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第8章 ライバンス・魔法学院編
第138話 魔法学院を訪れたところで
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慌てて服をつかんで泉を飛び出したところで、オレの背中に響く声があった。
「ああ! ちょっと待ってよ!」
どうにか解放された少年が、必死になってオレを呼び止めているのだ。
なんだ? 一度、殺されかけたにも関わらず、まだ懲りずにオレの裸を凝視していたいのか。
いや。最悪の場合『裸を見たから責任とって結婚しよう』とかバカな事を言い出すかもしれない。
さすがにそんな可能性は限りなくゼロに近いと思うけど、オレの場合はそんなぶっ飛んだ事にもなりかねないので、ここはさっさと逃げ出すだけだ。
そんなわけでオレはのぞき見していたスケベ野郎に背を向けて、しばらく走ったところでひとまず自分の服を身にまとう。
ドルイド魔術によってオレは野山を走り回っても、藪や木の枝の方が避けてくれるので、裸で動き回っても傷を負うことは無い。
もちろん常人ならば、オレの後を追ってくることはまず不可能なはず。
さっきの少年はどこの何ものかは知らないが『山の精霊の化身』だの何だの言っていたので、そう誤解してくれたらいいのだが。
こっちも慌てていたので何もせずに逃げ出したけど、いっそ相手の勘違いにつけ込んでおくべきだったかもしれないな。
まあいい。今さらそんな事を考えても仕方ない。
ちょっとばかり人里離れた場所だと高をくくってオレが油断していたんだ。
ただのスケベな少年だったからよかったようなものの、あれが『聖女教会からの追っ手』だのなんだのややこしい相手だったら、こっちの身が危うかったかもしれないのだ。
ここは裸を見られただけで済んでよかったと、プラス思考にしておこう。
決して『裸を見られた事がよかった』という意味では無いぞ!
そんな事を考えつつオレは改めて髪の毛を帽子の中にしまい込み、男装しつつ山の稜線を越えると、そこには川を越えて巨大な城壁が広がっていた。
元の世界の高層ビル群とでは比べられないにしても、この世界でオレが今まで見てきた中では間違いなく最大の建造物だろう。
大河の河口部近くの中州に築かれた大都市ライバンスの周囲では無数の船や商隊が動き回っており世界でも指折り数えられる『国際都市』である事を示していた。
当面の目的地はこのライバンスの中央部に位置する魔法学院である。
そこは話によれば一神教徒の中でも魔法に長けたエリートを集め、次代の精鋭を養成するところらしい。
カリルのブロウブロウも生来の才能に加えて、そこで訓練を受けて身につけたものだと聞いている。
つまりそこではカリルに匹敵する能力の持ち主がごろごろいると考えるべきだろう。
特殊能力だけならいざしらず、人格まで同レベルだったとしたらかなりやばい気がするが、だからといって恐れていたのでは何も始まらん。
とにかくここは前に進むしかないんだ。
オレはジャニューブ河にかかっている巨大な橋を歩いてライバンスの門へと向かう。
橋と言ってもその橋脚の下を悠々と船が通過し、上では屋台が建ち並んで道行く相手に商売をやっているほどの大きさだ。
もちろん人はひっきりなしに出入りしていて、周囲は活気にあふれ、この街がいま現在大いに栄えている事を象徴している。
規模で言えば、元の世界の大都市とでははまだまだ比較にならないけどそこは突っ込んでも仕方ない。
そんなわけでオレは門をくぐって市街に足を踏み入れる。
このライバンスは聞くところによれば、定住者だけでも二十万人以上いて、それ以外に交易商など一時滞在している人間がそれと同数いるらしい。
人口五〇万人の都市となると、百万人を越える大都市がいくつもあった元の世界の基準はともかくとして、こっちの世界では世界最大規模の大都市ということになるらしい。
一時滞在者には少なからず『聖セルム教団』の支配地域より離れた場所から来ている交易商なども多いために、言ってみれば『国際都市』に近い存在だ。
オレが目指しているのはその中枢部の一角を占めている『魔術学院』である。
