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第9章 『思想の神』と『英雄』編
第210話 『神の法』と『人の法』について
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千年前の真相についてオレがいろいろな事を考え、複雑な思いを胸中で消化している最中にガーランドの話は終わりに達したようだ。
『最終的にウルハンガは疲弊し孤立した自らの帝国を放棄し、この地から姿を消した。そして我もまたそれを追ってこの地を離れ、ここに最後の意志を残したのだ』
そしてウルハンガに付き従っていたもの、敵対していたものの間でそれぞれ矛盾し、相容れない神話だけがこの地に残ったということか。
この『ガーランド』の話は鵜呑みには出来ないが興味深いのは確かだ。
しかしこれが本当に『千年前の英雄ガーランド』の意志の反映だとしたら、やっぱりこの世界の大半の住民とは大きな違いがある。
少なくともいまオレの眼前にいる『ガーランド』は自分の行動を『正義』だと一言も唱えなかった。
この世界ではある程度の地位のある人間はたいてい己の信じる正義を声高に唱え、それ以外の立場は認めない。
今までに出会った中ではお偉いさんなら、国家をまとめるためにある程度まで異なる立場にも寛容な事もあったけど、それでも自分の立場は明確で、ましてや敵対する相手の立場を考えたりすることなど無かった。
だがいま目の前にいる『ガーランド』は、自分自身が行っていたはずのウルハンガとの戦いですらどこか他人事であるかのように語っていて、自らの正義も全く唱える様子が無い。
伝説では英雄ガーランドはウルハンガを『裏切りもの』と非難し、打倒する為に次から次へと勢力を乗り換えるほどにまで敵意を燃やしていたはずなのだが、ここに残された彼の意志を見る限り、そのような事は感じられないのだ。
これにはやっぱりどこか裏があるのではないか?
それとも以前に考えたように、ガーランドもまたオレと同じようにこの世界の住民とはまるで異なる価値観を有しているのだろうか。
どっちにしろコイツはガーランド本人では無く、その遺志を語るスピーカーに近い存在だから文句を言ってもどうしようもない。
とにかく知っている限りの事をしゃべらせて後の事はそこから考えよう。
「ところでこの地にウルハンガの最初の帝国があったと言うことは、ここがウルハンガの生誕の地だったのですか?」
『それは少し違う。ウルハンガが生まれたのはフェルスター湖の中央に位置するタラスター島だ』
「え? そんな島ありましたっけ?」
このフェルスター盆地の中央に位置するフェルスター湖は流れ込む川をおおざっぱな区分とした、それぞれの勢力を隔てる地形的な障壁であると同時に、交易で栄える水運の中心地でもある。
その中央にタラスター島などという名前の島があったとは聞いていない。
「それは千年前には存在したけど、今は消えているという事ですか?」
もしも大陸を戦乱に巻き込む程の大戦争の舞台となったのならば、島の一つぐらい魔法の暴走で消滅していたとしてもファンタジー世界では不思議では無いだろう。
だがまたしても『ガーランド』は首を振って否定する。
『それは違う。その島にはウルハンガ生誕の残滓があるということで、ウルハンガが去った後に強力な魔法で島そのものを封じてしまったのだ。だから尋常なものではタラスター島が認識出来ず、存在しないように扱われるのだ』
ありがちとも言えるかもしれないけど、これだけ多くの人間が住んでいる場所で千年にもわたって隠すとなると、相当な魔力が注がれたのだろう。
そこまでして『ウルハンガ生誕の島』の存在そのものを抹消する理由はどこにあったのだろうか?
