異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第8章 ライバンス・魔法学院編

第137話 お約束な『ボーイ・ミーツ・ガール』が起きて……

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 カリルの奴隷をようやく脱し『暁の使徒』から別れたオレは、ひとまずジャニューブ河に沿って下っていた。
 目的地のライバンスは河口の三角州に築かれた巨大都市であり、周辺国からはもちろん大陸中央の多神教地域、そして大陸の反対側の東方からも交易商人が数多く訪れる国際都市ということだ。
 話によると『河口』と言っても、大陸屈指の大河のものなので向こう岸が見えない程の幅があり、ライバンスの築かれた中州も下手をすると東京ぐらいの広さがあるらしい。

 この世界では魔法で外洋を航海する船を強化したり、天候をある程度予測したり出来るので、大陸の反対側から航海するのもそれほど困難では無いようだ。
 特に金のかかった船では風や水の精霊を操って、高速で航行することも可能だと聞いている。
 まあ今のところオレには縁遠い話だけど、もしも大陸の反対側にオレの望む魔法が存在するなら、関わる事になるかもしれない ―― 出来ればそんな事にはなって欲しくないんだけどな。

 それはともかく現状でオレはいろいろとかなりヤバい状況にあることは間違いない。
 とりあえずの脅威が何かと言えば、ミツリーンを送り込んできた『聖女教会』だろう。
 もちろん『選ばれし者』であるオレを追っている聖女教会の使者がひとりだけとは考えられない。
 西方中に数多くの追っ手が送り込まれ、オレを探し回っているのは確実だ。
 もちろん『聖女教会』とは縁遠いどころか、むしろ敵対関係にある一神教が支配的なこの西方において力尽くでオレを引っ捕らえて、無理矢理に連れ戻すのは困難なはずだが、楽観視は出来ない。
 そんなわけでオレはいつも通り男装し、髪の毛を黒く染めてなるだけ人目に付かないように移動しているのだ。
 そして聖女教会以上にヤバそうなのは ―― オレ自身の状況だった。

「ふう……疲れたなあ」

 オレは山中で見つけた泉に身を沈めていた。
 ライバンスまではもうすぐで、たぶんこの山を越えたら大河の河口部に築かれた城壁が見えてくるはずなのだが、街に入る前にひとまず体を綺麗にしておきたかったのだ。
 この世界は大都市と言っても、元の世界のように広大な都市圏が広がっているというわけではない。
 多くの場合、都市の城壁を越えるとせいぜい街道上にちょっとした宿場が点在する程度になってしまうのだ。
 もちろんそれはいつ何時、周辺地域から攻められて都市が蹂躙されてしまうか分らないという、この世界の不安定さの現れだ。
 日本で受けた社会科の授業では、島国の日本は異民族の襲撃をあまり心配しなくてよかったので城壁に覆われた都市が発展しなかったとされていたけど、こっちは正反対に城壁で覆われていないと都市の住民は安心して暮らせないのだろう。

 そしてオレは水面に映る自分自身の姿を見つめていた。もちろんまるで変化は無い。
 本当に全く変わらないのだ。
 人間として考えれば、不自然な程にまで。
 オレが聖女教会で女にされてから、はや半年ほどが経っている。
 その間、いろいろありすぎてむしろあっという間の出来事だった気がするが、それはともかく泉で改めて自分の身を確認してもずっと同じなのだ。
 いや。さすがにもう『男に戻っているかもしれない』などという甘い考えは持っていないけど、それとは別の意味で変化がないのだ。
 オレの身体は『成熟した女』と『初々しい少女』の両方の特徴を兼ね備え、それが微妙かつ奇跡的なバランスで調和がとれている体型だ。
 通常ならいかなる少女でも、そんな時期はごく短期間で過ぎ去り、完全な女性としての体へと変わっていくはずなのだが、オレの場合はこの半年間それが全く変わらない。
 その意味は明らかだ。

