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第8章 ライバンス・魔法学院編
第152話 追っ手と襲撃と
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オレは表情を引きつらせつつ、跪いたミツリーンを見下ろしていた。
見た目は丁重な態度だけど、その意図がオレを連れ戻す事にあるのは明らかだ。
そしてそれを見たホン・イールはここでオレの耳に小声で吹き込んでくる。
「ふうん……積もる話があるみたいね」
「言っておきますけど、この人とは何の関係もありませんから」
「もちろん出会った瞬間、感激の涙を浮かべて抱きしめてこなかったから、熱愛中の恋人同士というわけでないのは確かでしょう」
それは手垢のつきまくった三流ドラマのお約束演出じゃないか。
あんたほんとはイメージが貧困だと思うよ。
推測するにホン・イールは今まで恋人なんていなかったから、その手の安っぽい妄想が先に立ってくるんだろうな。
もちろんオレが人のことを言えた義理でないのは分かっているけど。
「だけど彼があなたを追ってここまで来たというなら、それが自分の意志であれ、誰かの命であれ、大した覚悟と行動力だと思うわよ。そんな男に追われる気持ちは私には分からないけど、一度ぐらい体験したいものね」
オレにとってミツリーンはただの鬱陶しいストーカー野郎でしかありませんから。
もしご希望ならガランディアと一緒にのしをつけて差し上げますよ。
「それでは私はちょっと下がっておくわね」
おい。確実にあんた何か誤解しているだろ!
「ガランディア君とどうなるかも興味あるし、なかなか面白い事になりそうね」
本当に遊ぶ気まんまんだな!
ホン・イールの脳内では、オレを巡って争う男二人の妄想が爆走しているのだろうけど、こっちはどっちもお断りですから。
そしてホン・イールが小さくスキップを踏みつつ立ち去ったのを確認したところで、ミツリーンはオレに向けて訴えてくる。
「前にも申し上げましたが聖女教会、そして何万、いえ何十万という民衆が一日千秋の思いで、あなた様のご帰還をお待ちしております」
「そんな大げさな事を言わないで下さい」
「とんでもありません。あなた様の業績からすれば当然のことです。偉大なる英雄として凱旋し、改めて人々の救済にその力をお貸し下さい」
「すみませんけどそれには応じられません」
オレは即答で拒絶したが、ミツリーンは特に落胆の様子は見せなかった。
恐らくここまでは想定通りなのだろう。
「もちろんあなた様の行動もまた女神イロールの神意を受けたものであることは重々承知しておりますとも」
だからその時点で丸っきり間違いだっつうの。
どうしてオレの周囲にはこっちの『神意』ならぬ『真意』をまるで考えてくれない連中ばっかりなんだ。
そりゃまあオレ自身が自分の本音を誰にも明かしていないから、相手だって分るはずが無いと言われればその通りだけどな。
「ですから今すぐとは申しません。そのかわりと言ってはなんですが、私をあなた様の下僕としてお使い下さい。それで一刻も早く、この地での要件を済ませて聖女教会へとお戻りいただけないでしょうか?」
もしもオレが正直に『男に戻る術を探している』と伝えたら、コイツは今の言葉通り協力するだろうか?
そんな事は絶対にないな。
どう考えてもオレの目的の邪魔をするどころか、下手をすれば実力行使でオレを連れ戻そうとするかもしれない。
残念ながらこの身を押さえ込まれ、魔法を使えなくされてしまったら、こっちは『無力な小娘』でしかないのだ。
しかし『女神イロールが人間だった千年前の情報を探る』というだけなら、ウソはついていないしコイツだって喜んで協力するだろう。
必要な情報をつかんだところで、とっととここに置き去りにしてやればいい。
そのためには幾つか確認しておくことがあるな。
「ところであなたはどうやってここに滞在しているのですか?」
「いろいろと情報を提供することで、受け入れてもらっています」
なるほど。ミツリーンはわざわざ聖女教会がこんなところまで送り込んで来るぐらいだから、いろいろな事情に通じていて当然か。
しかしオレがここに来なかったらどうするつもりだったんだ?
