異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第8章 ライバンス・魔法学院編

第140話 魔術教授に連れられて

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 オレが差し出したカリルの紹介状を受け取り、封を切って見たホン・イールはしばし動きを止める。
 あれ? ひょっとして紹介状の宛先が別人だったりするのかな?
 ちょっとばかり不安になったところで、ホン・イールは紹介状から顔を上げてこちらに興味深そうな視線を注ぐ。

「ふうん。カリルからはあなたについて何度か手紙をもらっていたけどね……正直に言って半信半疑だったわ」

 やっぱりホン・イールはカリルからいろいろと事前に聞いていたんだな。
 それはともかく『半信半疑』というのは、いったい何についての事なのだろうか?
 自分で言うのも何だが、この世界に来てからのオレの身に起きたことは、この世界の基準でも見ても異常なのはハッキリしているので、思い当たる節が多すぎて、どの件について言われているのかは見当もつかないな。

「分ったわ。とりあえず一緒に学院に行きましょう」

 オレを案内するときに一瞬だがホン・イールの目が鋭く光ったような気がする。
 それは以前にカリルから感じたものと近い気がした。
 正直に言って不安があることは間違いないし、警戒を怠るべきでもないだろうけど、それでもここはホン・イールの後に続くしかないのは明らかだ。
 何よりもここで尻尾を巻いて逃げ出すようでは、そもそもオレの目的が果たせるはずがないのだ。

 オレの前を進んでいるホン・イールはこちらをチラチラと見ながら、小声で呟く。

「しかし……今日はいろいろとついているわね」
「まあ。そうかもしれませんね」

 確かにたまたま出会った行き倒れが、目的の相手だったとは少々できすぎだ。
 ただホン・イールは『通りすがりのオレが助けないと、あのまま倒れたままだった』事をついていると表現していうワケではないことは確かだろう。
 毎度の事ながら『唯一なるもの』の正体がトリックスターか何かかと、思いたくなるほどオレの周囲ではいろいろと立て続けに出来事が起きるものだな。
 もっともまだまだ『序の口』なんだろうけど。
 そんな感じでオレが気分を引き締めていると、この耳にはとんでもない言葉が飛び込んできた。

「こんなに格好の実験材料が、労せずに転がり込んでくるなんて、これも日頃の行いに『唯一なるもの』が報いて下さったのかもしれないわ――」
「ええ? 今なんと言いました?!」

 オレは聞きたくない言葉を耳にし、反射的に聞き返す。

「ああごめんなさい。この場合はかいぼう――」
「すみません! ここでお別れさせていただきます!」

 慌てて背を向けようとした瞬間、いつの間にかオレの身が抱きすくめられる。

「ちょっと待ちなさいな」
「ひぇぇぇぇ!」

 やっぱりあのカリルの師匠というだけあって、並の人間じゃ無い!
 とっくに分っていた事なんだけど!

「ホンの軽いジョークじゃないの。心配しなくても貴重な検体をそうそう傷つけたりはしませんって」
「あなたいま『検体』って言ったでしょ!」
「もちろん。そう言ったわよ」

 ホン・イールは何ら悪びれる事なく断言する。

「それに『そうそう傷つけたりしない』というのは、必要だったら躊躇無く実行するようにも聞こえますよ」
「大丈夫よ。命を奪うまでするのは、文字通り『最後の手段』だから」
「やっぱりその気あるんじゃないですか!」
「仮に万一の事があっても、それで『私の研究』もとい『人類の発展』に寄与すると思えば――」
「いまさっきこちらの命や人類の発展よりも自分の研究を優先させたでしょう!」
「当然です」

