異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第8章 ライバンス・魔法学院編

第161話 ようやく図書館に向かうと

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 オレはどうにか内心の動揺を押し殺す。
 まあいくら何でもホン・イールが真相に気付いているはずもないが、それでも余計な情報を与えたら、きっともっと斜め上にろくでもない妄想をしてくれるはずだからな。

「あなたはそんな話を信じているんですか?」
「まさか。今のは無数にある噂話のごく一部に過ぎないのよ。わたしだってそんなものを裏付けもなく鵜呑みにするほどバカじゃないわ。もしも事実だとしたら、もの凄く興味あるけどね」
「それはひょっとして『生きたまま解剖したいぐらい』ですか」
「もちろんよ」

 そこは表面だけでもいいから否定してくれ!

「大丈夫よ。あなたの能力なら死なない限り、幾らでも回復出来るでしょう? しかも昨日の話を聞くとどうやら、自己再生能力も桁外れらしいし、内蔵の一つや二つ献体してくれたら、わたしは嬉しさのあまり、ショックで心臓が止まってしまうかもしれないわよ」

 いっそ本当に心臓が止まってくれればよかったのにな!

「解剖も内臓の献体もキッパリとお断りします!」

 借金苦で腎臓を売る話なら元の世界でもよくあったけど、仮に再生するとしても自分の内臓を差し出すなど真っ平だ。

「それは残念ね……だけど気をつけてちょうだい。わたしは慎み深いから、そこまで厚かましい要求はしないけど――」

 あんたのその言葉は辞書の『慎み深い』から名誉毀損で訴えられるレベルの暴言だぞ!

「他の教授達だったら、どんな要求をしてくるか分からないからね」

 ああ。つい先日までオレは『男から体を求められる』事がしょっちゅうで、それをかわすためにずいぶんと苦労させられてきたものだった。
 しかしそれをしのいだら、次にはもっと別の、しかもさらに悪い意味で『体を求められる』ことになろうとは。
 本当に『唯一なるもの』は可能性を尊ぶだけあって、ろくでもない可能性をどんどんとオレの前に示してくれるな。
 こんな事が続いたらオレはあらゆる可能性を否定するという『名の無きもの』に改宗してしまうかもしれないぞ。
 しかしとりあえずここは話題を切り替えてオレの知りたい情報をホン・イールから引きだそう。もちろんオレの前歴についてごまかすためでもある。

「一つ伺いたいのですけど、この世界で体を変化させる魔法というのは、どれぐらい存在しているのですか?」
「それは傷を治す回復魔法だとか、能力を引き上げる身体操作系魔法とは別の話なの?」
「ええ。昔話でよくあるように、人間の体を別のものに変えたりとか、若返ったり、性別を変えたりするものですよ」

 これだけさりげなく含めておけば、ホン・イールにも疑問を持たれたりはしないはずだ。

「ふうん。そんなことを知りたいと言うことは、あなたは実は男だったけど、女に変身させられたとかだったりするわけ?」

 どがしゃあん。
 オレはいきなり真相を見抜かれた事で、思わず椅子から転げ落ちた。
 なんで今の話だけでそこまで見抜かれるんだ!

「ど、どうしたの? 椅子が壊れていたのかしら?」

 ホン・イールは少々驚いた様子で、こっちを見ている。
 どうやら今の台詞が図星だったとは全く思っていないらしい。

「いえ……何でもありません」
「それだったらいいんだけど、まさか今の冗談を本気にされてしまったのかと、ちょっと真剣に心配したわよ」
「ははは……」

 ついつい乾いた笑いがオレの口から漏れてしまう。

「それで話の続きだけど、たとえば一時的に姿を変える魔法そのものは別に珍しいものではないわ。だけどそれはあくまでも外見を似せるだけのものよ。だから鳥に化けても空は飛べないし、魚に化けても水に潜れるようになるわけじゃないわ」
「そういうものなんですか……」

