異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第13章 広大な平原の中で起きていた事

第406話 『遊牧民』の興りの神話とは

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 ターダの言う『恩恵の運河』と並んで設けられた交易路と歩きつつ、目的地のパップスに近づくと、次第に周囲には商人や交易に向かう遊牧民らしい相手が増えてきた。
 もちろんターダが追われる身らしいので、こちらはフードを目深くかぶって顔を隠しているが今のところ特に目立っている様子はないらしい。
 ひとまず追っ手とおぼしき相手に遭遇はしないが、それでも安心は出来ない。
 今までの経験上、どんなロクでもない相手がやってくるか見当もつかないからな。
 しかしそう思って周囲を警戒していると、いつの間にか周りの景色が大きく変わっていた。

 それまでは豊かとは言えないまでも、緑に覆われた平原だったのが次第に土の部分が増え、あっという間に灰色がかった地面が一面を広がっていったのだ。
 生命の欠片も見当たらない、完全な荒野だ。
 そのど真ん中を水にあふれた運河が通過しているにも関わらず、木の一本も見当たらない。
 なんとも奇妙というか、不可思議な光景だな。

「ここはいったい? なぜこんなことになっているのですか?」
「そうか……この地が初めてのお前は知らなくて当然だな。ここは『死せる地』だ」

 そのまんまのネーミングですけど、やっぱり神話に関わりがあるのだろうな。

「我らの目的地であるパップスはこの先にある」
「ひょっとして……パップスはこの荒野のど真ん中にあるのですか?」
「その通りだ。だからこそこの『恩恵の運河』が無ければ、誰もそこで生きていく事は出来なくなる地なのだ」

 どういうことだ?
 ただでさえ本来は定住しない遊牧民が、なんだって家畜も植物も育ちそうにないこんな荒野に街を築いているの?

「この地はかつて我らの先祖が残らず暮らしていた場所であり、また『定めし者』の父親である『かつて激しく猛りし者』の戦いの跡でもある」

 またなんかややこしそうな神様が出てきたな。しかも名前が過去形ということは、今はどうなっているのだろうか。

「その名前はどこか風の神の『荒れ狂う者』に似ていませんか?」
「もちろんだとも。『荒れ狂う者』は『かつて激しく猛りし者』の弟だ。兄に逆らって追放され、世界のどこにも身の置き場がなくなったので、この平原をあてどなく永遠にさまよい、出会った者にやり場のない怒りをぶつける神となったのだ」

 遊牧民が恐れる『荒れ狂う風の神』の興りはそういう神話に根ざしているわけですか。
 それに加えて年長者を敬い、兄弟・家族は仲良くせねばならないという道徳にも繋がっていそうだな。

「それと『かつて激しく猛りし者』という名前だと、今は違うのですか?」
「そうだ。かの神は今では激しく猛るどころか、動く事も出来ないからな」

 どこか含みのある発言だけど、ここはおとなしく話を聞くとしよう。

「遠い昔の事だ。この地は種を一粒落としたら、あっという間に芽吹いて成長するので、跳んで避けねばならないほど豊穣な地であった。それ故にこの地に住まう者は人も獣も餓える事も争う事も無く、日々平和に暮らしていたのだ」

 神話にしても、何とも大げさな話だな。

「それがどうしてこのようになったのですか?」
「その豊穣を奪うべく、恐るべき『悪鬼』が攻め込んできたのだ。そしてそのときにこの地の支配者であった『かつて激しく猛りし者』は愛する地と妻、そしてその胎内にある子を守るため『悪鬼』に立ち向かい、凄まじい戦いを繰り広げた」

 ターダは勢いよく身振りを加えて、彼らの神話を語っている。
 結構、ノリノリに見えるのは色々と複雑な事情があっても、自分達の神話は誇らしいものなのだろう。

「だが悪鬼はあまりにも邪悪で、また強かった。この平原で最強の神であった『かつて激しく猛りし者』ですらかなう相手ではなかったのだ」
「そうするとその『悪鬼』に敗れたので、過去形で語られるようになったのですか」
「それは違う。戦いの最中、かの神は全身に深手を負い、すでに味方も最愛の妻たる『手を出す女』だけとなっていた。だがこの時『定めし者』が母の胎内から生まれ出で、その穢れなき出産の力によりさしもの『悪鬼』もひるんだのだ」

 ここがその神話のクライマックスと言う事か。
 オレに言わせると何ともベタな話だけど、そこにわざわざツッコミを入れる程、こちらも野暮ではない。

「愛しい子どもを産み落とし、もう思い残す事の無くなった『手を出す女』は、その一瞬に己の力の全てを夫に託した。そして最愛の妻の全てを受けとった夫は最後の力を持って悪鬼を打ち負かしたのだ。しかしそれは決して誇らしい勝利ではなかった」

 ここまでの話を聞くと大体、オチは見当がついてきます。

「どうにか『悪鬼』を打ち倒したといえど、その結果として神々は力を失って人々に声を届ける事が出来なくなり、またこの地はかつての豊穣の欠片も残らぬ死せる土地へと変わり果ててしまったのだ」

 そこでターダは一度、肩を落とすが、ここで拳を握りしめて顔を上げる。

「豊穣しか知らず、餓えも争いも分からず、神々の声も失った我らの先祖は荒廃した土地を前にしてどのように生きていけばよいのか分からなかった。だがそのとき、先ほどの戦いの最中に生まれた赤子が立ち上がり、残った民にこの地で生きる『定め』を教え導いたのだ」
「それがあなた方の神である『定めし者』の名の由来なのですか」
「そういうことだ。これが我ら遊牧民全ての興りだ。だからこの地はあらゆる生命を拒絶する『死せる地』であると共に、我らにはかけがえのない神聖なる場所なのだ」

 遊牧民の興りを語るターダは誇らしげに胸を張る。
 そしてそれと共に、オレ達の前にはこの平原で初めて見る城壁に覆われた街が見えてきたのだった。
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