いや。冷静に考えれば、オレを追っている聖女教会の手先がこのミツリーン一人であるはずがない。
たまたまコイツと妙に腐れ縁があるだけで、他にもオレを探してあっちこっちで活動している輩がいるのだろう。
元の世界のようにスマホ一つで簡単に遠隔地と連絡が取れるわけではないから、今すぐというわけではないにしろ、ここにあんまり長居しているとドンドンやってくる連中が増える可能性があるな。
なるだけ早く立ち去るに越したことはないということだ。
「それではもう一つ尋ねますけど、あなたはこの地の言語について、どれぐらい通じていますか?」
オレの場合【翻訳】の魔法があるので、意味が通じる言語であれば全て理解出来るけどミツリーンにはそれは無理だろう。
「もちろん一般に使われる言葉なら問題はありませんが。専門的な言語となると……難しいですね」
そりゃまあそうだろうな。まあいい。
ここは無いよりもマシと思うべきだ。残念ながらオレにはコイツをここからたたき出す事は出来ないし、もちろん攻撃して倒すなんて真似も出来ない。
そんなわけで当面は利用させてもらうとしよう。ここしばらく他人に利用されてばかりだったから、一度ぐらいオレが他人を利用したっていいよね?
とりあえずミツリーンにはオレの情報収集の手助けをしてもらおう。
ただしオレが狙われている事については伏せておこうか。
もしそれを知ったら『急いでここを出ましょう』と言いだしかねないし、またオレを守るためと称してつきまとわれる可能性も否定出来ないからな。
ついでに言えばいかに『聖女教会の差し向けてきた追っ手』であっても、オレを守るために他人が犠牲になったら気分が悪い。
どうしても必要というならいざしらず、今のところは何もなかったという事にしておこう ―― もっともミツリーンはバカでは無いから、遠からず気付かれてしまうとは思うけどな。
「それではいったい何をすればよいのかお教え下さいますか?」
「これからこの学校にある図書館の資料を見せてもらう約束になっています。そこで必要な知識を探します」
オレのこの返答にミツリーンは少しばかり引いた表情を浮かべる。
「聞くところによるとここの図書館には蔵書が数十万冊はあるそうですが、それを調べるのですか?」
印刷技術の進歩した元の世界だとちょっと大きめの図書館ぐらいの蔵書数だけど、本が高価な貴重品であるこっちの世界の基準ではもの凄い大図書館なんだろうな。
恐らくミツリーンもそんなところで必要な知識を探すような経験は無いのだろう。
あと元の世界では図書館の蔵書はコンピュータで検索できたし、それがなくとも綺麗に整理整頓されているのが当たり前だった。
たぶんこっちの世界ではコンピュータはもちろん、蔵書を整理する技術ですら未発達だろうから、書籍を探す手間も遙かに大きいのだろうな。
これまでに見たところでは個々の本もまた索引どころか目次ですらロクにない事も珍しくなかった。
オレの場合、魔法によってピンポイントで必要な情報のある蔵書を探し出せるから、そこについての心配はあんまりないのだが、ミツリーンにすれば想像を絶するような遠大な作業に思えるのだろうな。
「探しているのは女神イロールに関する知識です。千年あまり前、まだ人間だった女神は、この西方で活動していたそうなのでそれについて調べたいのです」
「そうですか……いえ。分りました」
随分とあっさり納得するんだな。
どれだけの手間がかかるのか、皆目見当もつかないはずだけど、まあそれを言ったらオレ一人をこの西方から探し当てる方がよっぽど大変か。
たぶんオレとここで対面出来た時点で『運命』とか『神の意志』とか考えて、楽観的に受け止めているのかも知れない。
「理由は聞かないのですか?」
「あなた様の行いであれば、それは神命に他ならないでしょう。私ごときが疑問を挟む事ではありません。何年かかろうとも喜んで協力させていただきますとも」
ミツリーンが今のところは手を貸す気なのは本当らしい。
しかしコイツも聖女教会の手先であり、無条件に信頼する事は出来ないな。
そんな事を考えていると、こちらを呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら案内の女性職員が来たようだ。
「それでは話はまた後にしましょう」
