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第7章 西方・リバージョイン編
第131話 思いもかけぬ決戦? そして……
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それからしばらく間、オレ達はまたしてもジャニューブ河に沿って街を周る日々だった。
先日の傭兵団を撃退し、そしてそれからオレが負傷した傭兵を助けた話は、予想通りと言うべきか、尾ひれがついてあちこちに広まっており、それで歓呼と尊崇の声を浴びるのは、毎日が羞恥地獄と言っても過言では無い。
そしてミツリーンはあれ以降、姿を見せていないが、こちらを追跡して様子をうかがっているのは間違いないだろう。
次にはもっと大勢、仲間を連れてくる事は当然考えられるし、オレにとっては気の休まる事の無い毎日だった。
また傭兵団の方も一度撃退されてからは、特に動きを見せていないが、何もせずに引き下がったままということはちょっと考えられない。
いずれにせよ首輪をはめられて、カリルの命じるがままに引き回され、偶像をやらされるのは一日でも早く終わらせたい。
そんなわけでオレは毎日愚痴と共に繰り返してきた質問を、あらためてカリルにぶつけていた。
「本当にいつになったら、こんな事が終わるんですか?」
「大丈夫ですわよ~ もうすぐにですからお気になさらずに」
カリルの口にする『すぐ』がどれほど当てにならないか。今さらそんな事を言っても始まらない事は分っている。
「後はリバージョインに戻って、そこで今回の任務は総仕上げとなりますから」
「え?! 本当ですか?」
現在はリバージョインからだいぶ河を遡ってきたが、下るとなると二、三日もあれば戻れるだろう。
「もちろんですわ。既にあちらにも連絡は入れてありますが、大歓迎するとの事ですよ。もちろんそこで最後のひと仕事をしていただきますけどね」
「それが終わったら、こちらはどうなるんですか?」
いくら何でも『もう用済みだから死んでもらう』などという話にはならないだろうけど、この首輪をはめられたまま『次の任務』に付き合わされる可能性だって、否定は出来ないし、もっと悪い場合はどこぞの誰かと無理矢理結婚という事態すら考えられる。
だがそこでカリルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それは後のお楽しみということですよ」
全く答えになってない!
しかし追求したところで、まともに答えてくれるはずも無い。
そんな事を考えていると、一刻も早くこの旅が終わって欲しいという意識と、先行きへの不安からカリルの言うようにその結果を先延ばしにしたいという意識の両方が心の中に浮かび上がってくる。
もちろんいつの間にか、オレ自身が首輪をはめられ、羞恥プレイさせられることが快感になっていて、それを続けるようになるなんて、そんなエロゲーのバッドエンドには決してならないつもりだ。
それから数日、ひとまず穏便に旅を続けてきたオレ達が、リバージョインの城壁の見えるところまで近寄ったところで街からは盛大に歓声が上がる。
「ご覧なさい。みんなあなたを歓迎しているのですよ」
そんなの全く嬉しくもなんとも無い。
むしろウンザリするだけだが、とにかくこれで本当に最後にして欲しいモノだ。
そんなオレの心を見透かしたかのように、カリルはいつも通りの笑みを注いでくる。
「大丈夫ですよ。本当にこれで決着のはずですから」
「その『はず』が当たればいいんですけどね」
オレは全く期待せずに応じる。
だがここでオレの ―― オレ達一行の ―― 背後で鬨の声が上がった。
なんだ? まさか?!
クビを回すと、多数の兵士達がこちらに押し寄せてきている。
おい! やっぱり待ち伏せか!
まあこれまでのオレ達の行動を調べていれば、どこに行くのかは簡単に読めるわけだし、ましてやリバージョインでは歓迎の準備をしているわけだから、こっちの動きは筒抜けだろう。
一度、敗北を喫したこの地で雪辱戦というのは当然考えられる。
ある意味で連中としては当然の選択というものだ。
しかもその数は、前に避難民と一緒にいるときに襲ってきたのとは比べものにならないものだった。
あちこちからわき出すように現れたその数は、下手をすれば千人を超えているだろう。
これはひょっとしたら以前にリバージョインを襲撃した時よりも多いかもしれないぞ。つまり連中の全力投入ということになる。
おい。なんでこんなに大勢いるのに、気がつかなかったんだよ。
あんたら『暁の使徒』達は訪れる都市に前もって、こっちの噂を振りまいていたんだから、事前に情報収集だってやっているんじゃないのか?
