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第11章 文明の波と消えゆくもの達と

第315話 『人の皮をかぶった獣』とは

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 この『目』の精霊が何なのかは分からないが、明らかに敵意が感じられるぞ。
 もちろんこっちが精霊の怒りを買うような真似をしたわけではないはずだ。
 いや。時にはちょっとした事で精霊が怒り狂って人間を襲う場所もあるらしいが、そういうところは人里離れた地点にあるはず ―― 正確にはそういうところを避けているか、そうでなければ犠牲を覚悟でその精霊を討伐するなり、なだめて移動させるなりしてこの世界の住民は生活しているのだ。

 それだけじゃない。
 正面で動いていた松明の明かりのいくつかがこっちに向かってきていた。
 つまりこれはこの精霊があの連中と関係がある可能性が高いな。
 こっちの世界では精霊を操る魔法もあるから、人間が精霊を使って他人を襲撃させる事も可能なはずだ。
 そしてオレの夜目には迫ってくる連中は、革鎧を身にまとい手には武器を持っているが、どう見てもちゃんとした兵士ではないし、地元の民兵の類いにも見えない。

 まさか? 山賊のたぐいか?
 ああ?! ひょっとしたら『精霊のお告げ』にあったという『人の皮をかぶった獣』というのは『まるで獣のような略奪者』を意味していたのかもしれないぞ!
 そっちは盲点だったよ。
 そう思って愕然としていたら、オレ達の周囲に矢が飛んできた。
 周囲に落ちた矢を見ると手作りで矢尻も石を磨いただけの粗末な矢だ。威力も大した事はなさそうだし、狙いも下手でどちらかと言えば脅し目的の威嚇射撃みたいなものか。
 やっぱりまともな兵士ではないようだな。

「そこにいるのは何もんだ!」
「身ぐるみ置いていけば命は助けてやってもいいぜ!」
「あと女もいるなら置いていけや!」

 思った通りこいつらは『人の皮をかぶった獣』も同然の存在だ。いや。そんな事を言ったら本当の獣に失礼だな。
 だが松明があるとは言え、この夜中に隠れているこっちの居場所に気付いたところからしてただのごろつきではないだろう。
 こいつらは雑魚かもしれないけど、少なくとも率いている奴は只者ではないはずだ。
 もしも今、こちらを襲っている精霊がこいつらに使役されているとしたら、最低でもひとり以上のシャーマンが含まれている可能性が高い。

 冷静に考えてみれば別に不思議では無いな。シャーマンは単なる職業であって、善人とは限らない。
 当然その中には精霊を操る能力を私利私欲のために悪用する者だっているだろう。
 いや。それどころか他者から略奪する事を当然とし、それを手助けして崇拝を受ける邪悪な精霊だっているに違いない。
 今までシャーマンの知り合いがアカスタしかいなかったから、特にシャーマンが敵に回る事を考えていなかったが、こうなってみると非常に厄介だ。

「ぬう! あいつらは俺が蹴散らしてくれるわ!」

 傍らでテルモーの全身が見る見る、剛毛に覆われる。

「大丈夫。私と銀月に任せなさい」

 ミキューが何かの呪文らしき言葉を唱えると、相棒狼の銀月の身がボンヤリと光る。
 魔法で銀月を強化したらしい。

「ちょっと待って!」

 オレは【霊体遮断】で精霊を食い止めつつ、必死で制止の声をかける。

「なんだ? どう見てもあいつらは俺たちを襲うつもりだぞ」
「女を置いて行けといっていたけど、人間は私のような『二本足の狼』でも容赦なく欲望のはけ口にすると聞いているわよ」
「なんだと? あいつらは狼相手でも見境無しなのか! まさに『獣』だな……」

 いや。それは違うでしょう。
 もちろんあんな連中だったら、見た目が人間の女だったらそれ以外はどうでもいいだろうから、その意味で『見境がない』のは確かだろうけど、テルモーの考えているのとはまた感覚が違うということだ。
 逆を言えば『二本足の狼』だろうが何だろうが気にもとめないのは、彼ら『二本足の狼』よりは寛容と言ってもいいかもしれないぞ。

「とにかく。二人ともここで戦わないで逃げて下さい」

 これが『正義の味方』ならば、喜んでこの連中を叩きのめすところだ。
 そしてそれを見て、地元の住民達が喜んで『二本足の狼』に感謝し、彼ら二人と仲良く暮らすようになるところが、ありがちな英雄譚だろうか。
 だけど危険を承知でそんな戦いをして本当にこいつらを倒したところで、地元の住民達がテルモー達を受け入れるように都合のいい展開はないだろう。いや。テルモーだったら下手をすれば殺した山賊の肉にかぶりついて、余計に『化け物』扱いされかねない。
 またオレとしては相手が山賊だろうと、命を奪うような真似はなるだけやりたくはないという気持ちもある。
 そんな事を考えていると、山賊連中はドンドンと近づいて来る。

「へへへへ……あの『目』があれば、やっぱり手も足も出ないな」

 やっぱりそうか。あいつらはこの『目』の精霊に相手を襲わせ、目標が動けなくなったところを襲って身ぐるみ剥ぐなり何なりしているのだな。
 それなら逃げられる心配も無いし、戦う必要も無い。
 そしておそらく、今オレ達を襲っているのは連中が戦力としている精霊のごく一部なのも間違いない。
 主力はさっきの狩人達の住んでいる集落に向けられていて、こっちはたぶんそこに連絡を入れられたら困るとでも考え、ちょっかいをかけてきたのだろう。
 仕方ない ―― ここはオレが一肌脱ぐしかないか。
 オレは決意を固めると、魔力を高め始めた。
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