 聖女教会で教えられたところでは、通常の聖女でも常人の二倍は長生き出来るそうだが、過去の『選ばれし者』はずっと若いままで、神の元に行くまで生き続けたらしい。
 恐らくそれと同様に、オレも常人より遙かに年を取るのが遅いのだろう。
 ああ。本当にオレって『人間離れ』しているんだな。
 これが男の身のままであったなら、素直に喜べたんだろうけど。

 しかしヤバいのはここからだ。
 オレは既に完全に女体化している自分の身を見ても、何も感じないけど、カリルと一緒にいたときに彼女と共に風呂に入っても、せいぜい気恥ずかしい思いをする程度であって、彼女に対して欲情を感じる事は無かった。
 マニリア帝国の後宮にいたときは、女の子達と一緒に風呂に入ると、体は反応しなくとも精神は結構、高揚していたのだがそれすらなくなりつつある。
 もちろんそのときですら忘れかけていた『男の象徴がいきり立つ』感覚はますます遠のき、今では記憶の彼方にしか存在しない。
 はじめのうちはかたくなに拒んでいた女装だったが、今ではまるで抵抗はない。むしろ男装の方している時よりも自然な感じがする。
 もしも聖女教会の追っ手がいなければ、男装を普段からする気になっているのか疑問にすら思えてくる。
 それに最近では『女の子の日』が訪れても、特に気にする事も無く『当たり前のこと』として受け止めるようになってきた気がする。
 何より今のオレにとって『自分の顔』と言われた時、たぶん真っ先にイメージするのはこの『美少女』の顔だろう。
 もちろん男だった時の顔を忘れたわけでもないが、残念ながら平凡だった『元の顔』と人間離れした美少女である『今の顔』ではあまりにもそのインパクトが違いすぎる。
 一度見たら忘れられない顔の方が圧倒的にイメージが強くなるのは、自分自身にとっても同じなのだ。
 要するにあらゆる意味において、オレには『女性である事』が当たり前になりつつある。
 うう。早いところ男に戻る方法を見つけないと、本当にオレの男としての意識が危なくなっていることをヒシヒシと感じざるを得ない。

 そんな危機感を抱きつつ、オレが改めて水面に映る『自分の姿』を眺めているとこのとき、近くの藪の中からこちらを食い入るように見つめる視線があったのだった。


 オレが泉から上がろうとしたとき、近くの藪で小さな音が響き、思わずそちらに視線を向けると、そこからこちらを凝視する視線とバッチリ目が合った。

「……」

 一瞬だが極めて気まずい空気が流れるが、次の瞬間オレの方は泉から一気にあがる。

 いったい何ものだ?!
 オレは気配を感じて泉から慌てて移動する。
 しまった。
 自分自身の事にかまけて周囲の気配をおろそかにしていた。
 くそう。聖女教会から追われていて、それ以外でもいろいろと厄介事を背負い込み続ける今までのオレの有様を考えていたら、やっぱり油断は禁物だった。
 何ものかは知らないが、この場はどうにかしのがなければ――

 オレが視線の方向に注意を集中すると、相手もこちらの動きに気付いたのか周囲の空気が変わった気がする。
 とにかく魔法が復活しているのだから、ここは出来るものを何でも使うべきだ。
 カリルの奴隷にされていた間は、自分で魔法を使う機会が殆ど無かったから、ちょっと忘れていた気がするが、オレにはチート魔法があったのだ。
 そこらの相手ならば恐るるに足りないはずなんだが ―― やっぱり裸を見られるのが恥ずかしい意識が先に立ってしまったのかもしれない。
 ぐう。こんなところでもオレの意識が女性に傾いてしまっている事を自覚せずにはいられないな。
 とにかく今は、オレを見ている輩をどうにかせなばなるまい!

 幸いにもこんな屋外ならば、ドルイド魔法が最大限に使えるはず。
 そんじょそこいらの相手に後れをとるこのオレでは無いぞ ―― たとえ全裸であろうともな!
 オレが決意を固めた瞬間、こちらに注がれていた視線の方向から慌てた声が飛んできた。

「ご、ごめん! 決して覗くつもりじゃなかったんだよ!」

 ハレ? なんだこの詫びの言葉は?