その島に本当に重大な秘密が秘められているのか。
それとも実はとっくに廃墟と化していて、何も残っていないパターンなのか。
しかしながら『このガーランド』がタラスター島の現状を知っているはずが無いし、未だにその存在が隠蔽されたままだとしたら、少なくとも現状では調べるのは不可能か。
力が大幅に落ちた幼女の身なのはもちろん、いくら何でもそんなヤバそうな所に自分一人で首を突っ込む程、こっちだってバカではありませんよ。
ただ千年前の真相について重要な手がかりがあるとしても、ちょっとばかりの落胆、安堵、不安、その他もろもろの複雑な感情がオレの胸中をよぎっていたが、そこで思いもかけぬ声がオレの耳に響く。
「ふうん。そうだったのか。大分、参考になったよ」
「え? まさか?」
反射的に振り向くと、そこにはちょっと前まで同行していて、いつの間にか姿を消していた、ウルハンガの金色に輝く姿があったのだ。
それは初めて会った時と同じく、まるで光に包まれてわき出してきたかのような感覚だった。
「ウルハンガ? どうしてここに?!」
オレが驚愕していると、そこで金髪の少年は微笑む。
「僕はずっと君と一緒にいたんだよ。ただ君が気がつかなかっただけさ」
「え……それってまさか?」
言われて見れば、ウルハンガのこれまでの登場は姿を消していたというよりは、存在そのものを認識から外していて、またそれが再認識されたように感じられる。
そうか。ウルハンガは『思想の神』だ。
思想というものは時として、人に意識されずにその精神に宿る。
ウルハンガはそれと同じで他人に意識されずに、存在する事が出来るらしい。
だがここでウルハンガはまたしてもオレの心を読んだかのような、柔らかい笑みを注いでくる。
「どうやら君はすぐに何があったのか見当がついたようだね。さすがに僕が見込んだだけのことはあるよ」
そう微笑むウルハンガの姿は、オレにとっては美しくもあり、不気味でもあり、恐ろしくもあった。
それはともかくウルハンガはさっき姿を消した時から、ずっとオレと一緒にいたとしたら、何のためにわざわざそんな事をしたんだ。
「僕がここに来た理由はもう見当がついているよね。千年前の事を知りたかったんだよ。君は半信半疑だったようだけど、本当に僕は自分が生まれた時の事についてはおぼろげにしか覚えていなかったんだ。だけど今の話で見当がついたよ」
「それでは……やっぱり」
話を聞く限りではウルハンガはおぼろげな記憶から、自分の生誕時の情報を得ようと考えてガーランドの足跡を辿っていたようだ。
そのためにかつてはガーランドを祀っていたらしいこの孤児院に来たのだが、ここに残された『ガーランドの遺志』に語らせるためには、ウルハンガではダメだったということなんだろう。
ひょっとすると孤児院の連中が気付いていなかっただけで、ウルハンガは既に一度、ここに来て失敗したのかもしれない。
「まさかこんなに早く手がかりを見いだしてくれるとはね。本当に感謝しているさ」
「こっちに近づいたのは、それが理由なんですか?」
「誓って言うけど、君に出会ったのは偶然だよ」
ウルハンガは相変わらず柔らかな笑みを浮かべつつ答えた。
「でも君がイロールの強い加護を受けている事は一目で分かったよ。だからこれはきっと運命だったんだね」
「それでいったいどうするつもりなんですか?」
「決まっているよ。僕は改めて自分の思想を皆に共有してもらう。そうすることで人間は『解放』されるんだ」
「解放? いったい何から?」
「それは質問じゃなくて確認だね? 君だったらもう分かっているだろう。むろん『神』からだよ」
ウルハンガはごく当たり前のように断言する。
「僕がなぜ不変の世界では厄介者なのか。それは僕のこの考えが人間を『神の法』ではなく『人の法』によって生きられるようにするからだ。そうなればこの世界の人々は誰もが、自らの運命を自分で決め、生きる事が出来るようになるじゃないか」
「それはあなたの言うとおりかもしれません……だけどやっぱり違います」
ウルハンガの言っている事は良く分かる。
だってオレはそういう世界から来たのだからね。
たとえば元の世界における世界的宗教の聖典の記述が事実ではあり得ない事を、信徒の大半は間違いなく理解しているが、その上で『それはそれ。これはこれ』で信じるのが一般的な信仰の形だ。
その聖典とまるで相容れない学術研究を行っている学者が、敬虔な信者であり、毎日聖典をそらんじ、休日に礼拝していても何の矛盾もないのである。
