気づきかと思いますけど、先ほどこの街に攻め寄せてきた方々は『異端を討伐する聖戦』を唱えておられましたね?」
「え……ええ……」
それについてサリゾールから聞いた時には、この地域の聖職者が略奪の上前をはねる見返りに、勝手に聖戦を唱える事を黙認しているのだろうという話をしたな。
あ? それでは『特務査察官』というのは? まさか?
「そのような聖セルム教団の権威を傷つけるような深刻な事態が予見されるとき、現地に派遣され不正を調査するのがわたくしの仕事なんですわ」
なるほど。つまり彼女の能力について教団にとって『魔法を見る』のはむしろオマケで『人の心理を見る』方が本命であり、その能力を買われての抜擢なんですね。
そんなお偉いお方でしたら、是非とも自分の職務に徹して、オレなんか無視していて欲しかったですよ!
当然ながらオレの心の悲鳴を聞いてくれる者など、この場には誰もいなかった。
ここで団長がオレの前にそびえ立って険しい視線を注いでくる。
「今の話を聞いた以上は、あなたにはどうしても我が団の一員となってもらわねばならない事になりましたな」
何ですかそれ?
オレは別に聞きたかったわけでもなんでもないのに、秘密を知ったからには組織の一員になれと強制するなんてそれでは――
「そんな話を聞くと我らが『悪の組織』みたいに思われるかもしれませんが、どうか納得して下さい」
なんと。オレの先回りをするとは、この団長もただ者ではない。
しかしどっちにしろこの『改悛の首輪』をはめられた状態では、魔法が使えないとなると逃げ出す事すら出来ないだろう。
ここはひとまず仲間になる代わりに、どうにか首輪を外してもらえるように、要求するしかないか。
「分かりました。ご同行させていただきます」
「ほら。ちゃんと正直に話したので、彼女も分かってくれたではありませんか」
それみたことか、といわんばかりにカリルは誇らしげだ。
機嫌がよさげなので、ここでオレの願いを聞き届けてくれるかどうかここは賭けてみるしかあるまい。
「それで改めてお願いなんですけど、この首輪は外していただけませんか?」
「そんなにイヤなのですか?」
カリルは少しばかり困った様子で小首をかしげている。
「当たり前でしょう! 息苦しい上に、こんな格好で人前に出るのも恥ずかしいです!」
「息苦しくて……人前に出るのは恥ずかしい……確かに言われてみればそうかもしれませんね。そうすると……残念ですが首輪はあきらめましょう」
おお。カリルも分かってくれたか。
彼女の言葉通り『話せば分かってくれる』ものなんだな。
オレはかすかな燭光が見えた気がした。
しかしそれは単なる錯覚だった ―― いつものように。
「どうしてもダメと仰るなら仕方有りませんね。いえ。わたくしがいつまでも落ち込んでいるわけには参りません」
カリルは落胆したように見えたが、あっという間に気を取り直した様子だ。
そしてその次に発した言葉は、オレの度肝を抜くに十分な代物だった。
「それでは悔悛の首輪の代わりに『焼き印』で代用するといたしましょう」
「へ? 今なんと言いました?」
すさまじく不吉極まりない言葉が、カリルの唇から発せられた気がするぞ。
「ですから焼き印で首輪の代用をすると申し上げたのですよ。お分かりいただけましたでしょうか?」
「あ……あの……その……」
あまりと言えばあまりな話の飛躍に、オレはしどろもどろになっていた。
焼き印を押して奴隷どころか家畜にまで堕ちろというのか?
だいたいどこの世界に首輪がイヤだからという理由で、焼き印を受け入れるヤツがいるというのだ。
「大丈夫です。焼き印でもその首輪と同等とまでは言いませんが、近い効果がありますから、あなたの悔悛には十分に役立ちます」
だったらなおさら悪いだろ!
