上 下
217 / 1,316
第9章 『思想の神』と『英雄』編

第217話 気高く優しく誠実で勇敢 そしてどうしようもない狂信者

しおりを挟む
 さてと気分を切り替えて、ウルハンガに会う覚悟が固まって吹っ切れたところでオレの目には僅かに光が飛び込んできた。
 先ほどまでは間違いなく見えていなかったのだけど、急にまばゆく輝きだしたのだ。
 いや。たぶんこれも違う。
 ウルハンガの光が見えるのには、いろいろと要件があるのだろう。
 この場は先ほどオレが悩みを振り切ったから、見えるようになったのかもしれない。
 これがウルハンガの力なのか、はたまた本人が意識しようがしまいが発揮されるのか、ひょっとすると何の関係もないオレの思い込みに過ぎないのか。
 それはこっちから出向いて探し出すしかないだろう。

 既に日は暮れかけて、光もかなり傾いている。もちろんもう少しすれば真っ暗にもなるだろうが、それは魔法で知覚を強化出来るオレには対して気にはならない。
 むしろ周囲にいる連中に見つかりにくくなるだけ、動きやすくなると言ってもいいだろう。
 ただその場合の問題は ―― 疲労して休んでいるエウスブスだな。
 この状態で同行させるのも心配だけど、ほったらかしにしておくのはもっと心配だ。
 何より勝手にオレがいなくなったら、やっぱり心配して無理にでも探そうとするだろう。
 周囲に何がいるか分からない状態でそういうことをさせるのは、いかにもマズい。
 それでエウスブスにもしもの事があったら、本人は意に介さないかもしれないけど、オレの方がたまらない。
 神のために命を捨てる事も厭わない狂信者だけど、まともで親切な一面もあるから本当に扱いが難しいよ。
 仕方ないのでエウスブスが眠りにつくのを待って、そこから動くとしよう。
 オレには相手を眠らせるような魔法は無いけど、半日重労働したエウスブスはかなり疲れていた様子だから、少し休めばすぐに眠りについてくれるだろう。
 出遅れるかもしれないけど、そこは我慢するしかない。

 そう思ってエウスブスに向き直ると、いつの間にか疲れて寝入っている ―― という事は無かった。
 既に立ち上がってオレの方にやや憔悴した表情ながら、問いかけてきたのだ。

「それでこれからどこに行くんだい?」
「ええ?! さっき野宿するという話だったでしょう?」
「僕はさっき『一度休みをとる』とは言ったけど、野宿するとは言ってないよ」

 いや。確かに野宿と言ったのはオレの方だけど、そっちは大丈夫なのかよ。

「ああ。余計な気を回させてしまったようだね。我がシャガーシュの教団では、疲労時にも活動出来るだけのものは用意してあるんだよ」

 そう言ってエウスブスは幾つかの包みを見せる。
 オレには薬学の知識なんて無いけど『呑むだけで疲労がポンと取れる薬』だとしたら、明らかにヤバい部類だろう。

「そんなものを使って大丈夫なんですか?」
「心配してくれてありがとう。だけどこれぐらいなら大した事じゃないよ」
「それは命が無くなるのに比べれば……という意味ですか?」

 何かいつものごとく猛烈に嫌な予感がしてくるぞ。

「いいや。違うよ。命が無くなるなんて大した事じゃない」

 ああやっぱり。これまた予想通りでも全然嬉しくないな。

「そしてこの僕には切り札として我が神シャガーシュからいただいた【贄】イモレイトがあるのだよ」
「あ……あの? それは一体なんですか?」

 名前からして他人を『生け贄』にする魔法なら、ある程度は想定内なんだけど、正反対だったりしますか?

「この『贄』はある程度、高位の信徒にしか与えられない秘儀に近いものなんだけど、君にならどういうものか教えるぐらいならいいだろう」

 そんな事を言っているエウスブスはいかにも誇らしげだ。

「我が神よりの霊感を受け、信徒の戦闘能力を極限まで高める事が出来るんだ」

 それだと以前にオレが使おうかと考えた事もある『狂戦士』バーサークのように理性のタガを外して、思慮無く戦わせるものなのか?
 だったら近くにいたらオレも攻撃対象になりかねないな。
 しかしオレの表情から、エウスブスはまた敏感に察したらしい。