そこでは一神教徒の支配地域である西方はもちろん、それ以外の地域からもいろいろと魔術に長けた人間が集まって研究を重ねているらしい。
またその近くにある大図書館では、聖セルムが預言者として一神教を立ち上げる前から残る蔵書もあると聞いている。
つまりここならば性転換魔法や女神イロールについての手がかりが得られる可能性が高いのだ。
もっとも当然ながら、まるっきりの部外者のオレがそうそう簡単に情報を得られるはずが無いが、今回はカリルの紹介があるのでそこはどうにかなって欲しい。
あとこれだけの大都市だったら、以前に手に入れて未だにさばけないダイヤモンドの原石でもそれなりの価値で引き取ってくれる相手がいるかもしれない。
世界の各地から交易商が集まるということだし、当然ながら宝石市場も大きなものがあるだろう。
あんまり過剰な期待は禁物だけど、まあとにかくそんなわけで不安と期待を両方抱きつつオレは広がる市街地へと足を踏み入れた。
ようやくたどり着いたライバンスだったが、たぶんこれから先の方が今までよりも大変なんだろうな、という妙な確信がこのときのオレにはあった。
そしてその予感は残念ながら外れてはくれなかったのである。
オレはライバンスの市街地に足を踏み入れたところでひとまず周囲を見回す。
当たり前だが世界最大規模の交易都市というだけあって、今まで西方では見かけなかったいろいろな人種、民族のるつぼと化しているようだ。
ここなら下手に目立つ真似をしなければ聖女教会の追っ手を心配する事はないだろう。
ただオレの場合、望まなくとも注目を浴びてしまう事がしょっちゅうなので、そこは警戒が必要だが。
一安心したところでオレは目的地である魔法学院を目指すことにする。
もちろん隠れているワケではないので見つけるのは簡単なはず。
しかしオレの異常な魔力や『女神との関係』は出来れば明かしたくは無い。
魔術の研究をしているとなると、下手をすれば実験台にされかねないからな。
当然ながらこっちの容姿を晒すのも最低限度にしておきたいところだ。
評判が高まったらいやらしい男共が呼びもしないのに寄ってくるし、何より聖女教会の追っ手を引きつける羽目になりかねないのだ。
そんな事を考えつつオレは目的の学院の正面に来ていた。
おお。こんなにあっさりと目的地に着くとは、オレにしては実に珍しい ―― などと考える事自体がちょっとおかしいのだけどな。
思い返すとオレは元の世界ではまだまだ高校生に過ぎないので、普通だったら学校に通っているのが当たり前だったんだな。
そしてこっちの世界で通った学校と言えば、マニリア帝国の後宮で『皇帝の女』としての教育を行うものだったから、こういう『まともな学校』を見るのは久しぶりだ。
もっともオレが見る限り、敷地内で見かける生徒らしい人間は十代半ばから二十代後半まで年代にかなりの差があるようで、元の世界の基準で言えば中学~大学まで含まれているらしい。
大きな棟が幾つも並んでいる事から、たぶん年齢や教育課程別に幾つものグループに分かれてはいるんだろうな。
まあいつまでも学校を見ていても仕方ないので、とりあえず中に入って『カリルの師匠』に合わねば話にならない。
当然だがオレはここで『紹介状を落とした』とか『盗まれた』とかいったベタなミスは犯してはいないぞ。
ちゃんと紹介状は綺麗にしまって、ダイヤモンドなどと一緒にしっかり持ち歩いているからな。
だが ―― 残念ながら別の点で関してはちょっと困った事がある。
オレはちゃんと紹介状をもらってはいるのだが、肝心の『カリルの師の名前』を聞き忘れていたのだ。
なぜならカリルからは一刻も早く離れたかったので、その意識が先走って相手の名前を聞いていないことに気がついていなかったからだ。
う~ん。これはこれでよくあるパターンの失態だな。一つの事に気を取られたせいで、別の事に気が回らなくなってしまうのもありがちか。
もちろん紹介状には名前は書いてあるだろうが、丁寧に封がしてあるので迂闊に破るわけにはいかない。
何しろ学者というからにはどんな偏屈な相手か分からない。
そんなたわいの無い事で機嫌を損ねられたら面倒だ ―― 偏見だとは思うけど用心するに超したことはないと思う。
とりあえず学院の受付に紹介状を出して、それで連絡をつけてもらうのが一番確実で安全な方法だろう。