首輪ならまだ外せるけど、焼き印は一生ものだぞ。
乙女の柔肌にそんなものを焼き付けて、あんたの良心は痛まないのか。
「焼き印でしたら、服で隠せますし、息苦しくもないでしょう。ほら。アルタシャさんの悩みは全部解消しましたよ」
ダメだこの人。善意でやっているオーラをその全身からほとばしらせている。
「総長……それでは脅迫しているのと変わりませんよ」
さすがの団長も少しばかり困った様子でカリルに応じつつ、こちらに向き直る。
「アルタシャ殿。念を押しておきますが、我らは総長に絶対服従を義務づけられておりましてな。意見は幾らでも出来ますが最終的に決定を下されたら、従うしかないのです」
ここで団長が何を言いたいのか、分らないほどオレだってバカではない。
口では反対しても、命令されたら情け容赦なく、オレのこの身に灼熱の焼きごてを押しつけるという事だ。
「ええ~ こんな綺麗な肌にそんな事をするなんて芸術に対する冒涜ですよ~ やっぱりその前にこの俺が――」
「お前はすっこんでろ!」
またしても割り込んできたトラートを団長はその太い腕で吹っ飛ばす。
「さてと。アルタシャ殿。これからどうされるかはあなた次第ですよ」
世の中にこれほど不毛な二者択一があるだろうか。
しかしそれでも選ばねばならない時があるのだ。
「よ、よく見るとこの鎖も悪くない気がしてきましたよ」
今まで何度も嘘をついてきたが、これほどまでに心の痛む嘘は初めてだ。
だがカリルはこの嘘で一気にその顔が晴れ晴れとしたものとなる。
「やっぱりその鎖を気に入って下さいましたか。わたくしも嬉しいです」
「そ、そうです。考えると結構、似合ってるんじゃないかと自分でも思います」
表情が引きつっている事は理解していたが、もはやそんな事などどうでもよかった。
「その首輪と鎖は我が家に代々伝わる貴重な逸品なのですよ。お気に召して下さって本当によかったです」
「うう。そんな『逸品』を独り占めするなんて、あまりのありがたさに涙が出て来そうですよ」
「そこまで言っていただけるとは……本当に嬉しいですわ!」
だめだ。この人には本当に皮肉が通じない。
そしてここでカリルはその表情を引き締める。
「あなたの心は今、かなり苦しんでおられるようですが――」
それは間違いなくあんたのせいだよ!
カリルは人の心理が見えるらしいが、思考までは見えないので、何でもかんでも都合よく解釈しているらしい。
ああ。『人に見えないものが見える』という事は『真実が見える』事の同義語では決してないのだな。
「まさしくいま正しき道の第一歩を踏み出されたのですわ。このわたくしは喜んで、あなたの新しい門出を受け入れましょう」
そういってカリルはいかにも嬉しげにオレを抱きしめる。
そんなふたりの美少女の抱擁は、端から見たらまるで『宗教画』のごとく、妙に神々しく、また美しいもの何だろうな、などとかなりズレた事を半ば麻痺した脳髄でオレは考えていた。
カリルがどう表現しようが、今のオレが奴隷同然の扱いである事は、この首輪が何よりも雄弁に物語っている。
いまもし男共に襲われたら、あっという間に蹂躙されてしまうだろう。
降って湧いた絶体絶命の危機に対して戦慄していると、これまでオレには無関心だった男がひとりニコニコと笑いながら寄ってくる。
恐らく二十代の前半だろう。
まずまず整った外見で、またそれでいて革鎧をまとう引き締まった体躯は鍛え上げられた戦士を思わせる。
しかしそのへラッとした笑顔が軽薄そうな印象を振りまいている人物だ。
「これは素晴らしい。そうちょう~この娘、俺がもらっていいっすか~?」
見た目も中身もあからさまにチャラい男のようだが、そんな相手こそ今のオレには危機感を高める存在だよ。
「こらトラート! ダメに決まっているだろうが!」
このチャラ男はトラートというのか。
だが団長さんはかなりのカタブツらしい ―― ただしカリルには刃向かえないようだけど。
これだけでもまだちょっとばかりは救いがあると見るべきだろうか。
そしてカリルは嬉しげに、首輪の鎖を握りつつ一同に対して宣言する。
「みなさん~ アルタシャさんはわたくしのものなんですからね。扱いには十分に注意して下さいよ~」
そういってカリルはこれ見よがしに、オレの首輪に繋がった鎖を持ち上げて一同に示す。
「わたくしたちの心の絆は、この通り決して切れないものなのですからね~」
どう見ても完全に奴隷扱いだろ!
世に『決して切れない固い絆』という言葉は多々あれど、これほどイヤな絆があるだろうか。
そしてこの宣言を受けて、トラートは明らかに落胆の様子を見せる。
「仕方ありません。彼女との心の絆は総長にお譲りしますよ。何しろ俺は総長の忠実な部下ですからね」
「分ってもらえればいいのです」
カリルはにこやかに応じるが、トラートはここで改めてオレに向けてその手を伸ばしてくる。
「そんじゃ俺は心のつながりはいらないから、そっちは総長の独占ということで、体のつながりだけでも求めていいっすか?」
いいわけねえだろ!
