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第8章 ライバンス・魔法学院編

第151話 遙かな地にて思わぬ再会が

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 この『世界の現実』を改めて突きつけられたところで、オレはとにかく気分を切り替える。
 どれだけ危険だろうと、そもそもオレにとって安全なところなどないのだからな。

「そんなわけであなたが危ない時のためにガランディア君を当てにしたらいいわよ」

 この言葉にガランディアは緊張に顔を引き締める。
 申し訳ないけどオレはお前なんぞまったく頼りにしてないんだっつうの。
 仕方ないのでとりあえず話題を切り替えることにしよう。

「ひとつうかがいますけど、ここにある書籍に目を通してもいいでしょうか?」
「丁寧に扱ってくれるのならば別に構わないわよ」
「ありがとうございます」
「あと当面、あなたが住むところも用意したわ」

 むう。このホン・イールの事だから、これはかなり不吉な予感がするぞ。
 学園ラブコメものの定番で『男と同室  ―― もちろんここではガランディア』というパターンが十分にありうる。
 そんな事になるぐらいなら、金はあるのだから自分で宿を取るよ。

「ちゃんと外部から来た訪問客を受け入れる設備もありますって。私の推薦で一時滞在してもらうから心配ないわ」

 あんたやっぱりオレの心を読んでいるのか!

「それともここの女子寮の方がよかったかしら?」

 男の頃のオレだったら、女子寮で寝泊まりと聞いただけでよからぬ妄想が暴走したんだろうけど、既にマニリア帝国の後宮において『女の園』の現実を見せつけられた今では、特に魅力を感じる事も無くなった。
 裸の女子と一緒に風呂に入ることですら、もう慣れきってしまって特に意識する事もなくなっているのだ。

「一つ聞きたいんですけど、その女子寮には――」
「もちろんアニーラさんもスビーリーさんもいるわよ」

 やっぱりね。それではオレが絡まれるのは確実じゃないか。

「いいわねえ。女の園で男子を巡っての激突なんて、やっぱりそっちにしようかしら?」

 申し訳ないけどそれがどれだけ傍目には見苦しいものか、オレはあんたよりよっぽど詳しいんだよ。
 何しろ自分自身でイヤと言うほど体験したからな。

「最初の訪問者受け入れ施設でいいですよ」

 しかしながらいろいろな相手から追われているオレとしては、その施設がどういうものなのか確認すべきだろう。

「念のために確認しますけどそこには当然、精霊だとかその類いの相手には備えがあるんでしょうね?」
「もちろんよ。守護の精霊もいて、外部からの侵入は取り締まっているわよ。何が出てくるかは分りませんからね」

 まったくどこまで物騒な学校だよ。
 それはともかくマニリア帝国の後宮でもその手の防備は当然あったはずだけど、長官が内部で画策していたから大事になったんだよな。
 ここでもそんな事になりかねないが、まあ疑っていたらキリがないのも事実だ。

「この学校では、独立運動の敗北者とか、信徒が殆どいなくなって滅亡寸前の信仰の持ち主も『サンプル』として滞在させているんですけど、亡命者の場合は暗殺者がやってくることも珍しくないですからね」

 おい! それじゃあ学校がいつでも流血の場になりうるのかい!
 それに話を総合すると結局、そこの施設も『研究素材の隔離所』なのかよ!
 何となく予想は出来ていたけどな。

「学内では自治権があって、逃げ込んだ人間でも特殊な魔法や有益な情報を知っていれば保護することになっているのでいろいろと大変なんですよ」
「ひとつうかがいますけど資格が無い判断されるとどうなるんです?」
「その場合、どうにか自らの価値を証明するか、丁重にお引き取り願うか、さもなくば『最後の手段』となりますね」
「ちょっと待って下さい! 教授!」

 ここでガランディアが顔色を変えて話に割って入ってきた。

「まさか彼女に……あんなことをやらせるんですか?!」

 ガランディアの態度から推測するに ―― まさか?

「その『最後の手段』というのはひょっとして――」
「あなたなら見当がつくと思っていたけど『新しく開発された魔法の被験者』よ」

 うげえ。要するに人体実験そのものじゃないか。

「大丈夫よ。いくら何でも破壊系の魔法を人間で試したりはしないから。さすがにそれは許される事じゃ無いわ」
「そんなの当たり前です!」

 総合して考えると、元の世界で言えば『新薬の治験』に近いものか。
 そこまでしてでもこの学校の庇護を受けたいと言うことは、追っ手に捕まったら命に関わるような立場の人間なんだろうな。
 そしてガランディアはホン・イールに食ってかかる。

「彼女にそんな事をさせるわけにはいきませんよ!」
「落ち着きなさい。彼女の能力を見れば、その価値は明らかだわ。滞在の許可が下りるのは確実よ。それについてはこの私が保障するわ」
「だったらいいんですけど……」

 ガランディアは安堵しているけど、これまでの話からして間違いなく『人体実験』について知っていて、それを『当然』と考えていたわけだ。
 その上であくまでもオレが実験材料になることに反対なだけなんだ。
 もちろんそれだけで単純にガランディア、ホン・イール、そしてこの学校を冷酷だとか薄情だとか決めつける事は出来ない。
 この世界において戦争や政争で負けて亡命し、追っ手に暗殺者が来るような相手を、何の見返りも期待せず、ただで保護する方がおかしいのだ。
 改めてオレとこの世界のギャップを思い知らされたけど、それでもオレに出来る事は何も無い。
 不本意でも連中に付き合うしかないのだ。