しかしそんな世界からやってきたオレとしては、別にその世界は素晴らしいものじゃない。
人間が『自らの運命を自分で決め生きる』のは神頼みではダメなのは間違いないけど、それはウルハンガの思想でも実現出来るものではない。
結局のところ『神の法』だろうが『人の法』だろうが、全てはそれを実践する人間次第なんだ。
そしてウルハンガの主張は間違っていなくとも、この世界では多大な血を見ずには済まされないだろう。
もちろん『偉大な覇王』的な発想だったら、自分の唱える『正しい考え』を広めるために犠牲が幾ら出ても気にしないはず。
当然ながらウルハンガ自身は『思想の神』だから、その思想を広める事が全てであって、その過程で何があろうがそれはあずかり知らぬところだろう。
ウルハンガが復活したと言うだけで、街が一つ炎に包まれているのだ。
もしも千年前の力を取り戻し、本当に活動したらどれだけの犠牲が出るだろうか。
オレとしてはウルハンガが全く無関係なところで、勝手に行動してくれていたのならこんなに悩まずに済んだのだけど、目の前にいる以上は知らん顔など出来ないんだよ。
そんなオレの表情から、ウルハンガはどうやらこっちの気持ちを察したらしい。
「君はどうやら僕の考えを理解してくれているけど、それでも支持はしてくれないようだね。まあいいや。いつか分かってくれると信じているよ」
曲がりなりにも神様から『信じている』と言われるのは、ありがたい評価かもしれないけど、ちっとも嬉しくありません。
「それでは今はお別れだね。また会おう」
「ま、待って!」
オレは慌てて手を伸ばすものの、それは宙を切ってしまう。
またオレの認識から消えたらしい。
そしてたぶん今回は本当に立ち去っていったのだろう。
この場合、ウルハンガの行き先は千年前の生誕の地だというタラスター島以外には考えられないな。
ただそこで何をする気なのかは分からない。
ファンタジー世界でよくあるパターンなら、その地にウルハンガの『本体』が眠っているとか、かの神を生み出した偉大なアーティファクトが残っているとか考えられるのだけど、信徒の崇拝の力が源であるこっちの世界の神々にでは、千年間封印されていたところにそんな力が残っているはずが無い。
それは『思想の神』であるウルハンガでも変わらないはずだ。
ええい。考えていても仕方ない。
どうすればいいのかは分からないけど、ここはオレが出来る事をやるしかない。ヤバくなったらイロールでも何でも助力を頼むさ。
もう完全に『困った時の神頼み』そのものだけど、この際だ贅沢は言ってられない。
そう決意して、ひとまず院長室を出ようとした時、思わぬ光景がオレの目に飛び込んできた。
『おお……』
「え? あれ?」
どういうわけか眼前で『ガーランド』が頭を抱えて、苦悩した様子を見せていたのだ。
それはこの魔法で創られその『遺志』を後世に伝えるためだけの道具が本当に『意志』を持っているかのようにオレには見えた。
『最終的にウルハンガは疲弊し孤立した自らの帝国を放棄し、この地から姿を消した。そして我もまたそれを追ってこの地を離れ、ここに最後の意志を残したのだ』
そしてウルハンガに付き従っていたもの、敵対していたものの間でそれぞれ矛盾し、相容れない神話だけがこの地に残ったということか。
この『ガーランド』の話は鵜呑みには出来ないが興味深いのは確かだ。
しかしこれが本当に『千年前の英雄ガーランド』の意志の反映だとしたら、やっぱりこの世界の大半の住民とは大きな違いがある。
少なくともいまオレの眼前にいる『ガーランド』は自分の行動を『正義』だと一言も唱えなかった。
この世界ではある程度の地位のある人間はたいてい己の信じる正義を声高に唱え、それ以外の立場は認めない。
今までに出会った中ではお偉いさんなら、国家をまとめるためにある程度まで異なる立場にも寛容な事もあったけど、それでも自分の立場は明確で、ましてや敵対する相手の立場を考えたりすることなど無かった。
だがいま目の前にいる『ガーランド』は、自分自身が行っていたはずのウルハンガとの戦いですらどこか他人事であるかのように語っていて、自らの正義も全く唱える様子が無い。
伝説では英雄ガーランドはウルハンガを『裏切りもの』と非難し、打倒する為に次から次へと勢力を乗り換えるほどにまで敵意を燃やしていたはずなのだが、ここに残された彼の意志を見る限り、そのような事は感じられないのだ。
これにはやっぱりどこか裏があるのではないか?