「分りました。では後ほど」
改めて頭を下げるミツリーンと離れて、オレは施設の奥に足を向けた。
とりあえずミツリーンとも別れた後、その日の夕刻、オレは自分に与えられた個室で過ごしていた。
以前、後宮に入っていた時の部屋と大して変らない、最低限度の家具だけが置かれた殺風景な部屋である。
聞いたところではこの施設に現在、滞在しているのは数十人はいるようだ。
オレのように短期滞在を前提として、自分の知識や魔術の情報を何らかの見返りと共に提供している人間が大半で、亡命者などで長期的に滞在しているのは十人もいないらしい。
まあこの学校にしても魔法や信仰に関する知識さえ引き出したら用済みになるわけで、それでも滞在を認めるのは相応の理由がある相手だけだろう。
そんでもって男性と女性では本来、部屋は別々だがどうやら中には一緒に暮らしている連中もいるらしい。
ここで何年も過ごしていると、逃げ込んだ人間同士でいろいろとあるということだ。
ただし子供が出来た場合、養子に出すか、親子そろってここを出て行くかの二択らしい。
そりゃまあ価値があるから保護しているにしても赤ん坊までは対象外になって当然だろうな ―― さすがに赤ん坊を魔法の実験材料にするのは禁じられているが、この学校の場合、裏でこっそりそんな所行に手を染める外道がいてもおかしくないな。
とにかくミツリーンが協力すると言っても、オレの事を聖女教会に報告し、また仲間を呼び寄せようとしているのも確実だ。
オマケにオレの身を狙っている相手がいろいろといるわけで、あらゆる意味でここに長居は禁物だ。
目立つわけにもいかないので、可能な限り部屋から出ないことにしよう。
そう思っていると、唐突にドアがノックされる。
そろそろ夕食の時間だろうか。
だがオレがドアを開けた瞬間、勢いよく扉が吹き飛ぶように開けられ、オレの首に向けて手が伸びてくる。
やっぱり!
オレは伸ばされた手をはねのけ、背後に飛んで間合いをとる。
ケノビウスから学んでいた【筋力向上】の魔法がこんなところで役に立つとは思ってもみなかったな。
しかしこんな時でも何かあるとついつい身構え、魔法を自分にかけておくようになってしまった自分自身がちょっとイヤだ。
このとき入ってきた相手は、フードを目深くかぶってその顔もよく見えないが、そこでぼんやりと輝いている赤い瞳は明らかに人間のものではない。
そしてオレに向けて突き出された手は、まるで『骨にかろうじて干からびた肉が張り付いている』ような代物でまったく生気というものが感じられない。
何より相手の魔力や生命力も見る事の出来る【霊視】でもコイツの生命がまるで見る事が出来ない。
まさか?! 久方ぶりに遭遇するアンデッドか何かか?
まったく。休憩の時間もロクに与えてくれないとは困ったものだ。
オレは覚悟を固めつつ、新たに姿を見せた異様な人影に向き合った。
見た目は丁重な態度だけど、その意図がオレを連れ戻す事にあるのは明らかだ。
そしてそれを見たホン・イールはここでオレの耳に小声で吹き込んでくる。
「ふうん……積もる話があるみたいね」
「言っておきますけど、この人とは何の関係もありませんから」
「もちろん出会った瞬間、感激の涙を浮かべて抱きしめてこなかったから、熱愛中の恋人同士というわけでないのは確かでしょう」
それは手垢のつきまくった三流ドラマのお約束演出じゃないか。
あんたほんとはイメージが貧困だと思うよ。
推測するにホン・イールは今まで恋人なんていなかったから、その手の安っぽい妄想が先に立ってくるんだろうな。
もちろんオレが人のことを言えた義理でないのは分かっているけど。
「だけど彼があなたを追ってここまで来たというなら、それが自分の意志であれ、誰かの命であれ、大した覚悟と行動力だと思うわよ。そんな男に追われる気持ちは私には分からないけど、一度ぐらい体験したいものね」
オレにとってミツリーンはただの鬱陶しいストーカー野郎でしかありませんから。
もしご希望ならガランディアと一緒にのしをつけて差し上げますよ。
「それでは私はちょっと下がっておくわね」
おい。確実にあんた何か誤解しているだろ!
「ガランディア君とどうなるかも興味あるし、なかなか面白い事になりそうね」
本当に遊ぶ気まんまんだな!