そう思って学院の門をくぐろうとしたところで、思わぬ声がオレにかけられる。
「おい。そこのお前」
「え?」
振り向くと門の横に立っている、いかつい警備員らしい男がオレを不快そうに眺めていた。
手にした警棒をこれ見よがしに振るっているところを見ると、どうやらこっちは『不審者』と見られているようだ。
「なんでしょうか?」
「ここはお前のような薄汚いガキの来るところではないぞ。物乞いなど考えずにさっさと失せろ」
何ともあからさまな態度だが、オレはむしろホッとした。
要するに帽子を目深くかぶって、粗末な旅装束をまとっている今のオレは『薄汚いガキ』に見えているというわけだ。
まあ間近で観察されたら隠しようがないだろうけど、とりあえずパッと見ではオレの正体を見抜かれる危険性は低いという事になる。
しかし当然ながらそれは現状を打開できる要素では無い。
「聞こえなかったのか! さっさと立ち去らないと叩きのめすぞ!」
警備員はいかにも不機嫌そうに警棒を握りしめ、オレを威圧するようににらみ付ける。
むう。これはマズいな。
こういう手合いの場合、仮にオレが紹介状を差し出したところで『どこで盗んだんだ』『偽物だろう』などといちゃもんをつけられてしまう可能性があるぞ。
それで紹介状を取り上げられたり、破られたりしたら元も子もないな。
ここはいったんこの場を離れ、身なりをきちんとしたものに変えて、改めてもう一度訪れるのが賢明というものだ ―― だけどそれはつまりちゃんとした『女らしい服装』に替えなきゃならないということになる。
金は十分にあるからそっちの方は問題無い。
しかしオレは今まで自発的に女物の服を選んだ事がなかった。ぶっちゃけて言えば、まるっきり自慢にならないが、他人に着せつけられた事しか無いのだ。
ただでさえ『男の自我』がヤバい状況にあることを思うと、ここでまた『女の階段』を一段上ってしまう事になる。
うう。どうすべきか悩ましいところだ。
もちろんオレが魔法を使えば、この警備員の行動を封じて中に入るのは造作も無い。
しかしここは大陸屈指の『魔術の教育機関』なのだ。
警備員相手に迂闊に魔法を使うと、いきなり警報されて『不審者』どころか『犯罪者』にされてしまう可能性もありうるだろう。
そう考えると魔法を使うのは躊躇せざるを得ない。
ただし残念ながらオレにはそう悩む時間すら与えられなかった。
「おい! いつまで居座るつもりだ! 今すぐ消えないと本当に殴り倒すぞ!」
「分りましたよ。それでは失礼します!」
すごまれたオレはやむなく背を向ける。
これが一つの分岐点かもしれないと思いつつ、オレはひとまず市街へと戻ったのだ。
「ああ! ちょっと待ってよ!」
どうにか解放された少年が、必死になってオレを呼び止めているのだ。
なんだ? 一度、殺されかけたにも関わらず、まだ懲りずにオレの裸を凝視していたいのか。
いや。最悪の場合『裸を見たから責任とって結婚しよう』とかバカな事を言い出すかもしれない。
さすがにそんな可能性は限りなくゼロに近いと思うけど、オレの場合はそんなぶっ飛んだ事にもなりかねないので、ここはさっさと逃げ出すだけだ。
そんなわけでオレはのぞき見していたスケベ野郎に背を向けて、しばらく走ったところでひとまず自分の服を身にまとう。
ドルイド魔術によってオレは野山を走り回っても、藪や木の枝の方が避けてくれるので、裸で動き回っても傷を負うことは無い。
もちろん常人ならば、オレの後を追ってくることはまず不可能なはず。
さっきの少年はどこの何ものかは知らないが『山の精霊の化身』だの何だの言っていたので、そう誤解してくれたらいいのだが。
こっちも慌てていたので何もせずに逃げ出したけど、いっそ相手の勘違いにつけ込んでおくべきだったかもしれないな。
まあいい。今さらそんな事を考えても仕方ない。
ちょっとばかり人里離れた場所だと高をくくってオレが油断していたんだ。
ただのスケベな少年だったからよかったようなものの、あれが『聖女教会からの追っ手』だのなんだのややこしい相手だったら、こっちの身が危うかったかもしれないのだ。
ここは裸を見られただけで済んでよかったと、プラス思考にしておこう。
決して『裸を見られた事がよかった』という意味では無いぞ!