 恥じる事なくホン・イールは断定する。

「あなたが何をどのように知りたいのかは、これから聞かせてもらうけど、まさかタダで貴重な情報が得られると思っているのではないでしょうね?」
「うぐう……」

 痛いところを突かれたのは事実だ。
 まあ確かに男の学者から協力の見返りに体を要求されるような事態になることを考えれば、ホン・イールはまだマシだとは思わざるをえない。
 そんなわけでオレは明確な抵抗をするでもなく、魔法学院に『連行』されることとなったのだった。
 ああ。こんなところは師弟というだけあって、本当にカリルに似ているなあ。

 しばしの後、オレとホン・イールは先ほどこっちが追い払われたばかりの魔法学院の門に来ていた。
 そしてそんな彼女を見て、警備員は背を伸ばして礼をする。

「これはホン・イール教授」

 え? 教授と言ってもこの人は見たところせいぜい二十代の後半ですよ。
 これはまたすごく若い教授だな ―― いや。待て。この世界では聖女達のように、若さを長期間保っている相手もいるんだ。
 しかもここは魔法学院というのだから、同等の相手がいても何らおかしくない。
 このホン・イールだって、実年齢は五十歳だとかそんな事だってありうるのだ。
 まあそれを直接問いかけたりしないだけの分別はオレにもあるつもりだが。

 オレがそんな事を考えていると、警備員がまたしてもこっちにとげとげしい視線を注いでくる。
 そりゃまあちょっと前に追い払った『薄汚い小僧』がまた性懲りもなくやってきたら、普通は気分を悪くするよな。

「お前はさっきの小僧! また何のつもりだ? 今度こそぶちのめすぞ」
「待ちなさい」

 いかつい警備員がオレに向けて警棒を突きつけたところでホン・イールが制止する。

「私の連れだから、心配しなくてもいいわよ」
「え? あなたの連れ……ですと?」

 警備員も半信半疑の様子だ。
 そりゃまあどう考えても、あっちの方が正しいよな。
 もしオレが彼女の知り合いなら、最初に自分からそう言わない方がおかしい。
 しかしそこでホン・イールは更にオレを驚愕させる一言を発する。

「この娘は今日から臨時に私のゼミに通うから、そういうわけでこれからもよろしくね」
「ええ?!」

 なんでそうなるの?
 いや。心のどこかにこんな展開になるんじゃないかな、という予感はあったんだけどね。

 ホン・イールの言葉を受けて、警備員は信じられないと言わんばかりにその目を見開いて思わぬ発言をした『教授』を見つめていた。

「ええ?! どういうことですか? この小僧が?!」
「小僧じゃ無いわよ。いまさっき『娘』だって言ったでしょう?」
「あ……いえ……それは失礼」

 困惑しつつも警備員は頭を下げる。
 結構、真面目な人なんだな。
 あくまでもホン・イールが言ったからなんだろうけど、それはまあいいや。
 問題がそんなところに存在しないのは明らかだ。
 オレもある程度は予想は出来ていたけど、正直に言って、オレがこの学校に生徒として通ったところで、得られるものがあるとはとても思えない。

 まあ元高校生のオレとしては、学校に通う事にもそれなりに魅力は感じる。
 女にされてしまう前のオレは『女子に囲まれた学園ハーレム』を妄想していたわけだし、いろいろと好奇心も刺激される。
 しかし既に『男の自我』がかなりヤバい状況にあって、女子生徒として学校に通うのはやはり避けたい。
 今のオレが『ハーレム』と言ったら、むしろ男子生徒を大勢はべらせる方になるのが確実だからな。
 男装のまま女の身であることを隠して入学して『転校生が実は男装の麗人』というのはフィクションではよくある話だけど、現実問題としては元の世界でもこちらでもそんな事は不可能だろう。

「さあ行きましょう」

 しかしここでホン・イールはオレの手をとって学院の中に連れ込む。

「はあ……」

 先ほどの警備員は呆気にとられて、オレ達二人をただ見送るだけだった。

「あのう……本気なんですか? わたしが入学するなんていくら何でも無理なんじゃ……」
「あくまでも臨時で通ってもらうだけ。いくら何でも私には独断で生徒を入学させる権限なんてありませんよ」