「急いでリバージョインの城壁内に入るぞ!」
タティウスが一行を仕切る形で命じるが、そんなの言われるまでもないよ。
だけど連中だってバカじゃあるまい。
ここで負けたらそれこそ『一敗地にまみれる』状況のはずだ。
今度は確実に勝利出来るだけの戦力を持って攻めて来たのか、それともやけくそになっているのかは分らないけど、とにかくこのリバージョインをあらためて戦場にするのは真っ平だ。
もちろん連中の目当てがオレだからと言って、こっちが出て行って犠牲になったとしても、それで片が付くはずも無い ―― もちろん幾らオレでもそんなことをやろうとは思わないけど。
オレは戦慄しつつ、リバージョインの城壁に向けて怒濤のごとく迫り来る兵士達を見つめていた。
そして城門の中に必死で逃げ込むオレ達の傍らで、カリルはいつもと全く変わらない余裕の笑みを浮かべていたが、その意味をオレが思い知らされるのはすぐのことだった。
オレ達が城門をくぐったところで、周囲から一斉に期待と不安の混ざった視線が注ぎ込まれる。
もちろん期待は今まで何度も奇跡を起こしてきた ―― という事になっている ―― 『黄金の乙女』に対するものだ。
しかしそれだけで、いま攻め寄せてくるおびただしい敵軍への不安が、簡単に払拭出来るはずがない。
「おい。大丈夫なのか……」
「あんなに大勢くるなんて……」
リバージョインを守る民兵達には怯えの色が見える。
何しろ前回の戦闘ではどうにか街を守ったとは言え、今回は明らかにそのときを上回る数で敵は攻め寄せているのだ。
それに以前の戦いで死亡したリバージョインの民兵や兵士の損害も当然ながら回復してはおらず、戦力はむしろ低下しているだろう。
これでは不安に思う方が当たり前だ。
「心配するな! こっちには『黄金の乙女』がついているからな! 絶対に勝つぞ!」
ひとりの民兵が自らに言い聞かせるように叫び、それを聞いて他の兵士もうなずく。
前回はこっそりと魔法の【戦意高揚】で彼らのやる気を引き出して戦わせていたけど、今回はそんな事するまでも無く、オレの存在だけで士気が高まっているようだ。
もっともなけなしの勇気を絞り出した空元気に過ぎないのかもしれないが、それでも後には引けない以上、何であってもすがるものが必要ということだろう。
しかしそんなオレの実体は、魔法封じの首輪にこもった霊体のスピーカーに過ぎず、ただ単にこの見てくれを利用されているだけなのだ。
しかもこの外見だって一神教徒が否定する異教の回復魔法の女神をコピーしたものに近いのだ。
本当にどこまで皮肉が重なるのだろうか。
ついでに言えば傭兵団がここに全力攻撃を仕掛けてきたのは、この街が因縁の地であるとともに、オレがやってくることを聞いていたからだろう。
言ってみればオレが『戦いを持ち込んだ』ようなものなのだ。
そんなわけで今のオレの正体をぶちまけてやろうか、などと一瞬考えがよぎるが、それではこの街が混乱して攻めて来た傭兵団に蹂躙されてしまうだけでしかない。
不本意でも『偶像』となって、彼らの戦いを僅かでも手助けをするぐらいしか、オレに出来る事は無いのだ。
ええい。もしも本当にこのオレが戦いを招いてしまったというなら、最後まで『偶像』をやり抜いてやるよ!
それで後は石をぶつけられてもいいし、逆に賛美されて羞恥地獄に陥ったって、もうかまうものか。
今はこの街を守ってくれるなら、悪魔だって頼りにしてもいいぐらいだ。
魂は売らないけどな!
