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第14章 拳の王
第510話 思わぬ『神話の真実』は
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とりあえず女神の化身となったオレの周囲には霊体が寄り集まり、分厚い霧のような光景となっている。
しかしその霧の中では苦しむ人間の顔が一瞬、浮かび上がってはまた霧に溶け込むように消え去り、その次にはまた別の憎しみに歪んだ顔が浮かび上がる。
以前にも似たような相手に出会った事があるが、人間の苦しみや恨みが寄り集まった霊体の集合体というのは近い形態を取るものなのだろう。
もっとも今はこんな風に落ち着いていられるけど、常人だったらたぶんあっという間に取り込まれ、ここに集う無数の顔の一つにされてしまったに違いない。
『その身をよこせ……そして我らの器となれ』
「お断りします。そんな事よりとっととこの世から消えて下さい」
そんな事を口にしたところで、消えてくれるなら苦労はないけど、相手もかつては『人間』だったのなら意志疎通を試みてみたいのだ。
『なんだと。少なくとも今のお前は『器』になっているだろう。それならば我らにも同じようにその身を明け渡せ』
確かに今は女神の器になっているけど、少なくとも身体の主導権はオレにあるし、あくまでも一時的なものだ。
しかしこの『地獄の轟き』の器になったら、ほぼ間違い無くこの身を乗っ取られてオレの意識すら奪われてしまうだろう。
ああ。イロールがまだまだ真っ当な女神だったとしみじみ思う時なんて来て欲しくはなかったなあ。
『さあ。その身を明け渡せ……そうすれば我らは再びこの世に生きる事が出来る』
そうか。当たり前だけどこの霊体は無念の死を迎えた人達なんだ。
だからこの世に舞い戻って再び生きたいと思っているのか?
いや。それも無数にある彼らの欲求の一つであって、ただ他人を苦しめてやりたいとか、戦乱を広めて自分達と同じ目にあう人間を増やしたいとかいろいろあるんだろう。
しかし彼らの器にされた人間はその精神を破壊されて取り込まれ、身体もすぐに息絶えてしまうに違いない。
以前にも理想的な実験材料だの何だのいろいろ酷い扱いをされた事はあるが、こういう相手は幾ら出て来ても慣れないものだ。
「こういう人達を癒やす事は出来ないのですか?」
オレはイロールに向けて問いかける。
『それは困難ですね。まだ生きている人間であればどうにかなるのですが、彼らは曲がりなりにも神界に身を置いている存在ですから』
うん? 神界に身を置いている存在は癒やせないのか?
それでは以前にビネースから聞いた『戦いを止めようとして他の神々に袋だたきにされ深傷を負ったガイザー神の傷をイロールが癒やした』という伝説は嘘だったという事なのだろうか。
「それではあなたがガイザー神の傷を治したという話はやっぱり事実ではないのですか?」
周囲の状況を考えると、そんな事を追求する場面では無いだろう。
しかしオレの場合はそういう話を聞くとついつい突っ込みを入れてしまうのが習い性になってしまっているのだ。
だが次にオレの心に響いた女神の声は、こちらの予想をいつものように裏切った。
『それは確かに事実ではありませんが、嘘でもありませんよ』
「どういう事ですか?」
『あなたはこのわたくしと同じく、治癒の権能を有する女神が、過去の時代には存在しなかったと思いますか?』
「それは……当然いたでしょうね」
傷や病気を治してもらいたいというのは、人間ならば当然の望みであって、この世界ならばそれを司る存在はイロールが神となったという千年以上前から存在したのは間違い無い。
『わたくしも過去の神から権能を引き継いだ存在です。だから昔、同じ権能を有する女神が癒やしたのであれば、それが現在のわたくしに繋がってもいるのですよ』
う~ん。これもいろいろ面倒だが、要するに同じ治癒の神という権能を受け継いでいるので、当人でも無いかもしれないけど嘘でも無いという理屈なのか。
神様にとっては信徒達が納得しているのなら、それぐらいの齟齬は許容範囲という事なのかもしれないな。
しかし『信徒が増えるならちょっとばかり間違った話が広まっていても、喜んで受け入れる』というなら、まったく神様も商売上手というかちゃっかりしているというか。
まあいい。自分で話をずらしてしまったけど、今は本題に戻そう。
「それではあなたではガイザー神やこの『地獄の轟き』達を癒やす事は出来ないのですか?」
『断っておきますが神界に身を置いている存在は癒やせないのでは無く、相手が同意せねば力が及ばないという事なのですよ。ですから先ほどの伝説でもわたくしがその場にいればガイザー神を癒やせたでしょう。その治癒の女神よりもっと確実に』
あれ? ちょっとばかりムキになっている?