「大丈夫だよ。あくまでも霊感を受けて戦闘能力を高めるだけだから、理性を失ったり狂気に陥ったりはしないさ」
「それでは……あなたが払う代償は何なんです」

 この場合、もっとも考えられるのは『魔術が切れたら、本人そこで死ぬ。魂は神の御許に行く』というヤツだろう。
 確かにそれでは『薬で疲労がポンと取れる』なんて気にする程の事も無い。
 しかしやっぱりオレの予想はまだまだ甘すぎた。

「大したものじゃないよ。『贄』の持続時間が切れたら、この僕の身体が燃え上がり、魂も身体も焼き尽くされて後には『真っ白な灰』が残るだけになるぐらいさ」

 マジですかい! 比喩で『燃え尽きて真っ白な灰になる』とはよく言うが、まさに本当にそうなる魔法があるとは。
 やっぱりこいつらはとんでもない教団だな。

「もしも可能なら、残った灰は君が幾ばくかでもいいから、拾ってシャガーシュの教団に届けて欲しい。もちろんそれが無理なら仕方ないけど。それはこの僕が我が神の『贄』になったという証明になるんだよ」

 ああ。エウスブスは口にしているだけで、本当に誇らしげだ。
 最後の戦いに文字通り『全てを捧げて燃え尽き、神の御許に行く』事が、彼らにとっては最も華々しく美しい生涯の幕引きであり、崇拝する神に対する最高の贄なのだろう。
 気高く優しく誠実で勇敢、そして本当にどうしようもない狂信者 ―― それがエウスブスという人間なんだな。つくづくよく分かったよ。

「分かりました。それでは進みましょう」

 エウスブスを止めても無駄なのは分かっている。魔法で動きを止めて、オレ一人だけ先行したところで、エウスブスは一人で突進するだけだろう。
 だったらオレが一緒に行動して、可能な限り戦いを避けた方がまだエウスブスのためになるだろう。
 そう考えるより他にはない。

 そんなわけでオレとエウスブスは没しつつある太陽からの西日を受けつつ、さきほど見た光の方向へと進む。
 その場所でウルハンガが待っているとしても、それ以外ではそこになにがあるかはオレもエウスブスも知らない。
 本当に『ウルハンガ生誕の地』ならば、そこにあるのは大きな寺院の廃墟もしくは遺跡なんだろう。
 いっときは大陸に覇を唱えた大帝国の守護神生誕の大神殿の跡地ともなれば、元の世界の基準なら『世界遺産』にすらなり得るレベルの文化遺産かもしれない。
 しかし推測だけど重要なのは、そこに何が過去に存在したか、とかいま現在、どんなものが残っているかとか、そういう事ではないだろう。
 むしろ人々にいろいろな伝説を想起させて、ウルハンガの存在への認識を強めるのが目的なのではないだろうか。
 もちろんウルハンガは思想の神だから、いくら何でも自分の存在を示しただけで、人々が支持するようになるはずがない。
 しかし後々、思想を広めるにしても注目を浴びてからの方がいいに決まっている。
 最初の光がフェルスター湖の対岸から見えたように、ここからならば相当、広い範囲に光が広がるだろう。
 しかも太陽は沈みかけて、かなり薄暗くなっているから、日の光にかき消されることもあるまい。
 もしも今ここでまばゆい輝きと共にウルハンガが『光輪をまとって降臨』すれば、その立場や信仰に関係なく、否応なく人々の心にその存在が焼き付くはずだ。
 オレとの初対面のとき光の中に現れたのを考えれば、そんな劇的な復活シーンを人々に見せつけようとするのは十分にありうるだろう。
 とにかくそんな事になる前に、ウルハンガとどうにか対面せねばならない。
 気持ちは焦るが、残念ながら一直線にウルハンガのいると思われる場所に向かえない事情がこっちにもある。

「エウスブスさん。隠れて下さい」
「分かったよ。今は君の言う通りにしよう」

 オレはエウスブスを連れて道をそれる。
 その先には武器を持った一団が行動していて、あたりを油断無く見張っているようだ。
 日が陰ってきているのと、オレが魔法で知覚を強化しているからこっちは見つかっていないけど、そんな連中があちこちにいるとこっちもそうそう思い通りには動けない。
 しかも遠くからは剣戟の音や鬨の声も聞こえてくる。
 どうやらこの周辺では既に戦いが始まっているようだ。

