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第11章 文明の波と消えゆくもの達と
第295話 逃げ延びて、それから……
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それからしばしの間、オレ達一行は猟師達に見つからぬよう、山の中を逃げ回った。
オレの場合はサバイバル用のドルイド魔術が使えるので、野山を駆け巡るのは簡単なのだが、相手もどうやら『狩人の神』の力によって、追跡はお手の物らしく振り切るのは大変だ。
しかも夜中に家畜を襲いにくる相手とやり合ってきたためか、この手の戦いは慣れているようで、かなり執拗に追いかけられた。
当たり前だが向こうの方が数は多く、当然ながらこちらが逃げられないよう包囲しようと動いてくるので、まさに命がけの鬼ごっこだ、
追ってきている連中も夜は怖いはずだが、生活の糧である家畜を襲う相手となると遠慮も容赦もする気はないのだろう。
野山を駆け巡るのは決して野生動物の専売特許というわけでもないわけで、とにかく戦いを避けたいオレとしては神経をすり減らす逃避行となってしまったよ。
これで追跡しているのがよくある『悪の手先』だったのなら、物理的な攻撃魔法のないオレでも出来る事は幾らでもある。
だけど彼らは自分達の生活や、養う家族がいる『普通の人間』であり、むしろそれだからこそ『二本足の狼』を駆り立てているのだ。
それを考えると、怪我をさせるような真似はとても出来ない。とにかく一目散に逃げるしかないんだ。
たださすがにテルモーとミキューの二人も状況の深刻さは理解しているわけで、仲良くとまではいかないまでも、争うこともなくこちらに付き合ってくれているのはありがたい。
そしてオレの場合、ドルイド魔術で向かう先の植物が避けてくれるので、その後に二人が付いてきてくれれば、追っ手よりもずっと早く移動出来るはずだ。
しばしの後、遠く離れた松明の光が次第に引き上げていき、どうやら諦めた様子なのを確認したところで、オレ達も一息つく。
今回はうまいぐあいにどうにかなったけど、こんな様子ではとても人里には近づけないな。
いや。もともとテルモー達『二本足の狼』が生活していたところに、開発の波が押し寄せてこんなことになったのだから因果が逆なんだけど、悲しいかな彼らは圧倒的少数派であり、そんな先住民族の権利など踏みにじられるだけなのだ。
そしてここで疲れたのか、荒い息をこぼしているテルモーが話しかけてくる。
「しかしお前……この俺と同じように山を駆けめぐれるとは驚いたな」
「まあわたしにもすこしは覚えがありますから。それはともかくミキューは大丈夫ですか?」
「うるさいわね……」
ミキューの方は蒼い顔をして、どうにかやっとの事でついてきたというところだ。
さすがに体力ではテルモーには太刀打ち出来ないらしく、相棒の狼である銀月が、心配げにその顔をなめている。こんなところは大きな犬とあまり変わらないな。
もっともこういう場合、主人であるミキュー以外の相手が近づくと牙をむかれそうなので近づかないに越した事は無い。
そしてそんなミキューを見てテルモーは吐き捨てる。
「ふん。こんな奴はとっとと置いていけばよかったのに、アルタシャはそういうところが余計だな」
「愚かしい『呪われし者』は知性に欠けるかわりに体力だけは一丁前ということでしょう」
「何だと!」
ここで険悪な空気を察したのか、銀月もミキューの前に立ってテルモーに対し威嚇の唸りを上げる。
「だから二人とも喧嘩しない!」
オレが割って入ると、とりあえず二人は黙ったが相変わらず剣呑な視線がぶつかり合う。
かり出されている最中にはさすがに足を引っ張り合ったりはしなかったが、少し落ち着いたらすぐにこれだ。
本当に手間がかかるな。
しかしオレはどうすべきだろうか。
ここで別れて後の事は知ったこっちゃ無いと考えるのが一番楽だけど、オレにはそんな事は出来そうに無い。
せめて彼らがどうにか生き延びる道を探ってやりたい。
ただ僅かながら救いがあるとすれば、テルモーとミキューは互いに憎み合っているが、それでも
『仮にもっと楽に生きる道があったとしても敢えてそれを選ばず、自らを狼として過酷な環境で明日をも知れぬ狩猟生活を続ける』
という点における連帯感はあるらしい。
だからこそなんだかんだ言いながらオレに付き合って、同行してくれているのだ。
正直に言えばオレにもなんとなく理解出来る程度だが、それでも手がかりになりそうな点があるのは希望と言っていいだろう。
「残念だけどこの地を離れた方がいいです。そうでないといつか必ず人間達に命を奪われてしまいますよ」
テルモーの言葉からすると先祖代々、この地で狩りをして生活していたらしいから、幾ら開発の手が伸びて変わり果ててしまったとしても、そこを離れるのは受け入れ難いのかもしれない。
「そうだな。お前の言うとおりだ」
「まあ仕方ないわね……」
おい。それはアッサリ受け入れるのだな!