「とりあえず迎撃の準備は整ったようですが、我らも手伝ってきます」
「ご苦労様ですね。皆さんなら大丈夫ですよ」
タティウス達『暁の使徒』の面々は、どうやら街を守るために傭兵団と戦うつもりらしく、カリルは笑顔で彼らを送り出している。
そこだけだと『仕事に出る夫を送り出す新妻』にすら見えてくるけど、たぶんそれを口にしたらタティウスが顔を怒りに染めて猛反発することだろう。
いずれにせよこのままではオレの魔法が必要となるのはすぐだろう。
ここはカリルに了承してもらうしかない。
まあ以前に避難民を助ける場合でも認めてもらったのだから、今回も否定される事は無い ―― と思いたい。
オレは城壁の上で一緒に、迫り来る傭兵団を見つめているカリルに対して問いかける。
「あのカリルさん――」
「アルタシャさんの魔法でしたら、今のところは必要はありませんわよ~」
やっぱりそうくるか。
あっさりと否定されたが、どことなく慣れてきたせいかオレもそれぐらいでは落胆しなくなったのは進歩というのだろうか。
もちろんそれを受け入れるつもりはなく、オレはあらためて食い下がった。
「あのですね。このままではこの街が蹂躙されて、大勢の犠牲者が出るかも知れないのですよ。それぐらい分っているんですよね」
その困難な状況をオレ一人の魔法でどうにかしようと言うのは、何も知らない人間からすれば滑稽なまでの思い上がりだろうけど、とにかくこっちに出来る事は何でもせねばならないのだ。
「もちろんですとも」
カリルはいつも通り、全く変わらぬ笑顔と余裕でオレに応じる。
本当に事態を把握していないのか、把握しているのにこれなのか。つくづく底の見えない相手だ。
「このリバージョインが攻め落とされたら、あなただって無事では済まないかもしれないんですよ。もちろんタティウスさん達だって犠牲になるのです」
「当然ですわね。それを想像したら、わたくし恐ろしくて背筋が寒くなりますわ」
カリルは少しばかり芝居がかった様子で、その身をぶるりと震わせる。
「そこまで理解しているなら――」
「あなたもわたくしも、案ずる事など何もありませんわ。全ては『唯一なるもの』の御心のままなのですから」
おい! この街が陥落して多大な犠牲が出た上で、オレもあんたも、仲間もみんな命を落としかねない状況で『神の御心』なんぞ知った事か!
「もういい加減にして下さい。こっちだっていつまでも――」
「ええ。もう心配する必要は無いですよ」
オレが腹に据えかねてカリルを糾弾しようとしたとき、彼女は『全てお見通し』と言わんばかりに言い切った。
「え? それはいったいどういうこと何ですか?」
「あれをご覧なさい」
カリルは優雅にその白い手を上げ、白魚のごとき指で指し示す。
その先にあったものは、オレの想像を越えるものだった。
「あれは……まさか?」
「そういうことですわ。だからわたくしたちが心配する事なのないと、ずっと申し上げていたではありませんか」
それはいつの間にか現れ、整った隊列で長槍を構え、一斉に傭兵団に攻め寄せる多数の兵士達の姿だったのだ。
先日の傭兵団を撃退し、そしてそれからオレが負傷した傭兵を助けた話は、予想通りと言うべきか、尾ひれがついてあちこちに広まっており、それで歓呼と尊崇の声を浴びるのは、毎日が羞恥地獄と言っても過言では無い。
そしてミツリーンはあれ以降、姿を見せていないが、こちらを追跡して様子をうかがっているのは間違いないだろう。
次にはもっと大勢、仲間を連れてくる事は当然考えられるし、オレにとっては気の休まる事の無い毎日だった。
また傭兵団の方も一度撃退されてからは、特に動きを見せていないが、何もせずに引き下がったままということはちょっと考えられない。
いずれにせよ首輪をはめられて、カリルの命じるがままに引き回され、偶像をやらされるのは一日でも早く終わらせたい。
そんなわけでオレは毎日愚痴と共に繰り返してきた質問を、あらためてカリルにぶつけていた。
「本当にいつになったら、こんな事が終わるんですか?」
「大丈夫ですわよ~ もうすぐにですからお気になさらずに」
カリルの口にする『すぐ』がどれほど当てにならないか。今さらそんな事を言っても始まらない事は分っている。
「後はリバージョインに戻って、そこで今回の任務は総仕上げとなりますから」
「え?! 本当ですか?」
現在はリバージョインからだいぶ河を遡ってきたが、下るとなると二、三日もあれば戻れるだろう。
「もちろんですわ。既にあちらにも連絡は入れてありますが、大歓迎するとの事ですよ。もちろんそこで最後のひと仕事をしていただきますけどね」
「それが終わったら、こちらはどうなるんですか?」
いくら何でも『もう用済みだから死んでもらう』などという話にはならないだろうけど、この首輪をはめられたまま『次の任務』に付き合わされる可能性だって、否定は出来ないし、もっと悪い場合はどこぞの誰かと無理矢理結婚という事態すら考えられる。
だがそこでカリルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それは後のお楽しみということですよ」
全く答えになってない!
