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第11章 文明の波と消えゆくもの達と

第297話 ちょっとした伝説の話が

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 とにかく今は何でもいいので、テルモーとミキューの二人が一緒に力を合わせる事が出来る事を探したい一心での問いかけだったが、ここで二人は揃って考え込む様子を見せる。

「どうしました?」

 先に口を開いたのはテルモーの方だった。

「もちろん我らにも『約束の地』は存在する。そこでは獲物が無数にいて、餓える事も死ぬ事も無く、ただ永遠に『大いなる狼』と共に狩りを続ける事が出来るのだ」

 それが『二本足の狼』の天国なのか。思うに任せない狩りで悩んでいるであろう彼らにとって、何の心配も無く永遠に狩りを続けられるのが素晴らしい理想郷なんだろう。
 しかしそんなところに行くなど真っ平だ。

「ちょっと待って下さい。こちらが聞いているのは――」
「分かっている。それはあくまでもこの世を去った後の事だ。そうではなく『大いなる狼』が足跡を残した地の事を言っているだろう?」
「まあ……そんなところです」

 ここで横合いからミキューが口を挟んでくる。

「かつては数多くそんな聖地があったらしいけど、今では殆どが失われ、冒涜されてしまっているわ」

 そりゃそうだろうな。以前にファーゼストで出会ったシャーマンのアカスタも土着の精霊を崇拝している場所はどんどん少なくなっていると言っていた。
 開発の波に呑まれて消えてしまった自然の精霊や、それを崇拝していた人たちはもう数え切れないぐらいいるのだろう。
 悲しいけどそれが時の流れなのだろうか。それとも元の世界と違って、自然の精霊にも力があるこっちの世界ではまた逆の事があるのかもしれない。
 しかしその場合でも、今度は殺害される対象がひっくり返るだけで、少なくともオレの基準でよいことが起こるわけではないのは、これまでの経験でいやというほど思い知っているつもりだ。
 悲しい事に文化的・宗教的にかけ離れた存在同士がお互いを尊重し、わかり合って共に暮らすなどこの世界では遠い夢なんだ。
 今さらだけどそんな思想を掲げていたウルハンガにもう一度出張って欲しいなどと考えるのはまさに『苦しい時の神頼み』そのものだな、とつい自嘲してしまうよ。

「だけどその中でもまだ残っているものもあるでしょう。あなた方に伝わっているのはないのですか?」
「それならば『約束の地』ではないが、俺たちの言い伝えにある伝説の場所があるぞ」

 それを口にしたテルモーの表情は極めて厳しい。こっちだって一目でかなりヤバそうな話だと見当ぐらいはつくよ。

「遠い昔の事だが、我ら『二本足の狼』の中から偉大なる英雄が現れた。その英雄は『吠え猛るもの』と呼ばれ、数多くの部族をまとめ上げて世界を支配すべく大軍勢を作り上げて進撃していったのだ」

 彼らの基準での大軍勢というのが、どれぐらいのものなのかわからないけど、幾ら何でも文明世界のように万の数に達するとはとても思えないな。

「それ以降『吠え猛るもの』がどうなったのかは分からない」

 とても勝ったとは思えないが、それでも彼らには偉大な英雄譚なんだろうな。
 元の世界でも英雄が最後どこかに旅立っていって、そのまま行方不明なんてオチもよくあるから、こっちでも似たようなものということか。

「だけどいつの日か『吠え猛るもの』は大勝利を収めて凱旋してくる。我らはそれを待っていたけど、いま『吠え猛るもの』がいるところを探したいとも思っていたんだ」

 テルモーは本気で信じているらしいけど、それはいくら何でもあり得ないでしょう。
 この伝説が具体的に何世代前なのかも分からないし、文書ではなく口伝だという事を考えるとそれがずっと伝わっているだけで凄いのか。
 いや。この世界では精霊が実際に力を持っているから、そういう情報も精霊から教えてもらえるのかもしれない。
 そのあたりシャーマン系魔法は使えても、本物のシャーマンではないオレには分からないところだ。

「だから俺たちの部族では、年に一度の聖日では『吠え猛るもの』に扮して、敵共を殲滅する儀式を行っていたんだ」
「まさかそれの儀式には人間を使っていたんじゃないでしょうね?」

 さすがに聖日の儀式に人間を殺害するような真似をしていたら弁護の余地がないぞ。
 そしてここでテルモーの表情はちょっと曇る。

「それが本来は望ましい事だったらしいが、人間を捕まえてくるのは難しいし、連中はなぜか怒ってくるから――」

 それが当たり前だっつうの。
狼の群れだったら、仲間が捕まってもそりゃ奪い返す事は考えないかもしれないけどさ。

「仕方なく代用として人形を壊すだけだったな。俺も一度ぐらいは人間でやってみたかったんだが」

 うう。相変わらず感覚がかけ離れすぎだが、少なくとも本当に人間を殺していたわけではないのが救いか。

「……」

 しかしここでミキューがかなり複雑そうな表情を浮かべていた。
 この件については何か知っているのか?
 テルモーは耳はいいので、どうにか気づかれないように慎重に探りを入れてみるか。

「あの……テルモー。ミキューと一緒に少し離れていいですか?」
「なんだ? 女同士で小便か?」

 相変わらずあけすけだな。
 ただテルモーの部族でも、人前でそういう事をしない程度の人間的な羞恥意識はあると見るべきなのかな。
 それはともかくここでオレはミキューと共にテルモーと距離を置いたところで問いかける。

「あのう。今の『吠え猛るもの』の伝説について、ミキューは何か知っているのですか?」
「ええ……あの伝説にあった『吠え猛るもの』は攻め込んだ先で、敗れて命を落としたのよ」

 やっぱりそうか。
 ひょっとするとテルモーの部族は英雄の進軍を見守っていた側で、ミキューの部族は共に進軍して、敗れた側だったのかもしれない。
 もしかしたらそれが同じ精霊を崇めていながら、彼らが決裂した理由となったのか。

「だから私達の部族では、どうにかして人間を探し出し、それで聖日の儀式を行っていたわ」

 ええ?! まさか英雄の復讐のために儀式で人間を殺していたの?!
 ちょっとばかり愕然となったが、そこでミキューは残念そうにこぼす。

「その儀式では見つけた人間を執拗に追い回すけど、最後はこちらが倒された事にして引き上げるのよ。それが『吠え猛るもの』が敗れた戦いの再現となるの」

 ああ。なるほど。そういう事になるのね。
 巻き込まれた人間にとってはたまったもんじゃないと思うけど、それでもホッと胸をなで下ろすところか。

「ただ私達の間でもその『吠え猛るもの』がどこで戦い、斃れ、そして骸がどこに葬られたのかは分かっていないわ。それが分からないのが残念だと部族でも悲しんでいたわ」

 むう。これはひょっとしたらいがみ合っているテルモーとミキューを繋ぐとっかかりになるかもしれないぞ。
 オレはちょっとした希望を見つけたのかもしれないな。
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