もしそんな事を迫られたら、あんたが『体のつながり』なんか二度と出来なくなるよう股間を蹴り上げてやるよ!
そしてここで団長が眉をつり上げて、トラートの肩をつかんで引きはがす。
「貴様! 聖職者の端くれにありながら、肉欲に溺れるとは恥を知れ!」
あんまり頼りにはならないけど、ここは団長さんを当てにするしかない ―― いや。待て。いま団長は何て言った?
「俺は聖職者より『性職者』の方が ―― むがあ」
「お前はそれだからいつまでたっても進歩がないのだ! 深く反省しろ!」
団長はトラートの頸動脈を締め上げて、悶絶させているが、周囲の連中は全員が余裕の笑顔を浮かべつつツッコミを入れている。
「さすがは団長。たとえ女の子でも新入りを前にしたら、まずは自分の強面ぶりのアピールに余念がないですね」
どうもこれがこいつらの『普段通り』であるらしい。
しかもオレはいつのまにか連中から完全に『新入り』扱いされているぞ。
どうしていつもいつもオレはこんなブラックなところにばかり足を踏み入れる羽目になるんだよ。
しかしオレは聞き捨てならない団長の言葉を改めて確認する。
「あ、あの……皆さん、聖職者なんですか?」
「うん……ああそうだ……」
団長は腕の中のトラートが泡を吹いているのを気にもせずオレに答えるが、どこか歯切れが悪い。
何かを隠している様子がうかがえるな。
しかしここでカリルはにこやかに笑みをオレに注ぎつつ答える。
「実はわたくしは聖セルム教団の特務査察官ですのよ」
え? なにその肩書き?
皇帝の威光を笠に着るイヤミな『皇帝陛下の代理人』のはずが実は『皇帝本人』だったとか ―― などと今は亡き偉大な原作者が最後に手がけた仮面ラ○ダーのラスボスを彷彿とさせる立場ですか?
「総長……いいのですか?」
「だってこれからアルタシャさんには、ずっと同行してもらうわけですからね。それぐらいは明かすのが礼儀というものですわ」
相手に首輪をはめ、その鎖を握って同行を強制しておいて『礼儀』を口にするとは、いつから西方では辞書が書き換えられたんでしょう。
風よ、雲よ、心あらば教えてくれ!
「あなたもお気づきかと思いますけど、先ほどこの街に攻め寄せてきた方々は『異端を討伐する聖戦』を唱えておられましたね?」
「え……ええ……」
それについてサリゾールから聞いた時には、この地域の聖職者が略奪の上前をはねる見返りに、勝手に聖戦を唱える事を黙認しているのだろうという話をしたな。
あ? それでは『特務査察官』というのは? まさか?
「そのような聖セルム教団の権威を傷つけるような深刻な事態が予見されるとき、現地に派遣され不正を調査するのがわたくしの仕事なんですわ」
なるほど。つまり彼女の能力について教団にとって『魔法を見る』のはむしろオマケで『人の心理を見る』方が本命であり、その能力を買われての抜擢なんですね。
そんなお偉いお方でしたら、是非とも自分の職務に徹して、オレなんか無視していて欲しかったですよ!
当然ながらオレの心の悲鳴を聞いてくれる者など、この場には誰もいなかった。
ここで団長がオレの前にそびえ立って険しい視線を注いでくる。
「今の話を聞いた以上は、あなたにはどうしても我が団の一員となってもらわねばならない事になりましたな」
何ですかそれ?