しかし追求したところで、まともに答えてくれるはずも無い。
そんな事を考えていると、一刻も早くこの旅が終わって欲しいという意識と、先行きへの不安からカリルの言うようにその結果を先延ばしにしたいという意識の両方が心の中に浮かび上がってくる。
もちろんいつの間にか、オレ自身が首輪をはめられ、羞恥プレイさせられることが快感になっていて、それを続けるようになるなんて、そんなエロゲーのバッドエンドには決してならないつもりだ。
それから数日、ひとまず穏便に旅を続けてきたオレ達が、リバージョインの城壁の見えるところまで近寄ったところで街からは盛大に歓声が上がる。
「ご覧なさい。みんなあなたを歓迎しているのですよ」
そんなの全く嬉しくもなんとも無い。
むしろウンザリするだけだが、とにかくこれで本当に最後にして欲しいモノだ。
そんなオレの心を見透かしたかのように、カリルはいつも通りの笑みを注いでくる。
「大丈夫ですよ。本当にこれで決着のはずですから」
「その『はず』が当たればいいんですけどね」
オレは全く期待せずに応じる。
だがここでオレの ―― オレ達一行の ―― 背後で鬨の声が上がった。
なんだ? まさか?!
クビを回すと、多数の兵士達がこちらに押し寄せてきている。
おい! やっぱり待ち伏せか!
まあこれまでのオレ達の行動を調べていれば、どこに行くのかは簡単に読めるわけだし、ましてやリバージョインでは歓迎の準備をしているわけだから、こっちの動きは筒抜けだろう。
一度、敗北を喫したこの地で雪辱戦というのは当然考えられる。
ある意味で連中としては当然の選択というものだ。
しかもその数は、前に避難民と一緒にいるときに襲ってきたのとは比べものにならないものだった。
あちこちからわき出すように現れたその数は、下手をすれば千人を超えているだろう。
これはひょっとしたら以前にリバージョインを襲撃した時よりも多いかもしれないぞ。つまり連中の全力投入ということになる。
おい。なんでこんなに大勢いるのに、気がつかなかったんだよ。
あんたら『暁の使徒』達は訪れる都市に前もって、こっちの噂を振りまいていたんだから、事前に情報収集だってやっているんじゃないのか?
「急いでリバージョインの城壁内に入るぞ!」
タティウスが一行を仕切る形で命じるが、そんなの言われるまでもないよ。
だけど連中だってバカじゃあるまい。
ここで負けたらそれこそ『一敗地にまみれる』状況のはずだ。
今度は確実に勝利出来るだけの戦力を持って攻めて来たのか、それともやけくそになっているのかは分らないけど、とにかくこのリバージョインをあらためて戦場にするのは真っ平だ。
もちろん連中の目当てがオレだからと言って、こっちが出て行って犠牲になったとしても、それで片が付くはずも無い ―― もちろん幾らオレでもそんなことをやろうとは思わないけど。
オレは戦慄しつつ、リバージョインの城壁に向けて怒濤のごとく迫り来る兵士達を見つめていた。
そして城門の中に必死で逃げ込むオレ達の傍らで、カリルはいつもと全く変わらない余裕の笑みを浮かべていたが、その意味をオレが思い知らされるのはすぐのことだった。
オレ達が城門をくぐったところで、周囲から一斉に期待と不安の混ざった視線が注ぎ込まれる。
もちろん期待は今まで何度も奇跡を起こしてきた ―― という事になっている ―― 『黄金の乙女』に対するものだ。
しかしそれだけで、いま攻め寄せてくるおびただしい敵軍への不安が、簡単に払拭出来るはずがない。
「おい。大丈夫なのか……」
「あんなに大勢くるなんて……」
リバージョインを守る民兵達には怯えの色が見える。
何しろ前回の戦闘ではどうにか街を守ったとは言え、今回は明らかにそのときを上回る数で敵は攻め寄せているのだ。
それに以前の戦いで死亡したリバージョインの民兵や兵士の損害も当然ながら回復してはおらず、戦力はむしろ低下しているだろう。
これでは不安に思う方が当たり前だ。
「心配するな! こっちには『黄金の乙女』がついているからな! 絶対に勝つぞ!」
ひとりの民兵が自らに言い聞かせるように叫び、それを聞いて他の兵士もうなずく。
前回はこっそりと魔法の【戦意高揚】で彼らのやる気を引き出して戦わせていたけど、今回はそんな事するまでも無く、オレの存在だけで士気が高まっているようだ。
もっともなけなしの勇気を絞り出した空元気に過ぎないのかもしれないが、それでも後には引けない以上、何であってもすがるものが必要ということだろう。
しかしそんなオレの実体は、魔法封じの首輪にこもった霊体のスピーカーに過ぎず、ただ単にこの見てくれを利用されているだけなのだ。
しかもこの外見だって一神教徒が否定する異教の回復魔法の女神をコピーしたものに近いのだ。
本当にどこまで皮肉が重なるのだろうか。
ついでに言えば傭兵団がここに全力攻撃を仕掛けてきたのは、この街が因縁の地であるとともに、オレがやってくることを聞いていたからだろう。
言ってみればオレが『戦いを持ち込んだ』ようなものなのだ。
そんなわけで今のオレの正体をぶちまけてやろうか、などと一瞬考えがよぎるが、それではこの街が混乱して攻めて来た傭兵団に蹂躙されてしまうだけでしかない。
不本意でも『偶像』となって、彼らの戦いを僅かでも手助けをするぐらいしか、オレに出来る事は無いのだ。
ええい。もしも本当にこのオレが戦いを招いてしまったというなら、最後まで『偶像』をやり抜いてやるよ!