確かに彼らには土地の所有とかそんな概念はないだろうから、狩り場がダメになったのならさっさとその地を離れるのが当たり前なのか。
それはそれで少しだけホッとする要素だが、このままこの地を離れたら一族とも離ればなれになってしまいかねないはず。下手をすればもう一生会えないかもしれないんだぞ。
他人事ながらそれはちょっと心配になる。
「はぐれた群れの仲間の事はどうするのですか?」
「それなら心配はいらない」
テルモーはあっさりと言い切った。
「オレはそろそろ成人して群れを離れる時期だったからな、それが少し早くなっただけだ。だから別の群れを探して入れてもらうだけさ」
ああそうか。総勢で十人とかそんな少数部族の子供が成長しても同じ部族にいたままでは、近親婚の危険があるんだ。
だからある程度まで成長したら独り立ちして、どこか別の部族を探し、そこに入る習慣があるのか。
たぶん生まれた部族を離れて他の部族に受け入れてもらうところでようやく『一人前』として認められるのだろう。
それだと途中でのたれ死にしてしまう事も珍しくないのだろうけど、本当に過酷な生活なんだな。
「そうだ! いい事を思いついた!」
ここでどういうわけかテルモーが嬉しげな声を挙げる。
「お前が『二本足の狼』になってくれるのなら、俺たち二人だけでも群れをつくろうじゃないか。今はそれが一番いいと思うぞ」
「……その話は後にしましょう」
今まで何度も告白だのプロポーズだのされてきたけど、こんなに気負いも何も無くあっけらかんと言われたのは初めてな気がするな。
オレの場合はサバイバル用のドルイド魔術が使えるので、野山を駆け巡るのは簡単なのだが、相手もどうやら『狩人の神』の力によって、追跡はお手の物らしく振り切るのは大変だ。
しかも夜中に家畜を襲いにくる相手とやり合ってきたためか、この手の戦いは慣れているようで、かなり執拗に追いかけられた。
当たり前だが向こうの方が数は多く、当然ながらこちらが逃げられないよう包囲しようと動いてくるので、まさに命がけの鬼ごっこだ、
追ってきている連中も夜は怖いはずだが、生活の糧である家畜を襲う相手となると遠慮も容赦もする気はないのだろう。
野山を駆け巡るのは決して野生動物の専売特許というわけでもないわけで、とにかく戦いを避けたいオレとしては神経をすり減らす逃避行となってしまったよ。
これで追跡しているのがよくある『悪の手先』だったのなら、物理的な攻撃魔法のないオレでも出来る事は幾らでもある。
だけど彼らは自分達の生活や、養う家族がいる『普通の人間』であり、むしろそれだからこそ『二本足の狼』を駆り立てているのだ。
それを考えると、怪我をさせるような真似はとても出来ない。とにかく一目散に逃げるしかないんだ。
たださすがにテルモーとミキューの二人も状況の深刻さは理解しているわけで、仲良くとまではいかないまでも、争うこともなくこちらに付き合ってくれているのはありがたい。
そしてオレの場合、ドルイド魔術で向かう先の植物が避けてくれるので、その後に二人が付いてきてくれれば、追っ手よりもずっと早く移動出来るはずだ。
しばしの後、遠く離れた松明の光が次第に引き上げていき、どうやら諦めた様子なのを確認したところで、オレ達も一息つく。
今回はうまいぐあいにどうにかなったけど、こんな様子ではとても人里には近づけないな。
いや。もともとテルモー達『二本足の狼』が生活していたところに、開発の波が押し寄せてこんなことになったのだから因果が逆なんだけど、悲しいかな彼らは圧倒的少数派であり、そんな先住民族の権利など踏みにじられるだけなのだ。
そしてここで疲れたのか、荒い息をこぼしているテルモーが話しかけてくる。
「しかしお前……この俺と同じように山を駆けめぐれるとは驚いたな」
「まあわたしにもすこしは覚えがありますから。それはともかくミキューは大丈夫ですか?」
「うるさいわね……」
