138 / 1,316
第8章 ライバンス・魔法学院編
第138話 魔法学院を訪れたところで
しおりを挟む
慌てて服をつかんで泉を飛び出したところで、オレの背中に響く声があった。
「ああ! ちょっと待ってよ!」
どうにか解放された少年が、必死になってオレを呼び止めているのだ。
なんだ? 一度、殺されかけたにも関わらず、まだ懲りずにオレの裸を凝視していたいのか。
いや。最悪の場合『裸を見たから責任とって結婚しよう』とかバカな事を言い出すかもしれない。
さすがにそんな可能性は限りなくゼロに近いと思うけど、オレの場合はそんなぶっ飛んだ事にもなりかねないので、ここはさっさと逃げ出すだけだ。
そんなわけでオレはのぞき見していたスケベ野郎に背を向けて、しばらく走ったところでひとまず自分の服を身にまとう。
ドルイド魔術によってオレは野山を走り回っても、藪や木の枝の方が避けてくれるので、裸で動き回っても傷を負うことは無い。
もちろん常人ならば、オレの後を追ってくることはまず不可能なはず。
さっきの少年はどこの何ものかは知らないが『山の精霊の化身』だの何だの言っていたので、そう誤解してくれたらいいのだが。
こっちも慌てていたので何もせずに逃げ出したけど、いっそ相手の勘違いにつけ込んでおくべきだったかもしれないな。
まあいい。今さらそんな事を考えても仕方ない。
ちょっとばかり人里離れた場所だと高をくくってオレが油断していたんだ。
ただのスケベな少年だったからよかったようなものの、あれが『聖女教会からの追っ手』だのなんだのややこしい相手だったら、こっちの身が危うかったかもしれないのだ。
ここは裸を見られただけで済んでよかったと、プラス思考にしておこう。
決して『裸を見られた事がよかった』という意味では無いぞ!
そんな事を考えつつオレは改めて髪の毛を帽子の中にしまい込み、男装しつつ山の稜線を越えると、そこには川を越えて巨大な城壁が広がっていた。
元の世界の高層ビル群とでは比べられないにしても、この世界でオレが今まで見てきた中では間違いなく最大の建造物だろう。
大河の河口部近くの中州に築かれた大都市ライバンスの周囲では無数の船や商隊が動き回っており世界でも指折り数えられる『国際都市』である事を示していた。
当面の目的地はこのライバンスの中央部に位置する魔法学院である。
そこは話によれば一神教徒の中でも魔法に長けたエリートを集め、次代の精鋭を養成するところらしい。
カリルのブロウブロウも生来の才能に加えて、そこで訓練を受けて身につけたものだと聞いている。
つまりそこではカリルに匹敵する能力の持ち主がごろごろいると考えるべきだろう。
特殊能力だけならいざしらず、人格まで同レベルだったとしたらかなりやばい気がするが、だからといって恐れていたのでは何も始まらん。
とにかくここは前に進むしかないんだ。
オレはジャニューブ河にかかっている巨大な橋を歩いてライバンスの門へと向かう。
橋と言ってもその橋脚の下を悠々と船が通過し、上では屋台が建ち並んで道行く相手に商売をやっているほどの大きさだ。
もちろん人はひっきりなしに出入りしていて、周囲は活気にあふれ、この街がいま現在大いに栄えている事を象徴している。
規模で言えば、元の世界の大都市とでははまだまだ比較にならないけどそこは突っ込んでも仕方ない。
そんなわけでオレは門をくぐって市街に足を踏み入れる。
このライバンスは聞くところによれば、定住者だけでも二十万人以上いて、それ以外に交易商など一時滞在している人間がそれと同数いるらしい。
人口五〇万人の都市となると、百万人を越える大都市がいくつもあった元の世界の基準はともかくとして、こっちの世界では世界最大規模の大都市ということになるらしい。
一時滞在者には少なからず『聖セルム教団』の支配地域より離れた場所から来ている交易商なども多いために、言ってみれば『国際都市』に近い存在だ。
オレが目指しているのはその中枢部の一角を占めている『魔術学院』である。
そこでは一神教徒の支配地域である西方はもちろん、それ以外の地域からもいろいろと魔術に長けた人間が集まって研究を重ねているらしい。
