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第16章 破滅の聖者

第608話 勝利と共に新たな伝説が

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 しばしの後、こちらの弓が尽きたためにアンデッド達は村の周囲の柵に押し寄せてきた。

「ひるむな! 突き続けるんだ!」

 ファザールの命令を受けて、兵士達は柵の隙間から必死で槍を突き出す。
 だがそれで身体を貫かれても、アンデッドは痛みを感じる事無く、身体ごと柵にぶち当たって打ち砕かんとする。
 村の周囲を覆っている柵は基本的に境界線を示すためで、あとはせいぜい中で飼っている家畜が逃げ出さないようにするぐらいであり、外敵との戦いに備えたものではない。
 当然ながらアンデッドの力に耐えるようには出来ておらず、柵はあっという間にきしみ出す。

「柵にとりついたヤツを優先的に攻撃しろ!」
「はい!」

 兵士達も死に物狂いで槍を突き、柵の隙間から突き出された血の気の無い腕を、斧や剣を用いて必死で切り払う。だが――

「うぎゃあ!」

 兵士の一人が腕をつかまれて、肉をえぐられ、骨が砕け、悲鳴が鳴り響く。
 今まで何度も聞いた事があるが、それでもとても慣れないし、また慣れたいとも思わない。
 周囲の兵士も死に物狂いで戦っているが、その兵士は砕けた腕を引っ張られて柵に引き寄せられる。
 このままでは確実に他のアンデッド達から一斉に襲われて、八つ裂きにされるだろう。

「しっかりして下さい!」

 オレは駆け寄ると兵士の砕かれた腕と、つかんでいるアンデッドの腕の両方に対し『肉体の治癒』ヒール・ボディをかける。
 これで兵士の傷は一気に回復し、逆にアンデッドは腕から崩れて塵芥と化していく。
 そしてオレは『筋力強化』した腕で、くだんの兵士を引っ張って柵から引き離す。

「大丈夫ですか?!」
「あ……ありがとうございます……」
「すみませんが! お礼は後にして下さい!」

 オレは他の兵士が危ういのを見て取ってそちらに駆けつけようとするが、その前にファザールから制止の声が飛ぶ。

「アルタシャ様。危険です。お下がりください。あなた様の身にもしもの事があれば――」

 もちろんファザールからすれば当たり前の発言だ。
 先ほどの『恋人』云々の発言を脇に置くとしても、オレの身体が傷ものにでもなったら主君であるテマーティンが黙っていないだろう。
 その場合、ファザールに対して怒るだけではなく、王太子がこの地域の討伐に自ら乗り出してくるかもしれない。
 もしもそんな事になったら、ファザールにとってはたまったものではないな。
 それに何より、オレがファザールの立場であっても同じ事を言ったはずだ。
 しかしそれでもオレは目の前で命をかけて戦っている兵士を助ける事に最善を尽くさねばならない――そんな彼らを『士気高揚』の魔法で意識させずに戦わせている立場であるからには、オレが逃げるワケにはいかないのだ。

「皆さんが命をかけておられるのに、わたしは後ろに下がっているわけにはいきません」
「ダメです! 御身の立場を考えください!」

 力の限り言い切られたな。
 しかしそれを聞き入れるようなら、オレは大陸中を放浪などしていないのだ。

「申し訳ありませんが、そのお言葉には従えません!」

 オレはそれだけ叫ぶと、兵士とアンデッドがぶつかり合い、柵を挟んで文字通り『生死を分かつ場』へと駆け寄る。

「ふう……やはりそうなりますか……分かりました!」

 ファザールは諦めた様子で、改めて兵士達への指揮をとる。
 たぶん主君であるテマーティンを含め、自分の周囲には言う事を聞かず、悩ませる相手ばかりだとか、そんな事を考えているのだろうなあ。
 そしてオレはそれから兵士達とアンデッドの双方に魔法をかけ続ける。
 兵士には傷を治癒するだけでなく『疲労回復』スタミナの魔法を使う事で、怪我も疲労も回復させながら戦えるので、どうにか持ちこたえている。
 痛みを感じず出血もしないアンデッドには、槍や剣よりも効果が裏返る治癒魔法の方が有効なようで、敵はドンドン数を減らしていった。

「皆さん! もう一息です! 頑張って下さい!」
「やはり女神様のお力があれば、我らが勝つのだ!」
「このような場に居合わせる事が出来て光栄です」

 敵が数を減らした事で、兵士達にも余裕が出てきたらしい。
 だがそれを見てまたファザールが一喝する。

「最後まで気を緩めるな! 敵はまだ残っているのだぞ!」
「「はい!」」

 兵士達も最後の力を振り絞ってアンデッドを迎え撃つ。
 相手は命令された通りにしか行動出来ないので、数が減っても撤退など考えずひたすら闇雲に攻撃を続けるだけだが、それも遂に終わりを迎える。
 気がつくと村の柵の周囲には、今度こそ完全に物言わぬ骸となった『かつてのアンデッドの身体』が転がるだけとなっていた。
 数の上ではたぶんオレが回復魔法でトドメをさしたのが多いはずなので、残っている骸の数はそれほどではないのは、オレとしては少しばかりホッとするところだ。

「俺達の勝ちだ!」

 兵士達は口々に歓喜の声を挙げ、空に向けて槍を突き上げる。
 中には安堵のあまりか地面にしゃがみ込む兵士もいるけど、負傷者は片っ端からオレが治療していたから損害が殆ど出ていないのはありがたい。

「ふう……取りあえず勝利したからよしとしましょう……」

 ファザールはあまり嬉しそうでは無いな。
 もちろんオレが言うことを聞かなかったのもあるだろうけど、何よりもこれはあくまでも敵からすれば捨て駒をぶつけて来た前哨戦に過ぎず、一時の勝利でしかない事を分かっているからだろう。
 しかしファザールはここで無理矢理に誇らしげに表情を切り換えて、兵士達に向けて叫ぶ。

「これで分かっただろう! 我らにはアルタシャ様のご加護があるのだ!」
「おお!」
「さすがは女神様だ!」

 口々に賛辞を唱える兵士達を見て、オレはちょっとばかり引きつった笑みを浮かべていた。
 たぶんこれもまた尾ひれがたっぷりついた伝説になるだろうという、空しい確信があったからだ。
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