それとも以前に考えたように、ガーランドもまたオレと同じようにこの世界の住民とはまるで異なる価値観を有しているのだろうか。
どっちにしろコイツはガーランド本人では無く、その遺志を語るスピーカーに近い存在だから文句を言ってもどうしようもない。
とにかく知っている限りの事をしゃべらせて後の事はそこから考えよう。
「ところでこの地にウルハンガの最初の帝国があったと言うことは、ここがウルハンガの生誕の地だったのですか?」
『それは少し違う。ウルハンガが生まれたのはフェルスター湖の中央に位置するタラスター島だ』
「え? そんな島ありましたっけ?」
このフェルスター盆地の中央に位置するフェルスター湖は流れ込む川をおおざっぱな区分とした、それぞれの勢力を隔てる地形的な障壁であると同時に、交易で栄える水運の中心地でもある。
その中央にタラスター島などという名前の島があったとは聞いていない。
「それは千年前には存在したけど、今は消えているという事ですか?」
もしも大陸を戦乱に巻き込む程の大戦争の舞台となったのならば、島の一つぐらい魔法の暴走で消滅していたとしてもファンタジー世界では不思議では無いだろう。
だがまたしても『ガーランド』は首を振って否定する。
『それは違う。その島にはウルハンガ生誕の残滓があるということで、ウルハンガが去った後に強力な魔法で島そのものを封じてしまったのだ。だから尋常なものではタラスター島が認識出来ず、存在しないように扱われるのだ』
ありがちとも言えるかもしれないけど、これだけ多くの人間が住んでいる場所で千年にもわたって隠すとなると、相当な魔力が注がれたのだろう。
そこまでして『ウルハンガ生誕の島』の存在そのものを抹消する理由はどこにあったのだろうか?
その島に本当に重大な秘密が秘められているのか。
それとも実はとっくに廃墟と化していて、何も残っていないパターンなのか。
しかしながら『このガーランド』がタラスター島の現状を知っているはずが無いし、未だにその存在が隠蔽されたままだとしたら、少なくとも現状では調べるのは不可能か。
力が大幅に落ちた幼女の身なのはもちろん、いくら何でもそんなヤバそうな所に自分一人で首を突っ込む程、こっちだってバカではありませんよ。
ただ千年前の真相について重要な手がかりがあるとしても、ちょっとばかりの落胆、安堵、不安、その他もろもろの複雑な感情がオレの胸中をよぎっていたが、そこで思いもかけぬ声がオレの耳に響く。
「ふうん。そうだったのか。大分、参考になったよ」
「え? まさか?」
反射的に振り向くと、そこにはちょっと前まで同行していて、いつの間にか姿を消していた、ウルハンガの金色に輝く姿があったのだ。
それは初めて会った時と同じく、まるで光に包まれてわき出してきたかのような感覚だった。
「ウルハンガ? どうしてここに?!」
オレが驚愕していると、そこで金髪の少年は微笑む。
「僕はずっと君と一緒にいたんだよ。ただ君が気がつかなかっただけさ」
「え……それってまさか?」
言われて見れば、ウルハンガのこれまでの登場は姿を消していたというよりは、存在そのものを認識から外していて、またそれが再認識されたように感じられる。
そうか。ウルハンガは『思想の神』だ。
思想というものは時として、人に意識されずにその精神に宿る。
ウルハンガはそれと同じで他人に意識されずに、存在する事が出来るらしい。
だがここでウルハンガはまたしてもオレの心を読んだかのような、柔らかい笑みを注いでくる。
「どうやら君はすぐに何があったのか見当がついたようだね。さすがに僕が見込んだだけのことはあるよ」
そう微笑むウルハンガの姿は、オレにとっては美しくもあり、不気味でもあり、恐ろしくもあった。
それはともかくウルハンガはさっき姿を消した時から、ずっとオレと一緒にいたとしたら、何のためにわざわざそんな事をしたんだ。
「僕がここに来た理由はもう見当がついているよね。千年前の事を知りたかったんだよ。君は半信半疑だったようだけど、本当に僕は自分が生まれた時の事についてはおぼろげにしか覚えていなかったんだ。だけど今の話で見当がついたよ」
「それでは……やっぱり」
話を聞く限りではウルハンガはおぼろげな記憶から、自分の生誕時の情報を得ようと考えてガーランドの足跡を辿っていたようだ。
そのためにかつてはガーランドを祀っていたらしいこの孤児院に来たのだが、ここに残された『ガーランドの遺志』に語らせるためには、ウルハンガではダメだったということなんだろう。
ひょっとすると孤児院の連中が気付いていなかっただけで、ウルハンガは既に一度、ここに来て失敗したのかもしれない。