オレは別に聞きたかったわけでもなんでもないのに、秘密を知ったからには組織の一員になれと強制するなんてそれでは――
「そんな話を聞くと我らが『悪の組織』みたいに思われるかもしれませんが、どうか納得して下さい」
なんと。オレの先回りをするとは、この団長もただ者ではない。
しかしどっちにしろこの『改悛の首輪』をはめられた状態では、魔法が使えないとなると逃げ出す事すら出来ないだろう。
ここはひとまず仲間になる代わりに、どうにか首輪を外してもらえるように、要求するしかないか。
「分かりました。ご同行させていただきます」
「ほら。ちゃんと正直に話したので、彼女も分かってくれたではありませんか」
それみたことか、といわんばかりにカリルは誇らしげだ。
機嫌がよさげなので、ここでオレの願いを聞き届けてくれるかどうかここは賭けてみるしかあるまい。
「それで改めてお願いなんですけど、この首輪は外していただけませんか?」
「そんなにイヤなのですか?」
カリルは少しばかり困った様子で小首をかしげている。
「当たり前でしょう! 息苦しい上に、こんな格好で人前に出るのも恥ずかしいです!」
「息苦しくて……人前に出るのは恥ずかしい……確かに言われてみればそうかもしれませんね。そうすると……残念ですが首輪はあきらめましょう」
おお。カリルも分かってくれたか。
彼女の言葉通り『話せば分かってくれる』ものなんだな。
オレはかすかな燭光が見えた気がした。
しかしそれは単なる錯覚だった ―― いつものように。
「どうしてもダメと仰るなら仕方有りませんね。いえ。わたくしがいつまでも落ち込んでいるわけには参りません」
カリルは落胆したように見えたが、あっという間に気を取り直した様子だ。
そしてその次に発した言葉は、オレの度肝を抜くに十分な代物だった。
「それでは悔悛の首輪の代わりに『焼き印』で代用するといたしましょう」
「へ? 今なんと言いました?」
すさまじく不吉極まりない言葉が、カリルの唇から発せられた気がするぞ。
「ですから焼き印で首輪の代用をすると申し上げたのですよ。お分かりいただけましたでしょうか?」
「あ……あの……その……」
あまりと言えばあまりな話の飛躍に、オレはしどろもどろになっていた。
焼き印を押して奴隷どころか家畜にまで堕ちろというのか?
だいたいどこの世界に首輪がイヤだからという理由で、焼き印を受け入れるヤツがいるというのだ。
「大丈夫です。焼き印でもその首輪と同等とまでは言いませんが、近い効果がありますから、あなたの悔悛には十分に役立ちます」
だったらなおさら悪いだろ!
首輪ならまだ外せるけど、焼き印は一生ものだぞ。
乙女の柔肌にそんなものを焼き付けて、あんたの良心は痛まないのか。
「焼き印でしたら、服で隠せますし、息苦しくもないでしょう。ほら。アルタシャさんの悩みは全部解消しましたよ」
ダメだこの人。善意でやっているオーラをその全身からほとばしらせている。
「総長……それでは脅迫しているのと変わりませんよ」
さすがの団長も少しばかり困った様子でカリルに応じつつ、こちらに向き直る。
「アルタシャ殿。念を押しておきますが、我らは総長に絶対服従を義務づけられておりましてな。意見は幾らでも出来ますが最終的に決定を下されたら、従うしかないのです」
ここで団長が何を言いたいのか、分らないほどオレだってバカではない。
口では反対しても、命令されたら情け容赦なく、オレのこの身に灼熱の焼きごてを押しつけるという事だ。
「ええ~ こんな綺麗な肌にそんな事をするなんて芸術に対する冒涜ですよ~ やっぱりその前にこの俺が――」
「お前はすっこんでろ!」
またしても割り込んできたトラートを団長はその太い腕で吹っ飛ばす。
「さてと。アルタシャ殿。これからどうされるかはあなた次第ですよ」
世の中にこれほど不毛な二者択一があるだろうか。
しかしそれでも選ばねばならない時があるのだ。
「よ、よく見るとこの鎖も悪くない気がしてきましたよ」
今まで何度も嘘をついてきたが、これほどまでに心の痛む嘘は初めてだ。
だがカリルはこの嘘で一気にその顔が晴れ晴れとしたものとなる。
「やっぱりその鎖を気に入って下さいましたか。わたくしも嬉しいです」
「そ、そうです。考えると結構、似合ってるんじゃないかと自分でも思います」
表情が引きつっている事は理解していたが、もはやそんな事などどうでもよかった。
「その首輪と鎖は我が家に代々伝わる貴重な逸品なのですよ。お気に召して下さって本当によかったです」
「うう。そんな『逸品』を独り占めするなんて、あまりのありがたさに涙が出て来そうですよ」
「そこまで言っていただけるとは……本当に嬉しいですわ!」
だめだ。この人には本当に皮肉が通じない。
そしてここでカリルはその表情を引き締める。
「あなたの心は今、かなり苦しんでおられるようですが――」
それは間違いなくあんたのせいだよ!
カリルは人の心理が見えるらしいが、思考までは見えないので、何でもかんでも都合よく解釈しているらしい。
ああ。『人に見えないものが見える』という事は『真実が見える』事の同義語では決してないのだな。
「まさしくいま正しき道の第一歩を踏み出されたのですわ。このわたくしは喜んで、あなたの新しい門出を受け入れましょう」
そういってカリルはいかにも嬉しげにオレを抱きしめる。
そんなふたりの美少女の抱擁は、端から見たらまるで『宗教画』のごとく、妙に神々しく、また美しいもの何だろうな、などとかなりズレた事を半ば麻痺した脳髄でオレは考えていた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる