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第11章 文明の波と消えゆくもの達と
第300話 開拓者の村にて
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テルモー達といったん別れたオレは小さな村に足を踏み入れた。
いつも通り帽子を目深くかぶった男装なので、こっちの事に気づかれる心配はほとんど無いし、まあ今オレが追われているわけではないので、それほど心配する事もない。
もちろん『二本足の狼』達の足跡をたどるのは楽ではないけど、旅人のフリをして精霊に敬意を払う仕草をしていれば怪しまれる事はないだろう。
疑問を持たれても、精霊を崇拝している巡礼者だとかなんとかごまかせばいい。
一神教徒の支配地域に比べると、ここはまだ楽だと言えるかも知れないな。
むしろ心配なのは、オレと別れた後でテルモーとミキューが喧嘩しないかという点であり、時間をあまりかけられない。
そんなわけで急ぎつつ村の中心部にある広場に進むと、俺は思わず目を奪われた。
「あれは……」
そこには紛れもなく、数頭の狼の毛皮、そして『二本足の狼』とおぼしき人間の死体が無惨に晒し者にされていたのだ。
この世界に来て死体が量産される修羅場を何度も見てきたけど、それでもこういう光景を見ると胸が悪くなる事に変わりは無い。
ただこんなものには慣れたくもないので、今の感覚でいいとは思っている。
そんな時、横合いから声が飛んでくる。
「おう。どうした坊主?」
振り向くと物売りの店員らしき中年の男性が声をかけてきたのだった。
「すみません。ちょっと気分が悪くなったもので」
「なんだよ。お前、旅人のようだが、それだったらあんなの当たり前だろ。臆病者だな」
「いえ……ところであれは罪人を晒し者にしているのですか?」
「いいや。違うぜ」
ここで男はむしろ誇らしげに笑う。
「何も知らん奴が見たら人間に見えるかも知れないが、あれは獣だ。ただ単に害獣を駆除したに過ぎんよ」
「え? 獣なんですか?」
「ああそうだ。あいつらは夜中にこっそりやってきて、俺たちの家畜を襲う厄介な化け物さ。だから周囲の森で狩りだし、ああやって晒して俺たちの勝利を記念しているのだよ」
そう言って胸を張る姿は、良心の呵責どころかむしろ正しい事をしているという確信に満ちたものだった。
思った通り、開拓している側は『二本足の狼』を人間とすら思っていない。
これまでの事から互いに相手を嫌悪し、別の種族だと考えているのは分かっていたけど、それでもオレにとってはやっぱり気分の悪くなる話だ。
もちろん『二本足の狼』からすれば、彼らは一方的に自分達の縄張りに入り込んできて、生活の場である森を切り開き、狩りの対象となる動物を追い払い、それでいて彼らの連れている家畜に手を出すと激高し、命を奪おうと攻撃してくるという理不尽極まり無い侵略者ということになる。
しかしそんな事を開拓者の側が微塵も考えてなどいないどころか、先住者を『害獣として駆除しようとする』のは、元の世界でもこっちの世界でも同じなのだ。
当然ながら同様の事は、ここだけでなくあちこちで起きているだろうし、またその対象が『二本足の狼』だけでない事も間違いない。
そのあたりの事情は前々から分かっていたつもりだったけど、実際に突きつけられてしまうとやっぱり陰鬱な気分になるな。
しかし今はそんな事でいつまでも悔やんでいても仕方ない。
ここはまず目的の場所を探さねばならないのだ。
「あのう。精霊にお祈りをしたいのですが、この村にはそういうところはありますか?」
「悪いが知らないね」
男はここであからさまに視線を逸らす。
「いいか坊主。お前は人にものを聞くときの礼儀がなっていない。それでは世の中は渡っていけんぞ」
そう言って男は自分のところの商品に視線を向ける。
なるほど。確かにこれはオレが迂闊だった。
「これはすみませんでした」
オレが干し肉を幾つか購入すると男は急に笑みを浮かべる。
「分かってくれればそれでいい。それなら教えてやるが、あそこに見える大地母神エウロパ様の寺院の脇に大地の精霊の社があるぞ」
いや。それならここから見えているし、言われるまでもなく見当はついてましたよ。
「それはエウロパの眷族である大地精霊ですよね。それではなくこの地元で古くから崇められている精霊とかいませんか?」
「お前さん。なんでそんなものに興味があるんだ?」
男は首をかしげている。そりゃまあただの旅人なら変な行動に見えるかもしれないけど、ここはちょっとばかりハッタリをカマさせてもらおう。
「実はですね……これを見て下さい」
オレは以前にテセルからもらった『真鍮のオクタゴン』を男に見せる。これは『神造者の手伝いをしている地位』を示すものだけど、一般人にはこの帝国の特権階級である神造者と同一視される立場でもあるのだ。
もちろん普通に考えると、地位の僭称に当たるかもしれないけど、実際にテセルに任命された後で解任されたわけでもないので完全に嘘ではない ―― 殆ど詐欺師の理屈だけど。
それにあくまでも探索のための情報を得るのが目的だから、勘弁してもらいたい。
そして思った通り、男は血相を変える。
「まさか? それは?」
「ええ。このあたりの精霊について調査しているのです……それ以上のくわしい事は言えませんけどね」
ここまでなら決して嘘ではないから許して欲しいな。
「そうか……お役目というなら仕方ない。村はずれに小さな森があってな。そこに半ば朽ちた小さな祠があるはずだ。だけど何が祀ってあるのかはオレもよく知らないし、地元のもんは殆ど近づかないぞ」
「それで結構です。ありがとうございました」
もっと偉い人の所に行けば、くわしい情報が聞けるかもしれないけど時間の余裕はないし、下手に突っ込まれて、こちらの嘘を見破られると危ないからとっととその祠を調べに行くとしよう。
そんなわけでオレは足早に村はずれの森を目指すことにした。
いつも通り帽子を目深くかぶった男装なので、こっちの事に気づかれる心配はほとんど無いし、まあ今オレが追われているわけではないので、それほど心配する事もない。
もちろん『二本足の狼』達の足跡をたどるのは楽ではないけど、旅人のフリをして精霊に敬意を払う仕草をしていれば怪しまれる事はないだろう。
疑問を持たれても、精霊を崇拝している巡礼者だとかなんとかごまかせばいい。
一神教徒の支配地域に比べると、ここはまだ楽だと言えるかも知れないな。
むしろ心配なのは、オレと別れた後でテルモーとミキューが喧嘩しないかという点であり、時間をあまりかけられない。
そんなわけで急ぎつつ村の中心部にある広場に進むと、俺は思わず目を奪われた。
「あれは……」
そこには紛れもなく、数頭の狼の毛皮、そして『二本足の狼』とおぼしき人間の死体が無惨に晒し者にされていたのだ。
この世界に来て死体が量産される修羅場を何度も見てきたけど、それでもこういう光景を見ると胸が悪くなる事に変わりは無い。
ただこんなものには慣れたくもないので、今の感覚でいいとは思っている。
そんな時、横合いから声が飛んでくる。
「おう。どうした坊主?」
振り向くと物売りの店員らしき中年の男性が声をかけてきたのだった。
「すみません。ちょっと気分が悪くなったもので」
「なんだよ。お前、旅人のようだが、それだったらあんなの当たり前だろ。臆病者だな」
「いえ……ところであれは罪人を晒し者にしているのですか?」
「いいや。違うぜ」
ここで男はむしろ誇らしげに笑う。
「何も知らん奴が見たら人間に見えるかも知れないが、あれは獣だ。ただ単に害獣を駆除したに過ぎんよ」
「え? 獣なんですか?」
「ああそうだ。あいつらは夜中にこっそりやってきて、俺たちの家畜を襲う厄介な化け物さ。だから周囲の森で狩りだし、ああやって晒して俺たちの勝利を記念しているのだよ」
そう言って胸を張る姿は、良心の呵責どころかむしろ正しい事をしているという確信に満ちたものだった。
思った通り、開拓している側は『二本足の狼』を人間とすら思っていない。
これまでの事から互いに相手を嫌悪し、別の種族だと考えているのは分かっていたけど、それでもオレにとってはやっぱり気分の悪くなる話だ。
もちろん『二本足の狼』からすれば、彼らは一方的に自分達の縄張りに入り込んできて、生活の場である森を切り開き、狩りの対象となる動物を追い払い、それでいて彼らの連れている家畜に手を出すと激高し、命を奪おうと攻撃してくるという理不尽極まり無い侵略者ということになる。
しかしそんな事を開拓者の側が微塵も考えてなどいないどころか、先住者を『害獣として駆除しようとする』のは、元の世界でもこっちの世界でも同じなのだ。
当然ながら同様の事は、ここだけでなくあちこちで起きているだろうし、またその対象が『二本足の狼』だけでない事も間違いない。
そのあたりの事情は前々から分かっていたつもりだったけど、実際に突きつけられてしまうとやっぱり陰鬱な気分になるな。
しかし今はそんな事でいつまでも悔やんでいても仕方ない。
ここはまず目的の場所を探さねばならないのだ。
「あのう。精霊にお祈りをしたいのですが、この村にはそういうところはありますか?」
「悪いが知らないね」
男はここであからさまに視線を逸らす。
「いいか坊主。お前は人にものを聞くときの礼儀がなっていない。それでは世の中は渡っていけんぞ」
そう言って男は自分のところの商品に視線を向ける。
なるほど。確かにこれはオレが迂闊だった。
「これはすみませんでした」
オレが干し肉を幾つか購入すると男は急に笑みを浮かべる。
「分かってくれればそれでいい。それなら教えてやるが、あそこに見える大地母神エウロパ様の寺院の脇に大地の精霊の社があるぞ」
いや。それならここから見えているし、言われるまでもなく見当はついてましたよ。
「それはエウロパの眷族である大地精霊ですよね。それではなくこの地元で古くから崇められている精霊とかいませんか?」
「お前さん。なんでそんなものに興味があるんだ?」
男は首をかしげている。そりゃまあただの旅人なら変な行動に見えるかもしれないけど、ここはちょっとばかりハッタリをカマさせてもらおう。
「実はですね……これを見て下さい」
オレは以前にテセルからもらった『真鍮のオクタゴン』を男に見せる。これは『神造者の手伝いをしている地位』を示すものだけど、一般人にはこの帝国の特権階級である神造者と同一視される立場でもあるのだ。
もちろん普通に考えると、地位の僭称に当たるかもしれないけど、実際にテセルに任命された後で解任されたわけでもないので完全に嘘ではない ―― 殆ど詐欺師の理屈だけど。
それにあくまでも探索のための情報を得るのが目的だから、勘弁してもらいたい。
そして思った通り、男は血相を変える。
「まさか? それは?」
「ええ。このあたりの精霊について調査しているのです……それ以上のくわしい事は言えませんけどね」
ここまでなら決して嘘ではないから許して欲しいな。
「そうか……お役目というなら仕方ない。村はずれに小さな森があってな。そこに半ば朽ちた小さな祠があるはずだ。だけど何が祀ってあるのかはオレもよく知らないし、地元のもんは殆ど近づかないぞ」
「それで結構です。ありがとうございました」
もっと偉い人の所に行けば、くわしい情報が聞けるかもしれないけど時間の余裕はないし、下手に突っ込まれて、こちらの嘘を見破られると危ないからとっととその祠を調べに行くとしよう。
そんなわけでオレは足早に村はずれの森を目指すことにした。
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