 まあそりゃそうだ。
 ここに通っているのは明らかに上流階級か、さもなくば富裕層の人間だろう。
 特別な魔力を有している人間なら、特待生とかあるかもしれないけど、オレの場合はうぬぼれで無く魔力がぶっちぎり過ぎていて意味がないと思う。
 どっちにしろ何年もこんなところに通うつもりはさらさら無いけどな。

 そんなわけでオレはひとまずホン・イールの研究室らしきところに案内された。
 学院内部を歩いていると、あからさまに不審な視線を注がれる事があったが、同行しているのがホン・イールだと確認したところで妙に納得された感じがするな。
 やっぱりこの人もカリル同様に、いろいろとややこしい人だと周囲からは見られているに違いない。
 そして案内された研究室では、見たところ多数の本が部屋の壁を埋め尽くし、中に入るとカビ臭い臭いが漂う。
 この世界では本は貴重品だから、ここにあるだけでたぶん一財産どころの騒ぎではないはずだ。

 ホン・イールの実家については何も聞いていないけど、若くして精鋭連隊の指揮官をしているイトコだというボル・イールの事も考えると、やっぱり相当なお金持ちの名家なんだろうなあ。
 別にうらやましくは無いし、むしろ有力な貴族だったりしたら政治的にややこしい事にもなりかねないな。
 そう考えると今のところホン・イールが『研究の虫』で政治的な事には興味なさそうな点は助かったと見るべきだろうか。
 もっともカリルの事もあるから、安心は出来ない。いつ牙をむいてくるか分ったもんじゃないのだ。
 これまでは男に対してずっと警戒してきたもんだが、結局のところ男でも女でも安心は出来ないという事なんだけど。

 それはともかくこれだけの研究室を設ける事が出来るとなると、ただ実家が金持ちで有力というだけではないだろう。
 見た目が『学者バカ』なだけでなく、研究でもかなりの実績を残していて、周囲から一目置かれていると思うべきだな。
 オレにとっては頼りになる要素である反面、格好の研究素材として扱われるのはほぼ確定だから、いろいろとややこしい事になりそうだ。
 そんなわけで、まずはこちらから確認せねばならないことがあった。

「あのう……こっちについてホン・イールさんはどこまでご存じなんですか?」
「カリルから聞いていること以上の事は知らない――」

 まあそりゃそうか。
 しかしそれでもオレが異常な魔力を有していて、国宝級の『悔悛の首輪』による魔法の封印すら凌駕する事は当然、知っているわけだ。
 仮にカリルと同じ知識だったとしたら、やっぱりオレはかなり『謎の存在』というわけだから、研究者なら興味を持って当然か。
 結局のところ彼女の興味を満たす見返りに、オレの欲しい情報 ―― たとえば千年前まだ人間だった頃のイロールについて ―― を得るという交換条件にならざるを得ない。

「だけどあなたの業績については知っているわよ」
「業績……ですか?」

 むう。何か激しく不安な気がしてくるぞ。
 それがデタラメなものだったら ―― まだそれならいいんだけど、どこかの国でやらかしたことを耳にしていたりしたらややこしい事になりかねない。

「ええ。あなたについて私の知っている最初の情報はほぼ百年ぶりに見つかった『聖女教会の選ばれしもの』ということね」

 え? なにぃ?!
 そこから知っているという事は ―― まさか?

「その後、ラマーリア王国、マニリア帝国、辺境都市ファーゼストと渡り歩いては、その地で危機を救って大勢の人間を助け、それから先日のジャニューブ河沿いの街々で我が弟子やイトコと一緒に活躍したのよね?」
「……」

 オレはさすがに絶句しないわけにはいかなかった。
 もちろん研究者としては優秀なんだろうな、とは思っていたがここまで鋭いとは。
 いったいこの人はどこまで知っているのか。オレは背筋を走るものを感じていた。
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