「まさかこんなに早く手がかりを見いだしてくれるとはね。本当に感謝しているさ」
「こっちに近づいたのは、それが理由なんですか?」
「誓って言うけど、君に出会ったのは偶然だよ」
ウルハンガは相変わらず柔らかな笑みを浮かべつつ答えた。
「でも君がイロールの強い加護を受けている事は一目で分かったよ。だからこれはきっと運命だったんだね」
「それでいったいどうするつもりなんですか?」
「決まっているよ。僕は改めて自分の思想を皆に共有してもらう。そうすることで人間は『解放』されるんだ」
「解放? いったい何から?」
「それは質問じゃなくて確認だね? 君だったらもう分かっているだろう。むろん『神』からだよ」
ウルハンガはごく当たり前のように断言する。
「僕がなぜ不変の世界では厄介者なのか。それは僕のこの考えが人間を『神の法』ではなく『人の法』によって生きられるようにするからだ。そうなればこの世界の人々は誰もが、自らの運命を自分で決め、生きる事が出来るようになるじゃないか」
「それはあなたの言うとおりかもしれません……だけどやっぱり違います」
ウルハンガの言っている事は良く分かる。
だってオレはそういう世界から来たのだからね。
たとえば元の世界における世界的宗教の聖典の記述が事実ではあり得ない事を、信徒の大半は間違いなく理解しているが、その上で『それはそれ。これはこれ』で信じるのが一般的な信仰の形だ。
その聖典とまるで相容れない学術研究を行っている学者が、敬虔な信者であり、毎日聖典をそらんじ、休日に礼拝していても何の矛盾もないのである。
しかしそんな世界からやってきたオレとしては、別にその世界は素晴らしいものじゃない。
人間が『自らの運命を自分で決め生きる』のは神頼みではダメなのは間違いないけど、それはウルハンガの思想でも実現出来るものではない。
結局のところ『神の法』だろうが『人の法』だろうが、全てはそれを実践する人間次第なんだ。
そしてウルハンガの主張は間違っていなくとも、この世界では多大な血を見ずには済まされないだろう。
もちろん『偉大な覇王』的な発想だったら、自分の唱える『正しい考え』を広めるために犠牲が幾ら出ても気にしないはず。
当然ながらウルハンガ自身は『思想の神』だから、その思想を広める事が全てであって、その過程で何があろうがそれはあずかり知らぬところだろう。
ウルハンガが復活したと言うだけで、街が一つ炎に包まれているのだ。
もしも千年前の力を取り戻し、本当に活動したらどれだけの犠牲が出るだろうか。
オレとしてはウルハンガが全く無関係なところで、勝手に行動してくれていたのならこんなに悩まずに済んだのだけど、目の前にいる以上は知らん顔など出来ないんだよ。
そんなオレの表情から、ウルハンガはどうやらこっちの気持ちを察したらしい。
「君はどうやら僕の考えを理解してくれているけど、それでも支持はしてくれないようだね。まあいいや。いつか分かってくれると信じているよ」
曲がりなりにも神様から『信じている』と言われるのは、ありがたい評価かもしれないけど、ちっとも嬉しくありません。
「それでは今はお別れだね。また会おう」
「ま、待って!」
オレは慌てて手を伸ばすものの、それは宙を切ってしまう。
またオレの認識から消えたらしい。
そしてたぶん今回は本当に立ち去っていったのだろう。
この場合、ウルハンガの行き先は千年前の生誕の地だというタラスター島以外には考えられないな。
ただそこで何をする気なのかは分からない。
ファンタジー世界でよくあるパターンなら、その地にウルハンガの『本体』が眠っているとか、かの神を生み出した偉大なアーティファクトが残っているとか考えられるのだけど、信徒の崇拝の力が源であるこっちの世界の神々にでは、千年間封印されていたところにそんな力が残っているはずが無い。
それは『思想の神』であるウルハンガでも変わらないはずだ。
ええい。考えていても仕方ない。
どうすればいいのかは分からないけど、ここはオレが出来る事をやるしかない。ヤバくなったらイロールでも何でも助力を頼むさ。
もう完全に『困った時の神頼み』そのものだけど、この際だ贅沢は言ってられない。
そう決意して、ひとまず院長室を出ようとした時、思わぬ光景がオレの目に飛び込んできた。
『おお……』
「え? あれ?」
どういうわけか眼前で『ガーランド』が頭を抱えて、苦悩した様子を見せていたのだ。
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