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第12章 強奪の地にて

第386話 どうにか切り抜けたはずが思わぬ事に

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 オレが女神の化身となったところで、周囲の景色が少し変わる。
 それはオレの身長が伸びたからというだけではない。
 どうもさっきまでオレに対して好色そうな視線を注いでいた連中は、落雷のごとき衝撃に打たれたようにも見えるな――幾ら女神の化身となっても、本当に落雷を喰らわす事など出来ないけど。
 自分の身を例えるのにちょっと気恥ずかしいが『神々しさのあまり色気とか、欲情とかそういった意識も吹き飛んだ』というところらしい。

 そういえばドラゴンにペロペロされて、唾液まみれになっていた身体も普通になっているようだ。
 いや。自分の身を見る事は出来ないけど、文字通り『神々しい姿』なっていて、それに反するものは全て消えてしまったのだろう。
 以前に化身となったときにもここまでの効果は無かったはずだから、たぶんオレ自身の『神の器』としての能力が上がったので、その器による化身の力が増したのは間違いない。
 あの女神がオレに乗り移りたがっているとしか思えないのも、これだけの力を発揮できる器が滅多にいないからなんだろうな。
 なんというか治癒と生命の女神のくせに、人間の世界で暴れたがっているように思えるのは気のせいだろうか。

 しかしいま最優先すべきことは、ドラゴンと人間達を戦わせないことだ。
 そこでオレは全力でもって『調和』をかける。
 本来の状態では、ドラゴンの卵の殻から作られたアイテムをつけているだけで、効果がなくなってしまっていた。
 だからこの場所でも、効果の無い相手が何人もいたようだが、その全員が動きを止めた。
 よし。オレが女神の化身となって、そこで強化された魔法ならばアイテムの効果を上回る事が出来るようだ。
 範囲も大幅に拡大しているので、この近くにいる人間全てが戦闘行動を出来なくなっているはずだ。
 ただドラゴンにまで有効なのかどうかは分からないので、なるだけ早くカタをつけねばならない事は変わらない。

「みなさん。ドラゴンを攻撃してはなりません。この場は引きなさい」

 オレに出来るのは争いを止めるところまでであって、他人に何でも言う事を聞かせられるわけではない。
 神様の化身が人間の心を自在に操れるのはオレにとってもイヤなので、それは仕方のないことだろう。

「ま、待って下さい……」

 ここでダンギムがドラゴンに魅入られて動けなくなっている、コロニウス達を指差す。
 まだドラゴンが姿を現してから、そんなに時間は経っていないはずなんだけど、もうずっとあのままのような気がするな。

「我らがここで去れば、あそこにいる人達はどうなるのですか?」
「大丈夫です。わたしに任せて下さい」

 オレはドラゴンの周囲で動きを止めているコロニウス達に向けて『魔力消散』ディスミスマジックをかける。

「こ、これは……」

 意識を奪われて動けなくなっていた数十人が、正気を取り戻したところで困惑しつつ周囲を見回している。
 そしてオレはここでドラゴンと彼らの前に割って入る。

「皆さん。聞いて下さい!」
「あなたはいったいどなたですか?」

 コロニウスは明らかに動揺しているな。まあ今のオレの姿を見て、平然とされていたらこっちが驚くけど。

「話は後です。今は皆を連れてこの場を離れて下さい」
「しかし……ドラゴンが……」

 ええい。まだドラゴン崇拝教団に未練があるのかよ。
 まあ千載一遇の好機だったから、その気持ちは分かるよ。
 それは命がけでも《ドラゴン殺し》の称号を欲しがった連中とも通じる面があるだろう。
 だけどドラゴンの姿を見ただけで意識を奪われてしまうのだから、そういう考えは捨てないと今度こそこっちも付き合いきれない。

「繰り返しますが、とにかく今はみんなと共に一刻も早くドラゴンから離れて下さい! いいですね!」
「わ、分かりました!」

 普段の状態では話を聞いてくれなかった相手でも、神の化身状態だと勢いで押し切れるらしいな。
 ちょっとばかり――本当は結構――複雑な気分だよ。
 そしてコロニウスに従い、集まっていた連中はドラゴンから引き下がっていく。
 ふう。これでひとまず安心だな。

『どうやらうまくいったようですね。あなたの安堵が伝わってきますよ』

 女神イロールがいかにも誇らしげにしている様子が、オレの脳裏に伝わってくるよ。
 まあ手助けしてもらっていなかったら、この場で流血の惨事になっていた可能性が高いからここは素直に感謝しておこう。

「ありがとうございます」
『これからも困った事があれば、わたくしを頼っていいのですよ』
「そんなに軽々しく力を使っていいのですか」

 ちょっと前、美女とチョメチョメするためだけに、この世に化身を送り込んで来る大神にスケベされかけたので、神様によっては実に軽々しく力を振るう事は分かっているが、この女神はそこまで軽率ではなかったはずだ。

『わたくしは権能が治癒ですが、それ故に現世の事についてはあまり接する事が出来ないのですよ。今回もあなたの意識を通じてのみ状況が把握出来るに過ぎません』

 なるほど。この女神は人間世界の状況があまり分からないのか。
 だから化身としたオレが言って見れば、感覚器官のようなものなので、この世界を知るためにオレを化身にしたがるということか。
 いや。待てよ。この女神を崇拝する聖女教会が、回復魔法の素質のある男子を女子に性転換している事を知らないのもそれが理由なのか?
 それともこの世界では神の状態は崇拝する信徒次第だから、イロールがそうなるように聖女教会が仕向けた――つまり崇拝する女神を目隠ししている――のかもしれない。
 いまこの場でそれを聞いても、この女神がどう考えるのかは分からないが、とにかくこの推測をぶつけてみるしかあるまい。

「あの――」
『危ないですよ』
「え?」

 イロールの警告が発せられた瞬間、オレは身を翻すが、そこを巨大な爪が通過していった。
 ええ? なに? どういうこと?
 思わず見上げると、どういうわけかドラゴンがオレに対して攻撃の構えを見せていたのだった。
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