またその近くにある大図書館では、聖セルムが預言者として一神教を立ち上げる前から残る蔵書もあると聞いている。
つまりここならば性転換魔法や女神イロールについての手がかりが得られる可能性が高いのだ。
もっとも当然ながら、まるっきりの部外者のオレがそうそう簡単に情報を得られるはずが無いが、今回はカリルの紹介があるのでそこはどうにかなって欲しい。
あとこれだけの大都市だったら、以前に手に入れて未だにさばけないダイヤモンドの原石でもそれなりの価値で引き取ってくれる相手がいるかもしれない。
世界の各地から交易商が集まるということだし、当然ながら宝石市場も大きなものがあるだろう。
あんまり過剰な期待は禁物だけど、まあとにかくそんなわけで不安と期待を両方抱きつつオレは広がる市街地へと足を踏み入れた。
ようやくたどり着いたライバンスだったが、たぶんこれから先の方が今までよりも大変なんだろうな、という妙な確信がこのときのオレにはあった。
そしてその予感は残念ながら外れてはくれなかったのである。
オレはライバンスの市街地に足を踏み入れたところでひとまず周囲を見回す。
当たり前だが世界最大規模の交易都市というだけあって、今まで西方では見かけなかったいろいろな人種、民族のるつぼと化しているようだ。
ここなら下手に目立つ真似をしなければ聖女教会の追っ手を心配する事はないだろう。
ただオレの場合、望まなくとも注目を浴びてしまう事がしょっちゅうなので、そこは警戒が必要だが。
一安心したところでオレは目的地である魔法学院を目指すことにする。
もちろん隠れているワケではないので見つけるのは簡単なはず。
しかしオレの異常な魔力や『女神との関係』は出来れば明かしたくは無い。
魔術の研究をしているとなると、下手をすれば実験台にされかねないからな。
当然ながらこっちの容姿を晒すのも最低限度にしておきたいところだ。
評判が高まったらいやらしい男共が呼びもしないのに寄ってくるし、何より聖女教会の追っ手を引きつける羽目になりかねないのだ。
そんな事を考えつつオレは目的の学院の正面に来ていた。
おお。こんなにあっさりと目的地に着くとは、オレにしては実に珍しい ―― などと考える事自体がちょっとおかしいのだけどな。
思い返すとオレは元の世界ではまだまだ高校生に過ぎないので、普通だったら学校に通っているのが当たり前だったんだな。
そしてこっちの世界で通った学校と言えば、マニリア帝国の後宮で『皇帝の女』としての教育を行うものだったから、こういう『まともな学校』を見るのは久しぶりだ。
もっともオレが見る限り、敷地内で見かける生徒らしい人間は十代半ばから二十代後半まで年代にかなりの差があるようで、元の世界の基準で言えば中学~大学まで含まれているらしい。
大きな棟が幾つも並んでいる事から、たぶん年齢や教育課程別に幾つものグループに分かれてはいるんだろうな。
まあいつまでも学校を見ていても仕方ないので、とりあえず中に入って『カリルの師匠』に合わねば話にならない。
当然だがオレはここで『紹介状を落とした』とか『盗まれた』とかいったベタなミスは犯してはいないぞ。
ちゃんと紹介状は綺麗にしまって、ダイヤモンドなどと一緒にしっかり持ち歩いているからな。
だが ―― 残念ながら別の点で関してはちょっと困った事がある。
オレはちゃんと紹介状をもらってはいるのだが、肝心の『カリルの師の名前』を聞き忘れていたのだ。
なぜならカリルからは一刻も早く離れたかったので、その意識が先走って相手の名前を聞いていないことに気がついていなかったからだ。
う~ん。これはこれでよくあるパターンの失態だな。一つの事に気を取られたせいで、別の事に気が回らなくなってしまうのもありがちか。
もちろん紹介状には名前は書いてあるだろうが、丁寧に封がしてあるので迂闊に破るわけにはいかない。
何しろ学者というからにはどんな偏屈な相手か分からない。
そんなたわいの無い事で機嫌を損ねられたら面倒だ ―― 偏見だとは思うけど用心するに超したことはないと思う。
とりあえず学院の受付に紹介状を出して、それで連絡をつけてもらうのが一番確実で安全な方法だろう。
そう思って学院の門をくぐろうとしたところで、思わぬ声がオレにかけられる。