それで後は石をぶつけられてもいいし、逆に賛美されて羞恥地獄に陥ったって、もうかまうものか。
今はこの街を守ってくれるなら、悪魔だって頼りにしてもいいぐらいだ。
魂は売らないけどな!
「とりあえず迎撃の準備は整ったようですが、我らも手伝ってきます」
「ご苦労様ですね。皆さんなら大丈夫ですよ」
タティウス達『暁の使徒』の面々は、どうやら街を守るために傭兵団と戦うつもりらしく、カリルは笑顔で彼らを送り出している。
そこだけだと『仕事に出る夫を送り出す新妻』にすら見えてくるけど、たぶんそれを口にしたらタティウスが顔を怒りに染めて猛反発することだろう。
いずれにせよこのままではオレの魔法が必要となるのはすぐだろう。
ここはカリルに了承してもらうしかない。
まあ以前に避難民を助ける場合でも認めてもらったのだから、今回も否定される事は無い ―― と思いたい。
オレは城壁の上で一緒に、迫り来る傭兵団を見つめているカリルに対して問いかける。
「あのカリルさん――」
「アルタシャさんの魔法でしたら、今のところは必要はありませんわよ~」
やっぱりそうくるか。
あっさりと否定されたが、どことなく慣れてきたせいかオレもそれぐらいでは落胆しなくなったのは進歩というのだろうか。
もちろんそれを受け入れるつもりはなく、オレはあらためて食い下がった。
「あのですね。このままではこの街が蹂躙されて、大勢の犠牲者が出るかも知れないのですよ。それぐらい分っているんですよね」
その困難な状況をオレ一人の魔法でどうにかしようと言うのは、何も知らない人間からすれば滑稽なまでの思い上がりだろうけど、とにかくこっちに出来る事は何でもせねばならないのだ。
「もちろんですとも」
カリルはいつも通り、全く変わらぬ笑顔と余裕でオレに応じる。
本当に事態を把握していないのか、把握しているのにこれなのか。つくづく底の見えない相手だ。
「このリバージョインが攻め落とされたら、あなただって無事では済まないかもしれないんですよ。もちろんタティウスさん達だって犠牲になるのです」
「当然ですわね。それを想像したら、わたくし恐ろしくて背筋が寒くなりますわ」
カリルは少しばかり芝居がかった様子で、その身をぶるりと震わせる。
「そこまで理解しているなら――」
「あなたもわたくしも、案ずる事など何もありませんわ。全ては『唯一なるもの』の御心のままなのですから」
おい! この街が陥落して多大な犠牲が出た上で、オレもあんたも、仲間もみんな命を落としかねない状況で『神の御心』なんぞ知った事か!
「もういい加減にして下さい。こっちだっていつまでも――」
「ええ。もう心配する必要は無いですよ」
オレが腹に据えかねてカリルを糾弾しようとしたとき、彼女は『全てお見通し』と言わんばかりに言い切った。
「え? それはいったいどういうこと何ですか?」
「あれをご覧なさい」
カリルは優雅にその白い手を上げ、白魚のごとき指で指し示す。
その先にあったものは、オレの想像を越えるものだった。
「あれは……まさか?」
「そういうことですわ。だからわたくしたちが心配する事なのないと、ずっと申し上げていたではありませんか」
それはいつの間にか現れ、整った隊列で長槍を構え、一斉に傭兵団に攻め寄せる多数の兵士達の姿だったのだ。
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