ミキューの方は蒼い顔をして、どうにかやっとの事でついてきたというところだ。
さすがに体力ではテルモーには太刀打ち出来ないらしく、相棒の狼である銀月が、心配げにその顔をなめている。こんなところは大きな犬とあまり変わらないな。
もっともこういう場合、主人であるミキュー以外の相手が近づくと牙をむかれそうなので近づかないに越した事は無い。
そしてそんなミキューを見てテルモーは吐き捨てる。
「ふん。こんな奴はとっとと置いていけばよかったのに、アルタシャはそういうところが余計だな」
「愚かしい『呪われし者』は知性に欠けるかわりに体力だけは一丁前ということでしょう」
「何だと!」
ここで険悪な空気を察したのか、銀月もミキューの前に立ってテルモーに対し威嚇の唸りを上げる。
「だから二人とも喧嘩しない!」
オレが割って入ると、とりあえず二人は黙ったが相変わらず剣呑な視線がぶつかり合う。
かり出されている最中にはさすがに足を引っ張り合ったりはしなかったが、少し落ち着いたらすぐにこれだ。
本当に手間がかかるな。
しかしオレはどうすべきだろうか。
ここで別れて後の事は知ったこっちゃ無いと考えるのが一番楽だけど、オレにはそんな事は出来そうに無い。
せめて彼らがどうにか生き延びる道を探ってやりたい。
ただ僅かながら救いがあるとすれば、テルモーとミキューは互いに憎み合っているが、それでも
『仮にもっと楽に生きる道があったとしても敢えてそれを選ばず、自らを狼として過酷な環境で明日をも知れぬ狩猟生活を続ける』
という点における連帯感はあるらしい。
だからこそなんだかんだ言いながらオレに付き合って、同行してくれているのだ。
正直に言えばオレにもなんとなく理解出来る程度だが、それでも手がかりになりそうな点があるのは希望と言っていいだろう。
「残念だけどこの地を離れた方がいいです。そうでないといつか必ず人間達に命を奪われてしまいますよ」
テルモーの言葉からすると先祖代々、この地で狩りをして生活していたらしいから、幾ら開発の手が伸びて変わり果ててしまったとしても、そこを離れるのは受け入れ難いのかもしれない。
「そうだな。お前の言うとおりだ」
「まあ仕方ないわね……」
おい。それはアッサリ受け入れるのだな!
確かに彼らには土地の所有とかそんな概念はないだろうから、狩り場がダメになったのならさっさとその地を離れるのが当たり前なのか。
それはそれで少しだけホッとする要素だが、このままこの地を離れたら一族とも離ればなれになってしまいかねないはず。下手をすればもう一生会えないかもしれないんだぞ。
他人事ながらそれはちょっと心配になる。
「はぐれた群れの仲間の事はどうするのですか?」
「それなら心配はいらない」
テルモーはあっさりと言い切った。
「オレはそろそろ成人して群れを離れる時期だったからな、それが少し早くなっただけだ。だから別の群れを探して入れてもらうだけさ」
ああそうか。総勢で十人とかそんな少数部族の子供が成長しても同じ部族にいたままでは、近親婚の危険があるんだ。
だからある程度まで成長したら独り立ちして、どこか別の部族を探し、そこに入る習慣があるのか。
たぶん生まれた部族を離れて他の部族に受け入れてもらうところでようやく『一人前』として認められるのだろう。
それだと途中でのたれ死にしてしまう事も珍しくないのだろうけど、本当に過酷な生活なんだな。
「そうだ! いい事を思いついた!」
ここでどういうわけかテルモーが嬉しげな声を挙げる。
「お前が『二本足の狼』になってくれるのなら、俺たち二人だけでも群れをつくろうじゃないか。今はそれが一番いいと思うぞ」
「……その話は後にしましょう」
今まで何度も告白だのプロポーズだのされてきたけど、こんなに気負いも何も無くあっけらかんと言われたのは初めてな気がするな。
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