ホン・イールの脳内では、オレを巡って争う男二人の妄想が爆走しているのだろうけど、こっちはどっちもお断りですから。
そしてホン・イールが小さくスキップを踏みつつ立ち去ったのを確認したところで、ミツリーンはオレに向けて訴えてくる。
「前にも申し上げましたが聖女教会、そして何万、いえ何十万という民衆が一日千秋の思いで、あなた様のご帰還をお待ちしております」
「そんな大げさな事を言わないで下さい」
「とんでもありません。あなた様の業績からすれば当然のことです。偉大なる英雄として凱旋し、改めて人々の救済にその力をお貸し下さい」
「すみませんけどそれには応じられません」
オレは即答で拒絶したが、ミツリーンは特に落胆の様子は見せなかった。
恐らくここまでは想定通りなのだろう。
「もちろんあなた様の行動もまた女神イロールの神意を受けたものであることは重々承知しておりますとも」
だからその時点で丸っきり間違いだっつうの。
どうしてオレの周囲にはこっちの『神意』ならぬ『真意』をまるで考えてくれない連中ばっかりなんだ。
そりゃまあオレ自身が自分の本音を誰にも明かしていないから、相手だって分るはずが無いと言われればその通りだけどな。
「ですから今すぐとは申しません。そのかわりと言ってはなんですが、私をあなた様の下僕としてお使い下さい。それで一刻も早く、この地での要件を済ませて聖女教会へとお戻りいただけないでしょうか?」
もしもオレが正直に『男に戻る術を探している』と伝えたら、コイツは今の言葉通り協力するだろうか?
そんな事は絶対にないな。
どう考えてもオレの目的の邪魔をするどころか、下手をすれば実力行使でオレを連れ戻そうとするかもしれない。
残念ながらこの身を押さえ込まれ、魔法を使えなくされてしまったら、こっちは『無力な小娘』でしかないのだ。
しかし『女神イロールが人間だった千年前の情報を探る』というだけなら、ウソはついていないしコイツだって喜んで協力するだろう。
必要な情報をつかんだところで、とっととここに置き去りにしてやればいい。
そのためには幾つか確認しておくことがあるな。
「ところであなたはどうやってここに滞在しているのですか?」
「いろいろと情報を提供することで、受け入れてもらっています」
なるほど。ミツリーンはわざわざ聖女教会がこんなところまで送り込んで来るぐらいだから、いろいろな事情に通じていて当然か。
しかしオレがここに来なかったらどうするつもりだったんだ?
いや。冷静に考えれば、オレを追っている聖女教会の手先がこのミツリーン一人であるはずがない。
たまたまコイツと妙に腐れ縁があるだけで、他にもオレを探してあっちこっちで活動している輩がいるのだろう。
元の世界のようにスマホ一つで簡単に遠隔地と連絡が取れるわけではないから、今すぐというわけではないにしろ、ここにあんまり長居しているとドンドンやってくる連中が増える可能性があるな。
なるだけ早く立ち去るに越したことはないということだ。
「それではもう一つ尋ねますけど、あなたはこの地の言語について、どれぐらい通じていますか?」
オレの場合【翻訳】の魔法があるので、意味が通じる言語であれば全て理解出来るけどミツリーンにはそれは無理だろう。
「もちろん一般に使われる言葉なら問題はありませんが。専門的な言語となると……難しいですね」
そりゃまあそうだろうな。まあいい。
ここは無いよりもマシと思うべきだ。残念ながらオレにはコイツをここからたたき出す事は出来ないし、もちろん攻撃して倒すなんて真似も出来ない。
そんなわけで当面は利用させてもらうとしよう。ここしばらく他人に利用されてばかりだったから、一度ぐらいオレが他人を利用したっていいよね?