そんな事を考えつつオレは改めて髪の毛を帽子の中にしまい込み、男装しつつ山の稜線を越えると、そこには川を越えて巨大な城壁が広がっていた。
元の世界の高層ビル群とでは比べられないにしても、この世界でオレが今まで見てきた中では間違いなく最大の建造物だろう。
大河の河口部近くの中州に築かれた大都市ライバンスの周囲では無数の船や商隊が動き回っており世界でも指折り数えられる『国際都市』である事を示していた。
当面の目的地はこのライバンスの中央部に位置する魔法学院である。
そこは話によれば一神教徒の中でも魔法に長けたエリートを集め、次代の精鋭を養成するところらしい。
カリルのブロウブロウも生来の才能に加えて、そこで訓練を受けて身につけたものだと聞いている。
つまりそこではカリルに匹敵する能力の持ち主がごろごろいると考えるべきだろう。
特殊能力だけならいざしらず、人格まで同レベルだったとしたらかなりやばい気がするが、だからといって恐れていたのでは何も始まらん。
とにかくここは前に進むしかないんだ。
オレはジャニューブ河にかかっている巨大な橋を歩いてライバンスの門へと向かう。
橋と言ってもその橋脚の下を悠々と船が通過し、上では屋台が建ち並んで道行く相手に商売をやっているほどの大きさだ。
もちろん人はひっきりなしに出入りしていて、周囲は活気にあふれ、この街がいま現在大いに栄えている事を象徴している。
規模で言えば、元の世界の大都市とでははまだまだ比較にならないけどそこは突っ込んでも仕方ない。
そんなわけでオレは門をくぐって市街に足を踏み入れる。
このライバンスは聞くところによれば、定住者だけでも二十万人以上いて、それ以外に交易商など一時滞在している人間がそれと同数いるらしい。
人口五〇万人の都市となると、百万人を越える大都市がいくつもあった元の世界の基準はともかくとして、こっちの世界では世界最大規模の大都市ということになるらしい。
一時滞在者には少なからず『聖セルム教団』の支配地域より離れた場所から来ている交易商なども多いために、言ってみれば『国際都市』に近い存在だ。
オレが目指しているのはその中枢部の一角を占めている『魔術学院』である。
そこでは一神教徒の支配地域である西方はもちろん、それ以外の地域からもいろいろと魔術に長けた人間が集まって研究を重ねているらしい。
またその近くにある大図書館では、聖セルムが預言者として一神教を立ち上げる前から残る蔵書もあると聞いている。
つまりここならば性転換魔法や女神イロールについての手がかりが得られる可能性が高いのだ。
もっとも当然ながら、まるっきりの部外者のオレがそうそう簡単に情報を得られるはずが無いが、今回はカリルの紹介があるのでそこはどうにかなって欲しい。
あとこれだけの大都市だったら、以前に手に入れて未だにさばけないダイヤモンドの原石でもそれなりの価値で引き取ってくれる相手がいるかもしれない。
世界の各地から交易商が集まるということだし、当然ながら宝石市場も大きなものがあるだろう。
あんまり過剰な期待は禁物だけど、まあとにかくそんなわけで不安と期待を両方抱きつつオレは広がる市街地へと足を踏み入れた。
ようやくたどり着いたライバンスだったが、たぶんこれから先の方が今までよりも大変なんだろうな、という妙な確信がこのときのオレにはあった。
そしてその予感は残念ながら外れてはくれなかったのである。
オレはライバンスの市街地に足を踏み入れたところでひとまず周囲を見回す。
当たり前だが世界最大規模の交易都市というだけあって、今まで西方では見かけなかったいろいろな人種、民族のるつぼと化しているようだ。
ここなら下手に目立つ真似をしなければ聖女教会の追っ手を心配する事はないだろう。
ただオレの場合、望まなくとも注目を浴びてしまう事がしょっちゅうなので、そこは警戒が必要だが。
一安心したところでオレは目的地である魔法学院を目指すことにする。
もちろん隠れているワケではないので見つけるのは簡単なはず。
しかしオレの異常な魔力や『女神との関係』は出来れば明かしたくは無い。
魔術の研究をしているとなると、下手をすれば実験台にされかねないからな。
当然ながらこっちの容姿を晒すのも最低限度にしておきたいところだ。
評判が高まったらいやらしい男共が呼びもしないのに寄ってくるし、何より聖女教会の追っ手を引きつける羽目になりかねないのだ。
そんな事を考えつつオレは目的の学院の正面に来ていた。
おお。こんなにあっさりと目的地に着くとは、オレにしては実に珍しい ―― などと考える事自体がちょっとおかしいのだけどな。