「おい。そこのお前」
「え?」
振り向くと門の横に立っている、いかつい警備員らしい男がオレを不快そうに眺めていた。
手にした警棒をこれ見よがしに振るっているところを見ると、どうやらこっちは『不審者』と見られているようだ。
「なんでしょうか?」
「ここはお前のような薄汚いガキの来るところではないぞ。物乞いなど考えずにさっさと失せろ」
何ともあからさまな態度だが、オレはむしろホッとした。
要するに帽子を目深くかぶって、粗末な旅装束をまとっている今のオレは『薄汚いガキ』に見えているというわけだ。
まあ間近で観察されたら隠しようがないだろうけど、とりあえずパッと見ではオレの正体を見抜かれる危険性は低いという事になる。
しかし当然ながらそれは現状を打開できる要素では無い。
「聞こえなかったのか! さっさと立ち去らないと叩きのめすぞ!」
警備員はいかにも不機嫌そうに警棒を握りしめ、オレを威圧するようににらみ付ける。
むう。これはマズいな。
こういう手合いの場合、仮にオレが紹介状を差し出したところで『どこで盗んだんだ』『偽物だろう』などといちゃもんをつけられてしまう可能性があるぞ。
それで紹介状を取り上げられたり、破られたりしたら元も子もないな。
ここはいったんこの場を離れ、身なりをきちんとしたものに変えて、改めてもう一度訪れるのが賢明というものだ ―― だけどそれはつまりちゃんとした『女らしい服装』に替えなきゃならないということになる。
金は十分にあるからそっちの方は問題無い。
しかしオレは今まで自発的に女物の服を選んだ事がなかった。ぶっちゃけて言えば、まるっきり自慢にならないが、他人に着せつけられた事しか無いのだ。
ただでさえ『男の自我』がヤバい状況にあることを思うと、ここでまた『女の階段』を一段上ってしまう事になる。
うう。どうすべきか悩ましいところだ。
もちろんオレが魔法を使えば、この警備員の行動を封じて中に入るのは造作も無い。
しかしここは大陸屈指の『魔術の教育機関』なのだ。
警備員相手に迂闊に魔法を使うと、いきなり警報されて『不審者』どころか『犯罪者』にされてしまう可能性もありうるだろう。
そう考えると魔法を使うのは躊躇せざるを得ない。
ただし残念ながらオレにはそう悩む時間すら与えられなかった。
「おい! いつまで居座るつもりだ! 今すぐ消えないと本当に殴り倒すぞ!」
「分りましたよ。それでは失礼します!」
すごまれたオレはやむなく背を向ける。
これが一つの分岐点かもしれないと思いつつ、オレはひとまず市街へと戻ったのだ。
「ああ! ちょっと待ってよ!」
どうにか解放された少年が、必死になってオレを呼び止めているのだ。
なんだ? 一度、殺されかけたにも関わらず、まだ懲りずにオレの裸を凝視していたいのか。
いや。最悪の場合『裸を見たから責任とって結婚しよう』とかバカな事を言い出すかもしれない。
さすがにそんな可能性は限りなくゼロに近いと思うけど、オレの場合はそんなぶっ飛んだ事にもなりかねないので、ここはさっさと逃げ出すだけだ。
そんなわけでオレはのぞき見していたスケベ野郎に背を向けて、しばらく走ったところでひとまず自分の服を身にまとう。
ドルイド魔術によってオレは野山を走り回っても、藪や木の枝の方が避けてくれるので、裸で動き回っても傷を負うことは無い。
もちろん常人ならば、オレの後を追ってくることはまず不可能なはず。
さっきの少年はどこの何ものかは知らないが『山の精霊の化身』だの何だの言っていたので、そう誤解してくれたらいいのだが。
こっちも慌てていたので何もせずに逃げ出したけど、いっそ相手の勘違いにつけ込んでおくべきだったかもしれないな。
まあいい。今さらそんな事を考えても仕方ない。
ちょっとばかり人里離れた場所だと高をくくってオレが油断していたんだ。
ただのスケベな少年だったからよかったようなものの、あれが『聖女教会からの追っ手』だのなんだのややこしい相手だったら、こっちの身が危うかったかもしれないのだ。
ここは裸を見られただけで済んでよかったと、プラス思考にしておこう。
決して『裸を見られた事がよかった』という意味では無いぞ!