とりあえずミツリーンにはオレの情報収集の手助けをしてもらおう。
ただしオレが狙われている事については伏せておこうか。
もしそれを知ったら『急いでここを出ましょう』と言いだしかねないし、またオレを守るためと称してつきまとわれる可能性も否定出来ないからな。
ついでに言えばいかに『聖女教会の差し向けてきた追っ手』であっても、オレを守るために他人が犠牲になったら気分が悪い。
どうしても必要というならいざしらず、今のところは何もなかったという事にしておこう ―― もっともミツリーンはバカでは無いから、遠からず気付かれてしまうとは思うけどな。
「それではいったい何をすればよいのかお教え下さいますか?」
「これからこの学校にある図書館の資料を見せてもらう約束になっています。そこで必要な知識を探します」
オレのこの返答にミツリーンは少しばかり引いた表情を浮かべる。
「聞くところによるとここの図書館には蔵書が数十万冊はあるそうですが、それを調べるのですか?」
印刷技術の進歩した元の世界だとちょっと大きめの図書館ぐらいの蔵書数だけど、本が高価な貴重品であるこっちの世界の基準ではもの凄い大図書館なんだろうな。
恐らくミツリーンもそんなところで必要な知識を探すような経験は無いのだろう。
あと元の世界では図書館の蔵書はコンピュータで検索できたし、それがなくとも綺麗に整理整頓されているのが当たり前だった。
たぶんこっちの世界ではコンピュータはもちろん、蔵書を整理する技術ですら未発達だろうから、書籍を探す手間も遙かに大きいのだろうな。
これまでに見たところでは個々の本もまた索引どころか目次ですらロクにない事も珍しくなかった。
オレの場合、魔法によってピンポイントで必要な情報のある蔵書を探し出せるから、そこについての心配はあんまりないのだが、ミツリーンにすれば想像を絶するような遠大な作業に思えるのだろうな。
「探しているのは女神イロールに関する知識です。千年あまり前、まだ人間だった女神は、この西方で活動していたそうなのでそれについて調べたいのです」
「そうですか……いえ。分りました」
随分とあっさり納得するんだな。
どれだけの手間がかかるのか、皆目見当もつかないはずだけど、まあそれを言ったらオレ一人をこの西方から探し当てる方がよっぽど大変か。
たぶんオレとここで対面出来た時点で『運命』とか『神の意志』とか考えて、楽観的に受け止めているのかも知れない。
「理由は聞かないのですか?」
「あなた様の行いであれば、それは神命に他ならないでしょう。私ごときが疑問を挟む事ではありません。何年かかろうとも喜んで協力させていただきますとも」
ミツリーンが今のところは手を貸す気なのは本当らしい。
しかしコイツも聖女教会の手先であり、無条件に信頼する事は出来ないな。
そんな事を考えていると、こちらを呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら案内の女性職員が来たようだ。
「それでは話はまた後にしましょう」
「分りました。では後ほど」
改めて頭を下げるミツリーンと離れて、オレは施設の奥に足を向けた。
とりあえずミツリーンとも別れた後、その日の夕刻、オレは自分に与えられた個室で過ごしていた。
以前、後宮に入っていた時の部屋と大して変らない、最低限度の家具だけが置かれた殺風景な部屋である。
聞いたところではこの施設に現在、滞在しているのは数十人はいるようだ。
オレのように短期滞在を前提として、自分の知識や魔術の情報を何らかの見返りと共に提供している人間が大半で、亡命者などで長期的に滞在しているのは十人もいないらしい。
まあこの学校にしても魔法や信仰に関する知識さえ引き出したら用済みになるわけで、それでも滞在を認めるのは相応の理由がある相手だけだろう。
そんでもって男性と女性では本来、部屋は別々だがどうやら中には一緒に暮らしている連中もいるらしい。
ここで何年も過ごしていると、逃げ込んだ人間同士でいろいろとあるということだ。
ただし子供が出来た場合、養子に出すか、親子そろってここを出て行くかの二択らしい。
そりゃまあ価値があるから保護しているにしても赤ん坊までは対象外になって当然だろうな ―― さすがに赤ん坊を魔法の実験材料にするのは禁じられているが、この学校の場合、裏でこっそりそんな所行に手を染める外道がいてもおかしくないな。
とにかくミツリーンが協力すると言っても、オレの事を聖女教会に報告し、また仲間を呼び寄せようとしているのも確実だ。
オマケにオレの身を狙っている相手がいろいろといるわけで、あらゆる意味でここに長居は禁物だ。
目立つわけにもいかないので、可能な限り部屋から出ないことにしよう。
そう思っていると、唐突にドアがノックされる。
そろそろ夕食の時間だろうか。
だがオレがドアを開けた瞬間、勢いよく扉が吹き飛ぶように開けられ、オレの首に向けて手が伸びてくる。
やっぱり!
オレは伸ばされた手をはねのけ、背後に飛んで間合いをとる。
ケノビウスから学んでいた【筋力向上】の魔法がこんなところで役に立つとは思ってもみなかったな。
しかしこんな時でも何かあるとついつい身構え、魔法を自分にかけておくようになってしまった自分自身がちょっとイヤだ。
このとき入ってきた相手は、フードを目深くかぶってその顔もよく見えないが、そこでぼんやりと輝いている赤い瞳は明らかに人間のものではない。
そしてオレに向けて突き出された手は、まるで『骨にかろうじて干からびた肉が張り付いている』ような代物でまったく生気というものが感じられない。
何より相手の魔力や生命力も見る事の出来る【霊視】でもコイツの生命がまるで見る事が出来ない。
まさか?! 久方ぶりに遭遇するアンデッドか何かか?
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