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第13章 広大な平原の中で起きていた事

第459話 平原との別れ際に

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 とりあえずオレの周囲では殺気だった商人と遊牧民の団体がにらみ合っているので、ひとまず『調和』をかけて、暴力行為には至らないようにするか。
 いくら何でも殺し合いになったらこっちがたまらないからな。
 すぐに警備員が駆けつけてくるだろうから、とっととこの場を去るとしよう。

「今はここを引き払いましょう」
「ああ……分かった」

 ターダとカウワイミもオレと一緒にひとまず混乱の場から引き下がる。

「それでアルタシャはこれからどうするつもりだ?」
「もうここにはいられませんからね。また旅を続けるつもりですよ」

 とにかくオレがこのパップスにいる理由は無くなった。
 これからは遊牧民達が『ライオンを狩る』にかわる新たな族長選びの資格を決めねばならないが、それはもうオレの関わるところではない。

「そうか……出来れば俺の部族に来て欲しかったけどな。仕方あるまい」

 これは遠回しのプロポーズなのかね?
 もちろんターダの誘いに応じる気つもりなど無いけど、そんな事を考えても特に何とも思わなくなってきた気がするな。

「それではここでお別れです。お二人ともお元気で」
「そうだな……また会おう」
「次に会うときは兄者が族長だ」
「……」

 ターダははた目には暢気にすら見える程に楽観的で、カウワイミの方は今度の事を考えているのかかなり渋い顔をしているな。
 まあターダの場合、年齢が年齢だし、兄を探してここまで無謀な真似をするぐらいだから、向こう見ずな面があるのは仕方ないか。
 オレが協力した結果として、ターダの無鉄砲さに拍車がかかってしまうと困るな。
 ここはちょっとばかり釘を刺しておこうか。

「ターダ。一つ言っておきますけど――」
「もちろん俺がいま生きていられるのはアルタシャのお陰だ。俺ひとりだけだったら良くて連れ戻されていたか、そうでなければのたれ死んでいた。それぐらい分かっているつもりだぞ」

 それを理解してくれているなら、ひとまず安心というところか。

「それでは今後はこんなことは二度としないで下さいよ。わたしからのお願いです」
「約束しよう。それに今後は兄者を助けて、部族を繁栄させねばならないならな。もう部族を勝手に出るような真似も出来ないさ」
「そうだな。本当にあなたには感謝の言葉しか無い。我ら兄弟のみならず、部族……いや。この平原に生きる遊牧民全ての恩人だ。何か返礼をさせてくれ」

 ここでカウワイミも頭を下げてくる。
 正直に言えばかなりこそばゆい賛辞だが、まあ去り際に一つだけ頼みを聞いてもらおう。

「それではターダ。以前にお断りした事ですけど、改めてあなたの剣を譲ってもらえますか?」

 最初に感謝の証として譲ると言われてオレの方から断ったものだが、このパップスなら代わりの剣を手に入れる事も出来るだろう。

「それは構わないが、一つ聞かせてくれ。いったい何のために今さらこの剣がいるんだ?」
「先ほどロニールと交わした約束のためですよ」

 オレはついさっきロニールには武器を提供すると約束したけど、今のオレと商売して武器を売ってくれる商人はたぶん一人もいないだろう。
 だから武器を得るためにはターダに頼むしかないのだ。
 そしてオレの頼みを聞いたターダは少しばかり残念そうな表情を浮かべつつ、自分の剣を見つめ、それから差し出してくる。

「そうか……俺との思い出の品というわけではないのか……」
「申し訳ないです。しかし約束した以上は守らないといけませんから」
「お前は本当に相手が誰だろうと態度を変える事は無いのだな。我らとはやはり『別の世界の住民』ということか」
「それはどうも……」

 いろいろと複雑な思いを抱きつつオレはターダの差し出した剣を受け取る。

「ならばここでお別れだな。お前の事は一生忘れん」
「わたしもお二人の事は忘れませんよ。それでは失礼します」

 オレは受け取った剣を手にしてパップスの門をくぐる。
 外ではロニールの姿は見えなかったが、きっとすぐ近くにいるだろう。
 約束を守るため先ほどロニールと別れたところに剣を置いて、オレは『悪鬼の湿原』を後にする。


 それからしばらくの間、遊牧民の間では掟に執着する部族もあれば、新たな族長選びを巡っての血なまぐさい争いもあり、中にはそのために部族が分裂した事や、崩壊してしまった例も生まれた。
 だが次第にそれぞれの部族で最適な後継者を選ぶ方法が決められ、一時の混乱が収まると遊牧民達の生活はおおむね元通りとなった。
 それは過去に時代の流れと共に、形骸化していた他の掟も見直される切っ掛けとなり、遊牧民達の掟はゆるやかに彼らの実情に合わせて変化していく事となる。
 そして遊牧民達に掟の問題を示した『白き貴婦人』の英雄の伝説も平原に広まり、その結果としてそれまで遊牧民の神々とは一線を引かれていたかの女神が、他の神々と等しく崇拝される契機ともなった。
 またライオンが絶滅した後でもその信仰を守り続けた獅子神信者達の間でも、美しき黄金の女神の伝説がゆるやかに広がり、その象徴として女神からもたらされた一本の剣が象徴となっていたという。

【後書き】
これでこの章は決着です。
お付き合い下さりありがとうございます。
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