思い返すとオレは元の世界ではまだまだ高校生に過ぎないので、普通だったら学校に通っているのが当たり前だったんだな。
そしてこっちの世界で通った学校と言えば、マニリア帝国の後宮で『皇帝の女』としての教育を行うものだったから、こういう『まともな学校』を見るのは久しぶりだ。
もっともオレが見る限り、敷地内で見かける生徒らしい人間は十代半ばから二十代後半まで年代にかなりの差があるようで、元の世界の基準で言えば中学~大学まで含まれているらしい。
大きな棟が幾つも並んでいる事から、たぶん年齢や教育課程別に幾つものグループに分かれてはいるんだろうな。
まあいつまでも学校を見ていても仕方ないので、とりあえず中に入って『カリルの師匠』に合わねば話にならない。
当然だがオレはここで『紹介状を落とした』とか『盗まれた』とかいったベタなミスは犯してはいないぞ。
ちゃんと紹介状は綺麗にしまって、ダイヤモンドなどと一緒にしっかり持ち歩いているからな。
だが ―― 残念ながら別の点で関してはちょっと困った事がある。
オレはちゃんと紹介状をもらってはいるのだが、肝心の『カリルの師の名前』を聞き忘れていたのだ。
なぜならカリルからは一刻も早く離れたかったので、その意識が先走って相手の名前を聞いていないことに気がついていなかったからだ。
う~ん。これはこれでよくあるパターンの失態だな。一つの事に気を取られたせいで、別の事に気が回らなくなってしまうのもありがちか。
もちろん紹介状には名前は書いてあるだろうが、丁寧に封がしてあるので迂闊に破るわけにはいかない。
何しろ学者というからにはどんな偏屈な相手か分からない。
そんなたわいの無い事で機嫌を損ねられたら面倒だ ―― 偏見だとは思うけど用心するに超したことはないと思う。
とりあえず学院の受付に紹介状を出して、それで連絡をつけてもらうのが一番確実で安全な方法だろう。
そう思って学院の門をくぐろうとしたところで、思わぬ声がオレにかけられる。
「おい。そこのお前」
「え?」
振り向くと門の横に立っている、いかつい警備員らしい男がオレを不快そうに眺めていた。
手にした警棒をこれ見よがしに振るっているところを見ると、どうやらこっちは『不審者』と見られているようだ。
「なんでしょうか?」
「ここはお前のような薄汚いガキの来るところではないぞ。物乞いなど考えずにさっさと失せろ」
何ともあからさまな態度だが、オレはむしろホッとした。
要するに帽子を目深くかぶって、粗末な旅装束をまとっている今のオレは『薄汚いガキ』に見えているというわけだ。
まあ間近で観察されたら隠しようがないだろうけど、とりあえずパッと見ではオレの正体を見抜かれる危険性は低いという事になる。
しかし当然ながらそれは現状を打開できる要素では無い。
「聞こえなかったのか! さっさと立ち去らないと叩きのめすぞ!」
警備員はいかにも不機嫌そうに警棒を握りしめ、オレを威圧するようににらみ付ける。
むう。これはマズいな。
こういう手合いの場合、仮にオレが紹介状を差し出したところで『どこで盗んだんだ』『偽物だろう』などといちゃもんをつけられてしまう可能性があるぞ。
それで紹介状を取り上げられたり、破られたりしたら元も子もないな。
ここはいったんこの場を離れ、身なりをきちんとしたものに変えて、改めてもう一度訪れるのが賢明というものだ ―― だけどそれはつまりちゃんとした『女らしい服装』に替えなきゃならないということになる。
金は十分にあるからそっちの方は問題無い。
しかしオレは今まで自発的に女物の服を選んだ事がなかった。ぶっちゃけて言えば、まるっきり自慢にならないが、他人に着せつけられた事しか無いのだ。
ただでさえ『男の自我』がヤバい状況にあることを思うと、ここでまた『女の階段』を一段上ってしまう事になる。
うう。どうすべきか悩ましいところだ。
もちろんオレが魔法を使えば、この警備員の行動を封じて中に入るのは造作も無い。
しかしここは大陸屈指の『魔術の教育機関』なのだ。
警備員相手に迂闊に魔法を使うと、いきなり警報されて『不審者』どころか『犯罪者』にされてしまう可能性もありうるだろう。
そう考えると魔法を使うのは躊躇せざるを得ない。
ただし残念ながらオレにはそう悩む時間すら与えられなかった。
「おい! いつまで居座るつもりだ! 今すぐ消えないと本当に殴り倒すぞ!」
「分りましたよ。それでは失礼します!」
すごまれたオレはやむなく背を向ける。
これが一つの分岐点かもしれないと思いつつ、オレはひとまず市街へと戻ったのだ。
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