たぶんオレが女神の力に疑念を持つ言い方をしたので、カチンと来たのかもしれないな。
まあいい。つまり彼らが望むのであれば、その狂気を癒やす事は出来るのだろう。
だったら彼らを追い払うのでは無く、助ける事も可能なはずだ。
そしてオレは新たな決意を固めつつ、周囲に集まっている無数の霊体に対し改めて向き合った。
しかしその霧の中では苦しむ人間の顔が一瞬、浮かび上がってはまた霧に溶け込むように消え去り、その次にはまた別の憎しみに歪んだ顔が浮かび上がる。
以前にも似たような相手に出会った事があるが、人間の苦しみや恨みが寄り集まった霊体の集合体というのは近い形態を取るものなのだろう。
もっとも今はこんな風に落ち着いていられるけど、常人だったらたぶんあっという間に取り込まれ、ここに集う無数の顔の一つにされてしまったに違いない。
『その身をよこせ……そして我らの器となれ』
「お断りします。そんな事よりとっととこの世から消えて下さい」
そんな事を口にしたところで、消えてくれるなら苦労はないけど、相手もかつては『人間』だったのなら意志疎通を試みてみたいのだ。
『なんだと。少なくとも今のお前は『器』になっているだろう。それならば我らにも同じようにその身を明け渡せ』
確かに今は女神の器になっているけど、少なくとも身体の主導権はオレにあるし、あくまでも一時的なものだ。
しかしこの『地獄の轟き』の器になったら、ほぼ間違い無くこの身を乗っ取られてオレの意識すら奪われてしまうだろう。
ああ。イロールがまだまだ真っ当な女神だったとしみじみ思う時なんて来て欲しくはなかったなあ。
『さあ。その身を明け渡せ……そうすれば我らは再びこの世に生きる事が出来る』
そうか。当たり前だけどこの霊体は無念の死を迎えた人達なんだ。
だからこの世に舞い戻って再び生きたいと思っているのか?
いや。それも無数にある彼らの欲求の一つであって、ただ他人を苦しめてやりたいとか、戦乱を広めて自分達と同じ目にあう人間を増やしたいとかいろいろあるんだろう。
しかし彼らの器にされた人間はその精神を破壊されて取り込まれ、身体もすぐに息絶えてしまうに違いない。
以前にも理想的な実験材料だの何だのいろいろ酷い扱いをされた事はあるが、こういう相手は幾ら出て来ても慣れないものだ。
「こういう人達を癒やす事は出来ないのですか?」
オレはイロールに向けて問いかける。
『それは困難ですね。まだ生きている人間であればどうにかなるのですが、彼らは曲がりなりにも神界に身を置いている存在ですから』
うん? 神界に身を置いている存在は癒やせないのか?
それでは以前にビネースから聞いた『戦いを止めようとして他の神々に袋だたきにされ深傷を負ったガイザー神の傷をイロールが癒やした』という伝説は嘘だったという事なのだろうか。
「それではあなたがガイザー神の傷を治したという話はやっぱり事実ではないのですか?」
周囲の状況を考えると、そんな事を追求する場面では無いだろう。
しかしオレの場合はそういう話を聞くとついつい突っ込みを入れてしまうのが習い性になってしまっているのだ。
だが次にオレの心に響いた女神の声は、こちらの予想をいつものように裏切った。
『それは確かに事実ではありませんが、嘘でもありませんよ』
「どういう事ですか?」
『あなたはこのわたくしと同じく、治癒の権能を有する女神が、過去の時代には存在しなかったと思いますか?』
「それは……当然いたでしょうね」
傷や病気を治してもらいたいというのは、人間ならば当然の望みであって、この世界ならばそれを司る存在はイロールが神となったという千年以上前から存在したのは間違い無い。
『わたくしも過去の神から権能を引き継いだ存在です。だから昔、同じ権能を有する女神が癒やしたのであれば、それが現在のわたくしに繋がってもいるのですよ』
う~ん。これもいろいろ面倒だが、要するに同じ治癒の神という権能を受け継いでいるので、当人でも無いかもしれないけど嘘でも無いという理屈なのか。
神様にとっては信徒達が納得しているのなら、それぐらいの齟齬は許容範囲という事なのかもしれないな。
しかし『信徒が増えるならちょっとばかり間違った話が広まっていても、喜んで受け入れる』というなら、まったく神様も商売上手というかちゃっかりしているというか。
まあいい。自分で話をずらしてしまったけど、今は本題に戻そう。
「それではあなたではガイザー神やこの『地獄の轟き』達を癒やす事は出来ないのですか?」
『断っておきますが神界に身を置いている存在は癒やせないのでは無く、相手が同意せねば力が及ばないという事なのですよ。ですから先ほどの伝説でもわたくしがその場にいればガイザー神を癒やせたでしょう。その治癒の女神よりもっと確実に』
あれ? ちょっとばかりムキになっている?
たぶんオレが女神の力に疑念を持つ言い方をしたので、カチンと来たのかもしれないな。
まあいい。つまり彼らが望むのであれば、その狂気を癒やす事は出来るのだろう。
だったら彼らを追い払うのでは無く、助ける事も可能なはずだ。
そしてオレは新たな決意を固めつつ、周囲に集まっている無数の霊体に対し改めて向き合った。
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