 確かに当初はオレもドルイド魔術で身体を動物に変化させたり出来るんじゃないかと期待したけど、未だにそんな事は出来ない。
 多くのファンタジーで変身魔法はそれなりに高度なものではあっても、よく見かけるものだけど、回復魔法がこの世界では非常に希なのと同じように、身体を変化させる魔法も極めて難しいものなのか。

「ただし生きている存在の身体を変える魔法が存在しているのは間違いないわ。たとえば東方では龍を神として崇めている宗教が広く伝わっているのだけど、その中には己の身を龍と化す事を教えている宗派があるそうよ」

 ええ? サラリと言い切っているけど、それは相当凄くない?
 本当だとしたら性転換どころの騒ぎでは無いのでは。

「だけどその宗派では手足の一本を龍と化すだけで一年やそこらの修行が必要で、全身を人間サイズの龍に変えるのには十年、更にその身体を本物の龍と同等にまで大きく強靱なものとし、火を吹き、空を飛べるようになる域に達するには五十年はかかるそうよ。しかも龍になっていられるのは一日に一回、決められたごく短時間だけらしいわ」

 うわあ。その話が本当だとすると、龍になったと言えるレベルになるには、人生の全てをそれに捧げる必要があり、しかも化けていられるのは下手をするとウルト○マン程度の時間なのか。
 本当に人間が龍の力を得られるなら、それだけで十分に凄いかもしれないけど、殆どの人間にはついていけない世界だな。
 しかしオレの身体は龍に変る程では無いにしても、まったく別人といっていい程変っているのに、いったい何がどうなっているのか。
 正直に言って謎が深まるばかりだ。それとも何か重大な見落としがあるのだろうか。


 とりあえず今はホン・イール本人も知らない話をしても想像の域は出ないわけで、ここはオレにとってのもっとも重要な話に入るとしよう。

「それで結局、図書館の入館を許可してもらえたんでしょうか?」
「仕方ないわね」

 ホン・イールはちょっとばかり残念そうな顔をする。もっとうんちくを披露したかったのだろうか。

「とりあえず図書館の閲覧許可は下りたわよ。これだけ早く許可されたのは、わたしの人徳だと思ってね」

 たぶん違うな。むしろオレを目当てにしている人間が裏で何か画策していると考えるべきだろうな。

「ただし保証人がわたしだから、何か問題があったら責任はわたしがかぶることになるのよ。そこは十分に気をつけてね」
「分りました……」

 まあ仕方ないだろう。この世界では本は貴重品なのだから、それも必要な事は分る。
 ただオレの場合、本を読んでいる最中でも何ものかの襲撃まで警戒しないといけないからな。
 ここの法律は知らないけど、襲撃を受けて書物を損壊した場合、下手をすれば『損害は全部弁償しろ』などという話にもなりかねない。

「あなたなら大丈夫だとは思うけど、万一の事があったら身体を売ってでも弁償してもらうからね」

 あんたどこか嬉しそうだな!
 別に金などどうでもいいけど、もしもオレの所持金を上回る請求をされた場合、当然ながら『身体を売る』という選択肢は無いので、とっとと逃げ出させてもらうとしよう。
 請求はオレを襲ってくる連中の方につけておいてくれればいい。
 何だったら目障りなミツリーンの身柄を売ってもいいぞ ―― あいつが売れるかどうかは別として。

「そういえば図書館には警備の精霊とかはいないんですか?」

 聞くところではこのホン・イールの蔵書ですら警備の精霊がいるそうだが、この学園の図書館となると《眠るもの》みたいにメチャクチャ強い怪物が潜んでいてもおかしくない。

(眠るもの:クトゥルフ神話のセラエノ大図書館にて図書館から本、または中の知識を書き写したものを持ち出そうとした相手をその文献ごと引きずり込む怪物)

「もちろんいるわよ。しかも図書館の守護精霊はこの学園そのものの守護精霊でもあるわ」

 確かに過去の研究成果や調査結果など蓄積された知識を収めた場所は、ここではもっとも重要な場所の一つだから、それも当然だろうな。

「だからあなたでもやりあったら勝つのはかなり難しいと思うわよ」

 そもそもそんな相手とやり合う気なんてさらさらありません!
 昨日だって名前も知らない《乾物男》とやり合って死にかけたのに、余計な戦いなんかしたくもないです!