 オレが一応は事態を把握したところで、ホン・イールはオレの方に向き直る。

「それで改めて問いますけど、あなたは了承してもらえるかしら?」

 これまでの話からするとさすがに強制収容所というわけではないようだが、結構ヤバそうなところでもある。
 しかしこれまでオレが直面してきた出来事の数々からすると、さほどでもないだろう。
 そんな風に高をくくって失敗した事は何度もあるが、今回はそうはいかない。
 オレの魔法を駆使すれば、脅威となる霊体や魔法を察知する事は難しく無いのだ。
 事前によくよく調べて、危なそうなところは可能な限り避けるとしよう。

「分りました。そこでいいです」
「もし希望があったら――」
「ガランディアさんと同室なんてのは真っ平ですからね」

 オレは先回りして断りを入れる。

「それは残念ね」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕だってそんなつもりは全く無かったよ!」

 まあさすがにガランディア本人はそこまで厚かましくないだろうけど、ホン・イールはちょっとばかりそんな展開を妄想していたようだ。

「とりあえず案内してくれますか?」

 どんなところかは分らないが、よくあるパターンだと犬小屋と見まがわんばかりのボロ屋だったり、逆に監獄まがいの厳戒態勢だったりするのだろうか。

「それではついてきなさい」

 ここでオレはホン・イール、そしてなぜかガランディアと一緒に『実験材料』もとい『訪問者』の住処に案内された。

 そこは巨大な校舎のかなり奥まったところに位置しており、良くも悪くもオレの予想とはかなり異なるものだった。
 建物は石造りのかなり頑丈そうなもので、それに加えて壁面にはいろいろな文様が彫り込まれていてかなり手の込んだ作りとなっている。
 たぶん文様は魔法や精霊の攻撃からの防護を提供しているのだろう。
 見た目は『豪華絢爛』とまではいかないものの、他の校舎同様に整っていて清潔な空気が漂っている。
 ただし四方が校舎で遮られているので見晴らしはよくないが、これも外部からの攻撃を避けるには当然ということになるか。
 確かにこれなら『比較的』安全だろう。

「残念だけど、学生身分のガランディア君はここまでね」
「……分っていましたから別に残念ではありませんよ」
「もしも夜這いするなら、私が協力するわ」
「ふざけないで下さい!」

 ガランディアは顔を染めて抗議している。
 スケベなヤツではあるが、さすがにそこまで考えるほどバカじゃあるまい。
 まあ万が一にもそんな事をされたら、今度こそ二度とそんな真似が出来ないようにしてやるつもりだけどな。

 オレはひとまずガランディアと別れてホン・イールと共に校舎に囲まれた建物に入る。
 一見するに中身もこれまでの校舎と変らない造りだが、自分にかけている霊体を見る【霊視】や魔法を見る【魔法眼】によるとあちこちに仕掛けがしてあるようだ。
 残念ながら魔法は使えても知識の無いオレには、具体的な効果は分らないが、ひとまず安心は出来そうだな。

「とりあえず出入りは自由ですけど、当然ながら出て行った後は庇護の対象から離れますのでそこは十分に注意して下さいね」
「それぐらいは分っていますよ」
「あなたの部屋ですけど――」

 ここでホン・イールが指さした先を見て、オレは驚愕にうたれて立ちすくむ。
 いや。襲い来る霊体だとか、魔法だとかそういう存在があったわけではない。
 しかしそれよりも遙かに始末に負えず、そしてオレにとって恐るべき存在がそこにはいたのだ。

 このとき視界の片隅に飛び込んできたのは、紛れも無くオレがどうしても会いたくなかった相手の筆頭だった。
 ちょっと待て! なんでコイツがここにいる?!

「おお。やはりおいででしたか、ここで待っていた甲斐があったというものです」

 笑顔でオレに近寄ってきたのは、忘れもしない聖女教会の使者ミツリーンだったのだ。
 そしてホン・イールはオレとミツリーンを交互に見て、嬉しそうにしている。

「おや。あなたの知り合いなの? これは面白い話が聞けそうね」

 どうしてオレの先回りなどしているんだ?
 オレは魔法を使って一日で常人の数倍の早さで移動していたはずだ。
 もちろんジャニューブ河の水運を使えばかなり早くここまでこれるはずだが、それでも最初からオレの行く先を知っていない限りこんな事が出来るはずが無い。

「あなたがここに来られるという情報を聞いていたので、お待ちしておりました」

 そうか。考えて見ればコイツは聖女教会の組織力がバックにあるんだった。
 恐らく聖女教会の誰かがオレの行動を追っている最中に、ライバンスの魔法学院への行き先を聞いていた情報をつかんだに違いない。
 そして『暁の使徒』達と一緒にいるときには手を出しづらいと思って、別れた後でこっちに先回りしていたんだ。

「ここでお目にかかれたのもきっと運命でしょう」

 ミツリーンはホン・イールの事は無視し、オレの前で恭しく頭を下げる。
 畜生! 霊体や魔法の脅威ばかり考えていて、コイツの事はすっかり忘れていたぞ!
 男にまとわりつかれるのはある意味で慣れっこだったけど、まさかここでコイツに待ち伏せされてしまうとは!
 運命の神がいるとしたら、やっぱりオレは呪われているということかよ!
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