「ちょっと水の音がしたから、気になって近寄ってみたんだけど……」

 そういって藪の中からは男 ―― というよりは少年が姿を現す。
 見たところ年齢はオレと同年配の十代半ば過ぎぐらい。
 濃い茶色の髪と蒼い瞳をしていて、なかなかのハンサムの部類に入るだろう。
 ただしかなり慌てふためいた様子で、血相を変えつつ、こちらを『抑える』ようにその手の平をこちらに見せている。

「まさか……こんなところで女の子が……その……なんというか……」

 ああ。要するにコイツはオレの水浴びを覗いていたということだな。
 くそう! なんだこの典型的なボーイ・ミーツ・ガールの展開は!
 しかもオレの方がガールなんだから不本意にも程がある。

「いや。悪いとは思っていたんだけど――」

 悪いと思いつつ、黙っていてこっちに気付かれるまで目をぎらつかせて覗いていたというわけか!
 だったらそのまま黙って死んでいろ!
 オレは怒りを込めて【植物歪曲】ワープ・ウッドの魔法をかける。

「本当にゴメン……え?」

 頭を下げていた少年の周囲にツタが伸びてその足に絡みつく。

「こ……これは?! うわぁぁぁ!」

 驚愕の声が上がった瞬間、少年はツタに足を引っ張られて一気に逆さづりとなる。
 むう。以前に使った時はあくまでも植物を操るだけで、ツタもせいぜい足に絡めて転ばせたり動きを封じるぐらいだったのに、人間を簡単に釣り上げられる程になっているぞ。
 つまり同じ魔法のはずなのにその効果が遙かにアップしている事になる。
 やはりオレの魔力は更に増大し続けているということか。

 そして吊られた男ハングドマンとなった少年は、驚きにその目を見開き ―― それでいてやっぱりこっちを凝視し続けている。
 そりゃ『元男』としてその気持ちは分らないでも無いが、やっぱり見られる側としては恥ずかしいものだ。

「き……君はいったい……」

 悪いけどこっちには説明してやる義理は無い。
 だいたいこの後に及んで未だに、オレの裸体から視線を逸らそうとしないスケベ野郎に生きる価値無し!
 まあただの女の子だと思って裸を覗いていたところ、いきなりツタがからみついて宙づりにされたら、それを行った相手を凝視してしまうのは当たり前なのかもしれないが、そんな事はこっちの知ったこっちゃ無い。

「まさか君はこの山の精霊の化身……だとか? それとも……むぐう!」

 ええい黙れ! と思った瞬間、たのツタが更に伸びて少年の口の周りを覆う。
 特に命じたわけでもないのに、やっぱり魔法が反応してしまったらしい。

「う……ぐう……」

 少年は巻き付いたツタを何とかほどこうとしているが、人間の力でそうそう簡単に切れるものではない。
 これはまずいかもしれないな。
 幾らオレの裸をのぞき見されたとはいえど、さすがに相手を絞め殺すのはやり過ぎだ。
 そう思うとツルが緩んで、少年の体は逆さづりから解放されて、そのまま地面に落ちる。

「は……はあ……はあ……」

 かなり息が荒い様子だが、さすがにそれはオレの裸を凝視しているからではあるまい。

「ほんとうに……何ものなんだ……」

 少年は首を押さえて呼吸を整えつつ、相変わらず全裸のままのオレに対して、いろいろと複雑な感情の交じった視線を注いでくる。
 しかしオレはそれには答える事無く、背を向けてさっさと駆け出す。
 コイツがどこの何ものかは知らないが、こんなお約束な『ラッキースケベ』イベントに付き合うなど真っ平だ。
 オレはそんなわけで服をつかんでさっさと泉を後にした。

 何となくこの出来事がオレの今後を暗示するかのような不吉な予感を抱きながら。
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