 それはウルハンガ打倒を望む勢力と、その擁護を目指す勢力同士という単純なものではなくいろいろな勢力がめいめい勝手なウルハンガ像を掲げてぶつかり合い、つぶし合いをしているのは間違いない。
 たぶんウルハンガが『凄い力を与えてくれる』と信じて、その一番乗りになるべく自分達以外の勢力を排除しようとしている輩だって大勢いるのだろう。
 もちろんウルハンガの教えは大陸を揺るがしかねない程の『凄い力』があるけど、それは誰か特定の個人や組織に力を与えるモノでは無く、国家や宗教圏全体に影響するものなんだけど、たぶんそれを語っても理解出来ないだろうなあ。
 まあそういう連中が余計な事をしているお陰で、たった二人のこっちはどうにかウルハンガに向かっていけているのだから、それはむしろ感謝すべきことなんだろうな。

「君を信じてはいるのだけど、このまま進んで本当に大丈夫なのかい?」

 エウスブスは少しばかり心配げに、オレに向けて問いかけてくる。

「もちろんですよ。このまま行けば戦わずにウルハンガのところにまで行けるはずです」
「アルタシャの言いたい事は分かるんだけど、戦わずにこのまま進むというのが、僕にはどうにも納得出来なくてね」

 あんたの文句がそっちなのは分かっています。
 オマケにその結果、自分が死ぬどころか真っ白な灰に燃え尽きるのを気にしないどころか、むしろ望んでいて、そうならないことが残念だって事も知っています。

「それに君はこの僕の身を案じてくれているよね」
「当たり前です。ハッキリ言いますけど、こっちはあなたが命を落とすのはもちろん、傷つくような事も出来る限り避けて欲しいんです」

 こんな事を言えばエウスブスが機嫌を損ねるかもしれないと、見当がついていたがそれでも口にせずにはいられなかった。
 幾ら付き合いが短いとは言え、オレにとってエウスブスも立派な『友人』のつもりなんですからね。
 しかしここでエウスブスはオレの言葉に怒るというよりは、少しばかり感心した様子を見せる。

「そうか……君は本当に優しいのだね。まさに癒やしの女神イロールの寵愛篤きその身にふさわしいよ」

 もの凄く絶賛されているはずなのに、まるで褒められている気がしないのはいつものことだよ。

「君も知っていると思うけど、どこに行っても僕達シャガーシュ信徒は表向き尊重されつつも、恐れられ避けられる存在だよ」

 このときエウスブスは小さく自嘲するような笑みを浮かべていた。

「シャガーシュの信徒は一時重宝される事があっても、それは『自分達の戦士を犠牲にするよりもマシ』として使われるだけだ。だけど君は僕の事を知っても、ずっと大きな友人として扱ってくれていたね」
「ええ……まあ……」
「前にも言ったけど、君があと十歳、大きかったら是非ともお嫁さんにしたかったね」

 現時点でお嫁さんにしたいと口にしたら、完全に変態だから、十年後を想定しているようなので笑って許してやろう。

「それだったら十年後にもエウスブスさんが生きていないとダメですよ。だからさっき口にした《贄》とかそんな魔術を使うのは辞めて下さい」
「そうだね。君の望みと言うならば『出来れば』避けたいと思うよ」
「え? いま何と言いました?」

 ここでエウスブスはオレの肩をつかんでズイと押し出す。
 そしてそのそれとほぼ同時に、遠くから幾人かの叫びが聞こえてきた。
 しまった。やっぱり見つかったか。
 周囲が厄介な連中だらけで、新手がどこから出てくるか分からない状況では【調和】で戦いを避けるのも難しいぞ。

「ここは僕が連中を引きつけておくから、君は是非ともウルハンガのところまで行きたまえ」
「だけどひとりで――」
「僕は僕の使命を果たす。君は君に与えられた使命を果たしたまえ」
「分かりました。だけど決して命を粗末にはしないで下さいよ」
「大丈夫。僕だって無駄死にはしないさ」

 ああ。やっぱり最後までわかり合えそうにないな。
 だけどこんなところで口論しているワケにはいかないのだ。

「それではまた会いましょう。だから絶対に生きていて下さいよ!」

 オレはそれだけ叫ぶとエウスブスへの感謝と心配を置き去りにして、先に駆け出した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

グラシアース物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:30

無能と言われた召喚者、詐欺スキルにて有能以上へと至る

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,896pt お気に入り:256

異世界転生騒動記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,563pt お気に入り:15,861

その日暮らしの自堕落生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:326

鬼人たちの挽歌

ミステリー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:7

追放されましたがマイペースなハーフエルフは今日も美味しい物を作る。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:575

処理中です...