そんな事を考えつつオレは改めて髪の毛を帽子の中にしまい込み、男装しつつ山の稜線を越えると、そこには川を越えて巨大な城壁が広がっていた。
元の世界の高層ビル群とでは比べられないにしても、この世界でオレが今まで見てきた中では間違いなく最大の建造物だろう。
大河の河口部近くの中州に築かれた大都市ライバンスの周囲では無数の船や商隊が動き回っており世界でも指折り数えられる『国際都市』である事を示していた。
当面の目的地はこのライバンスの中央部に位置する魔法学院である。
そこは話によれば一神教徒の中でも魔法に長けたエリートを集め、次代の精鋭を養成するところらしい。
カリルのブロウブロウも生来の才能に加えて、そこで訓練を受けて身につけたものだと聞いている。
つまりそこではカリルに匹敵する能力の持ち主がごろごろいると考えるべきだろう。
特殊能力だけならいざしらず、人格まで同レベルだったとしたらかなりやばい気がするが、だからといって恐れていたのでは何も始まらん。
とにかくここは前に進むしかないんだ。
オレはジャニューブ河にかかっている巨大な橋を歩いてライバンスの門へと向かう。
橋と言ってもその橋脚の下を悠々と船が通過し、上では屋台が建ち並んで道行く相手に商売をやっているほどの大きさだ。
もちろん人はひっきりなしに出入りしていて、周囲は活気にあふれ、この街がいま現在大いに栄えている事を象徴している。
規模で言えば、元の世界の大都市とでははまだまだ比較にならないけどそこは突っ込んでも仕方ない。
そんなわけでオレは門をくぐって市街に足を踏み入れる。
このライバンスは聞くところによれば、定住者だけでも二十万人以上いて、それ以外に交易商など一時滞在している人間がそれと同数いるらしい。
人口五〇万人の都市となると、百万人を越える大都市がいくつもあった元の世界の基準はともかくとして、こっちの世界では世界最大規模の大都市ということになるらしい。
一時滞在者には少なからず『聖セルム教団』の支配地域より離れた場所から来ている交易商なども多いために、言ってみれば『国際都市』に近い存在だ。
オレが目指しているのはその中枢部の一角を占めている『魔術学院』である。
そこでは一神教徒の支配地域である西方はもちろん、それ以外の地域からもいろいろと魔術に長けた人間が集まって研究を重ねているらしい。
またその近くにある大図書館では、聖セルムが預言者として一神教を立ち上げる前から残る蔵書もあると聞いている。
つまりここならば性転換魔法や女神イロールについての手がかりが得られる可能性が高いのだ。
もっとも当然ながら、まるっきりの部外者のオレがそうそう簡単に情報を得られるはずが無いが、今回はカリルの紹介があるのでそこはどうにかなって欲しい。
あとこれだけの大都市だったら、以前に手に入れて未だにさばけないダイヤモンドの原石でもそれなりの価値で引き取ってくれる相手がいるかもしれない。
世界の各地から交易商が集まるということだし、当然ながら宝石市場も大きなものがあるだろう。
あんまり過剰な期待は禁物だけど、まあとにかくそんなわけで不安と期待を両方抱きつつオレは広がる市街地へと足を踏み入れた。
ようやくたどり着いたライバンスだったが、たぶんこれから先の方が今までよりも大変なんだろうな、という妙な確信がこのときのオレにはあった。
そしてその予感は残念ながら外れてはくれなかったのである。
オレはライバンスの市街地に足を踏み入れたところでひとまず周囲を見回す。
当たり前だが世界最大規模の交易都市というだけあって、今まで西方では見かけなかったいろいろな人種、民族のるつぼと化しているようだ。
ここなら下手に目立つ真似をしなければ聖女教会の追っ手を心配する事はないだろう。
ただオレの場合、望まなくとも注目を浴びてしまう事がしょっちゅうなので、そこは警戒が必要だが。
一安心したところでオレは目的地である魔法学院を目指すことにする。
もちろん隠れているワケではないので見つけるのは簡単なはず。
しかしオレの異常な魔力や『女神との関係』は出来れば明かしたくは無い。
魔術の研究をしているとなると、下手をすれば実験台にされかねないからな。
当然ながらこっちの容姿を晒すのも最低限度にしておきたいところだ。
評判が高まったらいやらしい男共が呼びもしないのに寄ってくるし、何より聖女教会の追っ手を引きつける羽目になりかねないのだ。
そんな事を考えつつオレは目的の学院の正面に来ていた。
おお。こんなにあっさりと目的地に着くとは、オレにしては実に珍しい ―― などと考える事自体がちょっとおかしいのだけどな。
思い返すとオレは元の世界ではまだまだ高校生に過ぎないので、普通だったら学校に通っているのが当たり前だったんだな。
そしてこっちの世界で通った学校と言えば、マニリア帝国の後宮で『皇帝の女』としての教育を行うものだったから、こういう『まともな学校』を見るのは久しぶりだ。
もっともオレが見る限り、敷地内で見かける生徒らしい人間は十代半ばから二十代後半まで年代にかなりの差があるようで、元の世界の基準で言えば中学~大学まで含まれているらしい。
大きな棟が幾つも並んでいる事から、たぶん年齢や教育課程別に幾つものグループに分かれてはいるんだろうな。
