異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第8章 ライバンス・魔法学院編

第159話 英雄にして背教者の真実は?

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 ガランディアの後ろ姿が視界から消えたところで、今度こそ俺はベッドに戻る。
 横になって天井を眺めつつ、今日の出来事を反芻していた。
 実のところガランディアと話をしているときに、ドアがいきなり開いてスビーリー達が飛び込んできた阿鼻叫喚となる可能性を考えていたのだが、どうやらそこまでパターン通りというわけでもないらしい。
 その場合は暴力的行動を抑止する【調和】ハーモニーか精神を強制的に落ち着かせる【平穏】カームの魔法をかけてどうにか事態を収拾するつもりだったが、その必要がなかったので一応はホッとした。
 別に嬉しくも何ともないのだが、ようやく一安心というところである。

 しかしガランディアの能力が『他人の魔法をコピー出来る』というものだったとはな。
 よくあるパターンではあるけど、何かが引っかかる。
 そうだ。もしも本当にガランディアが『英雄にして背教者ガーランド』の末裔で、なおかつあの能力がガーランド由来のものだとしたら ―― まさか?!

 このときオレは一つの可能性に思い当たっていた。
 ひょっとしたらガーランドはオレに近い存在だったかもしれない ―― もちろん性転換させられたとかそういう話ではない。
 ガーランドはオレと同様に一神教も多神教も分け隔ての無い、よく言えば宗教には『寛容』で、悪く言えば『無節操』な人間だったと考えられないだろうか。

 ガーランドが一神教の開祖である聖セルムの仲間だった時点では、聖セルム教にはまだ厳格な教義は整えられていなかったはずだ。
 そして何よりも圧倒的な少数派からスタートしただろうから、周囲に存在する多神教に対していきなり敵意をむき出しにしていたわけでもなかったろう。
 しかしそれでもやはり他の宗教の正当性を否定する態度から、警戒どころか時には迫害だってされたのは間違いない。
 そんな中でガーランドは聖セルムの仲間として、信仰のためではなく、その友誼から一神教に手を貸し、また『他者の魔法を真似出来る』という自分の能力を生かして多神教側にも取り入って、周囲との摩擦をどうにか穏便にすませるよう努力していたと思う。

 それが現在に語り継がれている聖セルム教団の初期における『英雄』としてのガーランドの姿なのだ。
 その過程でガーランドが当時は西方で活動していたらしい、まだ人間だった頃のイロールと何らかの関係を築いていたとしても不思議はない。
 だがそれから数十年を経て聖セルム教団の勢力が拡大した結果として、今度は一神教徒の方が周囲の多神教や精霊信仰を迫害するようになっていったはずだ。
 そしてそのときガーランドは一神教徒達に、他の宗教に体する寛容さを説き、敵視する事を止めようとしたのではないだろうか。

 これは一神教徒の側からすれば、今まで彼らを守っていたガーランドが裏切ったように見えたかもしれないが、彼の考えからすれば一貫した行動だったことになる。
 いや。その場合、多神教徒から見てもガーランドの行動は理解しづらいものとして写ったとしても不思議では無い。
 なぜなら今のオレだって、自分の行動を俯瞰して見られたら、この世界のどんな人間でも理解に苦しむものに見えるだろうという、変な自信があるからな。
 宗教を基準に物事を考えている事が殆どのこの世界の住民からすれば、そんな枠など二の次に過ぎないオレの方がこっちでは異端者なのだから。
 伝説に語られるガーランドの姿にまるで一貫性が無いのも、オレと同様にその行動原理がこの世界の基準に合致してないからなのかもしれないのだ。
 そしてガーランドが元から親交のあったイロールと協力した事が、いつの間にやら『ガーランドを誘惑し、堕落させたのが黄金の髪と青紫の瞳を持つ美しき乙女』という話にばけてしまったのではないか。

 う~ん。オレのように宗教的無節操で、相手の宗教よりも個人的な友誼の方がずっと大事な人間でないとこういう見方は出来ないだろうな。
 しかしどっちにしてもこれはオレの想像に過ぎないし、もちろん証拠など何一つとしてない。
 それに何よりもガーランドの事は優先順位としては後回しだ。
 だけど好奇心は刺激されるし、もしも本当にオレと同じような『宗教的無節操』な相手だったとしたら、ガーランドの末路についても色々と調べて見たい。
 とりあえず余裕があればそっちも調べてみるとしよう。
 いろいろあって、いろいろな相手と出会い、そして変な相手に襲撃され命がけでどうにか切り抜け、そしてそれでも問題は何も解決せずに、これからやるべき事が山積している。
 何とも困り果てた状況だな。
 なんだってここまで逆境に直面してばかりなんだろうか ―― 冷静に考えるとこの世界に来てからの今までのオレと何も変らないや。
 うう。すっかりこんな境遇に慣れてしまった気がするよ。
 そりゃまあ今まで物事が順調に進んだ事など一度もないから、仕方ないと言えばその通りなんだけど、女である事に慣れるのと同じぐらい、これはこれでヤバい事なんじゃないだろうか。
 オレは元の世界における平和ボケした男子高校生の立場から、ドンドン離れていく一方である現実をかみしめつつ、この日はようやく眠りにつくこととなった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 翌日の朝、オレは目が覚めると早々に女子寮を出ることにした。
 アニーラ達から改めてなんだかんだと釘を刺しにこられることをちょっとばかり警戒したということもあるが、いつまでも同じ所に留まっていたら、やっぱり心配になってくる。
 何しろ昨日、精霊やアンデッドを送り込んできた相手に見張られている可能性も高いので、のんびりとしていられないのだ。

 そんな事を考えつつ、オレは女子寮の裏口からなるだけ目立たないように外に出る。
 もちろん前もって《魔法眼》と《霊視》をかけておいて、魔法や霊体による襲撃があってもそれを察知できる準備は整えてあるが、なにしろこの学校ではあちこちに、そういう存在が蠢いているのであんまり頼りにならないのだ。
 まあさすがに人目が沢山あるところで攻撃はしてこないとは思うが、それも単なる期待に過ぎない。
 ここはなるだけ急いでホン・イールと合流するしかないだろう。
 あの研究バカに早く会いたい気持ちになるなんて、一日前のオレ自身が想像だに出来ない事だったろう。

 そんな事を考えつつ変態教授を探していると、魔法で強化しているオレの視界のかなり先にてホン・イールが二人組で歩いているのが飛び込んできた。

 あれ? 一緒にいるのはガランディアかと思っていたら、違うようだぞ。
 相手は研究者の服装をしているから、どうやら同僚らしい。
 一見すると人が良さそうな笑顔を浮かべている初老の男性だ。
 さすがに何を会話しているのかまでは分らないが、ホン・イールが頭を下げると男の方は愛想のよい態度のままで小さく手を挙げ、そのまま去って行った。
 見たところは普通の同僚同士の会話なんだが、二人の背後にどこかドロドロしたものが感じられてしまうのは、オレが疑い深くなっているからなのだろうか。

 男が消えたところでオレが駆け寄るとホン・イールはどこかホッとした表情を浮かべる。
「おはようございます」
「よかったわ。無事だったのね」

 無事だって?
 このありふれた言葉も、今のオレにはいろいろと複雑な意味がある。
 昨日、彼女と別れた後にもアンデッドに襲撃されて死にかけるわ、女子寮で美少女に挟まれて一緒に風呂に入るわ、スケベ野郎が忍び込んでくるわ、もういろいろあって何がなんだか分らない状況だ。
 それでも今までオレが受けてきた扱いに比べれば『いつものこと』レベルの話だから、確かに『無事』と言ってしまえばその通りかもしれない。

「昨日、こちらに何があったのかはご存じなんですよね?」
「もちろんよ。ところで――」

 ここでホン・イールは先ほど別れた老人が去って行った方向をチラと見る。

「さっきわたしがお爺さんと話をしていたのを見ていたでしょう」
「ええ……まあ……」

 オレの視線に気付いていたのか? 相変わらずどこか抜けているようで、妙に鋭かったりと本当につかみどころがないな。
 こんなところは弟子のカリルとよく似ている。
 そしてホン・イールの言葉の片隅には、どこか相手をさげすむ空気が含まれているような気がしたのだ。

「あの人は普段、ろくに会話もしない教授の一人なんだけど、どうやらあなたを一緒に研究したいと思っているらしいわね」

 ええ? オレの事を共同研究だって?!
 なにか猛烈にイヤな予感してきたぞ。

「それで……どう答えたのですか?」
「もちろん丁重にお引き取り願ったわよ。いっそあの老人は息をお引き取りしてくれたらありがたかったんだけどね」

 あんたも随分と容赦ないな!

「それは……やっぱり研究成果は人に見せられないという事なんですか?」
「貴重なじっけんざいりょ……もとい証言者をそうそう人に渡せるものですか」

 おい! ちょっと待て!

「いま実験材料と言いかけましたね?!」
「大丈夫。大丈夫。わたしは気にしてないから」
「こっちが激しく気にしているんですよ!」
「不老不死の癖に細かい事を気にするのね。どうせあなたはわたしなんかよりずっと長生きするんだから、小さな事にこだわっていたらダメよ」
「それはどうもすみませんね」

 だいたいオレが不老不死だなんて、アンタが勝手に決めつけているだけだろ。
 まあオレ自身も自分の身体が『少女と大人の女性の中間』のままで、全然変らない事は気付いているけど、不老不死の域にまで達しているとは思ってない ―― まあどっちにしても実感など無いので、そんな事を言われてもピンとこない。

「この学校内で、こっちの事がもう広まっているんですか?」
「当たり前よ。あなたクラスの存在ともなれば、この学園でもそうそう見つかるものじゃないのだからね」
「それではわたし並の存在とは、いったいどれぐらいの頻度で見つかるのですか?」

 そうは言ってもこの学校で生徒や教員が精霊のようなヤバい存在に襲撃されるのは、月に一回かそこらだと聞かされた事もあるし、ホン・イールの感覚がオレのものとは全く違っているのは明らかだ。 

「たぶん。数百年の歴史でも初めてじゃないかしら」

 いまアンタはとんでもない事をサラリと言ったな!

「過去にはこの学園出身で列聖された人間も何人かいますけど、その生前に示された魔力でもあなたには及びませんよ」

 オレの魔力が群を抜いている事は喜ばしい事かもしれない。
 しかしそのオレを目当てに、マッドな学者が絡んでくる危険性が高いとなるととても喜んではいられない。
 ああ。オレの外見だけを評価して、イヤらしい男共が呼びもしないのに寄ってきた時は、本当にウンザリしていたものだった。
 しかしその状況を脱したら次は魔力を評価されてマッドな学者達が寄ってくるとは、つくづく世の中は理不尽だよ。
 オレにとっては『当たり前』のことなんだけどな。
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