「それでは今すぐにでも図書館に行かせてもらっていいですか」

 考えて見ると図書館のように本が沢山ある場所に行くのは、最初に訪れたラマーリア王国以来か。
 まだ数ヶ月しか経っていないのに、今では随分と前の話の気がするな。オレ自身、見た目はまるで変っていないけど、中身も周囲も別物になってしまったよ。
 いや。そんな事を考えていてもしょうがない。
 とりあえず図書館に行って可能な限り情報を収集するとしよう。
 しかし蔵書を見せてもらうだけで、苦労どころか命がけになりかねないとは、本当に元の世界の平和ボケしていられた男子高校生の日々が懐かしいよ。

「いいわよ。ただしガランディア君も同行してもらうけど構わないわね。彼はわたしの代理人として立ち会ってもらうから」
「仕方ないでしょうね……」

 ホン・イールがオレとガランディアをくっつけようとして、あれこれ画策している事は今さらわかりきった話だ。
 不本意だけどここは最大限、利用させてもらうとしよう。

「それではもう少ししたらガランディア君も来るはずだから――」

 そこまでホン・イールが口にしたところで、研究室のドアが開いて見慣れた少年の姿が目に入る。
 やってきたガランディアは俺の姿を見て、安堵の表情を浮かべつつ一礼する。

「おはようございます」
「よく来てくれたわね。今日はここから図書館に彼女と一緒に行ってきて、手助けと監視をしていてくれないかしら?」

 だからあんたはもう少し発言をオブラートに包む事を学んでくれ!

「別にいいですけど……授業はどうしますか?」

 ここでガランディアは俺の方をチラ見しつつ問いかける。どっちかと言うと、オレと同行できる事を喜んでないか?

「大丈夫よ。なんだったら図書館に行くという口実で学校サボって、二人一緒に連れ込み宿にしけ込んでも一向に構わないから。ただしその場合、後で細大漏らさず報告してね」
「きょ、教授! 何ですかそれは?!」

 ガランディアはいつものごとく顔を真っ赤にしてわめく。
 まったく何考えてんだ! ああもう。ホン・イールと付き合っていたら、こっちの神経が無駄にすり減る一方だな。

「そういう事にはなりませんので、ご心配は無用ですよ」

 もう内心でもツッコミを入れるのに疲れた。ここは華麗にスルーするとしよう。
 ここで頬を染め、恥ずかしげに必死で否定なんかしたら定番のツンデレヒロインみたいになってしまうからな。

「そ、そうですよ。幾ら教授でも冗談が過ぎます」

 さすがのハーレム野郎も ―― いや。ハーレム野郎だからこそか ―― ここまであからさまに言われたら引いてしまうようだな。
 こうしてみるとやっぱりホン・イールは研究一筋で生きてきたせいか、男女の交際には疎いのだろうな。
 オレとガランディアをくっつけようとしているとしても、急ぎすぎてかえってガランディアが尻込みするようになっているな。
 そう考えるとむしろガランディアとの間にホン・イールがしゃしゃり出てくるのはオレにとってはありがたいということだろうか。

「それでは図書館に行ってきていいですか?」
「どうぞ。これが入館の許可証よ」

 オレはホン・イールから許可証を預かり、それで小さくため息をつく。
 ふう。ここまで来るだけでも大陸の半分を横切って、途中でいろいろあった実に長い道のりだったな。
 しかしここからが本番なんだ。
 オレは気分を引き締めて、ようやく待ち望んだここの大図書館へと向かう事とした。
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