まあいつまでも学校を見ていても仕方ないので、とりあえず中に入って『カリルの師匠』に合わねば話にならない。
当然だがオレはここで『紹介状を落とした』とか『盗まれた』とかいったベタなミスは犯してはいないぞ。
ちゃんと紹介状は綺麗にしまって、ダイヤモンドなどと一緒にしっかり持ち歩いているからな。
だが ―― 残念ながら別の点で関してはちょっと困った事がある。
オレはちゃんと紹介状をもらってはいるのだが、肝心の『カリルの師の名前』を聞き忘れていたのだ。
なぜならカリルからは一刻も早く離れたかったので、その意識が先走って相手の名前を聞いていないことに気がついていなかったからだ。
う~ん。これはこれでよくあるパターンの失態だな。一つの事に気を取られたせいで、別の事に気が回らなくなってしまうのもありがちか。
もちろん紹介状には名前は書いてあるだろうが、丁寧に封がしてあるので迂闊に破るわけにはいかない。
何しろ学者というからにはどんな偏屈な相手か分からない。
そんなたわいの無い事で機嫌を損ねられたら面倒だ ―― 偏見だとは思うけど用心するに超したことはないと思う。
とりあえず学院の受付に紹介状を出して、それで連絡をつけてもらうのが一番確実で安全な方法だろう。
そう思って学院の門をくぐろうとしたところで、思わぬ声がオレにかけられる。
「おい。そこのお前」
「え?」
振り向くと門の横に立っている、いかつい警備員らしい男がオレを不快そうに眺めていた。
手にした警棒をこれ見よがしに振るっているところを見ると、どうやらこっちは『不審者』と見られているようだ。
「なんでしょうか?」
「ここはお前のような薄汚いガキの来るところではないぞ。物乞いなど考えずにさっさと失せろ」
何ともあからさまな態度だが、オレはむしろホッとした。
要するに帽子を目深くかぶって、粗末な旅装束をまとっている今のオレは『薄汚いガキ』に見えているというわけだ。
まあ間近で観察されたら隠しようがないだろうけど、とりあえずパッと見ではオレの正体を見抜かれる危険性は低いという事になる。
しかし当然ながらそれは現状を打開できる要素では無い。
「聞こえなかったのか! さっさと立ち去らないと叩きのめすぞ!」
警備員はいかにも不機嫌そうに警棒を握りしめ、オレを威圧するようににらみ付ける。
むう。これはマズいな。
こういう手合いの場合、仮にオレが紹介状を差し出したところで『どこで盗んだんだ』『偽物だろう』などといちゃもんをつけられてしまう可能性があるぞ。
それで紹介状を取り上げられたり、破られたりしたら元も子もないな。
ここはいったんこの場を離れ、身なりをきちんとしたものに変えて、改めてもう一度訪れるのが賢明というものだ ―― だけどそれはつまりちゃんとした『女らしい服装』に替えなきゃならないということになる。
金は十分にあるからそっちの方は問題無い。
しかしオレは今まで自発的に女物の服を選んだ事がなかった。ぶっちゃけて言えば、まるっきり自慢にならないが、他人に着せつけられた事しか無いのだ。
ただでさえ『男の自我』がヤバい状況にあることを思うと、ここでまた『女の階段』を一段上ってしまう事になる。
うう。どうすべきか悩ましいところだ。
もちろんオレが魔法を使えば、この警備員の行動を封じて中に入るのは造作も無い。
しかしここは大陸屈指の『魔術の教育機関』なのだ。
警備員相手に迂闊に魔法を使うと、いきなり警報されて『不審者』どころか『犯罪者』にされてしまう可能性もありうるだろう。
そう考えると魔法を使うのは躊躇せざるを得ない。
ただし残念ながらオレにはそう悩む時間すら与えられなかった。
「おい! いつまで居座るつもりだ! 今すぐ消えないと本当に殴り倒すぞ!」
「分りましたよ。それでは失礼します!」
すごまれたオレはやむなく背を向ける。
これが一つの分岐点かもしれないと思いつつ、オレはひとまず市街へと戻ったのだ。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他人の寿命が視える俺は理を捻じ曲げる。学園一の美令嬢を助けたら凄く優遇されることに
千石
ファンタジー
【第17回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞】
魔法学園4年生のグレイ・ズーは平凡な平民であるが、『他人の寿命が視える』という他の人にはない特殊な能力を持っていた。
ある日、学園一の美令嬢とすれ違った時、グレイは彼女の余命が本日までということを知ってしまう。
グレイは自分の特殊能力によって過去に周りから気味悪がられ、迫害されるということを経験していたためひたすら隠してきたのだが、
「・・・知ったからには黙っていられないよな」
と何とかしようと行動を開始する。
そのことが切っ掛けでグレイの生活が一変していくのであった。
他の投稿サイトでも掲載してます。
※表紙の絵はAIが生成したものであり、著作権に関する最終的な責任は負いかねます。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる